第28話 勇者と彼女と勉強会と……?
――勉強会は、拍子抜けするほど真っ当に、ちゃんと『勉強会』していた。
イタダキやおキヌさんあたりに面白おかしくされるか、ドクトルさんに無理難題を(主に俺が)吹っかけられたりするんじゃないかって思っていたが……ゼンゼンそんなこともなく。
集まったメンバーの中で、成績が特に良い鈴守と衛をメインの教え役にして、各々、苦手な教科、分からないところを、お互いに教え合ったりする感じで進められた。
で、ドクトルさんはと言うと……。
基本的には俺たちに干渉せず、もはや武器なんじゃないかと錯覚しそうなほど分厚い、何かの専門書らしい本を(片手で)開き、コーヒーを飲みつつ読みふけっている。
だけど、俺たちだけでは難しいところがあったりすると、そのつど丁寧に、分かりやすく助言を与えてくれた。
けれど、あくまでその程度だ。
当たり前のことだけど、「人に教えるということは、教える側にも勉強になる」わけで……。
ドクトルさんが、まずは俺たちが互いに教え合うことで、この場の全員にとってちゃんとした『勉強』になるように――と、配慮してくれているのが良く分かった。
まあ、もちろんそれだけじゃなく……何せ、これだけ威厳と迫力のある人だからな。
同じ部屋にいるだけで、空気が引き締まってるって面もあるだろう。
特に、俺にとっては――。
「……うん、言うほど悪くないよ、赤宮くん。ちゃんと出来てる」
「そっか? でもそれは、鈴守が教えてくれてるお陰だよ、ありがとな」
――そう。
俺の隣で、鈴守がほぼ付きっきりで教えてくれるこの状況……ドクトルさんがいなきゃ、自分で言うのも何だが、デレデレになっちまって効率最悪だったことだろう。
この嬉しいシチュエーションを満喫出来ないのは残念極まりないけど……。
まあ、テストを無事に乗り切ったら、また――というか今度こそ、ちゃんとデートすればいいだけだしな!
《もしかして次は、エイリアンが襲撃してきたりするんですかね?》
(いや、頼むから、そういうフリはやめてくれマジで……。
てか、楽しそうに言うんじゃねえよ!)
「……さて、と……!」
俺が、いらんことを抜かすアガシーに脳内で思い切りツッコんでいると――。
ドクトルさんが、わざとらしく大きな音を立てて本を閉じる。
「そろそろ2時間になるな。
みんな良く頑張った、ダラダラやったところで効率は悪いし……いったん息抜きを挟もうじゃないか」
ドクトルさんに言われて、みんな、思い思いの返事をしながら緊張を解いた。
途端に部屋の空気がゆるむ中……ドクトルさんはさらに、一つの提案をする。
「で……だ。
せっかくだし、ゲームでもしないか?」
……な、なんだ?
ドクトルさん、すごい笑顔で言ってるのに……イヤーな予感がするぞ……。
「頭を使ったあとは、身体を動かすのがいい。
――というわけで、だ。
上に行けばリングもあることだし、いっちょ、このドクトル・カリヨンと一勝負――」
……ドクトルさんの視線はしっかり俺に向いている。
おいおい、マジかよ……と思ったら。
俺の隣で、ドクトルさんとは対照的に冷たい目をした鈴守が、実の祖母をジトーッとニラみ付けていた。
しかし当のドクトルさんは、含み笑いで難なくそれを受け流す。
「……と、言いたいところだが……まあ、さすがに無茶な話だからな。
そこで――ここはひとつ、アタシと腕相撲とかどうだい?
勝った子には、ご褒美を進呈しようじゃないか?」
「おばあちゃん……元プロレスラーがなに言うてんの。
そんなん、ウチら勝てるわけないやん」
「もちろん、ハンデはつけるさ。
――まず、女の子は全員総掛かりでいい。当然、両手もアリだ。
千紗、それなりに鍛えたアンタまでいるんだ、それなら勝機もあるだろう?」
俺は、チラリと鈴守を盗み見る。
……そう言えば鈴守って、成績はもちろん、運動神経の方も相当良いんだよな。
今にして思うと、おばあさんがこれならさもありなん――か。
「……おキヌさん、鈴守って、力も結構強かったり?」
成り行きを見守るおキヌさんに、そっと尋ねてみる。
「外見通りで、強い、ってほどじゃないと思うけどねー。
あ、でもアタシ、足をちょっとひねったとき、保健室までお姫さま抱っこしてもらったかなー」
ふむ……。
小柄な鈴守が、さらにちっさいおキヌさんをお姫さま抱っこしてる光景……。
………………。
なんだろう。なんか、すげえほっこりする……。
うむ――アリだな……!
「なんだ赤みゃん、アタシみたいなちょ~っとばっかり小柄な女子でも、お姫さま抱っこ出来ちゃうなんて……怪力女だ、ってヒいちゃうとか?」
「は? まさか、ゼンゼン気にならん。
……というか、むしろさらにホレた」
「それを真顔で言うところがさすがだねえ、赤みゃんは」
……そんな風に、俺がおキヌさんとヒソヒソ話している間にも……鈴守はドクトルさんに、今度は男子のハンデについて尋ねていた。
どうやら、女子全員を相手にして、さらに男子まで全員同時はさすがにツラいと、男子については代表者一人と一騎打ちってことになったようだ。
ドクトルさんのメインターゲットは……まあ、十中八九俺なんだろうが……それはさておき、一応、その代表者は、男子同士で勝負して決めるらしい。
つまり、イタダキや衛に負けるようならそもそも論外、ってところか……。
「それで、肝心要のご褒美だが――」
ぐるりと全員を見回し、もったいをつけるドクトルさん。
《おお……なんでしょうねえ!
科学者ってぐらいだから、変身ヒーローにでも人体改造してくれるとか!?》
(どんだけの科学力だソレ。
つーか、モロ犯罪だしむしろペナルティじゃねえか……)
「……まず女の子には、昼間に買っておいた、世夢庵の抹茶プリン、〈エメラルドソード〉を進呈しよう! そう、数量限定のあのエメソーだ!」
「おおっ、エメソー!? あの幻の!」
おキヌさんと沢口さんが沸き立つ。
鈴守は――おや、表情こそ硬いままだが、唾を飲み込んだぞ。
……もしかして、大好物――なのか?
うむよし、いい情報をゲットした……! 覚えておくべし!
「女の子には、って……ほんなら、男の子には……?」
鈴守の当然の疑問に、ドクトルさんはスマホを取り出し、ニヤリと笑う。
……あ、ヤバい……!
アレはなにかを企んでる人間の顔だぞ……!
「思春期男子のご褒美に、スイーツもないだろう?
そこで……だ。
男子諸君、見事アタシに勝ったあかつきには――」
ドクトルさんはこれ見よがしにスマホを振る。
「昨日アタシが撮影したばかりの、千紗のちょ~っとだけ恥ずかしい秘蔵写真をお目にかけようじゃないか」
「ンなぁ――――ッ!?」
実の祖母のトンデモ発言に、文字通りに絶句する鈴守。
一方――ド阿呆のイタダキに、こんなところまで付き合いが良い衛、さらにはなぜか女子勢までが、「おおー!」と歓声を上げた。いや、アガシーもか。
……え、俺?
俺は……うん、そうね……。
……………………。
そりゃもちろん、見たい! 決まってるだろ!?
けど、それ以前に――。
他のヤローどもには、鈴守の恥ずかしい姿とかゼッタイに見せられん……!
ゆえに――勝つ! 何としても!!
(ふっふっふ……今こそ、俺の勇者の力を発揮するときだな……!)
《ちょっと勇者様、そりゃわたしも見たいですけど、くれぐれもやりすぎないで下さいよ?
……てか聞いてます? おーい?》
どうだ?――と、挑発するようにドクトルさんが俺に視線をやる。
俺は、それを真っ向から見返しながら……拳を握り締めていた。