第285話 黄金の勇者として、魔法剣士としての、彼のお仕事
――8月6日、夜。
今日の『男装女装お披露目会』の最中、少し気になることがあった僕は、白城さんに会ってそのあたりを確かめたかったのだけど……。
結局あの後は、おキヌさんの号令一下、いつものメンツで久しぶりに〈世夢庵〉に行くことになったので、それは叶わなかった。
まあ、断るって選択肢もあったんだけど……。
白城さんには、その気になれば〈常春〉へ行けば会えるし、別にいいか――って。
……で、みんなと〈世夢庵〉で、お披露目会の反省会みたいなことをして盛り上がり、夕方を過ぎる頃家に帰ってきた僕は……。
その後、イタダキに借りたゲームとかをやりながら、何となくダラダラと過ごしてるうちに――気付けば、すっかり夜も更けていたのだった。
「……ま、夏休みだし……いっか」
誰にともなく言いながら、コントローラーを置き……代わりに、安く買い込んでおいた缶コーラを取って、喉を潤す。
缶表面の結露さえ乾いていたコーラは、当然、すっかり炭酸が抜けきっていた。
それにしても……こんなの、実家にいた頃じゃ考えられない生活態度だ。
まあ、別にうちが、ゲーム禁止、コーラは身体に悪いからダメ……なんて、特別厳しい家だったわけじゃないけれど。
ゲームぐらい普通にやってたし、コーラだって……いつもじゃないにしろ、よく冷蔵庫に冷えてたし。
……実はじいちゃん、結構炭酸好きだったってのもあって。
でも、剣の稽古とかもあったから、ここまでダラダラすることはなかったなあ……。
今日の晩ゴハンだって、自炊するのが面倒だったから、コンビニで買ってきた弁当で済ませようって思ってるぐらいだし。
……っていうか、いい加減、その晩ゴハンにするにも遅い時間だった。
「そう言えば……確かこの前、イタダキと一緒におキヌさんの手料理食べさせてもらったとき、『夏休み中、2回までならタダでゴハン世話してやる』――って言ってたっけ。
……今度、お願いしてみようかな」
おキヌさんが作ってくれた豆腐尽くし料理の、あの絶品と言っていい味を思い出しながら……冷蔵庫に放り込んでおいた、『大盛り牛カルビ焼き肉弁当』を取りに立ち上がった僕の前で。
折りたたみテーブルの上に置いていたスマホが――着信を告げた。
――そして、数分後……。
魔法剣士〈能丸〉となった僕は、人気の途絶えた緑地公園の一角へとやって来ていた。
先の電話の相手は、ドクトルさんで――。
能丸としての僕へ、出動要請が出たからだ。
……以前、小学校での魔剣グライファンとの戦いの際……。
体良くエクサリオとして活動するべく、能丸はダメージを負ったから離脱する、っていう形にするため、わざと変身スーツを壊したんだけど……。
その修理が終わって、ドクトルさんから改めて変身スーツを預かったのが、つい先日のこと。
だから、こうして能丸になるのは……随分と久しぶりだ。
――ただ、今回はシルキーベルは出られないとのことで……戦うのは僕だけ、らしい。
もしかしたらシルキーベルは……昨日、僕のクローリヒトへの一撃をかばったせいで、変身スーツが故障でもしたのかも知れない。
全力にはほど遠くても、手を抜いたわけでもない一撃だったから――。
機械的なところもあるスーツだし、それぐらいのダメージは負っていてもおかしくないと思う。
まあ、さすがに、事実そうだったのかを、ドクトルさんに確認するわけにもいかなかったんだけど。
「……ここ――か」
昼間なら、家族連れなんかで賑わうのだろう、芝生の広場――。
そこに、一見してそれとは分からないよう張られた結界の中では……以前にも見た覚えがある虎型の魔獣が、その魔力を使って〈霊脈〉を汚染しているところだった。
僕の本来の――〈霊脈〉の汚染を進め、それによって〈世壊呪〉の覚醒を促し、完全な状態で出現したところを滅ぼす――という目的からすれば、その行為はむしろ見逃す方が良いぐらいなんだけど……。
能丸としての僕は、そうもいかず――単身、虎型の魔獣へと近付いていく。
すると、そんな僕を遮るように、一筋の光が地面より立ちのぼり――。
その中から、人影が姿を現した。
それは、きらびやかな……けれど『戦い』のために作られているのが分かる、戦闘用のドレスに身を包み――。
真っ白な長い髪をなびかせ、蝶ネクタイをした三毛猫を肩に乗せた……顔には戦化粧を施した女の子だ。
その子は、右腕に輝く籠手を大きく薙ぎ払い……夜の闇に、光の虹を描きつつ。
「〈魔法王女・ハルモニア〉――降臨ッ!」
凜々しく、そう名乗りを上げた。
……彼女が、ハルモニア……。
直接会うのは初めてだけど、彼女のことは、ドクトルさんから情報が伝わっている。
〈救国魔導団〉の代表である、サカン将軍の娘……だったか。
魔獣のチカラのようなものを、あの右手の籠手に宿して戦うらしいけど――。
さて……いったい、どれほどの実力者なのやら。
シルキーベルを圧倒出来ていないって時点で、クローリヒトより上ってことはないだろうけど……。
そのときは実力を見せなかっただけ――って可能性もあるからね。
……まあでも、今の僕は〈能丸〉だ――。
まさかここで本気を出すわけにもいかないし……。
いつも通り〈弱体化〉の魔法で僕自身の戦力を制限して、適度に戦い、適当なところで敗走するのがいいだろう。
もとより、魔獣による〈霊脈〉の汚染を邪魔する気はないわけだし……ね。
「……キミがハルモニア――か。話は聞いてるよ。
僕は、〈能丸〉……シルキーベルの刃として戦う剣士だ」
シルキーベルの刃――そう、初めは、そのつもりも確かにあった。
エクサリオとしてであれ能丸としてであれ、シルキーベルは求める正義が近く、純粋に協力出来ると思っていた。
……もちろん、ドクトルさんの要請に応じて〈能丸〉になった理由は、それだけじゃなく――。
その方が、〈世壊呪〉という脅威や他の勢力についての情報が、合理的に得られるだろうことと……。
あとはただ単純に、何だか面白そうだったから――ってのがある。
僕だって……小さな頃は変身ヒーローとか、憧れてたからね。
……まあともあれ、そんなこんなでなってみた〈能丸〉だけど――。
世界を守るために、共に戦えると思っていたシルキーベルが……クローリヒトの戯れ言に惑わされるような、まさかの体たらくだ。
今後も情報を仕入れるために、能丸であることをやめるまではしないけど……。
シルキーベルが、『世界を守る者』としての覚悟を決めない限りは……率先して力を貸すこともしない、ってところかな。
どのみち――。
〈勇者〉なら、僕一人がいれば充分なんだ。
大切な人たちも、世界も――僕が、〈勇者〉として守ってみせる。
この手にあるのは、そのための〈チカラ〉で――。
そして僕こそ、そのための……〈勇者〉なのだから。
……そうだ。
何が障害になろうとも、必ず――この僕が。
「能丸――ね。わたしも話は聞いてるよ。
……あなたもやっぱり、世界に災いを為す――そんなチカラを持っている存在は、ただそれだけで滅びるべきだ、って……そんな風に思ってるの?」
ハルモニアはまだ戦闘態勢には入らず……そう語りかけてくる。
それ自体は別に構わない、けれど……。
クローリヒトの言い分を彷彿とさせるその内容には、少し気が立った。
「ただそれだけで――とは言うけれど。
それが、世界に災いを為すようなチカラなら……むしろ当然じゃないか?
――たとえば、キミたちが匿っているという、そこにいるような魔獣が……何かの拍子に、そのチカラを暴走させたらどうするつもりだ?
それによって被害を被った人に……キミは、どう償うつもりなんだ?」
「……そんなことにならないように、この子たちの居場所を作ってあげるのよ。
そして、そのために……わたしたちは戦ってる」
一瞬、背後の魔獣を振り返り、ハルモニアは答える。
「だけど、そのために……キミたちもまた、〈世壊呪〉を利用するつもりなんだろう?
意志を持っていると聞いてなお、それを犠牲にするつもりなんだろう?
――なら……結局は、僕らと同じなんじゃないのか?
世界の平和を守るために、チカラを持つものを討ち滅ぼそうとする――僕らと」
僕が冷静に言い返すと……ハルモニアも、毅然とすぐに反論しようとしたものの――。
「…………っ」
急に、何かに気付いたように一旦それを呑み込み……苦い顔で唇を噛んで。
一度、仕切り直しとばかり――改めて口を開いた。
ただし……そこには、ついさっきまでの勢いはなく――。
「……確かに……わたしたちのやろうとしていることも、誰かに犠牲を強いるものかも知れない……!
だけど……!
だけど、わたしたちは――!
わたしたちは、それを、犠牲のための犠牲になんてしない!
それを……多くの命を守る、そのために……っ!」
答えるハルモニアの言葉は、どんどん歯切れが悪くなるばかりだった。
表情からしても……妙に苦しげだ。
僕と話すことで――何かに思い至るか、何かを思い出したのか。
そしてそれが――大きな迷いを生じさせたのか。
……ハルモニア――。
ドクトルさんから聞いていた話とは、少し違う印象だな。
もっと、確たる信念を持っていそうなイメージだったんだけど……。
まあ、ドクトルさんだって直に会って話をしたわけじゃないんだし、そもそもの遭遇だってそう何度もあったわけじゃないんだから……当然かも知れない。
取り敢えず、確かなことは……彼女もまた、シルキーベルと同じく。
自分たちの行いに、相応の覚悟を持てていない――ってことだ。
「多くの命を守るための、必要な犠牲――。
だからそれが、僕らと同じだって……そう言ってるんだよ」
――これ以上、問答をしても仕方がないな……。
……ふと、心がざわつくような、妙なイラ立ちを覚える。
何だろう。彼女の、覚悟を持てていない……その姿勢にだろうか。
まあいい、とにかく――
「……とにかく――このまま、黙って見ているわけにはいかないな」
今はただ、ハルモニアの実力を測りつつ、魔獣の〈霊脈〉汚染を見届けるために。
今は、まだ――能丸として敗北する、そのために。
僕は、腰に提げた二刀を抜き放つと……構えを取った。