第301話 しっかり者に天真爛漫な妹たちと、優しいお姉さんと −2−
――千紗さんが作ってくれたお好み焼きをみんなでおいしくいただいて、楽しく過ごした晩ごはん……その後は。
お兄やハイリアさんが、ママやパパと〈天の湯〉のお仕事に行ったので……。
あたしとアガシーは、居間で、千紗さんに宿題を見てもらうことになった。
アガシーは、ゲームで遊ぼうって考えてたみたいだけど……それなら、お兄やハイリアさんもいるときの方がいいと思ったから。
……とはいえ、いっつも、めんどくさがって宿題は後回しにするアガシーは、けれど実際は頭良いから、教えてもらわないとダメって問題なんて基本的に無くて……。
だからむしろ、教えてもらうのはあたし一人だった。
でも、そんなあたしはあたしで、一応それなりにマジメに勉強してきてるし、そもそも小学生の宿題だから、そこまで難しいものでもなくて。
結局は、『お姉さん』といっしょに、ゆったり宿題を進めつつ、お菓子を摘まみつつ、のんびりお喋りしてる……って感じになっていた。
「――そう言えば千紗さんも、小学校の頃、自由研究とか宿題に出ました?」
「うん、もちろんあったよ。
けど正直、ニガテやったなあ……何したらええか分からへんくて」
「あ、やっぱりあったんですね!
でもそうなんです、あたしも何したらいいか、いっつも困って……」
「そうやんね〜……。
――そうや、アガシーちゃんは?
外国やと、むしろ教育の方針的に、そっちの方向に力を入れてそうやけど……」
「わたしですか?
う〜ん……宿題って形ではなかったですけど……。
自主的な研究、って意味なら、やってたと言えなくもないかもです。
――ん〜……なんて言いますか……。
そうですねえ……絵本や小説といった物語はもちろん、論文っぽいのとか、単なる書類みたいなものまで……いろんな書物を、そりゃもう手当たり次第に読みふけって……。
で、そーゆーので得た知識を下敷きにですね、ガラクタ同然の落とし物とか拾い物とかを集めて……そこから、『自分とは違う世界』を生きる人たちの生活とか、アレコレ想像したりしてました!」
「へぇ〜……なんか、スゴいね……!
アガシーちゃんて頭も良いし、文化人類学の研究者とかになれそう……!」
千紗さんは、アガシーの答えに感心しきりって感じで目を輝かせてるけど……。
お兄から聞いて、今のアガシーの答えの本当に意味するところを知っているあたしとしては……ちょっと切ないような気分になってしまう。
……だってそれは、アガシーが、〈剣の聖霊〉としてのお役目を――それを全うすることだけを考えて、生きていたときの話だから。
そう……お役目に縛られて、閉じた小さな世界の中だけでずっと過ごして……。
でも、外の広い世界に憧れて……。
近くに迷い込んだ人間たちの持ち物から、外の世界を夢想するだけだった――。
そんな、外の世界で生きることなんてムリだと諦めて、想像だけで満足だって、自分に言い聞かせていた――哀しいころの話だから。
でも……それを、こうして何気なく話せるってことは……。
アガシーにとっては、もう、ツラいばかりの記憶じゃないのかも知れなくて。
もしそうなら、その理由の1つに……。
こうして、こっちの世界で『赤宮シオン』として生きるようになったから――あたしたちと生活するようになったから、っていうのも……あったらいいんだけどな。
「ふふふ……実はですね、この赤宮シオン!
こう見えて、昔はけっこーな引きこもり軍曹だったのです!」
「へえ〜……そうやったんや……。
今のアガシーちゃんからはゼンゼン想像つかへんけど……」
「そこはそれ……自ら封印を破り、禁断の力を覚醒させてしまいましたからね……!
そう、まさに男子三日会わざれば――というやつです!」
「なにその厨二設定。
――てか女子だし。意味わかんないし」
アガシーのノリだけ発言に冷徹にツッコミを入れつつ……あたしはテーブルに広げたおやつから、〈たけのこの里山〉を摘まんで口に放り込む。
……ちなみにこの〈たけのこの里山〉は、兄弟的存在の〈きのこの山里〉と、『山が先か里が先か』――と、どっちが好きかでとにかく日本中で論争が絶えない、チョコのお菓子だ。
うちも、お兄とママがきのこ推しの『山派』で、あたしとパパがたけのこ推しの『里派』なので、昔からよく揉めてきたけど……。
千紗さんを見る限り、さっきから手を伸ばしている比率は明らかにたけのこが多くて――。
ふふ……やったね。
これは、上手くすればお兄も『里派』に引き込めるかも。
そうなれば、断然『里派』が優勢になって……。
お買い物のとき、山と里を五分五分で買い揃えるしかなかった今の比率を、里寄りに出来るってことだ……!
あ、ちなみにだけど、アガシーとハイリアさんは日和見の『どっちでも派』だから、この論争においては毒にも薬にもならないんだよね……。
……と、『山が先か里が先か』はともかくとして――。
「それで、千紗さんは小学校のころの自由研究、どんなことやってたんですか?」
「え、ウチ?
う〜ん……そんな特別面白いようなことはしてへんと思うよ……?」
「でもでも、すっごい興味あります! 聞かせてほしいです……!」
――アガシーは、実際の年齢で言えばずっと年上なのかも知れないけど、実質妹みたいなもので……。
だから、ちょっとだけ年上の、そして性格的にもいかにも『お姉さん』な千紗さんと、こうやって気兼ねなくアレコレおしゃべりするのは、本当に楽しくて。
あたしも、ついつい、自然と甘えてしまっていて……。
そして気付けば、そんなあたしをアガシーが「じーっ」って……わざわざ口に出して言いつつ見つめていた。
「うーむむぅ……。
なんか、チサねーさまを前にしてのアリナの無邪気っぷりが、いかにも小学生なのですよ……!」
「そ、そりゃ実際、あたしは小学生なんだからね!
――てか、なにアガシー? あたしが老けてるって言いたいわけ……?」
「まさかまさかであります!
むしろアリナは小っさくて最高にかわいらしいであります! じゅるり!」
「口でじゅるり言いつつ敬礼するな、このゲス軍曹」
あたしとアガシーが、流れでまたいつものやり取りをしていると、千紗さんも楽しそうにくすくす笑ってくれる。
「ホンマに、2人ともいっつも仲ええね。
再従姉妹どころか、ホンマに姉妹みたい。
……ウチ、そういうのってついついうらやましくなるねんなあ」
そんな千紗さんの発言に、アガシーはポイと口に入れた〈コアラたちの進軍〉を勢いよく噛み砕きつつ、拳を振るって力説する。
「なーにをおっしゃいますやら少佐!
同じ釜のメシを食った我らは、もはや戦友!
そして戦友とは、血よりも濃い絆で結ばれておるのでありますよ!
……つーわけで、我らもまた既に『姉妹』なのです!
つまりファミリー! むしろシシュター!」
「噛んでる噛んでる。シスター、ね。
シシュターて、そんな新手の宇宙怪獣みたいな。
――まあでも、いいこと言うじゃない、アガシー」
アガシーの頭をぽん、と叩いてから……千紗さんへと笑いかける。
「前にも言いましたよね、あたし、『千紗さん以外がお姉ちゃんはイヤだ』って。
……それ、今も変わってませんから」
「……亜里奈ちゃん、アガシーちゃん……。
うん、ありがとう……。
そんな風に言ってもらえて、ホンマ、嬉しいな……」
千紗さんはあたしたちに、すっごい優しい笑みを向けてくれた。
それだけで……あたしたちも、すっごい嬉しくなる。
「うんうん、アリナ、成長しましたねえ……!
ちょっと前まで、『お兄に近付くなんて、この泥棒猫!』とか言ってたのに……」
「言ってません!
それ、あなたが勝手に妄想してただけでしょーが!」
――それから。
時間も遅くなってきたし、千紗さんも疲れてるだろうから、もうお風呂にしようってなったんだけど……。
「では、わたしがねーさまのお背中を流しましょう!
……ええ、そのきめ細かい白魚のような玉の肌をこの手で……! ぐへへ」
言い方はともかく(デコピンで悶絶させたけど)、アガシーが先にそう言っちゃったし、千紗さんも――。
「うん、ほんなら、アガシーちゃんの背中と髪はウチが洗ったげるな?」
って、乗り気だったから、2人はいっしょにお風呂に入ることになった。
……実はあたしも、千紗さんといっしょに入りたかったなあって思うんだけど……。
さすがに、うちのお風呂は3人で入るには狭い。
だから――次の機会はあたしだからね、とアガシーにクギを刺しておいて、今回は譲ることにした。
で、やっぱりっていうか、案の定っていうか……。
アガシー、千紗さんとお風呂入るのに前のめりになりすぎて、着替えを用意するのを忘れてるみたいだから……。
部屋から下着とパジャマを持ってきて、脱衣所に置いてあげる。
そうして、そのことをお風呂の方に報せてあげれば――。
「……おおぅ! わっすれてましたーっ!」
「――あ! ちょ、アガシーちゃん、まだアカンて!」
髪か身体を洗ってもらってる最中だったのか、千紗さんの制止の声を振り切って……アガシーがガラッと豪快にガラス戸を開ける。
「いやー、さっすがアリナ! ありがとうございまっす!」
湯気の中、最敬礼を向ける笑顔のアガシーは……全身あわあわだった。
……うん。いろいろアウト。
コレ、おばあちゃんが見たら「はしたない」ってお説教コース確定だね。
「だーかーらー……!
せめて、スキマから顔を覗かせるだけにしなさい、っての!」
で、もちろん、そんなおばあちゃんにしつけられたあたしも、この暴挙を見逃すわけにはいかないので……。
渾身のデコピンを食らわせてから、お風呂に押し返してさっさと戸を閉めた。
「……もう〜、やからアカンて言うたやん……」
「えへへー、ゴメンナサイです」
お風呂からは、千紗さんにも怒られてる声が聞こえてくる。
でもそれも、すぐに、髪がキレイだとか、肌がツルツルだとか、楽しそうな会話に変わっていって。
ときどき、アガシーの「ぐへへ」ってゲスい笑いと、千紗さんの困った声がするあたり……。
詳しくは何してるんだか知らないけど、お風呂上がったらもう一度デコピンを食らわせる必要があるな、とも思いながら。
同時に、あたしは――。
あたしたちが、こうしてすごく楽しいように……。
これで、千紗さんも楽しんでくれてるなら……。
少しでも励まされてるなら、安らぎを感じてくれてるなら……。
それならいいんだけどな――って、そんなことを考えていた。