第286話 魔法王女の雷光は、魔法剣士を貫けるか!?
――わたしたちもまた、目的のために〈世壊呪〉を犠牲にしようとしている……。
そんなの……今さら言われるまでもなく、分かってたことだ。
そして……お父さんたちと一緒に、覚悟したことだ。
……なのに。
わたしは、それを能丸に指摘されたとき――反論に詰まってしまった。
ほんの数日前だったなら、迷うことなく言い返せたのに――。
今日に限って、そうなった理由は……単純で。
〈世壊呪〉って『存在』を――。
これまでにないぐらい、身近に感じてしまったから――だ。
クローリヒトたちが、必死に守ろうとしているもの……それが〈世壊呪〉で――。
そして、そのクローリヒトが、赤宮センパイだと知ってしまったわたしは。
もしかしたら――って。
センパイの家族や友達といった人たちを、思い浮かべてしまったんだ。
クローリヒトが、あれだけ必死に守ろうとする〈世壊呪〉が……。
センパイの、身近な――わたしも知っているような人だったら?……って。
……もちろん、それでも――わたしたちは、わたしたちの為すべきことを為すしかないんだろう。
でなきゃ、わたしたちもまた、大事なものを喪うことになるのだから。
だけど――不意打ちのように心に浮かんだ、その連想は。
すぐさま、口先だけの『覚悟』で抑え込むには……あまりに存在感が大きかった。
センパイが、クローリヒトだったこと――。
そして、そのセンパイにフラれたこと――。
つい、そのことばっかりに目が行っていて……わたしは、大事なことを見落としていたんだ。
……ううん、もしかしたら……。
無意識のうちに、考えることを避けていただけなのかも知れない。
こうして、迷うことが分かっていたから――。
「でも……いずれは、『覚悟』を決めるしか……ないんだ」
わたしは、誰にも聞こえないような声でつぶやきながら……。
こちらに向かって身構え、戦意を新たにした能丸と対峙する。
そう――わたしは、〈救国魔導団〉サカン将軍の娘。
〈庭園〉に匿う、迷い子の魔獣たちを救うと、誓いを立てたんだから……!
今すぐに割り切るなんてムリだけど、でも――いずれは!
「およ、お嬢……迷いまくりのやる気減りまくり?
それじゃ、ここは一つ、サッサと撤収しまくりの方向で? で?」
「期待に満ちた目でサボりの提案をしないの!
――あいにくだけど、迷うのは後回しにしたから……!」
肩の上から早速、働きたくないオーラを出すキャリコの鼻を軽く指で弾いて……。
腰に提げたポーチを叩き、中で眠る〈獣神〉のチカラを宝珠として喚び出す。
黄色をした、雷のチカラを宿すその宝珠を、右手の籠手〈虹の書〉に装着すれば――。
「出番だよ、〈雷兎トニトゥレプス〉――〈執行〉!」
宝珠により全身に黄色を纏ったわたしの声と魔力に応じて、激しい雷光が奔り、集まり――それがそのまま、宙に浮かぶ、耳の尖ったウサギを形作った。
続けて、両手それぞれに雷のチカラを集中すれば――稲光をイメージするギザギザそのもののような、2つの小型の鎌が、手の中に具現化する。
その鎌は、いわゆる鎖鎌みたいに、2つが繋がってるんだけど……。
もちろん、それを繋ぐのは鎖なんかじゃなく――その名の通り、刃にも纏う雷光。
雷のチカラを具現化したこの〈暴雷の双鎌〉は、〈燃ゆる飛槌〉とは正反対の、スピードに手数、さらに変則性を重視した武器だ。
能丸が二刀流だから――それに対抗するためのチョイスというわけ。
「さて――じゃあ行こうか!」
わたしの戦闘準備を待っていたみたいに――能丸が二刀を振るい、一気に距離を詰めてくる。
……お父さんや黒井くんたちの話からすれば、能丸はそれほど手強い相手じゃないみたいだけど――油断は出来ない。
「こっちだって……!
――お願い、トニトゥレプス!」
わたしの指示に従い、カミナリウサギのトニトゥレプスが――尖った耳をピンと立てたと思いきや、文字通り宙を奔る稲妻と化して、能丸に突撃。
……ちなみに、速過ぎて目視は難しいけど、トニトゥレプスが繰り出してるのはただの体当たりじゃなく、全身回転しながらの、おっきな後ろ脚を使ったドリルキックだ。
「――ぅわっ!」
とっさに横に跳んでかわす能丸。
でもトニトゥレプスは、かわされた先で一瞬、雷球となって宙に留まったあと……すぐさま稲妻ドリルキックで切り返した。
「くっそ……!」
能丸が慌ててかわしても、さらに切り返し――宙をすごい速さで飛び交って翻弄する。
そしてもちろん、わたしもそれを黙って見てるだけじゃなくて――。
両端がどっちも鎌の、鎖鎌……ならぬ雷鎌の片方を、鎖を持つように雷光を握って振り回す。
これが鎖なら、遠心力で徐々に速度を上げていくところだけど――なにせ、雷の具現化だ。
一瞬でトップスピード、バチバチと放電する円盤状の稲妻になったところで――!
「いっけぇっ!」
その円盤を、トニトゥレプスをさばくのに精一杯で、その場に釘付けにされてる能丸に向かって投げつける!
たとえるならUFOみたいな、ジグザグかつ高速で襲い来る稲妻の円盤を、能丸は大きく横っ飛びしてなんとか避けるけど――。
これの特性は、ただそれだけじゃなく……!
「ンなっ!?」
かわしたはずの円盤が、すぐにまた自分を襲ってくるのに、能丸が素直に驚く。
そうしてそれをさらにかわしても、また、何度も追ってくる――その仕掛けは、トニトゥレプスだ。
キック自慢の超高速カミナリウサギが、自らもドリルキックを放ちつつ、同時に、かわされた円盤を相手が逃げた方向に反射してるんだ。
「……くっそ……!」
2種類の稲妻に、あらゆる方向から翻弄される能丸。
ついには避けきれず、二刀を交差させて円盤を受け止めるけど――。
なにせそもそもが稲妻。
その瞬間にエネルギーを解き放ち、激しく放電して能丸にショックを与える。
さらに、動きが止まったそこへ、背中からトニトゥレプスのドリルキックが撃ち抜き――。
「……あぐっ……!」
「――そこにっ!」
完全に無防備になった能丸へと――。
わたしは、再び手の中に戻ってきた鎌も合わせての双鎌で、一気に勝負を決めるべく斬りかかる!
雷の具現化だけに、重さなんてまったく無いばかりか、そのチカラによってわたし自身の反射速度さえ大きく上昇した上での――2つの鎌を使っての超高速連続攻撃だ!
しかもそれは特性上、一撃ごとに相手を痺れさせる効果もあって――。
今の能丸相手なら、まさにトドメの一手……!
「やああああっ!!!」
――まさしく電光石火そのもの、瞬きほどの間に数撃――しかも様々な方向から斬りつける、圧倒的な手数の攻撃を繰り出す。
これで、勝負が決まる――――ハズだった。
なのに――視界を覆うほどの稲光が静まった、その後。
「……ふぅ〜……っ!
あ、あっぶないなぁ……っ!」
二刀を顔の前にかざして立つ、能丸は……戦意を失うほどのダメージなんて、受けていなかった。
……ううん、それどころか……!
あの手応え――。
あれだけの連撃を……すべて、さばかれた……!?
「いや〜……。
適当にでも、諦めず必死に刀を振り回してれば、案外何とかなるものだね」
大ゲサなタメ息とともに、そんな軽口を叩く能丸。
……今のが……偶然?
まさか、そんなハズが……!
冗談を言わないでと、思わずムキになって言い返しそうになったその瞬間――。
虎の魔獣が、周囲に響く遠吠えのような声を上げた。
……〈霊脈〉の汚染が終わった、その合図だ。
「……残念……時間切れ、か」
抑揚のない声でそうつぶやいて……これ以上戦う意志はないとも言いたげに能丸は、一歩飛び退いてから、刀を鞘に納める。
そして――
「……次に会うときは……こうはいかない。必ず、僕が勝つ。
だから――それまでに、そのどっちつかずの考えを改めておくんだね」
そう言い置いて。
夜の闇の向こうへと、きびすを返して走り去っていった。
「………………」
形はどうあれ、無事に追い払えたはずなのに――。
トニトゥレプスのチカラを解除し、ハルモニアとしての通常モードに戻ったわたしは……モヤモヤと、釈然としないものが胸に燻るのを感じていた。
「ねえ、キャリコ……あなたはどう思った?」
終わった終わった〜……とでも言いたげに、ぴょんと改めてわたしの肩に飛び乗ってくるキャリコに尋ねる。
「うむ? どう――とは、先日ワガハイがお近づきになりまくりの、3丁目のミミー嬢のことかな?」
「今戦った能丸のことに決まってるでしょ!
なんでわたしが、町内のネコ情報聞かなきゃいけないのよ!」
「いやいや、高貴なるワガハイの花嫁候補を探すのも、重大事でありまくりゆえに〜」
なぜか胸を張りつつ、得意気にヒゲをちょいちょい弄ったりするキャリコの態度にイラッときたわたしは……。
お約束の伝家の宝刀をさっさと抜くことにした。
「……洗うよ?
シャンプーマシマシ、シャワー激強で」
途端、キャリコは文字通りビクリと身を竦ませる。
「いい、いやいや、いやいやいや、た、ただのジョーク!
心に潤いをもたらしまくりなジョークでありまくりゆえに……っ!」
「潤い過ぎて冷や汗ダラダラで何言ってるんだか。
……で? どうだったの?」
「……正直言いまくれば……よく分かりまくり!――では、ないかな。
それほどのチカラは感じまくれなかったものの……。
同時に、なんともかんとも、妙な感じもしまくり。
ゆえに結論としては……本来のチカラを隠しまくってる可能性、ありまくり。
ただ同時に、実はそんなものはぜーんぜんナシ、な可能性もまた、ありまくり」
キャリコが、困ったような雰囲気で……実際に感じたことを語ってくれる。
「……そっか……」
でも、それで……。
キャリコが、『実力を隠してる可能性』を示唆した時点で、わたしは――。
確信めいたものを感じていた。
……さっきの、最後の連撃を放つ前――そのほんの一瞬。刹那の時間。
ダメージを負い、体勢を崩した、いわば死に体の状態の能丸に。
その垣間見えた、瞳の奥に――。
わたしの本能が感じた――ゾッとするような、脅威の気配。
それはやっぱり、間違いや気のせいなんかじゃなかったんだ――って。
あの連撃を防ぎきったのは、まぐれなんかじゃなかったんだ――って。
「ホントに……。
迷ったり、悩んだりしてる余裕なんて――ないのかもね。
……でも――」
わたしは、思わず、右手に装着した〈虹の書〉を握り締めながら――。
遠く、能丸の立ち去った方向を見据えるのだった。




