第281話 JK忍者と魔法王女の、取れたて動画鑑賞会とか
「……ん? なんだラッキー、まだ残ってたの?」
「うん、まあ……なんとなく」
毎度お騒がせな2-Aが、今日は鈴守センパイと赤宮センパイの男装女装イベントをやるって聞いて、見物に行っていたアタシがクラスに戻ってくると……。
今日はさっさと帰るだろうと思っていたラッキーが、まだ、窓の外を見ながらボーッと席に座ったままだった。
「今の時間、外出たら暑そうだなー……とか、思っちゃって」
「太陽ギラギラ、真っ昼間だからね〜。
……あ、それとも、アタシが戻ってくるのを待っててくれたとか?」
「んー……ま、それもあるかもね」
わざとらしく、肩をすくめて答えるラッキー。
……そんなラッキーは、ヘコんでるとか落ち込んでるとかじゃなく――あ、いや、そういうのもやっぱり多少はあるだろうけど……。
その態度にも出てるのはきっと、実行に大量のエネルギーを消費する行動をやりきり、一区切りつけたことへの……『燃え尽きた感』みたいなものだと思う。
で、その『行動』やら『一区切り』の内容については……忍者としての情報収集とかは特に必要なく、すでに分かりきっている。
……なんせ、本人からしっかり聞かされたからね。
そう、ラッキーが昨日、赤宮センパイ相手に告白してフラれたことはもちろん――。
今日、鈴守センパイに、その辺の義理を通すのに謝りに行ったことも。
わざわざそこまでしなくても……と、アタシなんかは思うんだけど、まあ、それがラッキーって子だからなあ。
さすが、勇者の娘にして、自分も一種の〈勇者〉になっただけのことはあるよ。
たかが忍者のアタシとは、一文字違いで大違い、ってわけだねー。
……まあ、ともあれ、そうした経緯を聞いてたから……。
今日はもうさっさと帰ってフテ寝でもするだろうと思って、センパイ方の男装女装の見物にも誘わなかったんだけど。
「まあ……でも、さ――」
アタシは、ラッキーの前の席に座りながら……努めて明るい調子で声を掛ける。
「ラッキー、アンタはよく頑張ったと思うよ、ホント。
うん――マジに尊敬するね」
「ありがと。
わたしとしても、しおしお、あなたみたいに話せる相手がいて良かった」
「コラ、しおしおゆーな。
てかむしろ、しおしおになったのはアンタでしょーに」
「……そりゃそーだ」
どんなもんかな〜……と、調子を窺うために繰り出したアタシの軽口に、素直に苦笑するラッキー。
ん〜……、ちょっとは強がりみたいなものが入ってるだろうけど……。
こうやって笑ってられる分には、思ってたよりはマシってところかな。
……ぶっちゃけ、昨日電話越しに話を聞いたときは、こりゃしばらくヘコみまくるんだろうなぁ……って予想してたから。
なのに今日、サボらずちゃんと学校来るばかりか、センパイたちにケジメとばかりに話をしに行くしで……。
それって、自分の生傷引っ掻くみたいな行為だろうに……ホント、大したものだと思う。
「……そう言えばさっき、おキヌセンパイから声かけられてさ。
ラッキーに言伝をあずかったよ。
――スマホでメッセじゃ味気ないから、って」
「……絹漉センパイから?」
「『今度〈世夢庵〉でヤケ食いでもしよーぜ! おごってやる!』――だってさ」
「……オっトコ前だなあ〜」
ちょっとおキヌセンパイのマネをしながら、その言葉を伝えると……。
ラッキーは、どことなくホッとしたようにはにかむ。
……聞くところによるとおキヌセンパイは、ラッキーが、親友の彼氏である赤宮センパイにホレてる――ってことを知っていながら……。
でも、『応援はしないが邪魔もしない』と、その『想い』を頭ごなしに否定したりはせず――それどころかむしろ、認めてくれていたらしい。
それは、ラッキーにほぼ勝ち目が無いと分かっていて……でも、第三者が諦めさせたんじゃ、きっとラッキーにはわだかまりのようなものが残るって、そう思ってのことだろう。
同じ諦めるでも、自分でやるだけのことをやった、その結果の方がいい……って。
そんなセンパイが、改めてラッキーを讃え、労ってくれたから――。
ラッキーとしても、またちょっと肩の荷が下りたような気分になれたんだろう。
「……それで美汐、2−Aの『男装女装』、どうだったの?」
「盛況も盛況、大盛況だったねー……。
まあ、ギャラリーは大半が、鈴守センパイか魔王センパイのファンだったけど。
――てか、動画見る?」
言っておいて、『さすがにそんな気にはならないかな』と思ったんだけど……。
ラッキーはほんの一瞬、眉間にシワを寄せて考えたものの――わりとあっさり、「見る」とうなずいた。
……やっぱりちょっとは引きずる感情もあるものの……好奇心には勝てない、ってところみたい。
まあ、恋愛経験の無いアタシが言うのもなんだけど……。
引きずりまくるよりはそれぐらいの方がいいよ、きっとね。
……というわけで、アタシは、バッチリとスマホで映像に捉えてきた2−Aのトンデモイベントを、余すところなくラッキーに見せてあげることになった。
ちなみに、画質とか音質とかについては……あの場で同じく撮影していた多くのギャラリーたちよりも、一段上のものになっていると自負している。
……なんせこちとら、情報収集が本職のプロの忍者だからね!
実は何気に機器も高性能だし、シロートさんに負けるわけにゃーいきません、っての。
しかも、なんせ仕事じゃないから気乗りもするし!
…………。
いやまあ、赤宮センパイの正体を探るって仕事には、多少は絡んでるかもだけど。
「……うっわ、魔王センパイ、ホントに魔王だねコレ……すっご。
てゆーか、そもそも美人過ぎるでしょこの人……。
異世界人じゃあるまいし、反則だよ〜」
「妹のアガシーちゃんと揃うと、エラいことになるよねえ。
……てか、そろそろマジに芸能界からスカウトとか来るんじゃない? この兄妹。
まあ、来たところであっさり一蹴しちゃいそうだけど」
そもそもその『異世界』と関わりが深いラッキーが「異世界人じゃあるまいし」なんて言うと、なんともまあ重みがあることよ。
実際、赤宮センパイがクローリヒトなら、あの兄妹が実は異世界人だった――としても不思議じゃないしね……。
……まあ、一応は戸籍が存在する以上、取り敢えず正面切って疑う余地はないんだけどさ。
「うわー……鈴守センパイも、これまたカンペキだね。ショタ王子似合いすぎ……!
ギャラリーの歓声もすっごいことになってるし!」
「そりゃねえ……センパイのファンは、まさにこれが見たかったんだろーし?
まあ、それにしたって完成度高すぎるけどね……。
さすが、その腕は『もはや化粧どころか創造』とも称されるメイクの鬼、河春目センパイだよ」
魔王センパイのまんまガチ魔王、鈴守センパイの男装ショタ王子サマと続けて見て、素直に感嘆の息をもらしまくるラッキー。
そしてその様子は、ある意味本命だろう赤宮センパイの番になると――。
「え――ウソ、これ赤宮センパイ……っ!?
いや、わたしもセンパイ、女装しても大丈夫な顔立ちだとは思ってたけど……。
ここまで!? ここまで美人になるものなの!?」
さらにレベルアップ。
目を丸くして、食い入るようにスマホの小さな画面に見入っていた。
……ま、気持ちは分かるけどね。
さすがに、忍者としてガチの変装なんて日常茶飯事のアタシとしては、普通にスゲーってぐらいだったけど。
……って、そう考えると、やっぱりツマんないなあ……忍者なんてさー。
せっかくのおもしろイベントも魅力半減だよ、ったく……!
「センパイ、細身の筋肉質だし、女騎士ってのはいい配役だよねえ。
……っていうか、配役もそうだけど、この劇、男装女装なのに笑いを取りに行く気ゼロ?
もう、ガチもガチじゃない?」
――画面上では、アタシのその言葉に合わせるように……衣装合わせのお披露目が、そのまま殺陣の実演に移っていく。
「……おぉ〜……!
魔王センパイもスゴいけど、鈴守センパイさすがだよ、この動き……!
神楽舞いのときもそうだったけど、やっぱり、運動神経がどうとかよりまず、動きそのものがキレイなんだよねー……」
「あー……なんか分かるソレ。静と動のメリハリっていうか……。
神事にまつわる家業とかで鍛えられてるから、かもねえ」
……そもそも、恋のライバルって言っても、ラッキーにとっての鈴守センパイは、敵視どころか一目置く存在だったからかな――。
鈴守センパイを見、評するラッキーの眼差しは、おおむね、これまでみたいな純粋な敬意を含んだそれだった。
――そして、動画が今度は赤宮センパイと……。
いきなり白羽の矢が立った、国東センパイの殺陣に――ってなった瞬間。
「――えぇっ!?」
……と、いきなりラッキーは素っ頓狂な声を上げた。
「? なにラッキー、どーかしたの?」
「……え? あ、ああ……うん。
赤宮センパイ、結構腕っぷし強いのに、国東センパイ大丈夫なのかなあ……って」
「あ〜……まあ、そんなに強そうなイメージないもんなあ。分かる。
運動神経良いとか、剣道やってたとか言われても、なんかピンと来ないよねえ。
――けど……想像以上にとんでもなかったよ、この2人」
アタシはそう言って、見れば分かるとばかり、後は黙って動画を追う。
ラッキーも、それに倣って……繰り広げられる見事な打ち合いを、固唾を呑んで見守っていた。
そして、結局付かなかった決着までを見届け……大きく一つ、息をつく。
……ちなみに、最後のおキヌセンパイの女悪魔がどーのこーのってくだりは、さりげなくストップしておいてあげた。
そこはまあ……センパイへの、武士ならぬ忍者の情け――ってことで。
「国東センパイ……こんなにスゴいなんて。
昨日、とぼけた調子でラーメンすすってたのとは大違い……」
「……んん〜っ?」
ポツリと、何気なくつぶやいたラッキーの一言を――アタシは聞き逃さなかった。
――なにせ忍者は、否も応もなく、すべからくヘルズイヤーだからね!
「……おい待てラッキー。今、なんつった……?」
「……え? あ〜……。
えーっと……その、ね。昨日――」
アタシの追及に――ってほど追及するまでもなく、ラッキーはあっさりと――。
昨日、フラれてヘコんでいたところに、国東センパイが通りかかって……そのまま流れでラーメンをおごってもらったことを、正直に白状した。
「……まあ、それだけのことだよ。
センパイが言ったみたいに、おいしいラーメン食べたおかげで、ちょっとは気分がラクになったんだし……感謝はしてるけどね」
「ほう、ほーう。ほほーーう……」
……これはこれは。何ともこれは……!
まさか、ラッキーがアタシの予想よりも元気だった裏に、そーんなイベントが隠れていたとはな……っ!
いやまあね、つってもラッキーのことだし、赤宮センパイにフラれたからって、すぐに他の男の子と恋愛を……なんて切り替えは無いと思う。
あれだけ赤宮センパイに憧れてたわけだし、どうしたってしばらく引きずるだろうから。
一方で、国東センパイにしても、その本心についてはさておき……。
昨日の時点か今日になってか、いずれにせよラッキーが赤宮センパイにフラれたことは知っただろうし……もし仮にラッキーに気があったとしても、すぐに、これ幸いとばかりのアプローチをするようなタイプじゃないと思う。
……なので、頑張ってアタシが煽ってみたところで、この2人がすぐに色恋沙汰になるようなことはない気がする。
そもそもの、互いの本当の気持ちの問題もあるわけで……そこは今の時点で、アタシには分かりようもないんだし。
でも……後々のことを考えて、なんとなーく且つさりげなーく応援するぐらいは出来るからね。
それに――。
あの殺陣……あれは一応プロのアタシから見ても、相当キレのある動きだった。
で、見ていて思ったけど……。
よくよく考えれば、赤宮センパイがクローリヒトなら……。
親しい友達も、何らかの関係者――って可能性もあるわけで。
しかも、国東センパイは、赤宮センパイを『師匠』と呼ぶ、あの武尊くんの従兄でもある――。
そうなると、こちらをさらに重点的に調べてみるのも悪くないな――って結論に至るから……。
「……よし、任せておきなさい!
ラッキーのためにも、国東センパイの情報を集めておいてあげよう!」
「え――ちょっ、美汐!?
待って、国東センパイはそういうのじゃないから! ホントに!」
「分かってる分かってる、とりあえず情報集めてみるだけだから!
それを今後どう使うかは、ラッキー次第、ってことで!」
「も〜……言い出したら聞かないんだから……」
やれやれ、とばかりにタメ息をつくラッキー。
対して、ニコニコと笑顔を返しながら……アタシは。
……友達のためと思えば、ただ仕事と割り切るよりモチベーション上がるしね――。
なんて、考えていた。




