第287話 彼女は勇者と平和に語らい、しかし夜は未だ更けず
「……なんか……手持ちぶさた、やなあ……」
晩ご飯の後片付けもすっかり済んで……。
他にやっとかなあかん家事も無いし、でも、寝る前のお風呂入るにはまだちょっと早いしで……ウチは、なんとなーくぽすんと、ソファに座り込んだ。
いつもやったら、地下のおばあちゃんの研究室の方行って戦闘訓練したり、シルキーベルとしての出動に備えたりするんやけど……。
おばあちゃんから、昨日の疲れも抜けきってへんやろうから、今日は大人しくしとくように言われて……そういうのは全部ナシ。
やから、急にヒマが出来て……どうしよかな、って時間を持て余してもうてる。
おばあちゃんの仕事の方で、なんか出来る範囲のお手伝いとかしようにも……当のおばあちゃんは「用がある」ってちょっと前に出かけたし……。
まだちょっと残ってる夏休みの宿題を片付けてまう、ていう手もあるけど……。
これ以上、あんまり進めすぎたら……ゆ、裕真くんと会うのに、いっしょに宿題する、ていう名目が無くなるて言うか……。
べ、別に、そんな理由無くてもええんかも知れへんけど……!
やっぱり、あった方が約束とかしやすいし……!
「……裕真くん……」
つい、そんな風に、裕真くんのことを考えてもうたから……。
ウチは無意識のうちに、テーブルに置いてたスマホを拾い上げる。
……今日は学校で会うて、そのあとみんなと〈世夢庵〉でおしゃべりもして……。
別れたんも、ほんの数時間前のことやのに。
おばあちゃんもおらへんで、ちょっと、さびしいような感じになって。
やから、裕真くんの声が聞きたい、て思うんは……甘え過ぎ――なんかな……。
「で、でも……ちょっと電話するぐらいやったら、ええやんな……?」
これまでも、何度も特に用事なくても電話してたんやし――って。
ウチは、誰にともなく言い訳しながら……裕真くんに電話してみた。
そうしてから、もしかしたらお家のお手伝いとかで忙しいかも――とか、ちょっと後悔したんやけど。
繋がれへんとか、長いこと待ったりするでもなく――裕真くんはすぐに出てくれた。
『……千紗? どうかした?』
「あ! う、ううん! 用、ていうほどのこと違うねんけど……。
――裕真くん、お家のお手伝いとか大丈夫?」
『ああ……もうしばらくしたら、浴場の掃除にいかなきゃいけないんだけど……。
それまでなら大丈夫だよ、ゼンゼン』
「あ、うん……! ありがとう……!
……ゴメンな、今、おばあちゃん出かけてて……それで、なんかちょっと、さびしくなってもうて……」
『ん……そっか、そうだよな……千紗とドクトルさん、二人暮らしなんだもんな。
それなら――って、ああそうか、杜織さんと百枝さんも――』
「うん。お父さんとお母さんは、遺跡の調査で今もアフリカ。
奥地みたいやし、まだまだしばらくは、連絡も出来へんかな……」
『そうか……やっぱり心配だよな。
うん、でも……きっと元気でいるよ』
「うん――ありがとう。
心配は心配やけど……ウチもそう思てる。
なんせ、今回はお母さんもいっしょなんやし」
裕真くんの言葉に……ウチは自然と笑顔になれた。
……それからウチらは、しばらく、他愛もない話をして過ごした。
今日の男装女装が、もう亜里奈ちゃんたちに知られてたことから始まって……。
文化祭本番のこと、〈世夢庵〉でのこと、夏休みの予定のこと……色々な話を。
『……そう言えばさ、俺、家の手伝いの役にも立ちそうだし、車の免許は早いうちに取った方がいいだろうな、って考えてたんだけど……。
昨日、黒井さんに乗せてもらってから、バイクもいいなあって思っちまってさ』
「あ、バイクて言うたら……ウチのおばあちゃんも、若い頃、結構大っきいやつに乗ってたみたいやで?
裕真くんが興味持ったって聞いたら、なんか、嬉々として自作のギミックとか盛り込んで改造したバイク持ってきそうやなあ……」
『え……何それ、ドクトルさんが改造したバイクとか、めっちゃスゴそう……っ!
うわ、なんか憧れるな〜……!』
「……ふふ、そういうとこ、裕真くんも男の子やね。
ウチからしたら、おばあちゃんがやりすぎへんかの方が心配やもん」
『あはは、身内ってそういうものかも知れないよな。
――あー……でも、どちらにしても、免許取るにはカネかかるし……やっぱりそろそろ俺も、バイトとかしなきゃだな〜……』
「あ……バイト、ええね!
ウチも、家業に一段落ついたら……バイト、してみたいなあ」
……そんな、裕真くんとの何気ない会話は……。
ウチにとって、たださびしさを紛らわすだけやなくて……。
それ自体が意味のある、すごく貴重な時間に――感じられて。
「……ほんなら明日、ウチの方からそっちに迎えに行くな?」
『ゴメンな、わざわざ……。
一緒に宿題ったって、世話になるのは俺の方なのに……』
「ううん、ええよ、そんなん。
明日は、お家のお手伝いがある裕真くんより、ウチの方が時間に余裕があるて言うだけやもん。
――それに、久しぶりに亜里奈ちゃんとアガシーちゃんと、直に会ってお話するんもええな、って思うし」
『ああ……亜里奈たちとは……2週間ぶりぐらい?
うん、じゃあ……あいつらの相手も頼むよ、ありがとう。
その時間なら、多分2人揃って番台に座って――でもお客さん少ない時間で、ヒマしてるだろうからさ』
「うん、分かった。じゃあ……また明日」
『ああ、また明日。――おやすみ』
裕真くんに、ウチも「おやすみ」を返して……電話を切る。
そんで……。
明日〈天の湯〉に行って、亜里奈ちゃんたちとも会うんやったら、お菓子でも作って持っていこかな、て思いついて――。
「確か……ホットケーキミックス、まだ残ってたやんな……」
ウチは、さびしいとか感じてたんがウソみたいに、ちょっとわくわくしながら……台所に向かった。
* * *
――とりあえず、予想通りと言えば予想通りだったな……。
能丸に変身しての、ハルモニアとの戦いの後――。
適当な場所で変身を解いた僕は、夜の散歩を兼ねて、ぶらりと徒歩で家路につきながら……その戦いのことを振り返っていた。
――確かに、ハルモニアのあの戦い方はなかなか面白くて、興味深かった。
以前、シルキーベルが戦ったときは、炎の狼を使役し、ハンマーを武器に使っていたようだから……少なくともこれで、2つのモードが確認出来たことになる。
もちろん、あの様子だと、そのたった2つだけ――ってことはないだろう。
恐らく、相手や状況に応じて、様々なモードを使い分けていくスタイルのはずだ。
ただ――それを完全に使いこなすには、彼女自身の戦闘経験が絶対的に足りていないと感じた。
いや、『戦い』そのものは、それなりにこなしていると思う。
だけどそれはきっと、魔獣やモンスターといった存在ばかりのはず。
そう……僕のような、『人間』を相手にした経験は、恐らくほとんどない。
加えて――だからこそ、というのもあるかも知れないけど……彼女には武術の下地がない。
魔力を始めとする能力そのものは、むしろ予想を上回っていたぐらいだけど……。
大きなパワーやスピードがあっても、それを活かすための動きが素人に近いんだ。
……相手が魔獣やモンスターなら、それで充分だっただろう。
そして実際充分だったから、彼女はきっとそのままでいるんだ。
けれど……『人間』、それも修練を積んだ相手となると、そうはいかない。
そこで、『戦闘経験が足りない』って話に戻る。
たとえ武術の修練を積んでいなくても、戦闘経験自体が豊富なら、それをカバーする我流の戦い方を自然と身に付けるはずだからだ。
でも、ハルモニアには……そこまでのものはなかった。
――あの雷の鎌を使った連撃も、一撃一撃が雷の特性を持っている上に、相当なスピードだった。
何も考えずに受ければ、かわすのは難しいし、防御しても、全身が痺れて行動不能にされていただろう。
だけど……残念ながらあれは、その速さに頼って、ただめったやたらに武器を振り回してただけに過ぎない。
視線、身体の動き、殺気――そんなあらゆる要素が、素直に攻撃のすべてをあらかじめこちらに伝えているようなものだった。
それを、ダメージにならないよう、いなすぐらい……能力に制限を課していても、そう難しいことじゃない。
僕が相手をしたのは1つのモードだけだし、まだまだ隠し球を持ってる可能性も充分あるけど……。
あの調子なら、どんなものを持ってこられたところで、問題にはならないだろう。
だから……総評として、ハルモニアは――。
予想通り、そこまで大した脅威でもない、ってことになる。
……ただ……。
あの戦い方は、上手く使いこなせば、戦術の幅は大きく広がるし――。
彼女の能力自体が低いわけじゃないんだから、まだまだ強くなる要素はあると思う。
もっとも……もちろんそれには、相応の時間も必要になるわけで――。
そしてそんな長い間、放っておく気もないんだけど……ね。
「……そう言えば……使い魔っぽいネコもいたっけ」
戦っている間、何をしていたってわけでもないけど……やっぱり、魔法少女っていうのは、あのテの使い魔が付くのがお約束なのかも知れない。
「三毛猫……か」
そう言えば、あの使い魔も、ちょっと聞こえた声はなんかイケボっぽかったし……オスなんだろう。
で、珍しいオスの三毛猫といえば――白城さんの家。
〈常春〉の看板ネコのキャラメルだ。
「……って、そんな連想してたら、まるで僕が白城さんに気があるみたいじゃないか」
――思わず、バカらしいと苦笑がもれる。
珍しいオスの三毛猫ってセンから、ついそんな連想をしちゃったけど――。
そもそも、ハルモニアの使い魔は、本当にネコなのか分からないわけだしね。
……そんな風に、あれこれと考えながら歩いていた僕は――。
「――やあ、国東くん!」
後方から、軽いクラクションとともに名前を呼ばれて、振り返る。
ゆっくりと、そんな僕の隣に停車してきたのは、見覚えのある大きなバンで……。
「ちょうど良かった。
今、キミのアパートの方へ行くところだったんだよ」
運転席の方から笑顔を見せたのは――。
鈴守さんのおばあさん――能丸の開発者でもある、ドクトルさんだった。
「……すまないね、疲れているところに」
「あ、いえ……大丈夫です」
ドクトルさんが、「ちょっと話がある」とのことで……。
今僕は、適当な場所に駐車した、ドクトルさんのバンの助手席に座っている。
ドクトルさんが、僕に話となると、当然〈能丸〉絡みなわけで……。
誰かに聞かれる可能性を考えると、立ち話――ってわけにもいかないからね。
「まあ、外だと暑いしな……こんな時間でも」
ドクトルさんは、茶目っ気を含めてそんなことを言いつつ……クーラーを強める。
今日は珍しく、シルキーベルの補佐じゃない、能丸として単独での戦闘だったし……。
壊れた(正確には『壊した』だけど)変身スーツを直してもらって1回目の出動でもあったから、直に調子を聞きに来てくれた――ってところかな。
ドクトルさんには、「もし不具合とかがあったら、キミ自身の安全のためにも、すぐに報告してきてくれ」――って、初めて変身アイテムを渡されたときにも念を押されたぐらいだから。
だから、取り敢えずは……。
その心配はないです――と、そう告げる代わりに、元気よく頭を下げた。
「すいませんドクトルさん……!
結局、今回もちゃんとした結果を出せなくて……!」
「いや……大丈夫だ。
なにせ――結果なら、ちゃんと出たからね」
「……え?」
「アタシは……まあ、回りくどい言い方ってのもわりと好きなわけだが……。
今回は単刀直入にいこうか」
首を傾げる僕の方へ――ドクトルさんは。
一度、冗談めいて軽く笑ったあと、真っ直ぐに……真剣な顔を向けた。
「……国東くん。
キミが――エクサリオ、だな?」