第295話 小学生たちは、美魔女の眠りに何を思うか
――昨日は学校もあってムリだったし、今日はちゃんと修行しようと思ってオレは、凛太郎といっしょに師匠ンところに行ったんだけど……。
師匠の家には、誰もいなくて。
で、どっか行ったのかなって、〈天の湯〉の方で師匠たちのばーちゃんに聞いてみたら……。
「まさか、ドクトルばーちゃんが入院したなんてなー……」
「……ん……」
オレの言葉に、凛太郎がいつもみたいに――でもちょっと元気なくうなずく。
……結局、師匠たちがみんな病院行ってていないんじゃどうしようもないから、オレと凛太郎はそのまま近くの公園に来てた。
ここは、遊具とかはあんまし無いけど、でっかい木がいっぱい生えてるから、夏でも日陰が多くてケッコー涼しいんだ。
で、そこでオレは……大きめの木の枝を拾ってきて、それを木刀代わりに、素振りとかしてる。
師匠たちに見てもらえないからって、修行そのものをやめるつもりはなかったし。
だって……いつまた、あのエクサリオ――アイツの本体と戦うかわからねーんだから、ちゃんと強くなっとかなきゃいけねーもんな……!
軍曹にとっての、初代勇者ってやつでも――アイツが、アリーナーを狙ってるのは間違いねーんだ。
師匠たちの……それに軍曹の助けになるように、オレも頑張らねーと!
凛太郎も、リアニキに教えてもらってる魔法の練習とかすればいいと思うけど……あっちは、ヘタに成功してるとこ、誰かに見られたりしたらマズいもんなあ。
……ってわけだから、凛太郎は木の根元に座って、本を読んだり、テンの相手をしたりしてる。
「けどさ……ドクトルばーちゃん、うちのかーちゃんより若ぇーんじゃねーの、ってぐらいだし、あんだけ元気だったんだぜ?
タダの病気とか、ゼッテーありえねーよな……!」
「……ん」
本から目を上げて、凛太郎はうなずく。
「だからさ、ゼッテーアレだよ、悪ィヤツになんかされたんだ!
超能力とか、魔法とかでさ!」
「――突然症状が出るような病気だって、いくらでもあるよ、武尊」
いきなり、後ろから声をかけられて――あわてて振り返ったら。
そこには……いつの間に来てたのか、衛兄ちゃんがいた。
「あ、衛兄ちゃん!
……なに、そこのコンビニ行ってたの?」
近くにあるコンビニの袋持ってたからそう聞いてみたら、「まあね」ってうなずく。
「……で、近くを通りがかって、何だか聞き覚えのある声がするなあ、って思って来てみたら……。
またとんでもない話してるね武尊……まあ、小学生らしいと言えばそうかもだけど。
確かに、ドクトルさんの症状はまだ原因が不明だけど……超能力に魔法って、ゲームじゃないんだよ?」
「でもさぁ〜……」
……そっか。
衛兄ちゃんはオレたちと違って、ホンモノの魔法とか見たことねーんだもんな……。
うう〜、『魔法はちゃんとある!』って教えてあげてーけど……!
でもそのへんのことは、ヘタに話したりしちゃいけねーからな……ガマンガマン。
「……っていうか、武尊たちもドクトルさんのこと、知ってたんだね」
「あ、うん。〈天の湯〉のばーちゃんから教えてもらったんだ。
――てかさ、衛兄ちゃん、オレたちもお見舞いとか、行ってもいいのかな?」
いいよ、って言われると思って聞いたオレだけど……。
衛兄ちゃんは、ちょっと考えてから、なんか難しい顔をする。
「もちろん、ダメってことはないけど……ちょっと日をずらした方がいいかな。
とりあえず今日、僕らがお見舞いに行くって話になってるからね。
あんまりいっぱいの人が、1日に何回もお見舞いに来たら……鈴守さんも大変だろうし」
「あ〜、そっか〜……」
そーゆーとこ、あんまし考えてなかったなあ……。
またテンのヤツに、『だからガキんちょ』とか言われそー……。
「ドクトルさん入院、家族の千紗おねーさん、大変。
後で師匠とかに、良さそうなのいつか、聞く」
「おう、そーだな……そうすっか」
凛太郎のてーあんに、オレがうなずくと――衛兄ちゃんも。
「……うん、そうした方がいいね。
僕からも、武尊たちもお見舞いに来たがってた、って伝えておくよ」
……って、言ってくれた。
「さんきゅー、衛兄ちゃん!
……うっし、じゃあ今日は、このまま修行しとこっと!」
「修行って……確か、裕真に、レトロゲームの修行もしてもらってるんじゃなかった?
小学生男子って、ホントに『修行』が好きだなあ」
棒切れの素振りを再開したオレを見て、なんか苦笑する衛兄ちゃん。
「まあ、分かるけどね」とかも言いながら。
「だってさー……ドクトルばーちゃん、病気とかじゃなくて、なんか悪いヤツに負けちまったのかも知んねーだろ?
なら、そんなヤツがいたらブッ飛ばせるように、強くなっとかねーとさ!」
「でも、もしかしたら……悪いヤツ、違ったり」
いつもの通りの調子で、凛太郎がぽつっともらした言葉に、オレは思わず素振りの手を止める。
「……どういうことだよ?」
「事情あって、ドクトルさん、止めただけ……とか」
それってつまり、なんか、どーしよーもないワケがあったから、しょーがなく……とかってことだよな?
……ん〜、そっか……そーゆー可能性もあんのか。
まだ何にも分かってねーんだしなー……。
凛太郎、オレよりいろいろと考えてるもんな。
んで、バカなオレが、「こーだ!」って思い込んで突っ走らねーよーに、ときどき、こんな風に、ちゅーこく? してくれるんだ。
「……何でも、いっぽーてきに決めつけちゃいけねー……ってやつか」
それは、オレでも分かる。けどさ――
「けど……気に入らねー。納得いかねー。
なんかうまく言えねーけど……ホントに、悪いヤツじゃなくて、悪いことしたんじゃねーとしても……なんかそれ、やっぱし間違ってる気がする。
――師匠なら、ゼッテー認めねーと思う」
オレは、棒切れで地面をドンッと突いた。
「師匠ってことは……裕真?
なるほどね、確かに裕真ならそんな風に言いそうだ。
――『勇者』だからね、彼は」
衛兄ちゃんは、しょうがないな、みたいな顔で笑う。
……なんだろ、ちょっといつもの衛兄ちゃんっぽくないっていうか……。
皮肉っぽい?って言ったらいいのかな……。
「けどまあ、そもそもその『誰かの仕業』っていうのが、あくまで想像の話なんだし。
――いいかい武尊、お見舞いに行っても、鈴守さんにそんな話をして困らせちゃダメだからね?」
「わ、わーってるよ〜……」
だって、千紗ねーちゃんも、魔法とか異世界とかのこと、知らねーんだもんな。
もし、ホントに病気じゃなくても……病院じゃどうしようもなくても。
師匠はホンモノの勇者だから、ゼッテーなんとかしてくれる――って、励ましてあげてーけど……!
やっぱし、勝手に言っちゃダメだもんな……気を付けねーと。
「うん、分かってるならいいんだ。
……まあ、凛太郎くんも一緒なら、大丈夫だろうけどね」
笑いながらそう言って、衛兄ちゃんは……。
凛太郎も座ってる木陰に、コンビニの袋を置いて――代わりに、落ちてた棒切れを拾い上げる。
そんで、オレの前に戻ってくると……棒切れを竹刀みたいに、中段で構えた。
「さて……レトロゲームはともかく、剣の修行なら、相手がいた方がいいだろ?
まだ約束の時間まで余裕あるし……付き合うよ、武尊」
「え、いいのっ!?」
衛兄ちゃん、家出て広隅来てから、あんまし剣道の話はしたがらなかったから……そーゆーの、頼んでもムリだと思ってたんだ……!
でも、スゲー強かったんだし……相手してもらえんなら、やっぱスゲー嬉しいな!
「まあ、たまにはね……朝の運動にも、ちょうど良さそうだし」
「へへへ……! そんなカンタンにはいかねーかも知れねーぜ?」
オレも、衛兄ちゃんに合わせて、剣道みたいに棒切れを構えた。
衛兄ちゃんが強えのは確かだけど……。
オレだって、6年生になってちょっとは身体もデカくなったし。
しかも、それ以上に――。
ティエンオーになって戦ったり、師匠たちに鍛えてもらったりしてきたんだからな!
ここはいっちょ、衛兄ちゃんをビックリさせてやるぜ……っ!
* * *
――千紗さんとママを、病院から送り出したそのあと。
さすがのお兄も、ちょっと疲れてる感じだったので……あたしの一存で、病室を出て休憩してもらうことにした。
一人きりだと、あれこれ考えちゃって、却って気が滅入ったりするかもだけど……。
そこのところは、お目付役って名目で、話し相手にもなるハイリアさんに同行してもらったから、多分大丈夫だろう。
「……それにしても……大変なことになっちゃったね」
病室には、お兄と千紗さんが使っていた椅子があったから、そのうちの1つを引き寄せて座りつつ……いっしょに残ったアガシーに話しかける。
アガシーも、あたしに続いて座ると思ったら……。
立ったままに、しかも何だか険しい表情で――じっと、ベッドの上のドクトルさんを見つめていた。
「……ねえ、アガシー……。
やっぱりドクトルさん、病気とかじゃない――んだよね?」
「はい。アリナには視えないでしょうが……ドクトルばーさんには、法則性をもった魔力が絡みついてます。
間違いなく、ドクトルばーさんはこの魔力の影響で昏倒しているんです」
「……そっか……」
アガシーの答えにあたしは、こくんと一度うなずくに留めた。
……治療の魔法とかで治せないの? とは聞かない。
出来るのなら、きっともうやってるだろうし……アガシーも、今みたいな険しい顔はしてないだろうから。
「……アリナ、わたしは歯がゆいです……。
わたしも、一応治癒力を高めるような魔法は使えますけど……でも、専門じゃなくて。
そもそもが、わたしは聖霊は聖霊でも、〈剣の聖霊〉――。
その本質は……むしろ、『破壊』の方なんですよ。
だから、こんなとき、困ってる人を助けるようなチカラはなくて……。
それが、とっても――悔しいです……!」
「……アガシー……」
しばらく、その言葉通りに悔しそうなアガシーの横顔を見ていたあたしは。
でも、それじゃダメだと思って――アガシーの手を取って、椅子に座らせる。
「……アリナ?」
「アガシーにはアガシーなりの……あたしなんかじゃ分からない、聖霊としての想いもあると思うよ?
けど、すぐに助けられないって、歯がゆい思いをしてるのは、きっとお兄も同じだし……あたしだってそう。
それにそんな、魔法とかの事情すら分からない千紗さんは、もっとツラいに違いないよ。
だから……そんな泣きそうな顔してちゃダメ。
アガシー、あなたはもう、『赤宮シオン』でもあるんだから。
ウザいぐらいにテンション高くて、みんなを強引にでも元気にするのがあなたなんだから。
持ってるチカラの本質がどうとか、そんなの関係ないんだから。
だいたい、さっき自分で千紗さんに言ってたじゃない、『ゼッタイ大丈夫』って。
だったら……まずあなたが元気でなくちゃ。そうでしょ?」
「……アリナ……」
呆けたようにあたしを見返すアガシーに……ダメ押しを一言。
「返事はどうした、軍曹?
上官の言葉に、許される答えはたった一つだ……分かるな?」
それを受けたアガシーは、自分のほっぺを、両手で挟み込む形に勢いよくパシンと叩き――跳ね上がるように姿勢を正しつつ、敬礼してきた。
「――イエシュ、マムっ!!
まったくです……! この最強美少女JS軍曹がこんな体たらくでは……っ!
へっぽこ新兵どもに示しがつかないところでしたよ、シット……!
――ホントに危ないところでした、これも閣下のお力添えのお陰であります!
あざっす! あざざざっす!」
「……そうそう、やっぱりアガシーはそうじゃないと――でもウザい」
「がっでむ!」
あたしの笑顔での悪態に、大ゲサに天井を仰ぐアガシー。
その姿から、視線をドクトルさんの方に移せば――。
……その身体には、やっぱり――。
「…………」
「……アリナ? どーかしましたか?」
「え? あ、うん……早く何とかしてあげたいな、って」
やっぱり、淡く輝く空気の流れのようなものが、絡みついているのが――。
あたしの目にも……『視えて』いた。
 




