第311話 その不思議ちゃんは、大変にデキるオトコである
――ドクトルばーさんのこと、聞き込みする……って、手分けしてた凛太郎が連れてきたのは……でも、ネコで。
しかもそれが『情報てーきょーしゃ』だって言われて、ぼーぜんとしてる、オレと軍曹とテンに……。
凛太郎は、ゼンゼン気にせずいつも通りの調子で、説明してくれた。
「ニャンコ氏、夜目利くし、ネットワーク強い。
だから、高いって思った。何か見てる、知ってる……可能性」
「え、てゆーかさ……凛太郎、ネコの言葉分かんのっ!?」
思わずこーふんして聞いちゃうオレに……凛太郎は、首を横に振る。
「言葉――ちょっと、違う。
イメージ……伝えて、伝わる。そんな感じ。
――昨日、手掛かり捜しに、チカラ使うって言ったから……頑張ってみた」
凛太郎の答えに合わせて、ネコたちもニャーニャー鳴く。
……うわ、これマジで、『いしそつー』出来てるっぽい……!
「うおお……! さぁっすが凛太郎!
やっぱスゲー、かぁっけぇ〜……っ!」
「ん」
オレのかんどーの声に、凛太郎は無表情にビシッとVサインを出す。
抱いてる子ネコといっしょに。
……って、え、いっしょに!?
いや、子ネコのはVサインじゃねーかもだけど……なんだこれスゲー!
「……うむぅ、わたしもマジで驚きました。
マリーンの〈巫覡〉のチカラ、精神エネルギー的なものを捉えやすくなるんだろう、とは思ってましたけど……こんな風にも使えるとは」
さっきは呆れてた軍曹も、驚くやら感心するやら、って感じだ。
……へへっ……!
オレがなんかしたわけじゃねーけどさ――。
でも、こーやって、凛太郎がスゲーって言われてるの見ると、なんかオレまで、『どーだ!』って気分良くなっちまうよな!
「じゃあマリーン、まさか……その気になれば、人の心を読んだりも出来るんですか?
『念話』みたいな、意図的に外に向けて発信しているものじゃなく……心の中で思ってるだけのようなことまで……?」
軍曹が尋ねると、凛太郎は――めずらしく、ちょっと困ったような顔をした。
あ、うん、パッと見じゃほとんどいつも通りだけど……。
「出来る……と思う。1回、やってみたこと、ある。
でも、色んな声とかイメージいっぱい、頭イタい、視界グルグル気持ち悪いで、ばたんきゅー。
それから、おじいさまが『絶対にやるな』って」
「む……なるほど。
多分マリーンは、チカラを強めると、同時にその効果範囲も大きくなるんでしょうね」
「どーゆーこったよ、軍曹?」
「他人の心に触れるのなんて、それがたとえ1人であっても大変なことのはず。
……なのに、マリーンがそれをしようとすると、チカラはただ強くなるだけじゃなく、大きく広がりもして、他の何人もの心にまで及んでしまうんですよ、きっと。
つまり、1人分でも大変な人間の心の声やらイメージやらを――状況にもよるでしょうが、何人分もいっぱいに、一気に、押し付けられるんです。
そんなもん、めちゃくちゃキツいに決まってます。そりゃばたんきゅーするってもんです。
……まあ、キチンと訓練すれば、対象を限定して負担を抑えるとか、そういう風にも出来るかも知れませんけど……。
それでも、危険なことに変わりはないでしょうし……そもそも人の心に触れること自体、あまり良いことでもないでしょう。
――なので、じっちゃまの言う通り、ちゃんと調節してチカラを抑えられるのなら……そのまま封印しちゃうのが一番ですね」
「ん。おじいさまも、軍曹と同じこと、言ってた」
めっちゃマジメな軍曹の説明と、凛太郎の言葉に……オレも、自然にうなずいてた。
だよなー……。
凛太郎のチカラはスゲーけど、それで凛太郎自身がどーにかなっちまうとか、ぜってーダメだもんな。
それに、軍曹も言ってるみたいに、心ン中見るっての、やっぱあんまし良くねーと思うし。
「――あ! つーかさ、凛太郎!
ネコと話すのは……大丈夫なのかよ? その、頭イテーとか……」
「ん。ちょっと疲れるぐらい。ぷろぶれむ、のー」
凛太郎は、自分でやる代わりに、抱えてる子ネコの前足を持ってバンザイさせた。
子ネコは……イヤがってないけど、喜んでる感じでもない。されるがまんま。
……つーか、なんかこの子ネコ……雰囲気が凛太郎に似てるなあ。なんとなく。
けどまあ、何にしても、確かにネコと話すのは大丈夫みてーで……良かったぜー。
「……それで、マリーン……。
ついつい話が逸れちゃいましたけど――そのネコたちは、どんな情報を?」
で、改めて、肝心なことに軍曹が話を戻すと……。
凛太郎も、見上げてくるネコたちと、確認するみたいに目を合わせて――それから、ゆっくり口を開いた。
「ん。……ドクトルばーさんの車、若い男、乗ってた。
その男、小さな、三角の宝石っぽいの、いきなり手に出現。
それ光ったら、ドクトルばーさん、ばたんきゅー……みたい」
凛太郎が話すのに合わせて、ネコも「そうそう」って言うみたいにニャーニャー鳴く。
お、おお〜……!
スゲ〜……ホントに見てたんだな、ネコ……!
「……ふーむ……。
三角の宝石、っていうのは、恐らく魔導具でしょうね……。
それに、いきなり出現した、となると……その男、勇者様の異次元アイテム袋のようなものを持ってる、ってことでしょうか……」
腕組みしつつ、アゴに拳をあてた軍曹が、すげーマジメな顔をしながらつぶやく。
「――それで、その男、それからどうしたか分かりますか?」
「車出て、近く通ったおじさんに……なにかしてた、みたい。
イメージからしたら……多分、魔法。
それで、そのおじさん、ドクトルばーさん見つけて、救急車呼んだ」
「こっちの世界の人間て、魔法を認識してない分、抵抗力も弱いですからね……。
足が付かないように、ちょっとした幻惑系の魔法でも使って、おっちゃんが自発的に通報するよう仕向けた――ってところですか。
……にしても、眠らせるだけで済ませたことと言い、ほったらかしにせずにさっさと通報させていることと言い――。
そもそも、ドクトルばーさんを害するつもりがなかった、ってことでしょうか……」
うーん、って首傾げつつ唸って軍曹は、犯人の男について、続きを聞く。
「で、そのあと男は――」
「……おじさん、救急車呼ぶ間に、どっか行った」
「どっか……。追いかけたりとかは?」
続けての軍曹の質問に……凛太郎は、首を横に振った。
「ニャンコ氏、危うきに近寄らず」
……んん〜……っ、そこまでかぁ〜……!
このまま一気に、どこの誰かまで分かるかと思ったんだけどな〜……!
軍曹もやっぱり、「そうですか……」って残念そうな顔をしてたけど……それも少しのことで。
すぐに、気を取り直したみたいにうなずいてた。
「一気に真相へ、とはいきませんでしたけど……。
でもこれは、思った以上の収穫、ってやつですよ……!
――ってことで……。
改めて礼を言うぞ、ニャンコ氏たち!
諸君らの活躍は、まさに叙勲ものだ! 無いけど勲章!」
軍曹が、ヒザを突いて1匹ずつアゴの下をくすぐってやると……ネコたちは、気持ちいいついでに、得意気に胸を張ってるみたいな感じになってた。
「まー、勲章はそもそもいらねーだろーけど……せっかくだし、なんかあげるモン、ねーかなあ。
――ん〜……テンのおやつ用のカボチャの種とかじゃダメかな」
オレがリュックをゴソゴソすると……テンがスゲー勢いで止めてきた。
《だだだ、ダメに決まっとろうっ!
ネコが食っては腹を壊すぞ多分! いやきっと!
……ゆえにホレ、後でちゃんとしたネコ用のおやつとか買ってやれ!
それが礼儀っちゅーもんじゃって! な、な!?》
…………。
これってゼッテー、カボチャの種あげたくねーだけだよな……。
ケチだなあ、霊獣。
《……おい、アーサー……。
お主、今すっごい失礼なこと考えんかったか?》
「べっつにー?
……ま、いいや。じゃ、ネコには後で、コンビニでなんか買ってきてやっか?」
オレがそう提案すると、軍曹もマリーンも、オッケーのサインを出してくれた。
……テンも、なんかホッとした感じだった。
で、軍曹は改めて「それにしても……」って、凛太郎の方を向いて――グッと親指を立てる。
「マリーン……さすがだったぞ!
想像をはるかに超える、素晴らしい大活躍だ!」
「ん。ニャンコ氏の方々には、引き続き、ニャンコネットで他に何か知ってるニャンコ氏がいないか、捜してもらうであります軍曹。シャー」
無表情にそう言って、凛太郎は――。
自分じゃなく、抱えた子ネコの方に敬礼させた。
「ん~、やっぱマジにスゲーよなあ、凛太郎は……!」
おかげで、また色んなことが分かったんだし! まさにデキるオトコ!
あ、でも――そう言えば。
こうなると犯人は、『若い男』で決まりなんだし……。
軍曹が聞いた、オレたちと同じようにドクトルばーさんのこと調べてるって、『ホケンのおねーさん』ってのは……結局、かんけーねーのかな。
確か、キチッとスーツ着た、メガネの――だっけ。
多分、そう――。
今、すぐそこの家から出て来た、ねーちゃんみたいな……。
「――って、このねーちゃんのことじゃねっ!?」
思わずオレが出した大声に――。
軍曹に凛太郎、それに、そのスーツ姿のねーちゃんまでもが驚いて……いっせいにオレを見た。
「な――っ、な、なにかな、ボク? おねーさんに何か用?」
驚いたときにちょっとズレたメガネを直しながら、苦笑しながら、オレに聞いてくるねーちゃん。
う……いざ、そんな風に言われると……なんて聞きゃいーんだ?
なんでドクトルばーさんのこと調べてるんだ――とか?
でもなあ、それ、軍曹から聞いた感じだと、「仕事だから」で終わりそーだし……。
だいたい、つい大声出しちまったけど……このねーちゃん、かんけーねー可能性の方が高いんだよなあ……。
……そんな風に、どーしようかと迷ってたら――。
軍曹に、いきなり頭を抑えつけられた。
「あ、どうもどうも、すいませんですー。
このジャリ坊、クソ生意気にもキレーなおねーさんには見境ないヤツでして……。
あとでよーくしつけておきますんで、ここはご勘弁をば――」
「いでで、ちょ、イテーって軍曹……!」
で、ニッコニコ笑いながら、強引に頭を下げさせようとする――。
……と、そのとき。
「………………」
そんなオレたちの横を、スッと通り抜けて――。
凛太郎が、ねーちゃんの真ん前まで行って……じーっと、顔を見上げた。
「? ど、どーしたのかなー……?
おねーさんの顔に、何か付いてる……?」
「……ん。間違いない」
大きく一度、うなずいたと思うと……凛太郎は。
ねーちゃんに向かって――いきなり、ペコリと丁寧に頭を下げた。
「――しおしおねーさん、こんにちは」




