第280話 旬の取れたて衣装合わせに、活劇風剣戟を添えて −2−
「さて、じゃあ……とりあえず慣らし程度に、交互にゆっくり打ち込むところからいってみるか?」
「オーケー、いいよ。
……先手はそっちからでどうぞ?」
僕と、女騎士モードの裕真は、互いに中段に剣を構え……そう示し合わせた上で、木剣での打ち合いを始める。
そう――慣らしだ。
まずは、ゲーム本番前のチュートリアルといったところ。
「――はっ!」
「ふ――っ!」
裕真の基本的な打ち込みを、剣を掲げて受け――そこから、身体を後ろ回しに回転、横から薙ぎ払う。
それを裕真は、完璧なタイミングで打ち払いつつ、手首を返して僕の首を狙う――のを、僕はしゃがんでかわし、下段から逆袈裟に斬り上げる。
その一撃を、裕真は寸前まで待ってからギリギリで飛び退いてかわし――中段に構え直す。
合わせて僕も、振り上げた剣を中心に引き戻し……残心。
かくして僕らは、開始前と同じ、中段で剣先を突き合わせた状態に戻る。
ゆっくりめで……とは言ったものの、気付けばそこそこのスピードになっていた。
……周囲の観客の中で、息を殺したように控えめな「おぉ〜……」が、さざ波のように広がるのが聞こえる。
「さすがだね、裕真……ホント、キミが剣道やらないのもったいないよ」
「……ガラじゃないって。
それより、そっちもさすがだよな……こんな素人の動きに合わせてくれるんだから」
構えはそのままに……でも慣れない長髪が鬱陶しいとばかりに、裕真は首だけを軽く振って、ポニーテールを背中に流す。
「まあ、これぐらいはね。
……っていうか、裕真、キミの動きは合わせやすいよ?
剣を合わせるのが初めてじゃないからかもね」
「あ〜……それは俺も思った。
衛が相手だと何かやりやすいなー、みたいな」
僕らは、それが何となくおかしくて軽く笑い合う。
「ん〜……お二人さん、ちょいといいかい?」
そこへ、おキヌさんがひょいと手を挙げて割って入ってきた。
「剣道やってたマモルんがそのフツーな構えなのは、まあしょうがないとして……。
それならむしろ赤みゃんはさ、出来ればもうちょっと、いかにも剣道っぽくないというか――。
リャおーみたいに、見映えを重視したような構えをしてみてほしいんだけど」
「……んん? 構え?」
「そ。いや、ムリならいいんだけどさ……。
……ほら、ファンタジーでの戦いなのに、お互い中段の構えじゃ、殺陣がカッコ良ーく出来ても、良くて時代劇、場合によっちゃーまんま剣道の試合みたいに見えちゃいそうだろ?」
……ああ……なるほど。
まあ、確かに『演劇』ってことを考えると、そうかも知れないなあ。
一応僕は、異世界で色んな武器に触れる機会があったから、他の武器を使うことも出来るんだけど……。
やっぱり、一番しっくりくるのは剣だし……。
それに今は『お試し』の一環だし、まだそこまで出張ることはないかな。
……どっちにしても、僕なら、一般人の裕真がどんな無茶な動きをしようと、それに合わせて殺陣っぽくすることは出来るわけだしね。
「……わかったよ。
んじゃ、乗りかかった船だし、いっちょそれっぽーくいってみるか――!」
おキヌさんに気前よく応えて、裕真は――。
中段に構えていた剣を、目線の高さまで持ち上げ……左肩を前に出すように半身になりつつ、そのまま剣は右肩の方へと引き込む。
「……これでどうだ?」
それ自体は、剣道でも一応型として存在する、『霞の構え』に近いもので――。
確かに、普通の中段よりも、いかにも分かりやすく『カッコイイ』感じの構え――なんだけど。
それどころじゃなく――僕は。
「……っ……!」
裕真のその、構えに至る動きに。
そして、恐ろしいほど自然でしっくりとした、構えそのものに――。
一瞬……背筋を、ゾクリとするものが走ったのを感じた。
――そう、僕は。
その構えで戦う人間を1人、知っていたから――。
「お〜! いいね赤みゃん、そーそー、そんな感じ!」
「お、これアリ? ちょっと調子に乗ってみたんだけど」
手を打って喜ぶおキヌさんに、裕真も満更でもないとばかり笑みを返す。
その姿を見る限り、あの鳥肌が立つような感じは一切なく……。
さっきのは、昨日その構えを相手にしたばかりだから、つい反射的に重ねて見てしまった……ってだけかも知れないけど――。
「さて、じゃあ裕真……本番、いってみようか?」
そう告げて、改めて剣を構え直す僕は……さらに気分が高まるのを感じていた。
ここが教室じゃなかったら――もっと天井が高かったら。
遠慮無く、最も得意とする上段に構えを取ってただろう……ってぐらいに。
そして、それに応える裕真も――美人なままの口元に、ニッと挑発的な笑みを浮かべる。
「衛……お前の腕なら、俺が多少マジになったところで、問題ないよな?」
「それはこっちのセリフだよ。
裕真……キミなら、ちょっとぐらい鋭く攻めても大丈夫だよね?」
……僕らは互いに、そんなセリフを交わすと――。
「「 シッ――! 」」
――ガンッ!!
わずかにもらした呼気すら同時に――斬り下ろしと斬り上げをぶつかり合わせる。
……言った通りに、わりと遠慮無い打ち込みで来たね……裕真。
それでも僕なら大丈夫と、信用してくれてるってことかな……!
軽い鍔迫り合いから、またも同時に刀身を引き――右から左から上から下から、お互い計ったように、激しく素早く剣を打ち合わせる。
それは、裕真の動きに僕が合わせるばかりじゃなく――逆に、僕の動きに裕真の方から合わせるときもあった。
「いい動きじゃない、裕真……!」
「結構、必死――だけど、なっ!」
言葉を交わしながらも、さらにその場で、示し合わせたような打ち合いを続ける僕ら。
……まあだけど、それだけじゃ殺陣っぽくはならないからね……!
僕は、『ここから動きを変える』っていう合図も兼ねて、裕真の袈裟斬りを正面からは止めず……。
一旦かわした後で、さらに上から打ち払って押さえ込み――。
裕真が対応しやすいよう、わざと一拍置いてから、一気に距離を詰めて肩で体当たりを仕掛ける。
瞬間、目を見れば、僕の意志が伝わっているらしく、裕真は――。
冷静に僕の『見せ』の体当たりを食らいつつ、小さく後方に跳んで体勢を整える。
そしてそうかと思うと、すぐさま同じように『見せ』の後ろ回し蹴りを繰り出してくるのを、僕もわざと受けつつ後方へ。
で、こちらもリズムを崩さないよう、そこから、身体ごと回転しながらのハデな横薙ぎを反撃に放つも――裕真はそれを頭を下げて寸前でかわし。
一瞬、無防備に向けられた僕の背中を斬り上げてくる――のを。
僕はそのままの体勢で、肩越しに剣だけを差し出して――受け止める。
……ギャラリーウケを意識してやってみたけど……どうかな?
そんなことを考えつつ、周囲の様子に改めて意識を向けようとした僕は――。
そこで、手の中の違和感に気付いた。
――そしてそれは、裕真も同じだったらしい。
僕らは互いに、大きく息を吐き出すと……。
どちらからともなく、剣を退き――緊張を抜いた状態に戻った。
「……え? どしたよ2人とも、いきなり――」
中途半端な状態でいきなり打ち合いを止めたことで、首を傾げるおキヌさんに……僕と裕真は揃って、互いの木剣を見せる。
それは、感じた違和感通りに――大きなヒビが入って、今にも折れそうになっていた。
「折れてすっ飛んだりしたら、危ないだろ?」
苦笑混じりに言って、裕真は……そんな必要もないのに、ごく自然に、血のりを払うように一度振ってから、剣を鞘に収めた。
一方僕も、ハイリアが投げて寄越してくれた鞘を受け取り、すみやかに納刀。
……同時に、気が抜けたように……さっきまでの奇妙なほどの昂ぶりも収まっていく。
「……ってなわけで、ゴメン、メイクさん。
ついついアツくなって、大事な小道具にヒビ入れちまった」
「ふっ……先に言ったろテンガロン。
小道具は使ってなんぼダンボ、壊れるのがイヤなら飾って眺めてろってんだ電々テンダーロイン。
……なので、赤宮も国東も、気にせずともよろし。
むしろ、即興説教急々如律令で、あんだけの殺陣を見せてくれたことに拍手だハラショー!」
裕真の謝罪を、怒るどころかまるで動じる気配もなくオトコ前に受け止めたメイクさんは、むしろ逆に、手を掲げて大きく拍手してくれる。
それで、ハッと我に返ったように――。
この場のみんながみんな、僕らに万雷の拍手を向けてくれた。
「いや~、うん、ホントにスゴかったぜい……。
正直アタシゃ、途中、『コイツらマジの勝負になっちゃってんじゃないか』って、ちょっとビビったぐらいだからなあ……」
「はあ? いやおキヌ、いくらテメーが見た目お子ちゃまだからって、この歳でそれはマズいだろ……さっさとトイレ行ってこいよ」
「チビった、と違わい! アホか!
――つーか、誰がチビだ誰が! 死にさらせーーーッ!」
「お、おい待て、オレはそのへん考慮して敢えて言わずに――ぐふぇっ!」
おバカな聞き間違えで、イタダキがおキヌさんに、あの豆腐型遠隔攻撃ウェポンを(遠隔用なのに)至近距離から投げつけられてるのを横目に……。
僕と裕真は顔を見合わせて苦笑する。
「……ちょーっとアツくなりすぎたか?」
「かもねー……。
小道具だから打ち合いは想定してなかったにしても、ヒビ入ったぐらいだし……。
ヘタしてどっちかに1発でも入ってたら、ドン引きじゃすまなかったかもねー……」
まあ、どう間違っても、そんなことにはなるわけなかったんだけど。
……に、しても……。
今も、まるでそんな『気配』は感じないけど――。
あの、『霞の構え』を取った瞬間。
裕真に――クローリヒトが重なって見えた、あの感覚。
あれは――やっぱり、僕の……一種の錯覚みたいなものだったのか。
それとも――――
「どしたよ、衛? 俺の顔ジッと見て。
……言っとくけど、『見惚れてた』とかはナシな?」
「いやー、でも実際、そうしてしゃべらなきゃホントにガチの美人だなー、と」
「……カンベンしてくれよ〜……」
僕の軽口に付き合い、ちょっとフザけた調子でわざとらしく肩をすくめる裕真。
……うん……いや、まさかね――。
僕は、自分の脳裏を過ぎった考えを、馬鹿馬鹿しいと首を振って追いやり……。
そのついでに、豆腐型ウェポンでダウンしたイタダキに、なおもゲシゲシと追い打ちの蹴りを入れているおキヌさんに、ふと湧いた疑問を向ける。
「……そう言えば、おキヌさんも劇で何か役をやるの?」
「ん? アタシかい?
そーだなあ、アタシゃ……そう――!
ウブな王子サマを誘惑する、魔王軍所属の色っぽーい女悪魔の役なんて、いーんじゃないかと思ってるんだけど!」
ニッコニコと、上機嫌の笑顔とともに放たれたおキヌさんの答えに――。
「「「「 ……………… 」」」」
潮が引くように、サーッと……。
その場に、いたたまれない空気が沈黙とともに広がっていく。
時が止まったと錯覚しそうなほどに、誰も、一言も発しようとしない。
「なな、なんだよぅ〜……。
――あのな、いいかい、皆の衆?
今はまだ8月の6日……文化祭の本番までは2ヶ月近く日があるわけだよ?
つまり、それだけの日にちがあればだな……!
アタシの前に、遅れた成長期が『待たせたな!』とばかりにやってきてさ、あれよあれよと、めーっちゃナイスなバデーに育っちゃうかも知れんだろーが!」
「「「「 いや、それはない 」」」」
息苦しいほどの沈黙の中にあって――。
けれどその、手を振りながらのツッコミだけは、みんなスルリと喉から出た。
「………………」
「「「「 ……………… 」」」」
「…………ンだよぉ、もぉぉぉーーーっ!
夢ぐらい抱かせろよコンチクショ〜〜〜ッ!!!」
……で、結局。
そんなみんなの反応に対する、おキヌさんの魂の叫びが――。
この、実に濃かった『衣装合わせ』の、お開きの合図となったのだった。