第297話 チーズハンバーグとステーキとプロとプロ
――夕方、5時も過ぎて。
一応、表向き『広隅市地域振興課』の職員である私は、つまるところ役所勤めなので、その時間には仕事も終わる。
もっとも、本業の〈諸事対応課〉としては、決まった就労時間などないようなものなので、むしろそこからが本番とも言え……。
ゆえに、だいたいはこの後、早い夕食に状況確認も含めて、〈常春〉にでも寄るのが定番なのだが――。
先んじて別の待ち合わせの連絡を受けていた今日、足を向けたのは……。
いつものナポリタンが美味い純喫茶ではなく――明治時代風ファミリーレストラン〈ガス灯〉だった。
愛想良く応対してくれたアルバイト店員に待ち合わせであることを告げ、店内に歩を進めれば……。
パッと見では、店の内外どちらからも目に付きにくい、奥まった場所のテーブル席に――こちらへ小さく手を振る、見知った人物がいた。
――直芝志保実。
メガネが特徴的な、スーツ姿の……歳の頃は20代半ばといった感じの女性。
……と、見せかけて――。
「……以前のように、居酒屋ならいざ知らず……。
集まるのがファミレスなら、変装する必要はなかったんじゃないか?」
テーブルに着きながらの私の言葉に、いたずらっぽい笑顔を返したのは――実際は20代どころか、現役女子高生の『忍者』……私の本業の協力者でもある、塩花美汐だ。
「そりゃま、お店的には問題ないでしょーけどね。
でももし、誰か知り合いにでも見られたら……西浦さんがヤバいでしょ?
――JKと二人っきりで会ってた、なんて」
「……今のキミの姿でも私よりは随分若いんだ、どちらにしても色々言われそうだがな。
まあ、それでも確かに、高校生よりはマシか」
「でしょ?」
……それから……。
今日の夕食を済ませる気でいた私は、せっかくなのでフェアをやっていた肉料理の中から、食い応えがありそうなステーキのセットを――。
そして美汐くんも同じような考えだったのか、チーズハンバーグのセットを頼み……互いにドリンクバーから飲み物を取ってきたところで、本題に入る。
「……ドクトルさんが入院したって話、もちろん知ってますよね?」
オレンジジュースのグラスを揺らしながらの美汐くんの質問に、私はすぐさまうなずく。
「そもそも私も、『広隅市地域振興課』として、地区の夏祭りの開催について、鈴守女史とは共同で仕事をしていたわけだからな。
……今朝方、赤宮さんから聞かされたよ」
そのときの様子を思い出しながら、私は烏龍茶を口に含んだ。
「あ〜……そう言えば西浦さん、赤宮センパイのお父さんが同僚なんでしたっけ。
そりゃ正確な情報も伝わるか。
――あ、じゃあ……こんなことになったら、その夏祭りのお話も凍結ですか?」
「いや。むしろこんなことになったからこそ、私たちで出来る限り進めていこう――という話になっているな。
いずれきっと鈴守女史も良くなる、その応援の一環としても、お祭りという明るい――しかも女史が力を尽くされていたイベントは進めるべきだ、と……赤宮さんがな。
比較的ラクな実務仕事は私に任せて、言い出したのは自分だからと、関係者各所への協力依頼に奔走されていたよ」
「……へぇ〜……なーるほど。
そういうトコ、いかにもあのセンパイのお父さんっぽいなあ……」
感慨深げに言って、ずずーっとストローでオレンジジュースを吸い上げる美汐くん。
しかしそうかと思うと、次の瞬間にはメガネの奥の眼光鋭く、新たな問いを投げかけてくる。
「で……ドクトルさんが倒れた原因、なんだと考えます?」
「原因不明の突発性の難病……という可能性も、もちろん否定出来ないが。
しかしそれよりは……〈諸事対応課〉として、様々な超常的な事件に立ち会ってきた経験から……。
『魔法』などの力によるものではないか――と、そう思わずにはいられないな」
――そこまで話したところで、セットのサラダを皮切りに、オーダーした品が届き始めたので……一度話を区切り、料理が揃うのを待つ。
そうして、せっかくなので熱いうちにと、二人して料理に手を付けながら、会話を再開する。
……その口火を切ったのは、美汐くんだった。
まだ熱せられた油の弾ける、一口大に切ったハンバーグに豪快にチーズを絡め……目の前まで持ち上げたところで、先の私の話への疑問を問いかけてくる。
「……魔法かどうかのチェックって、出来ないんですか?」
そうして、さも美味そうに、熱そうに……ハンバーグを口に放り込む。
一方で私は、ひとまずステーキを切り分けることに専念しながら答えた。
「……知っての通り、私はただの役人だからな。
もちろん、うちの課を通して、専門の人員や道具を手配してもらうことも出来なくはないだろうが……。
それもすぐにとはいかないし、鈴守女史に付いているご家族――まあ今で言えばお孫さんだが、彼女に内密で済ませる、というのも難しいだろうな。
――で、美汐くん、キミの方はどうなんだ?」
問い返すと、美汐くんは、早くも口にしていた新たなハンバーグを飲み込んでから、フォークを振りつつ苦笑する。
……どうでもいいが、この子、熱いものを苦としないようだな……ペースが早い。
「知っての通り、アタシもただの忍者ですから。
魔法だのなんだの、そーゆーのは期待されても困るんですよねー」
「……ふむ、と言うことは……」
私の脳裏に、一人の少女が思い浮かぶ。
そしてそれは美汐くんも同様なのだろう、付け合わせのブロッコリーをポイと口に入れながらうなずいた。
「まあ、そういうこと……ですね。
ガチの魔法少女やってるラッキーに見てもらうのが一番、でしょう。
お見舞いっていう、真っ当な理由もありますしね」
私は私で、「そうだな」とうなずき返しながら……切り分けたステーキを口にする。
……うむ……さすがに、宣伝文句ほどやわらかくもないが……。
ファミレスで、あの値段でなら上等な方か。そこそこ美味い。
「もっとも、そう――魔法によるものだと断定されたとして、だ。
それが、〈世壊呪〉の件に関係があるのかどうかは分からないわけだが」
私の発言に、一度ナイフとフォークを置き、オレンジジュースで息をついてから……。
美汐くんは、自らの頭の中を整理し直すような口調で、語り始める。
「でも……たとえば魔獣のような、『異世界からの迷い子』的な存在による、突発的な事故だった可能性は考えにくい。
なぜなら、〈常春〉地下の〈庭園〉は、その性質上、異世界との接点になりやすいという特徴を持っているからで――。
現に、キャリコがこちらの世界にやって来たのは、あそこからだった。
だけど、今回の件では……〈庭園〉の方でそんな兆候は見られなかった。
そして、直接〈庭園〉に現れなかったとしても……そうした『迷い子』を保護することを第一に考えている〈救国魔導団〉の網に引っかからなかった、というのは考えづらい。
そうなると……やはり、ドクトルさんの件には『こちらの世界の犯人』がいると考えるのが自然。
……と、いうことは――」
そこまで言って、美汐くんはサラダについていたミニトマトを指で摘まんで、ひょいと口に入れた。
「その犯人を特定出来れば――あるいはそれを探る過程で。
この件が、〈世壊呪〉に関係しているかどうかも分かってくる……ってものですよね」
私も、烏龍茶で一度舌をサッパリとさせつつ……うなずいて答える。
「まあ、そういうことにもなるが……しかし、手間だぞ?
それに、結果として〈世壊呪〉の件に関係があるなら報われるが、これでもし、まったく何の接点もないハズレだったなら――」
「報われますよ、それでも」
私の言葉を遮って、美汐くんはメガネの奥でニッとイタズラっぽく笑う。
「だって――。
それならそれで、悪いヤツをとっ捕まえられる……ってコトですからね?」
……ただ、与えられた任務を遂行することだけを考え、ときに冷徹とも言える判断を下すプロフェッショナル――。
そんな『忍者』のイメージとかけ離れた言動に、思わず一瞬、呆気に取られるも……。
その意見が、何より共感出来るものだったので……私は苦笑しながらも、自然と大きくうなずいて同意していた。
「なるほど……そうだな、まったくだ。
ならば、追っている案件との関わりが不明だからと、放っておく手はないか。
――分かった、私もそれについて、私なりに情報を集めてみよう」
なかなか良いことを言うじゃないか――と、感心しきりな私だったが……。
「あ、ちなみに、本当に関係ない案件だったら、今請け負ってるのとは別口の仕事ってことで、追加料金請求しますんで」
続けて、美汐くんがキッパリとした調子で告げてきたその要求に、今度は眉をひそめることとなった。
「……まさか、そっちが狙いの本命――じゃないよな?」
「まあ、女の子ってのは、何かとお金が入り用ですし〜?
……と、いうのはもちろん冗談ですけど」
うっしっし、と笑いながらの、本気とも冗談とも取れない美汐くんの発言に、私はタメ息をもらしつつ……切ったステーキを口に運んだ。
「まあ、理由がなんであれ、働きにキチンと報いるのは当たり前のことだからな。
――といっても、私にそんな裁量はないぞ……そのテの話は、直接上に言ってくれ」
「わーかってますって。
なにも西浦さんに、その首を賭けて、上司相手にアタシのギャラアップの交渉してくれー、なんて言いませんから。
……あ、別に西浦さんのポケットマネーから出してくれてもいいんですけど?」
笑顔のまま、チーズハンバーグを頬張る美汐くんに……。
反対に私は、渋面のままに答える。
「……しがない公務員の安月給にたからないでくれ。
ここの勘定ぐらいは持ってやるから」
……まあ、ギャラの話はさておき……。
社会人に変装しているとは言え実際は高校生だ、食事代を払わせるわけにもいかないからな。
「えっへへ、ありがとうございまーす」
屈託なく、礼を述べる美汐くん。
……もっとも、彼女のことだ……これぐらいは計算済みだろうが。
そして、そうかと思うと――。
一転、彼女は真面目な顔付きで……頬杖を突きながら、質問を投げかけてきた。
「ちなみにですけど、西浦さん……。
このドクトルさんの件……実際、〈世壊呪〉の方に絡んでると思います?」
私は、何気ない風に食事を続けながら――しかし、迷うでもなく、即座にうなずく。
「……ああ、思う。
根拠など何も無いが……引っかかる、というやつだ」
私の答えに満足したように、ニヤリと笑いながら……美汐くんも同意した。
「アタシもですよ」
――それからは、私たちは特に何かを話し合うでもなく……ひとまず、食事に集中した。
そして、注文分を平らげ、改めてお互い、ドリンクバーで新しい飲み物を入れてきたところで……。
今度は私から、話を切り出した。
「さて、美汐くん。私からも1つ、報告しておくことがある。
……実を言えば、そちらの方に今後さらに注力したいこともあって、鈴守女史の件はそれほど積極的に関われないかも知れんのだが……」
「なんです?
あ……まさか、婚活とかですかっ!?」
タブレット端末で、この上さらにパフェなど注文していた美汐くんが、いきなり目を輝かせて身を乗り出してくる。
私は反射的に、タメ息混じりに首を横に振った。
「……いや、生憎だが、そちらはもう縁が無いものと割り切っているんでな……」
やはり忍者と言っても若い女の子、こういう話が好きなんだろうか。
……っと、いやいや、そうではなく――。
「――と言うか、真面目な話だ。
以前もキミと話しただろう、赤宮家の兄妹の再従兄妹にあたる2人の件だが――」
「……魔王センパイと、アガシーちゃん……ですか」
私の声色に、本気を感じ取ったからだろう――。
メガネの奥の眼光が、途端に鋭くなる。
私は、それに目だけでうなずき返しながら……応えた。
「ああ。あれから、少々突っ込んで調べてみた結果――。
彼らの戸籍に、偽造の疑いが浮上して来た」