第299話 かくして魔法少女は、勇者と魔王と聖霊と〈世壊呪〉のいる家へ
……千紗を、ドクトルさんが入院している間、赤宮家で預かる――。
そのための、うちの母さんの強引すぎるやり口に、千紗も、戸惑ううちにあれよあれよと押し切られ……。
ついに、病院からの帰り、母さんの運転する車で自宅に寄ってお泊まりの用意をした千紗は――そのまま、我が赤宮家へとやって来たのだった。
「――あ! 着任、お待ちしておりましたっ!
お疲れ様であります、少佐!」
母さんが車をガレージに戻してる間に、千紗と2人、玄関をくぐると……。
出迎えたのは、ビシッと最敬礼をしたビミョーにウザい金髪碧眼JSだった。
どうやら、亜里奈は番台の手伝いらしい。
……つーか、千紗は少佐なのか……基準が分からんけど。
「それでは早速、お部屋へご案内いたします! シャー!
……おら、そこ! 荷物持ちのへっぽこ二等兵はキリキリ動けいっ!」
「へいへい、イエスマム」
千紗の荷物が入った大きめのバッグを運んできていた俺は、対応に困っている様子の千紗の肩を叩いて、「行こう」とアガシーの後に続くよう促す。
「ほ、ほんなら……お邪魔します……っ!」
「どーぞどーぞ、我が家と思って存分におくつろぎ下さいであります!」
「……一応は居候のお前がそれを言うか……いいけどよ」
――先に立ったアガシーが千紗を案内したのは、1階の客間。
……と言っても、我が家に泊まりがけの客なんて滅多に来ないので……。
いつの間にやら、他の部屋から、使わないモノやらダンボール箱やらが集まってきて、ちょっとした物置状態になってたところだ。
でも今は――。
「おお〜……見違えたな〜」
……思わず感嘆の声をもらしてしまうほど、キレイになっていた。
雑多な荷物もすっかり姿を消し、カーペットも(古い安物だが)一度洗ったらしく、清潔な感じだ。
ホコリっぽさもない。
母さんの言葉によれば、亜里奈とアガシーが掃除したらしいけど……。
どうやら、思ってた以上にしっかり、一生懸命にやってくれたみたいだ。
……まあ、アガシーはああ見えてそもそも根は真面目だし、『誰かのために』って動くのを苦にしないところがあるし……。
亜里奈は言わずもがなの、ある意味赤宮家一のしっかり者、だからな。
さて、それはさておき……。
残念ながらこの部屋、そんなに広くはないし、ベッドも簡素な折りたたみのものしか無いんだけど……。
もともと客間として考えられていただけに、大きめの窓もあって日当たりは良いし、ちゃんとエアコンはあるし――で、生活環境としては悪くないと言える。
……が、それはあくまで、『俺なら』の話であって――。
俺のようなド庶民と違い、実はわりとお嬢さまな気もする千紗にとってどうなのか、が問題なんだが……。
「この部屋……ホンマに、ウチが使わせてもろてええの?」
「ん? ああ、もともと客間なんだし。
……って言うか、むしろゴメンな、こんな部屋しかなくて」
広いわキレイだわ設備揃ってるわ――な、ドクトルさんちと千紗の部屋を知っている俺は、ついつい庶民的感覚からそんなことを口にしてしまうが……。
千紗は、心底気にしていないらしく、屈託なく微笑む。
「ううん、ゼンゼンそんなことないよ。すごい過ごしやすそうやし。
……ほんで、ここ、ウチのためにって、アガシーちゃんと亜里奈ちゃんがお掃除してくれたんやんな?」
「イエシュ、マム!
心を込めておそーじさせていただきましたっ!」
「……ホンマにありがとうね。
ほんならこのお部屋、使わせてもらうな?」
「お気に召しましたよーで、何よりでありますっ!」
……ああ……そうか、そうだよな。
部屋の造りがどうとかより、アガシーたちが、母さんの言いつけだろうと、自分のためにって一生懸命部屋を整えてくれた――。
そのことが一番大事で、だからこそ、最高の部屋だと感じる……それが、鈴守千紗って女の子なんだもんな。
うん……ますます惚れ直したなあ。うん。
「――あ、千紗。
もし、何か入り用のものとかあったら、俺に――じゃ、言いにくいこともあるか。
……そうだな、基本、母さんか亜里奈に言えば大丈夫だから。
そのときは遠慮無く言って」
「あ、うん……ありがとう!」
――そのあと、「やっぱり、ちゃんとご挨拶しとかへんと……」との千紗の願いを聞いて……。
亜里奈と番台役を交代に行ったアガシーと別れ、俺と千紗は、じっちゃんばっちゃんを探して〈天の湯〉の裏手へ回る。
すると、ちょうどボイラーの方に2人とも揃っていたので、千紗の挨拶はまとめて済ませることが出来た。
ちなみに、うちのじっちゃんは口数の少ない無骨なタイプなんで、「ゆっくりしていきな」とぶっきらぼうに答えるだけだったところを……。
そもそも番台を通して千紗とは顔見知りでもあったばっちゃんが、「おじいさんは照れ屋なだけなのよ」と、上品に笑いながらフォローしてくれた。
まあ、実際、じっちゃんは怖そうな雰囲気だけど結構優しいっていうか甘いっていうか大らかっていうか……そういうところあるからなあ。
むしろ――礼儀作法とか、あれこれと厳しくて怖いのは、雰囲気とか物腰はやわらかなばっちゃんの方だったりする。
……と言っても、ばっちゃんはばっちゃんで、厳しいだけじゃなく、同時にすごい懐が深かったりもするんだけどな。
で、そんなばっちゃんと、礼儀正しいしっかり者の千紗の相性が悪いはずもなく……。
千紗との何気ない会話が弾む中、ばっちゃんも、母さんからドクトルさんのことは聞いてるだろうに、むしろそこには触れず……。
穏やかに笑いながら、歓迎の意を示していた。
――赤宮家の方へ戻りながら、改めて千紗に、じっちゃんとばっちゃんの人柄について話すと……。
「めっちゃ緊張したよー……」と、千紗は微苦笑を浮かべる。
「ウチ、ちゃんとご挨拶出来てたかなあ……」
「いや、それについてはゼンっゼン大丈夫。
特にばっちゃん、千紗と話しながら俺に、『あなたもこれぐらいしっかりしなさい?』みたいな圧をチラチラ向けてたぐらいだからなあ……」
「そ、それやったらええねんけど……」
「にしても、ボイラーの方、スゴい暑かっただろ?
さっさと戻って、涼みながら冷たい麦茶でも飲もう」
慣れてない人間に、この真夏の、夕方でまだ陽も高い時間のボイラーはキツかっただろうと、そう提案すると……。
うなずく千紗は同時に、興味深げに目を輝かせてもいた。
「でも、お風呂屋さんの裏に入ったん初めてやったから、スゴい新鮮やったよ……!
お世話になるんやし、ウチもなんかお手伝い出来たらええねんけど……」
「その気持ちは嬉しいけど……さすがに千紗にボイラー番はなあ。
うちじゃ基本的に、男連中の仕事だし。
もし手伝ってもらうとしても……やっぱり番台かな」
浴場の掃除なんかも、あれはあれで、それなりに知識や慣れが必要だし……。
体力的にもわりとキツい。
となると、現実的な案は、亜里奈やアガシーと一緒に番台、ってところか。
千紗なら、ご近所の常連のじーさんばーさんのウケもいいだろうしな。
……まあ、千紗が俺の彼女ってことは、商店街のおっちゃんおばちゃん経由でご近所には知れ渡ってそうだし……あれこれ言われて面倒くさいことになりそうだけど。
――主に俺が。
そんなことを話しながら家に戻り、まずは涼を取ろうと居間に入ると――そこには、母さんと、アガシーと番台を交代してきたらしい亜里奈がいた。
「あ、千紗さん、いらっしゃい!」
「亜里奈ちゃん……しばらくお世話になります、よろしくね」
満面の笑顔で出迎える亜里奈にも、千紗は微笑みつつ丁寧に頭を下げる。
「……それで裕真、2人してどこ行ってたの?」
一方で、母さんがそう尋ねてくるので、俺は千紗がじっちゃんとばっちゃんに挨拶に行ってたことを話した。
母さんは、「そっか」とうなずきつつ、手早く冷蔵庫から出した麦茶をグラスに注ぎ、俺たちに手渡してくる。
「千紗ちゃん、裕真が気が利かなくてゴメンねー……。
――まったく、千紗ちゃんの意を汲むのはいいけど、慣れてない子をあのあっつ〜いボイラーの方に連れて行くとか、配慮無さすぎでしょ。もう……」
「う……それは確かに、ちょっと反省してる」
「あ、取り敢えず、千紗ちゃんに手伝ってもらうお仕事は、番台の方だから。
そこのところは安心してね」
ニコニコと無邪気に笑いながら……なんかとんでもないことを言ってる母さんに、俺は思わずツッコむ。
「――って、うちの仕事手伝ってもらうのまで決定事項にしちゃダメだろ!」
しかし、母さんはどこ吹く風で……千紗に向かって首を傾げてみせる。
「……って言うんだけど……千紗ちゃん自身はどう思う?」
「ウチは――ご迷惑やないなら、お手伝い、させてほしいです。
出来る限りで、でも……」
千紗の返事に、母さんは小さく、「うん」とうなずいた。
「ありがとね。でも、千紗ちゃんにはまず、ドクトルさんのこととか、家業のこととか、やらなきゃいけないことがあるんだから……。
その二の次、そう、ホントに出来るときだけでいいからね」
そうして、俺に、「これならどう?」と言わんばかりの顔を向ける。
……確かに、千紗の性格上、何もせずにただ世話になるだけ、ってのも受け入れがたいだろうから……。
そういうことなら、良い落としどころってやつなのかも知れないけど……。
「あ、それでね、今亜里奈と、今日の晩ゴハンどうしようか、って話をしてたところなんだけど……」
「あ! やったら、それこそウチにお手伝いさせて下さい!
お仕事と違てお料理やったら、すぐにでも出来ますし……!」
千紗の希望を受けて、母さんはニッコリと笑った。
「ありがとう、助かるな〜……!
それじゃ、亜里奈と一緒にお願い出来る?
……あたしは、まだちょっと仕事があってね」
「はい、任せて下さい!」
元気に頭を下げる千紗に、当然のようにお礼を言って、母さんはさっさと居間を出て行った――のを追いかけて、廊下でつかまえる。
そして、居間の方には聞こえないよう、小声で詰め寄った。
「ちょ、母さん……! いくら何でも……!
千紗は疲れてるのに、いきなり今夜のメシの準備まで、って……!」
それに対して、母さんは……ひとつ、小さなタメ息をつき――。
「……あのね、裕真。
千紗ちゃんを思いやるのは結構だけど――」
分かってないわね、とでも言うように、微かに口元だけで笑ってみせた。
「……こんなときはむしろ、ちょっと忙しいぐらいにしてた方がいいのよ。
やらなきゃいけないことに集中してれば、余計なことは考えずに済むし……身体動かしてた方が、意外と気持ちも前向きになるでしょ?
――特に、今の千紗ちゃんみたいな状況だと……下手に一人の時間を持て余したら、休むどころかいろいろ考えちゃって、却って落ち込んだりしそうだし――ね」
「……あ……」
母さんの主張に……俺は思わず、間の抜けた声を出してしまう。
……俺は……そこまでは、考えてなかった。考えが及ばなかった。
とにかく休ませてあげたいって、その思いが先に立って……。
「でも……同時に、きっと、頑張り過ぎちゃう子でもあるからね――」
そんな、ついうなだれてしまった俺の頭を、ぽんと軽く叩き――。
母さんは、ニッと笑った。
「そこで、ムリはしないよう、ちゃんと見守っててあげる――。
……それが裕真、アンタの役目でしょ?」