第1話 引き継いで勇者
俺が、呪われた装備と不注意によって、かの魔法少女に悪役認定されることになる、その一週間ほど前。
……それは5月の初め、ゴールデンウィークの終わり頃のことだった。
あ、ちなみに「誰お前?」ってなる前に繰り返すと……
俺の名前は、赤宮裕真。
首都圏は広隅市にある、堅隅高校の2年生だ。
しかしてその実態は、不本意ながら異世界帰りの〈勇者〉ってやつで――
……って、え? クドい? バカにすんな?
すいません。――って、いや、誰に謝ってんだ俺?
まあいいか……。
勇者なんざきっと、どこの世界のどなたでも、ムダに脳内独り言が多くなるもんだと思うし。
職業病ってやつだろう。うん、そうに違いない……。
――そうなんだよ!
だからあんまり気にしないでくれ! お願いだから!
あー……ゴホン。
……ともかく、だ。
5月の初め、ゴールデンウィークの終わり頃のこと。
高2になっての新しいクラスにもすっかり慣れた、そんな頃……。
俺は、人生3度目の勇者をやるハメになったんだ。
――ちなみに、1度目は小学5年のときだった。
魔法世界〈メガリエント〉に召喚され――世界を救う過程で、国立大学受験するのか、ってぐらい魔法の知識を叩き込まれた。
おかげで、今でも偉人の格言より魔法の呪文の方が――数学の公式より魔法理論の方が、よっぽど思い浮かべやすいほどだ。参る。
――続く2度目は、中学2年のとき。
拳闘世界〈ナクレオ〉に召喚され――世界を守る過程で、プロのリングに上がるのか、ってぐらい格闘の技術を叩き込まれた。
おかげで、今でも無意識に気を張って不意打ちに備えていたり……友達の何気ないツッコミにカウンターを入れそうになるほどだ。困る。
そして――3度目。
ある意味、オーソドックス(と言ってしまっていいのかどうか)な剣と魔法の世界〈アルタメア〉に召喚された俺は、1年以上の大冒険の末に、何とか世界を救って戻ってきた。
ちなみに1年と言っても、こちらとあちらでは時間の流れが違うので、こちらでは1日程度の時間しか経っていなかった――まあ、いつものことなんだけど。
しかしそれでも、ゴールデンウィークをフイにするには充分だったわけで……。
あ、いや、本当に重要なのはそこじゃない。
今回の異世界救済活動は、これまでと違う、『とある問題』が起こっていたんだ――。
「……正直、まさかこんなことになるなんて、俺も思ってもみなかったワケだ」
座卓に頬杖を突いた俺は、思いっきりタメ息を吐き出す。
……ここは、中流家庭まっしぐらな赤宮家の俺の部屋。時刻は夜10時。
そして、座卓を挟んで座布団にちょんと座り、リンゴジュースをストローでちゅーちゅー吸いながら俺のグチに耳を傾けているのが――。
赤宮亜里奈。
今年、小学校6年生になった、俺の妹だ。
「うん、まあ、そうだよね。
お兄がこれまで持って帰ってきてたのは、結局、ラノベ書く役にすら立ちそうにない、おおむね『ムダ』な知識と技術だけだったから……」
ビミョーにキズつくことを言いながら、妹――亜里奈は、その特徴的な、ややツリ目がちの大きな目を、俺の斜め上方向に向ける。
その視線の先、空中には――俺の聖剣を司る〈剣の聖霊〉アガシオーヌが、愛想の良い(ただし本性を知る俺からすると欺まんに満ちた)愛らしい笑顔で、正座しながら浮かんでいた。
……って、甲冑着て正座とか、アイツ何気にすげえな。どうなってんだ。
「で……あなたは、アガシオーヌちゃん……だっけ?」
「アガシーと呼び捨ててくれていいですよー。
わたしの方も、アリーナー、なんて友好的に――」
「………アリぃ~ナぁ~……?」
いきなり、ギロ、と擬音をつけて亜里奈がニラむ。
アガシーの笑顔が一瞬で凍った。
おお、いい気味だ――じゃなくて。
「あ~……アガシー? 亜里奈な、その呼ばれ方キライなんだよ。
コイツ、小学校で、イタズラする男子を実力行使で排除してたら、赤宮って名前にかけて、赤い悪魔〈レッドアリーナー〉なんて二つ名を――あだっ」
笑いながらアガシーに説明してやっている俺の額を、何かがすごい勢いで直撃した。
視線を落とすと……。
亜里奈が、何かを弾くように指を動かしながら、今度はこっちをニラんでいる。
――その眼差したるや、もう、瞬間冷凍級に冷ややかだ。
いや、もはや『眼刺し』だ。グサリと即死級。
フリーズドライじゃすまんぞ俺。
……いや、というか……。
どうやら俺の額に当たったのは、亜里奈が弾いたストローの袋だったらしい。
え……マジで? あのちっちゃい紙クズ?
おいおい、パチンコ玉程度には痛かった気がするぞ……?
まったく……亜里奈こそ、勇者として召喚するべきじゃないのか異世界たちよ……。
どこに目ェ付けてんだ。
いや、しかし、まあ……。
確かに、ストローくわえてこっちを睥睨(身長差を考えると、むしろ見上げてきているハズなのだが、そう感じてしまう)するさまは、勇者というより、葉巻をくわえてふんぞり返るマフィアの大ボス、って方がしっくりきそうだが……。
「……お兄ぃ?」
「すんません、ごめんなさい」
まさか思考が読まれたハズもなかろうが、反射的に、俺は平謝りに謝っていた――マフィアの大ボス、もとい、小学生の妹に。
「あ、じゃ、じゃあ、普通にアリナ……って呼ぶのは、いいですか?」
俺とのやり取りで、初対面のアガシーも、亜里奈の恐ろしさ――いやさ、真面目さを理解したらしい。
ちょっとおっかなびっくりに呼び名を提案し直す。
すると、亜里奈は素直にうなずいた……少し恥ずかしそうに視線をそらしながら。
「う、うん……いいよ、それなら」
――うむ。
こんな風にしてると、ヒイキ目ナシにしても相当カワイイんだがなあ……。
………………。
え? いや、別に俺、シスコンってわけじゃないぞ? 違うぞ?
「で……アガシー?
お兄って実際、どれぐらい『引き継いで』るの?」
あっという間に機嫌を直した(正直、そんなに損ねてもいなかったハズだ……本気で怒らせたらこんなモンではすまない)亜里奈は、アガシーにそんな質問を向ける。
そう……そもそも、こうやって話し合いの場を設けたのはそのためだったのだ。
これまでの2回と同様、異世界を救った俺はこちらに戻るとき、そのチカラや道具のほとんどを失うはずだと思っていたのだが……。
どういうわけか、今回はそっくりそのまま、こちらへ『引き継いで』しまったらしい。
アガシーが枕元に現れたときは、実は俺はまだ異世界にいて、強力な幻覚魔法でも受けているんじゃないかと疑ったほどだ――。
その際のヤツのセリフが、「お約束だという、ベッド下の『薄い本』なるものが無い!」だったので、あー現実なんだ、と理解出来てしまったが。大変残念なことに。
……しかし、なんで薄い本限定。つか、どこでそんな単語知った……。
いや、まあ、ともかく。
そんなわけで、ほぼ〈勇者〉のままこの世界に戻ってきてしまった俺は……。
かつて、小学校の頃、初めて異世界を救ったとき以来――。
俺のこの秘密を唯一『知って』いる理解者の亜里奈に、改めて、現状を話しておくべきだ――と、そう思ったというわけなのであった。