第282話 その乙女は今日も、威厳をもって少年少女を見守っている −1−
――生命をもたらし、生命を育み、生命を還す、大いなる風の王……。
それが何者かと言えば、そう、この儂――〈霊獣〉ガルティエンである。
つまりは偉大である。わりとエラいんである。
しかもその上、うら若き乙女でもある。
さらにさらに、擬態した姿は、実にらぶりーなインコ(っぽいの)なのである。
そんな、なにかとスゲー儂ではあるが、ザンネンながら万能とまではいかず……。
ゆえに、この真夏のクソったれな暑さには、やはり辟易させられるのだ――。
………………。
……いや、だって、霊獣でも暑いのは暑いんじゃもん! 悪いか!
しかし……そこへ来て、この世界の学舎というのは、実に快適であるよな。
外は夏真っ盛り、その暑さたるや、アスファルトの上にでもいようものなら、儂のように繊細な鳥系乙女はリアル焼き鳥まっしぐらなほど――じゃが。
……にも関わらず、エアコンなる文明の利器の効いた教室の、まあ涼しいことよ……極楽極楽。
いやまあな、エアコンなら、我が主アーサーの部屋にもちゃんと備え付けられてはおるのじゃが……。
あれ、イマイチ効きが悪いし、そのくせ少々うるさいんじゃよなあ……。
ならばと、アーサーを通じて、母君に買い換えてくれるよう進言したところで……交渉役があの悪ガキでは、「勉強してから言え」と、脳天にゲンコツを1発落とされて終わりじゃろうし。
……と、いうわけで。
今日のHRも終わったことであるし、アーサーが「すぐ帰る」と言い出してもおかしくなく――。
しかしそうなったら、「もう少し涼ませろ」と駄々をこねるつもりであった、この儂、偉大なる霊獣ガルティエンであるが……。
幸いにして……というか、アーサーにはまだ帰る気はなかった。
教室には他にも、亜里奈に凛太郎、見晴……と、いつもの面々が揃っておって。
皆して、担任教諭の喜多嶋夏子と聖霊を待っている――と、そんな形だ。
――以前、そう、約1ヶ月前……このメンツが、喜多嶋教諭の図書室整理を手伝ったらしいのじゃが……。
そのお礼がまだ出来てなかったからと、メンツがきれいに揃うこの日に、約束のコンビニスイーツなるものが振る舞われることになり……。
喜多嶋教諭は、荷物運びの手伝いに立候補した聖霊を連れて、その買い出しに行った――というわけなのだ。
……思えばその日は、儂としても感慨深い日である。
何せ儂が、アーサーと主従関係を結び、この大いなるチカラを貸し与え――。
それによりヤツが〈烈風鳥人・ティエンオー〉という、もーちょっとネーミングなんとかならんかったんか……と、苦言を呈したくもなる存在に、初めて変身した日――なのじゃから。
「……にしても、アレ、みーんな見てたなんてなー……」
机の下に入れた足でバランスを取りつつ、椅子に大胆にもたれかかり……前脚を浮かせてゆらゆらと揺らしながら、アーサーがつぶやく。
ちなみに、アーサーの言う『アレ』とは……。
先日、ここにいるメンツで行ったプールでのイベント……ウォーターサバゲー〈アクアアサルト〉の動画のことである。
どうやらあのとき、嬉々として観戦側に回っていた見晴は、自分でも動画を撮影したうえに、主催者側の公式動画も添えて、クラスの友人に広めまくっていたらしく……。
それをしっかりと視聴したクラスメイトから、特に最後に壮絶な一騎打ちを繰り広げたアーサーと聖霊は、登校日の今日、ちょっとした有名人のような扱いを受けた――というわけなのだ。
「……そんなこと言って……満更でもなかったんじゃないの?」
ちょっと意地悪な口調で、アーサーにそんなツッコミを入れるのは亜里奈。
うむ確かに、アーサーめ、「カッコ良かった」「スゴかった」という男女両方からの称賛に、わりと気分良さげに、調子ブッこいた対応してやがったからのう……。
ジャリ坊のクセに……というか、ジャリ坊だからこそ、じゃろうが。
あ〜……いやしかし、態度と言えば、聖霊も……。
「ふははは!
何せわたしはJS界のピースメーカーですからね! 当然なのです!」
……とか、調子に乗りまくっておったからのう……ある意味いつものことじゃが。
まあ、精神年齢が同レベル、といったところか。
ちなみに、亜里奈や凛太郎ももちろん、活躍している場面が一部とはいえちゃんと動画に出ておったので、アーサーたちほどではないにしろ騒がれたのじゃが……。
亜里奈は、「運が良かっただけだよ」と笑顔は朗らかに、しかしクールにそつなく対応――。
凛太郎に至っては、概ね「ん」の一字と首振りだけで乗り切っておった。
……で、である。
それだけなら、アーサーは今でも調子良く騒いでいてもおかしくなさそうじゃが……ご覧の通り、場はむしろ静かと言っていいほど。
まあ、クラスメイトに騒がれたのはあくまで朝のことで、その後全体集会にHRと、時間が空いたから――というのがあるし……。
ちょうど今、一番賑やかな聖霊が、喜多嶋教諭の買い出しに付き合っていてこの場にいない、というのもあるが……。
恐らく、亜里奈が『満更でもなかったんじゃないか』と問うたのは、むしろアーサーが現在進行形で調子に乗らずにいる――そっちの方の理由についてじゃろう。
「べ、別にそんな風に思ってねーし!
大騒ぎされて、ちょっとメンドいなーってぐらいだし!」
「ふーん……? ま、いいけどね」
ちょっとムキになって言い返すアーサーを、亜里奈は意味ありげに受け流す。
そしてそんな2人に対し……。
凛太郎はいつものごとく我関せずの態度で(しかしきっとキッチリ話は聞いておるハズ)、無表情に『世界のジョーク集』などという、宇宙一こやつに似合わぬ本を開いておって……。
見晴はと言えば、ニコニコと超朗らかに、聖女のごとき笑みを浮かべながら、やり取りを見守っておる。
……で、まあ、アーサーが調子に乗らず、何やら静かになってしまっておるその理由――。
それは――動画を見たクラスメイトの女子から、イベントでの活躍だけでなく、聖霊とともに、「なんか2人、すっごく仲良い!」と茶化されたから……だったりする。
こういうとき、デキる男や女なら、さりげなーくうまーくやり過ごして、事なきを得るんじゃろうが……。
アーサーの母君の所蔵する恋愛マンガを読みあさることで、最強の恋愛猛者へと進化したこの鳥系乙女とは違い……。
アーサーにしろ聖霊にしろ、色恋沙汰となれば完全なガキんちょじゃからして。
ある意味仲良く……2人揃って、茶化されたことに「そんなことない、別に普通、誰がこんなのを」みたいに、ちょいとムキになって否定しおったもんじゃから……。
なんとなーく、今もそれを引きずっておる――という感じなわけじゃな。
……とはいえまあ、売り言葉に買い言葉、ケンカするほどなんとやら……といったところで。
そしてそれも、互いにガキんちょゆえのこととなれば、そういつまでも引きずるものでもなく……。
もうしばらくすれば、自然といつも通りになるんじゃろうよ。
――ともあれ、そんな状況じゃから、亜里奈めが真に言いたかったのは――。
『アガシーと仲が良いって言われて満更でもなかったんでしょ?』ってなところじゃろう。
あの娘も、どーにも複雑な感情を抱いているようじゃからのう……。
そこはかとなーく、三角関係的な匂いを感じるというか……。
……うむ……!
さすが、マンガに鍛えぬかれし恋愛猛者の儂……見事な推察!
これで、いつステキなイケバードと出逢っても大丈夫というわけじゃな……! むふふ。
……あ、いやまあ、それはさておき……じゃ。
我が主アーサーにしろ、あの聖霊にしろ、互いに少なからず意識しておるのは間違いないじゃろうが……。
根っからガキんちょのアーサーはそもそも、恋愛感情というもの自体、まだ認識しておらん気がするし――。
一方、聖霊は聖霊で……そう、なんというか……。
自分がそういう感情を抱かないよう、自制しておる気がするんじゃよなあ……なんとなく。
まあ、そんなわけじゃから……。
あの2人が、事実、互いに好意を抱いていたとしても――。
色恋沙汰にまで発展するのは、いつになることやら……といった感じじゃな。
うむ……。
むしろこの儂が、イケバードのハートを射止める方が早いかも知れぬのう……ふふふ。
………………。
いや、うん……まだ候補すらおらぬけどね……。
てか、だいたい、〈霊獣〉たる儂に釣り合うこっちの世界の鳥類ってなんじゃろ?
……ロック鳥? フレスヴェルグ? フェニックス?
――って、どれも神話級っ! どーやって出逢えっつーんじゃーーいっ!
……などと、思わず儂が脳内で一人ノリツッコミをしておると――。
ガラリと教室の戸が開き……それぞれ手にビニール袋をさげた喜多嶋教諭と聖霊が、笑顔とともに現れた。
「遅くなってゴメンねみんな、買ってきたよー!」
「よーし、喜べヤローども、配給の時間だぜー!」
「おっ、待ーってましたぁっ!」
ガタン、と、揺らしていた椅子を蹴り出すように立ち上がるアーサー。
おやつにありつけるとなるや、途端に満面の笑顔を浮かべるそのサマは……これがアレか、いわゆる『花より団子』とかいうやつじゃな。
いやまあ、この者たちの歳を考えれば、別におかしくはない……か。
ほれ、続けて集まってくる亜里奈や見晴、凛太郎に至ってまで、アーサーほど露骨ではないにしろ、嬉しさをにじませておるからのう。
やはり、儂のような愛に生きる乙女と違い、皆、まだまだ子供というわけじゃな……。
ふふ、何とも微笑ましい――
「あ、今日は大サービス!
……テンテンちゃんにも、先生、カボチャの種買ってきてあげたよー!」
………………。
な――――なんじゃとおぉうッッ!!??
マジか!? マジなのか!?
――って、おおお、喜多嶋教諭が掲げしあの袋に入っているのは、まさしく至高のおやつ『カボチャの種』……ッ!
なんじゃ喜多嶋夏子、キサマが神かっ! うひょーい!
「――うわわ、すっ飛んできたよ!?
ホンっトこの子、カボチャの種への愛着スゴいねー……」
「あ〜……最近、うちのかーちゃんがカボチャの種切らしてたからかなあ」
……ふぉっ!? いいい、いかんいかん……。
偉大なる〈霊獣〉ともあろう儂が……つい取り乱してしもうた。
うむう……げに恐るべきは、カボチャの種……その魔性の魅力よ……!
「――それで先生、これ、このままここで頂いちゃっていいんですか?」
儂がなんとか理性を総動員して誘惑を断ち切り、平静を取り戻す間に、喜多嶋教諭の周りに集まってきた皆の中、亜里奈がそう問うと……。
「うーん、そうだねえ……。
他の子たちや先生に見つかると、説明が面倒だからなあ……」
少し考えた後――。
儂を頭に乗せた喜多嶋教諭は、妙案とばかりに手を打った。
「うん、あそこに行こう!
……みんなに書庫整理手伝ってもらった東校舎の、あの『第2応接室』!
あそこならゆったり出来るし、滅多に誰も来ないしね!」