第308話 お互いに、そうとは知らない魔法少女たち
――8月8日のお昼過ぎ。
〈常春〉の手伝いを適当なところで切り上げたわたしは……『高稲総合病院』にやって来ていた。
目的は……もちろん、ドクトルさんのお見舞いだ。
昨日の朝方、美汐から連絡をもらったときは、もっと時間を置いてからにしようとも思ってたんだけど……。
それからまる1日、色々と考えてるうちに……やっぱりどうしても、ドクトルさんの状態が気になって。
で、居ても立ってもいられない感じになったわたしは……。
鈴守センパイにしてみたら、迷惑だったり失礼だったりするかも知れないけど――そのことは承知の上で、こうしてお見舞いに押しかけてきたのだった。
さすがに鈴守センパイの性格からして、追い返されるってことはないだろうし……。
ほんの少しの時間でも、間近で様子を見られたら……ドクトルさんの状態について、詳しいことが分かるはずだから。
「……ふ〜……」
病院に入る前に、外で一度大きく深呼吸するわたし。
人がいたら、お見舞い程度に何を大ゲサな……って言われそうだけど。
わたしとしては、これって、なかなかに緊張することだからね……。
ドクトルさんの状態がどういうものか――って緊張も、もちろんだけど。
フラれた相手の正規の彼女さんと、家族が入院中……っていう重い空気の中で対面するかも知れないんだから。
――わたしだって、世界を救った勇者の娘だ。
2日前の登校日、センパイたちに、赤宮センパイのことはキッパリと諦めて、2人のことを応援する――って打ち明けた、その言葉にウソなんてない。
だいたい皮肉なことに、わたしは――結局のところ、鈴守センパイのことだけを想ってる……そんな赤宮センパイだからこそ、好きだったりしたわけなんだから。
初めっから、勝ち負けどころか、どうしようもないような恋だったんだから。
だけど……頭ではそう割り切っていても、心はそうそう聞き分けが良くないもので。
やっぱり、センパイたちと会うのは――ちょっとキツいなあ、って……そんな想いが、まだまだ残ってて。
本音を言っちゃえば、いっそのこと、わたしよりよっぽど感覚が鋭いキャリコに、コッソリと様子を見てきてもらいたいぐらいだけど……。
さすがに、ネコを病院に連れてくわけにもいかないからね……。
「よし――っ。
さてと、それじゃ――!」
「……あれ、白城さん?」
気合いを入れ、意を決し、いざ受付へ――と、足を踏み出そうとしたその瞬間。
背後からかけられた、聞き覚えのあり過ぎる声に……わたしは思わず飛び跳ねていた。
そうして、ゆーっくり振り返ると……。
そこに立っていたのは、当然、声の主である――鈴守センパイで。
その顔には……穏やかに優しい微笑みが浮かんでいた。
「もしかして……おばあちゃんのお見舞いに来てくれたん?」
なんか、不意打ちを食らったみたいな形になっちゃったけど……。
鈴守センパイはわたしの訪問を迷惑がるどころか、むしろ歓迎してくれてる感じだったから……ある意味、結果オーライってことで、素直にセンパイの後に続いて病室に向かうことに。
「――今日はホンマに、わざわざありがとうね」
「いえ、そんなの……。
こっちこそ、連絡も無しにいきなり押しかけちゃってごめんなさい」
途中、お互いに、そうして頭を下げたりしながら……。
わたしは、ドクトルさんの病室に通された。
入った瞬間、一番に目に付くのは当然、ベッドで眠るドクトルさんで――。
本当に、ここが病院じゃなかったら、ただ普通に眠ってるだけとしか思えない様子だった。
「……普通に、寝てるだけみたいやんね?」
つい、ドクトルさんを見つめ続けていたわたしに……鈴守センパイは苦笑混じりに、わたしが思ってた通りのことを言いながら、椅子を差し出してくれる。
そして、わたしがお礼を言って座るのに合わせ、自分ももう一つの椅子に腰掛けた。
「お医者さんの話やと、実際悪いところも特にないみたいやから……。
もしかしたらホンマに、ただ豪快に寝過ごしてるだけなんちゃうかな、とも思てまうんよね」
「ドクトルさん、とにかく規格外のスゴい人ですもんね。
……なんか、そういうこともしちゃいそう」
こういうときの軽口に、安易に乗っからない方がいいんじゃないかとも思ったけど……。
鈴守センパイの表情が、予想してたよりもずっと落ち着いてたから――わたしは、素直にそれに合わせた。
それは間違いじゃなかったみたいで……センパイは、「そうやんね」と柔らかくはにかむ。
――だけど……もちろん、現実はそんな単純じゃない。
眠るドクトルさんからは……絡みつくような魔力が、わたしでも感じ取れた。
それは、一種の術式を成しているようだけど……でも残念ながら、わたしの知っているものじゃない。
一応わたしも、お父さんから、メガリエントの魔法についてなら基礎的な術式とかは教わってるけど……明らかにそれとも違っていて。
そして、わたし自身が修得した、ティラティウムの魔法は、そもそも系統がまるで別というか……。
学問として系統化され、多くの人が使えるようになっているメガリエントのような『魔法』に対して、わたしのそれは――契約した〈獣神〉のチカラを借り受け、それを行使するっていう、一種の『超能力』的なものだから。
もしかしたら、ドクトルさんが〈世壊呪〉で、こんな状態になっているのも、そのチカラの影響が出たからじゃないか――とも、思っていたわたしだけど。
こうして、改めて見てみると……〈世壊呪〉由来ならあって当然の、〈呪〉とか〈闇〉にまつわるようなチカラを、この絡みつく魔力からは感じなくて。
キャリコが、2日前、黒井くんと話をするために〈常春〉に来たドクトルさんからは、まるで魔力とか、そういうチカラを感じなかったって教えてくれたけど……それを裏付ける形だ。
だから――少なくとも、ドクトルさんは〈世壊呪〉なんかじゃなくて。
つまり、この昏睡も、チカラの暴走とかじゃないってことになる。
そうなると、これはやっぱり、誰かの仕業ってわけで――。
でも……それじゃあ、誰が……?
その犯人が、うちで保護してる魔獣たちみたいな、異世界からの迷い子って可能性は……こうして1日以上経って、他に何の事件も騒動も起こってないことを考えれば、かなり低い。
それでなくても、世界の境界を意図的に薄くしてある、うちの〈庭園〉がある以上……キャリコがそうだったみたいに、迷い子もその近くに現れやすくなってるはずだから。
他に考えられるのは、この世界での魔術とかに精通した人間か……。
それとも――〈世壊呪〉を巡って争っている人たちの、誰かか。
でも後者の場合、〈救国魔導団〉にそんなことをする人はいないし……クローリヒトには少なくともクローナハトって仲間がいたけど、あの赤宮センパイが、こんな真似を許すとは思えない。
残るはシルキーベル陣営だけど……シルキーベルも、そんなことをするタイプじゃなさそうだった。
ただ、能丸は――。
2日前の夜に戦ったとき、わたしには、彼がわざと、本来の実力を隠しているように感じた。
シルキーベルに協力するフリをして、でも実際には全力を出さず、わたしたちの〈世壊呪〉覚醒への行動を邪魔しない――。
そんなことをする理由なんて、土壇場で〈世壊呪〉を奪い取ろうとしてる……ってぐらいしか思いつかないわけで。
そんな風に考えると――彼ならありえるかも、って気はする。
だけど、そもそもドクトルさんが昏睡させられた理由が分からないんだから……結局、どれも『かも知れない』の話でしかないんだけど……。
…………。
クローリヒトとしての赤宮センパイなら……ほかに何か知ってたりするのかな。
話を聞いてみたい気もするけど……ヘタに突っ込んだことを聞くと、逆に〈救国魔導団〉のことを知られちゃう可能性があるのが難しい。
あとは……一番身近な家族の鈴守センパイに、ドクトルさんがこうなった理由について、何か心当たりが無いか聞くって手も、あると言えばあるけど……。
……うん……さすがに、それは却下だよね。
いくら何でも無神経過ぎるもん……。
「……ドクトルさん。
2日前、うちの店に来たときは、ゼンゼン元気だったらしいですけど……」
「……え? おばあちゃんが、〈常春〉に?」
あんまり押し黙ってるのもどうかと思って、何気なく口にしたわたしの言葉に……鈴守センパイが意外そうに食いついた。
あれ……知らなかったのかな。
「え? あ、はい……。
黒井くんに、鈴守センパイがさらわれたときの話を聞きに来られてたみたいです。
どういう状況だったのか、詳細に知りたがってた、って。
そう、赤宮センパイがどう活躍したのか、とか……」
鈴守センパイの疑問に答えながら……わたし自身、ふと、思いついたことがあった。
これがもし、ドクトルさんが……。
『赤宮センパイのことを調べていた』んだとしたら――。
ドクトルさんは、〈世壊呪〉を知っていた可能性も……ある……?
そして、そうなったら――。
赤宮センパイのことを調べる時点で、クローリヒトの仲間の可能性は低い。
当然、わたしたち魔導団の身内でもない。
だから、残るは――。
「…………」
わたしは思わず、向かいに座る鈴守センパイの顔を、まじまじと見つめていた。
……まさか、センパイが――。
「どうかしたん? 白城さん?」
「――えっ!?」
当のセンパイに、不思議そうに尋ねられて……わたしはハッと我に帰る。
……い、いけないいけない……!
何の証拠もない、憶測中の憶測なのに……つい……!
「あ、ご、ごめんなさい……!
その、突然こんなことになっちゃって、鈴守センパイも大変だろうな、って。
あの、うちの家も……お母さんいなくて、お父さんと2人だから。
何かの拍子にお父さんが倒れたりしたら――って、つい、考えちゃって」
反射的に、上手い言い訳が口を突いて出てくれた。
……でも、これだけスラスラと言葉になったのは……特別意識はしてなかったけど、それがわたしの本心でもあるからだと思う。
幼い頃から、お父さんに男手一つで育ててもらったわたしだから――。
そのお父さんが、こんな風に倒れたりしたら……やっぱり、平静じゃいられないんだろうな……って。
――それから……。
わたしは、しばらく鈴守センパイと話をして……お店の手伝いもあるからと、適当なところで病室を後にした。
鈴守センパイが、思っていたよりは大丈夫そうで……その理由には、やっぱり赤宮センパイの支えがあることとか……。
鈴守センパイのおうちと病院じゃ遠くて大変だろうと思ってたら、今、赤宮センパイのところにお世話になってるとか……。
聞き出したはいいけど、失恋してまだ3日目のわたしにはちょっとツラい……そんな情報も手にして。
でも、ツラいはツラいけど……やっぱり、安心もしたし、嬉しくも感じた。
素直に、良かった――とも思えた。
……そりゃそうだよね。
そうでないと、わたしがフラれた甲斐もないってものだよ。
センパイたちには……腹立つくらい、仲良くしてもらわないと――さ。
「……それは、いいんだけど――」
負け惜しみみたいな言葉をもらしながら……。
病院の外に出たわたしは、つい、ドクトルさんの病室がある方を仰ぎ見ていた。
そう――今は、わたしの色恋のことより、ずっと大事な問題がある。
今日のお見舞いでハッキリしたこと、いろいろと思ったこと――。
そうしたことについて、改めて考えたり、調べたりしないといけないんだ。
「……鈴守センパイ……」
そう――まさか、とは思うけど。
鈴守センパイが本当に、シルキーベル本人なのかどうかも――。