第283話 その乙女は今日も、威厳をもって少年少女を見守っている −2−
カラを剥き剥き……中身をポリポリ。
カラを剥き剥き……中身をポリポリ。
ムフ〜、やはりカボチャの種は至高じゃの〜……!
剥き剥き、ポリポリ。
――あ、ンむ、つい夢中になってしまったが……。
アーサーたちは、喜多嶋教諭の買ってきてくれたコンビニスイーツをいただくため、東校舎の『第2応接室』――。
かつて、〈烈風鳥人・ティエンオー〉に変身したアーサーが、亜里奈と聖霊を守るために、あのイケメン魔王の助力を得つつ激闘を繰り広げた部屋へとやって来て。
今は、喜多嶋教諭も含め、皆でテーブルを囲んでちょっとしたお茶会状態……といったところである。
しかし、あの戦いの折り、この部屋はあれこれブッ壊れたハズじゃが……剥き剥き。
さすがに、早々に修理と整備の手が入ったんじゃろう――。
今では、それを物語るような面影はない。ポリポリ。
「……それにしてもテン、お前良く食うよなあ……」
テーブルの隅、喜多嶋教諭が広げてくれたハンカチの上で、カボチャの種を堪能する儂を……気付けば、アーサーのヤツが呆れたような視線で眺めておった。剥き剥き。
……ふん……何を言うか。
キサマとて、〈フルーツどっさり! 超プレミアム版ホワイトベアー〉なるアイスを、うめーうめー連呼しながら、あっという間に平らげたじゃろーがポリポリ。
お腹ピーピーになっても知らんぞ儂。
その点、儂のカボチャの種は、そもそも冷たいモノでもないからな、お腹を壊す心配も無く……。
そればかりか、カラを剥くのがまずやたら楽しく、その上食べてウマいという、まさしく2度おいしい優れもので――。
「かーちゃん言ってたけど、カボチャの種って……。
なんだっけ、カロリー? が、ケッコー高いんだってよ。
だから、あんまり食べ過ぎると――。
…………太るぞ?」
――――ポロリ。
無邪気に種をついばんでいた儂のクチバシから……中身がこぼれ落ちる。
ああ、あ、アァァ〜……サァァ〜……ッッ!!!
キサマというヤツはぁぁぁ……!
乙女に向かって、決っっして口にしてはならぬことをぉぉ……ッ!
儂は素早く、アーサーの頭頂部に飛び移ると――。
――ほぉ〜ぅ……あーちゃちゃちゃちゃちゃちゃあっ!!!
……と、リアル鳥系として脳内『怪鳥音』を存分に響かせつつ、頭蓋に穴を空ける勢いで怒濤のクチバシラッシュをお見舞いしてやった。
「いで! いでで! いでででででッ!
イテえ! テン、マジでイテえって!」
「……まあ、テンテンだって女の子なのに、あんなこと言われちゃね〜……。
朝岡、自業自得」
「っていうか、テンテンちゃんってホントに、人の言葉分かってるみたいだよねー。
すっごい、賢いなあ……」
〈特選スペシャルロールケーキ〉を分け合って食べながらの、亜里奈と喜多嶋教諭の言葉には、儂を止めるような語句は一切なかったわけじゃが……。
しかし慈悲深い儂は、マジでアーサーの頭に穴が空く前にやめてやることにした。
《……ふん、じゃーからキサマはガキんちょなんじゃ!
おやつ食べて良い気分の乙女に『太る』は禁句じゃ、覚えとけド阿呆!》
念話で、思いっ切り悪態をついてやる儂。
それがまるで聞こえているようなタイミングで――亜里奈は「そうそう」と言わんばかりの、呆れた顔でうなずく。
……かと思えば、急にスカートのポケットに手を入れ……スマホを取り出した。
着信でもあったようじゃな。
「どーかしましたか、アリナ?」
「おキヌさんからメッセージだ。
……あ! 今日のこと撮った動画だって!」
楽しそうにそう言って亜里奈は、テーブルの上に自分のスマホを置く。
「おお……!
それは、チサねーさまとうちの兄サマが、男装女装するってゆーアレですね!?」
「そうそう、そのアレ!」
「――え、何それ、師匠が女装すんの!? 見てえ!」
「ふわあ、楽しそうだねえ〜……!」
「ん。見るしかない」
ほっほう……? あの勇者が? 女装とな?
なにそれ、なかなか面白そうじゃのう……!
まさに興味津々といった様子で、皆して、亜里奈のスマホを覗き込む。
それに、おずおずと言った感じで――しかし何やら目を爛々と輝かせながら、喜多嶋教諭も加わり……。
のんびりとしたお茶会はそのまま、動画鑑賞会へとなだれ込んだ。
……ふむ……どうやら、今後、文化祭とやらで上演する演劇の、宣伝活動の一環としての衣装合わせらしいのう。
で、まず一番に配役通りの姿になったのは……あのイケメン魔王じゃった。
おお〜……さすが本職の魔王、といったところか。
美々しく気高く、ハンパない存在感じゃのぅ〜。
まあそりゃ、こやつに『魔王』以外の役なぞ、割り振りようがなかろうなあ。
「うおお、リアニキスゲー! かぁっけぇーっ!」
「え〜? カッコイイよりぃ、キレイ、だよぉ〜」
「両方だよ……。
これだからハイリアさんて、つい、美人って表現しちゃうんだよね……」
「ザ・魔王オブ魔王」
「まったく、見た目だきゃー良いんですからね、このクソ兄上は!」
「ぅえっ!? 彼、アガシーさんのお兄さんなの!?
は〜、なんって美形……。さっすが兄妹だなあ……」
この場の皆が皆して、思い思いの感想を口にする。
……そうこうしているうちに、動画は、勇者の彼女の男装へ。
ほうほう、なるほど……。
こちらは小柄なのを活かして、そもそもからして中性的な『幼い少年』という形に持ってきたかー。
うむ、いいではないか……幼いばかりでなく、凜々しさも感じられる、見事な美少年っぷりよ……!
「おー、スゲー!
千紗ねーちゃんも、思ってたよりゼンゼンかっけーな!」
「ショタイン」
「うわあ、完全に王子サマだよぉ〜! 似合ってるねぇ〜」
「うん……ビックリするぐらい似合ってる……。
そりゃ、ファンの人が要望出すはずだよ……ちょっとドキドキしちゃうね」
「わ、わたしはそのアリナの言葉にドキドキしますね! ぐへへ……」
――バチン! と、亜里奈の超速のデコピンが聖霊の額を撃ち抜いた。
……おお、悶絶しておる悶絶しておる。
「……び、美少女の美少年化……!
これは……思った以上に……っ!」
つーか……なんか喜多嶋教諭の鼻息が荒くなっとらんか? 大丈夫なのか?
――で、そんなこんなで、動画はついにあの勇者の女装へ。
どれだけとんでもない格好になっておるかと思いきや――。
……なんとも真っ当な、美人の女騎士になっておった。
うむむぅ……!
マトモに出来が良すぎて、笑うに笑えん……!
「うおおっ!? 何コレ、師匠ゼンゼンおかしくねーじゃん!
はー……スッゲーな〜……」
「ナウい」
「ふわぁ、やっぱり、亜里奈ちゃんのお兄ちゃんだけあるよねぇ〜!
びじ〜ん……!」
「ま、まあ、お兄って、ちゃんとすれば、一応そこそこの見た目だと思うし……。
だらしなかったり、服とかに気を遣わないのが悪いだけで……うん。
――っていうかさ、うん、メイクしてくれた人がスゴいんだよ!
この人って、ミキちゃんのお姉さん……だよね?」
「あ、うん、そうだよぉ〜」
「え! この『メイクさん』って、河春目のねーちゃんなの!?」
「そうだよぉ〜。わたし、会ったことあるもん〜」
「うーむ……しかしマジにスゲーですねこれは。
大いに笑ってやるつもりが、ある意味肩透かしですよ……。
――まあでも、兄サマをからかう材料としては充分ですけどね! うっへへ〜」
勇者のあまりの変身ぶりに、大いに盛り上がるガキんちょたち。
……一方、その輪の外で……。
「ここ、これ、これは――ッ!
ううん、ダメダメ、ペンはもう封印したんだから……ッ!
――あああ、でもでも、こんなの見ちゃうと、同人作家の血がぁぁ――ッ!」
身体の内に封印されし邪悪なチカラと鬩ぎ合ってでもいるように――。
喜多嶋教諭が右手を押さえて、何やら悶えていた。
――その後……動画の中で続けて行われたのは、殺陣。
アクションのレベルを試す――といった主旨で、まあ、ガチの魔王に勇者が揃っておるのだから問題はなかろうと思っておったら……。
なかなかどうして、それぞれの相方となった、勇者の彼女にアーサーの従兄の2人も、玄人裸足の良い動きをしておって……。
一種の演武――しかもその場のアドリブであるにも関わらず、非常に見応えのあるものとなっていた。
なんせアクション、特にカッケーのが大好き男子なアーサーと凛太郎が大盛り上がり(凛太郎は傍目にはそうとは見えんが)であったが……。
そんなアーサーの眼差しは、しかしガキんちょっぽい興奮を宿しながらも……同時に、真摯なものにも見受けられた。
……このようなところでも、師と仰ぐ勇者と魔王の動きから、何かを学ぼうとしているらしい。
その姿勢は……うむ、褒めてやってもよいじゃろ。
一方で――。
「………………」
聖霊のヤツは、何か腑に落ちないような表情で、小さく首を傾げていた。
《……どうした聖霊。気になることでもあったか?》
《いえね、マモルくんの動きに、どーも妙な既視感があるというか……うーむぅ……?》
儂の問いに同じく念話で答えながら、眉間にシワを寄せる聖霊。
……アーサーの従兄は幼い頃より剣道をやっていたという話であるし、それだけに、一般的な剣道の動きにキッチリ沿っているからと、そういうことではないのか――。
儂がそう見解を述べようとしたところに……亜里奈が口を開く。
「そう言えば……アガシーって、体育祭の応援に行ったとき、初めて会ったはずの衛さんに『会ったことある?』って聞いてたよね?」
「ええ、そうなんですよねー……。
あくまで、なんとなーく……なんですけど、そんな気がして。
……うーむ、どーしてなんでしょうか……。
そのあまりの普通さに、他の誰か普通の人と混同しちゃってるんですかねえ……」
「……いや、あんまり普通普通言ってやらねーでくれよ軍曹……」
――しかし結局、いくらうんうん唸ろうとも、聖霊がその答えにたどり着くことはなく……。
そのうち、「あんまり遅くなってもいけないから」という喜多嶋教諭の一言で、この場はお開きとなった。
……その際、「先生、仕事もしなきゃだしね」と笑顔で告げる教諭の目が、しかし笑っていなかったと言うか……奥底には、燃え盛る炎すら垣間見えておったがな。
うむ……何やらよう分からんが、内なる邪悪なチカラとの鬩ぎ合いは決着が付いたようで、妙に晴れ晴れともしておるし……まあ良いじゃろ。
ともあれ、皆で食べたものの後片付けやらしておると……。
やおら、その喜多嶋教諭が亜里奈に問いかけた。
「そう言えば……赤宮さん、この前ここ使ったときは体調崩してたんだよね……。
あれからどう? 身体は大丈夫?」
「あ……ハイ、今はもうゼンゼンなんともないです。
――っていうか、むしろ最近なんて、すっごく調子イイぐらいですし!」
その元気を表すように、満面の笑みで答える亜里奈。
そんな様子に、それなら良かったと笑顔で返す喜多嶋教諭。
《で……聖霊よ。
実際のところ、亜里奈に流れ込む『闇のチカラ』はどうなっておるのだ?》
……あの亜里奈という娘は、真にツラいときほどツラいと言わぬタイプのような気がするからのう……。
儂は、つい、聖霊の方にそう確認を取るが……。
答える聖霊からも、特に深刻な雰囲気は感じられなかった。
《依然として、途切れてはいないものの、か細い感じ……ですね。
なので、亜里奈の体調に影響を及ぼしてるってことはないでしょう。
……このまま、その流れ自体が消滅しちゃえばいいんですけど……》
《気持ちは分かるが……まだ楽観視はせぬ方がいいじゃろうな》
《ええ。ですから、一番側にいるわたしがしっかりチェックしてます。
流れが明確に『増大』すれば、すぐに分かるように》
ふむ……。
まあ、赤宮家にはこやつだけでなく、魔王に勇者もおるのじゃから、そのあたりは問題ないか……。
「……よし、片付けも終わったね。
じゃあみんな、帰ろっか!」
「「「「「 はーい! 」」」」」
喜多嶋教諭の言葉に、子供らしく元気よく答えながら、アーサーたちは部屋を出る。
儂も、それに合わせて素早く、いつもの定位置であるアーサーの肩の上に飛び乗ったのじゃが……。
「…………」
そのとき、ほんの僅かな瞬間――。
儂の向こうのアーサーを見ていたのか。
それとも、儂自身を見ていたのか……。
儂は――妙に真剣な面持ちの亜里奈と、一瞬、目が合ったような気がした。




