第300話 しっかり者に天真爛漫な妹たちと、優しいお姉さんと −1−
――千紗さんを、あたしたちの家でしばらく預かる……。
ママからそんな考えを聞かされて……そのために、客間を使えるように掃除しておいてって頼まれて。
そうなったのは、ドクトルさんが入院するようなことになっちゃったからで。
だから、こんな風に思うのは不謹慎なのかも知れないけど――。
でも、あたしは……ちょっと嬉しくなってしまった。
――もともと、あたしは、『お兄の彼女』に、ちょっと警戒心を持っていた。
いやうん、別にあたしはブラコンなんかじゃないんだけど……!
でも、お兄がお付き合いする彼女ってなると、家族なんだし、それはやっぱり気になることで。
だって、お兄は……なんだかんだで、小さい頃からずっとあたしの面倒を見てくれて――それどころか、あたしのことを命がけで守ってくれたお兄ちゃんで。
しかも、世界を3度も救った――ホンモノの勇者で。
けど実際は、わりとだらしなかったり、おバカだったりもする……普通の高校生でもあるから。
だから、そんなお兄の彼女が、ウマが合わないっていうか、お兄のことを体良く利用するような人だったらイヤだな……って想いは、数ヶ月前まであった。
お兄が高校生になってから、話題にあげるクラスメイトの中でも、特に熱っぽく語る『鈴守さん』……その人が、きっとお兄の好きな人なんだろうってことは分かっても、どんな人かまでは分からなかったから。
だから……実際に会って、雰囲気で『大丈夫そう』と感じたときはホッとしたし……。
それどころか、何度も会ううちに、その気持ちはどんどん、もっと良いものに変わっていった。
お兄が好きになった人だけあって――あたしも、大好きになっていて。
そんな千紗さんだから……。
ママから、うちに呼ぶって聞いたとき、つい嬉しく感じちゃったんだ。
前にいっしょにカレーを作ったときも、ホントの『お姉ちゃん』とお料理してるみたいで……すごく楽しかったから。
いっしょに過ごして、いろんなことが出来たら、それはもっと楽しいだろうな、って。
状況が状況だし、やっぱり、嬉しがるのはあんまり良くないのかも知れない――けど。
でも、千紗さんが来るのを楽しみにしてるのは、あたしだけじゃなくて……。
「ツラいことをわざわざ考えたりするヒマもないぐらい、チサねーさまのことを明るく楽しくしてあげましょう、アリナ!」
「――うん。だよね……!」
客間をお掃除しながら、あたしとアガシーは……その楽しみな気持ちが千紗さんを励ますことにも繋がるはずだって、信じることにしたのだった。
――そんなこんなで、千紗さんがやって来て……。
まずは、あたしたちが掃除した部屋を気に入ってくれて。
その後、早速お手伝いを申し出てくれた千紗さんが、晩ごはんに、うちの冷蔵庫に残ってたものや使い切りたいものを考慮した上で作ってくれたのは……。
「ふおお……ッ!
これがアレですね、伝説に名高い『コナモン』ってやつですね……ッ!」
「で、伝説て言うほどのもんやないし、そんなポッケサイズのモンスターっぽいのでもないけど……」
エプロン姿で、片手にはボウルを持った千紗さんが苦笑する。
そう、千紗さんが作ってくれたのは……。
あたし、アガシー、お兄にハイリアさん、パパにママと、みんなが揃ったテーブル(他の部屋から持ってきたのと2つくっつけた)の中央、ホットプレートで今まさに焼けている――。
アガシーが目を輝かせて言う通りの、いわゆる『粉もん』……お好み焼きだった。
近所に、もんじゃ屋さんはあってもお好み焼きのお店って無いし、うちでやるのなんて、ものは試しと何年か前に作ったきりだろうから、すごく新鮮だ。
「大きさは小さめにして、数を焼いていきますから、お好きな食べ方でどうぞ」
「まずは、ブタとイカのスタンダードなタイプね?
やっぱりソースとマヨネーズかしらね?」
「ちゃんと生地におダシで下味も付けてありますから、ポン酢なんかもあっさりでいいですよ」
ママの質問に、焼き上がった小さめのお好み焼きを別の大皿に重ねつつ、千紗さんは答える。
あたしたち赤宮家の面々は、まずは揃って「いただきます!」と手を合わせてから、パンケーキのごとく重なるお好み焼きをそれぞれ自分のお皿に取り……。
「ではでは、わたしはソースにマヨでいきますよ!
テレビで見たのはそれでしたからね! 基本、これ即ち王道!」
「じゃ、あたしはポン酢にしてみよっと」
両手にソースとマヨネーズを装備し、自分のお好み焼きにベッタリ塗りたくるアガシー。
一方であたしは、別の小皿にポン酢を用意する。
直にかけると、あたし食べるのそんなに早くないし、べちゃってなっちゃいそうだからね。
で、パパとママはと言えば……。
「マリさん、そのポン酢の分、分けてもらっていい?」
「じゃアキくん、そっちのソースのやつと交換ねー」
和気あいあいと、それぞれのお好み焼きを交換し合っていた。
……いや、それはね、交換ならあたしもアガシーとやろうと思ってたし、別にいいんだけど……。
千紗さんの前で、そんなイチャイチャしないでよ、もー……恥ずかしいなあ。
「ふむ……なるほど、確かにしっかりと下味がついているし……ふっくらとして実に美味い。
このまま、というのもなかなかイケる。さすがはおスズよ」
で、ハイリアさんは、なんかお蕎麦屋さんで通の人が、まずは何も付けずに蕎麦をそのまま食べてみる……みたいな感じに、切り分けたお好み焼きを何もかけずに、優雅に堪能してて……。
「ああもう! とりあえず、どっちにしたって美味すぎる〜……っ!」
お兄はと言えば、1枚を半分にして両方試してみる――どころじゃなく、スゴい早さでまるまる平らげてしまっていた。
なんか、もう人生に悔いは無いみたいな、感極まった風な良い表情してるけど……。
早い、早いよお兄……! まだ千紗さん来た初日だよ!?
「……にしても、小さく切ったコンニャクなんかも入れるんだねー……。
これ、アクセントになっていいなあ」
「ホンマやったら、牛すじなんかも一緒に入れるとさらに美味しいんですけど……。
さすがに、煮込む時間がありませんでしたから」
ママの疑問に答えながら、千紗さんはさらに、ボウルに入ってたお好み焼きの種をホットプレートの上に広げていく。
しかも今度は……その中に、チーズやジャガイモが投入されて……。
「次焼くのはちょっと変わり種ですから……。
ピザソース塗って食べて下さいね」
言われた通り、焼き上がった変わり種お好み焼きを、トーストとかに塗るタイプのピザソースで食べてみると――。
「……あ! スゴい、なんかピザ風だ……!」
これがまた、洋風な感じですっごく美味しくて……!
いいなあ、コレ、あたし特に好きだなあ……!
うん、これはゼヒとも、あとで詳細なレシピを聞いておかないと……!
「あ、裕真くん、辛いの大丈夫やったら、タバスコもええアクセントになるよ」
「お、サンキュ! じゃ、試してみるか。
……ってかさ、千紗も焼いてばっかりじゃなくて食べなよ。
なんなら、俺、焼き役代わるし」
渡されたタバスコを振りかけつつ、お兄がそう提案。
あたしも千紗さんに、なんならあたしが、ってうなずいてみせるけど……。
千紗さんは、笑顔で首を横に振る。
「ありがとう。
でも、取り敢えずウチが最後まで焼くだけ焼いてしまうね。
……次また、ちょっと変わったやつやし」
そう言って、最後に焼いてくれた変わり種は……。
青ネギをいっぱい入れて焼くお好み焼き……いわゆる『ネギ焼き』に。
コチュジャンベースのピリ辛ソースを塗って食べる……さっきのがイタリア風なら、今度は韓国風って感じのものだった。
そしてもちろん、それも、すーっごい美味しくて……!
「あ〜……しまったなあ、これはビールでも開けるべきだったわ……!
――いや、今からでも……!」
「ダメだよマリさん、この後まだ仕事あるんだから」
「う~っ……。
わ、分かってるわよぉ……」
「……ふふ、真里子さんも、おじさまには敵わへんのやね」
「まあ、父さん、母さんの無茶に対してだけは強いかなあ……。
基本的には、俺も父さんも、しっかりしろって言われる側だけど……」
「で、なんでそれをあたし見ながら言うのお兄?」
「それはもちろん、アリナが一番言ってるからですね!
そう、なんとわたしにまで!」
「そして、結局一番言われているのはキサマ、というオチだな」
「がっでむ!」
……そんな風に盛り上がるあたしたちは。
みんなして、本当に楽しい晩ごはんの時間を過ごせたのだった。