表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4度目も勇者!?  作者: 八刀皿 日音
20章 登校日の、いつも通り?――な勇者たちと、美魔女の責務
293/367

第291話 勇者に出来るのは、今はそれぐらいしかない



 ――ドクトルさんが、病院に――。




 千紗(ちさ)から、その衝撃の電話を受けた俺は……。



 千紗に、すぐ迎えに行くからと、家で待ってるよう指示すると――。


 一方で一緒にいたハイリアにも、あとで頼るかも知れないからと、母さんへの繋ぎを任せ――。



 取るものも取りあえず、自転車をブッ飛ばして千紗の家へ向かった。




「……ゆ、裕真(ゆうま)くん……っ!

 ゴメン――ゴメンな、ウチ、どうしたらええか分からへんくて……っ!」




 言われたからって、大人しく座って待っているような心境じゃなかったんだろう――家の前で俺を待っていた千紗が、泣きそうな顔で申し訳なさそうに謝ってくるのを……。


 努めて穏やかに、「俺なら大丈夫だから」となだめる。




 そして、後ろの荷台に千紗を乗っけて――連絡があった病院へさらに突っ走った。




 ……ほんの数時間前、千紗と、車の免許もいいけどバイクも欲しいかも知れない――なんて会話してたのが、何とも皮肉だ。


 まさに今こそ、そうした移動手段が欲しいところだってのに……!



 そんな歯がゆい思いをしつつ、千紗に病院の名前を聞いてみると……。


 救急のある大きな病院だろうし、もしかしたらと思っていたら……やっぱりというか、『高稲(たかいな)総合病院』だった。



 そこは、俺も昔、亜里奈(ありな)を助けるためにイノシシと()り合って大ケガしたとき、世話になったところで……。



 摩天楼(まてんろう)家――つまりは、イタダキの家が経営している病院だ。



 ……そんなわけだから、信用がおけるのは間違いない。




 果たして――。


 辿り着いた馴染み深い病院の、だけど馴染みのない時間外受付で、俺たちを出迎えてくれたのは……。




「……そうか。

 裕真くん、キミの彼女のおばあさんだったか……」




 背も高く、身体つきからして精悍で……でも同時に、ちょっと気の良いおじさん、みたいな気安さも備えた、白衣の先生。


 摩天楼(のぼる)――現役の医者で、この病院の院長でもある、イタダキの親父さんだった。




「それで先生、ウチのおばあちゃん、どうなってるんですかっ?

 大丈夫なんですか……っ!?」



「うん、とにかく、差し当たって命に別状は無いから。

 そこは安心してくれて大丈夫だ」



 登先生の、まず何よりのその念押しに……俺も千紗も、ひとまずは安堵の息をつく。



「でも……意識不明、て……」


「うん、それなんだが……」



 登先生は、適切な表現を探しあぐねているように、言葉を濁しながら……俺たちを、救急処置室の前へと連れて行く。



 ガラス越しに見る処置室の奥では……ドクトルさんが、色んな機械に囲まれて、ベッドの上で静かに眠っているように見えた。




「……はっきり言ってしまうと……。

 おばあさんは、『眠っているだけ』なんだ」




 その困ったような一言に、俺と千紗は、弾かれたように登先生を振り返る。




「検査をしてみても、外傷を始め、特に身体に異常は見当たらないんだ。


 けれども……なぜか、目が覚めない。


 実際に世の中には、『眠り病』というのも存在はしているんだが……本来ならその原因となるようなものも、一切出てこなかった。


 つまり、本当に……少なくとも今のところ、おばあさんは『眠っているだけ』でしかない。

 ただ、同時に――なぜか、『起きない』んだ」




 登先生の説明を受けて、俺は改めてドクトルさんに視線を移す。



「……疲れが溜まってて、すごく眠りが深いだけ――ってことは……」



「うん……そうだな、もちろん、そんな可能性もある。

 だからもしかしたら、数日もすればひょっこりと目を覚ますかも知れない――」



 俺の問いかけに、登先生は落ち着いた調子でうなずく。



 ……俺自身が言っておいてなんだが、そんな単純なものでもないだろう。


 だけど、可能性という意味では、いかに低くても決してゼロじゃない……だから登先生は、千紗に必要以上にショックを与えないよう、でも安易なウソはつかないよう、配慮して返事をしてくれてるんだと思う。




「ただ――とにかく、おばあさんの状態が少し特殊なことは間違いないからね。

 病因に見落としがあってはいけないから、取り敢えず今夜はこうして、集中的に検査させてもらっているんだ。


 それでやはり異常が無さそうだとなれば、一般病棟に移ってもらって、またしばらく様子を見させてもらう……という形になるかな。

 幸いにして、身体機能が衰弱しているとか、そうした様子もないからね」




「……おばあちゃん……」



 差し当たって、命が危険に曝されるような状況じゃないと分かったものの……。


 医学的に原因がはっきりしない謎めいた昏睡、という事実に……千紗は、やはり悲痛なほど不安げな表情で……眠るドクトルさんを見つめていた。



 ……それはそうだろう。


 原因不明ってことは、このままずっと目を覚まさない可能性も――って、どうしたって考えちまうんだろうから。




 しかも――千紗は今、一人だ。




 家族で、保護者で、一番側にいたドクトルさんが、こうして倒れて――。


 こんなときこそ頼りたいはずの両親、杜織(とおり)さんも百枝(ももえ)さんも、今はアフリカで連絡がつけられなくて。



 いくら千紗がしっかり者だって言っても……俺と同じ、まだ高校生の女の子なんだから。


 この状況で、不安にならないわけがないんだ――。






 ……その後。


 千紗の置かれた状況からしても、やっぱり考えていた通り大人の助けが必要だと判断した俺は、母さんに連絡するも……。


 そのときにはすでに、前もってハイリアから話を聞いた母さんは、車でこっちに向かっている最中で――。



 それから10分と待つまでもなく、病院に姿を現した。



「――千紗ちゃんっ!」


「……え? 真里子(まりこ)……さん?」



 そして現れるや否や、いきなり、千紗を抱きしめる母さん。


 当然のように驚く千紗に、俺は一言「ごめん」と、独自の判断で呼んだことを謝る。



「……でも、入院の手続きとかいろいろあるだろうし、こういうときは……素直に大人の助けを借りた方がいいと思ってさ」



「け、けど……ウチらのことなんかで……」


「――そんなこと言わないで、千紗ちゃん」



 腕の中で戸惑う千紗の背中を優しく叩き……諭すように母さんは告げる。




「あたしはね、百枝さんや杜織さん、それにドクトルさん自身からも、『千紗をよろしく』って頼まれてるんだから。


 ……ううん、そうじゃなくても――それこそ、裕真の彼女じゃなくっても。


 見知ってる女の子が、おばあさんが倒れて困ってるって聞いて……放っておけるわけないじゃない。当たり前でしょ?


 もしね、それでもやっぱり気が引けるって言うなら……今度は千紗ちゃんが、その思いの分だけ余計に、誰かに親切にしてあげてくれればいいから。


 ……そうすれば――みんながみんな、助かるでしょ?」




「……真里子、さん……っ。

 ありがとう、ございます……っ」



「うん……いきなりこんなことになっちゃって、ツラいね。

 でも、大丈夫だからね。千紗ちゃんは一人じゃないからね……」



 ……千紗のオフクロさん、百枝さんも、うちの母さんと同じく抱きつきグセがあるって言ってたから――近しい安心感を覚えたのか。


 感極まったように、千紗は母さんにしがみつく。



 その頭をゆっくりと撫でながら……母さんが。



『アンタの役目、分かってるね?』



 ――俺に、そう言わんばかりの視線を向けてくるのに……黙ってうなずき、応えた。







 そうして――母さんを交えたこともあって、ドクトルさんの入院手続きに関する話はスムーズに進んで。


 今夜はこのままドクトルさんの近くにいたい、という千紗の願いを尊重して、母さんは「明日の朝にまた来るから」と一旦家に帰り……。



 ――そして俺は。



 登先生が気を遣って案内してくれた、救急病棟の近くの、でも仕事の邪魔にならない小さな待合所で……千紗の隣に、静かに寄り添って座っていた。




 3つの異世界を救ってきた勇者だとしても。


 竜を打ち倒し、魔を討ち祓うチカラを身に付けていても――。



 ……こんなとき、俺に出来るのは――それぐらいしかなかったから。




「………………」



 けれど……ドクトルさんのあの状態。


 何らかの特殊な病気って可能性ももちろんあるだろうけど――それよりもしっくりとくる理由が、俺の中にはある。



 そう……『魔法』によるものじゃないか、って。



 睡眠の魔法には、普通に眠気を及ぼすだけのものもあれば……中には、普通の方法では絶対に起きない、永続的な眠りをもたらす強力なものや、そのチカラを備えた〈魔導具〉なんかもあるからだ。



 そして後者の場合だと、普通の治療魔法でどうにかなるようなものじゃなく……その本質から言って、もはや『呪い』のレベルに達する。


 そうなると……簡単には治療出来ない。


 その『呪い』を解析した上で、専用の高度な解呪の魔法を組み上げるか……あるいは。



 『呪い』を仕掛けた術者本人、あるいは使われた〈魔導具〉に解呪させるしかない。



 もちろん、こちらの方がより確実だし、手っ取り早い。



 だけど……。

 それはあくまで、ドクトルさんの状態が魔法によるものだと判明してこそだし……。


 だったらだったで、一体どこの誰が、何のために、ドクトルさんにこんな真似をしたのか――それを探る必要も出てくる。



 とにかく……ドクトルさんは今治療室だし、人間の俺には魔力の感知は難しい。


 明日にでも、母さんと一緒に、ハイリアやアガシーもお見舞いに来るだろうから……そのとき、アイツらに判断してもらうしかない――。




 だから、結局のところ、今の俺に出来るのは――やっぱり。


 こうして、千紗に寄り添ってあげることだけで……。




「………………」


「………………」




 物静かなはずの空調の音が……やけに大きく聞こえる。


 深夜で光量が抑えられているはずの照明が……むしろ妙にギラついて見える。




 そんな、決して居心地がいいとは言えない沈黙の中……おもむろに千紗が、ポツリとつぶやいた。



「……裕真くん…………ゴメンな。

 ウチのワガママに、付き()うてくれて……。

 裕真くんも、疲れてるやろうに……」



 いくら俺が、自分の無力感を痛感してるとしても――ここでそれを出すわけにはいかない。



 俺は、努めて優しく、穏やかに……小さな微笑みとともに。


 千紗の頭に、そっと手を添えた。




「……言ったろ、俺のことなら大丈夫、って。

 それに……こういうときこそ、ツラいときだからこそ、一番近くにいて支えるのが彼氏の役目――だろ?


 千紗、俺は――いつだって、絶対に、千紗の味方だから。

 千紗を……一人になんてしないから」




「うん……ありがとう……。

 裕真くん、いてくれへんかったら……。

 ウチ――ウチ、ホンマに、どうなってたか……っ……」



 憔悴しきった様子の千紗が、俯き加減に、肩を震わせながら……そう言葉を絞り出す。



 そんな千紗を放っておけなくて……俺は。


 千紗の頭を……添えていた片手でそのままゆっくり、胸に抱いた。




「……ゆうま、くん――っ」




 そうして……静かに嗚咽を漏らす千紗の髪を、あやすように、ゆっくりと撫でる。




「……大丈夫。ドクトルさんなら――絶対に、大丈夫。

 大丈夫だから――」



「……うん……っ」






 ……そうして……どれぐらいの時間が過ぎただろう。




 やがて千紗が疲れて、俺にもたれかかったまま、眠りに落ちた後も。



 俺は、せめてその眠りぐらい、穏やかであることを祈りながら――。




「……大丈夫だから」




 これ以上、この子にツラい思いをさせたくない、守りたい――その一心で。



 千紗の小さくて華奢な身体を、かばうように胸に抱き続けていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 20章お疲れ様でした。 ああこれで、収入が無くなった鈴森家は土地建物を売り払い、高額な治療費を払うために学校も辞め、水商売に手を染める羽目に(笑) ……という話にはならないと思いますが。…
[一言] 今回は流石に“微居くん自重しろ!”と思っていたので、間咲さんの感想を見て安心しました。 鬼の目にも涙!?(笑) それにしても……、衛は事が済んだらドクトルさんを目覚めさせれば良いとでも思っ…
[一言] 20章完結お疲れ様です! ドクトルさん…… 原因もわからず眠り続け、というのは結構、心配ですね。 おすずちゃんが取り乱すのもわかります。 ここは頑張りどころですね、裕真くん!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ