第279話 旬の取れたて衣装合わせに、活劇風剣戟を添えて −1−
「さて……おキヌさんよ」
鈴守王子と手を取り合い、ひざまずいていた女騎士裕真は――。
すっくと立ち上がりながら、改めておキヌさんに視線を向けた。
「衣装合わせはこれで終わり……でいいんだよな?
本番はまだまだ先だし、今日はお試しみたいなものなんだろ?」
「ん? あ〜……それがだね、せっかく演劇部作の質の良い衣装と小道具貸してもらってるんだし、今のうちにもう一つ、やってもらいたいことがあるんだよにゃー……」
「うえ……まだなんかあるのか?
……まさか、撮影会――とか言わないよな?」
おキヌさんの返答に、顔を曇らせる裕真。
……そんな表情も、ビックリするぐらい美人さんになっちゃってるのが……また逆に哀愁を誘うなあ。
一方、おキヌさんはと言うと……。
その裕真の心配を、『何をバカな』と言わんばかりに笑い飛ばしていた。
「ふっはっは! そんなモン、今さらも今さらだぜい。
改めてそのための時間なんて設けなくても、もうとっくに、写真も動画も撮られまくってるっての。
……当然だろ? 前宣伝も兼ねてるんだからなー」
「………………。
ですよねー…………」
ガックリとうなだれる裕真。
その思いをあらわすみたいに、ポニーテールがぷらんとさびしく揺れる。
「あ、でもまあ、ギャラリーへのサービスの一環……って意味だと、あながち間違いでもないかもにゃー。
うん、実はだねい……。
ほれ、キミら主役級のキャストがみんな、結構な運動神経持ちだろ?
……だもんで、本格的なアクション活劇にも出来るかどうか、ちょっと試してみようと思ってるんだなー。
――ってなわけでメイクちゃん、頼むよ!」
「……仰せのままに随にマンドラゴラ」
おキヌさんの呼びかけに一礼で応えたメイクさんは、足早に教室を出ていった――かと思うと、すぐさま戻ってくる。
どうやら、演劇部員が待機してる隣の教室に行っただけみたいで……その手には、小道具らしい長剣が一振り、鞘ごと握られていた。
で、メイクさんはそれを、おキヌさんに手渡す。
「お、メイクちゃん、せんきうー。
――ってなわけでだ、諸君!
せっかくだからこのまま、ちょっと殺陣でもやってみよう――ってことなのだ!」
長剣を手にしたおキヌさんの、それを勇ましく掲げながらの意気揚々な宣言に……僕らはみんな、瞬間的に凍り付いた。
「……え――?
ちょっと殺陣でも、って――まさか、おキヌさん、も……っ?」
そんな、僕ら全員の心情を代表して、裕真は青ざめた顔でおキヌさんに尋ねる。
それに対し、おキヌさんは一瞬、「んん?」とにこやかに首を傾げたものの……。
すぐにその意味するところを理解したんだろう――。
一転、顔を赤くして、剣を持ってない方の手を、いわゆる駄々っ子パンチ的にブンブン振り回した。
「ちち、違わいっ!
アタシだって、自分が身体動かすのがちょびっと――ほんのちょびーっとだけニガテだってことぐらい、理解してらいっ!
そう――自慢じゃないが!
この剣をカッコ良く鞘から抜こうとするだけで、手からすっぽ抜けた剣で天井の照明か窓ガラス割るか、勢いでバランス崩してスッ転ぶ自信ぐらいはあらぁな!」
「そもそもこの長さだと、おキヌのリーチじゃ鞘から抜けないんじゃない?」
「そ、そんなことないやいっ!
なら見てろよウタちゃん、こんなエクスカリバーごときぃ〜っ!」
沢口さんのいつもの調子のツッコミに、反射的にムキになったおキヌさんが、勢いよく柄に手を掛けたその瞬間――。
「……まったく……そこで煽るな、ウタ。
ヘタをすると――いやせずとも、恐らく大惨事だぞ?」
みんなが『ヤバい』と思うのとほぼ同時に、近くにいたハイリアが――長剣を鞘ごと、おキヌさんからひょいと取り上げた。
「あら……魔王サマに怒られちゃったわ。
モブらしからぬ失態ね……ごめんなさい」
「うむ。……というかおキヌよ、そもそもこれは余に用意したものだったのだろう?
余だけ、衣装に武器が無いからな?」
取り上げた長剣を見せつつ、ハイリアが問うと――。
おキヌさんは、ちょっとバツが悪そうにうなずいた。
そしてわざとらしい咳払いを一つ挟んで……鈴守さんとハイリアの2人を交互に見やる。
「――うむ、そんじゃま、気を取り直して……!
まずはおスズちゃんとリャおーで、ちょっとカッコ良く打ち合いとかやってみてくれっかい?」
「まあ、ちなみにミニミ……。
ハイリアにおスズ、キミらの運動神経なら大丈夫だと思うがウガンダガンダーラ……一応、忠告。
打ち合いでその小道具が壊れるのは別に構わんワンコロわんこソバ……なんだが、持てば分かるようにそれ、ダンボール製じゃなく木剣だから。
ケガだけはしないよう、気を付けろケロケロケロリアン――だ」
おキヌさんの指示に続き、メイクさんが……。
マジメな様子で(けれどもいつもの独特な言い回しで)2人に注意を促す。
……そう、メイクさんって、言い回しとかメイクに関わること以外は、むしろわりとマジメな常識人なんだよねー……。
「う、うん……ありがと、メイクちゃん。
でも、大丈夫かなあ……ウチ、剣は使うたことないし……」
「……なに、殺陣ということは、それっぽく見えれば良いのであろう?
ならば互いに、直撃しない軌道で打ち合えば問題なかろう。
それを、初めは注意しながら意識して遅く……徐々に慣れるに合わせて速くしていけば、形になるのではないか?」
ちょっと不安そうな鈴守さんに、自信たっぷりに余裕をもって(常にそう、とも言えそうだけど)アドバイスするハイリア。
「あ、そうやね……。
うん、ほんならとりあえず、そんな感じでやってみるけど……。
ハイリアくん、もしウチの動きが危なそうやったら、遠慮せんと言うてな?」
「大丈夫だ、少々なら余の方でなんとかする。思い切ってやってみるがいい。
もちろん余も、決しておスズ、お前にケガなどさせぬゆえ、そちらも安心してくれて構わん。
……なにせ将来、余の義姉になるやも知れぬのだしな……」
「――って、ぅおいコラ、そこの魔王!
さりげなーく、とんでもないこと抜かしてんじゃねえッ!」
ハイリアが、本当にさりげなーくボソリと――対峙する鈴守さんには聞こえないように、でも近くにいた裕真や僕には聞こえるように付け加えた一言に、裕真が反射的に噛み付こうとするも……。
「うむ、魔王だからな?」
お約束の一言とともに、危ないから下がっていろとばかり、すげなく追い払われてしまった。
そして――ハイリアは。
「さて――。
観衆も期待しているならば、是非も無し。
――来るがいい、『王子』よ」
芝居がかったセリフとともに、鞘を片手に握ったまま、長剣を素早く抜き放つ。
その所作は……そう、たったそれだけのことなのに、見ているみんなが思わず息を呑むほどに、自然で――かつ、洗練されて美しかった。
さらにそこから、半身になりながら片手で剣を構えたそのスタイルは、いかにも見映えを意識して格好を付けたような形だけれど……意外なほどスキが無い。
……もしかしたら、ハイリアのことだ。
フランスにいるときに、あっちの剣術でも学んだことがあるのかも知れないな……。
「――いきます……!」
応えて、細身の剣を抜き放ち、中段に構える鈴守さんの動きもまた見事だった。
あのドクトルさんの孫ってことで、護身も兼ねて多少は武術も学ばされた――って話は聞いたことあったけど、それだけに……。
剣なんて使ったことがないにしても、基本的な身体の動きが、素人のそれじゃない。
――それから……。
ハイリアと鈴守さんはしばらく、演武的な『殺陣』を披露してくれたわけだけど……。
最初に打ち合わせていたように、しばらくは互いの間合いや呼吸を計るためにゆっくりした動きだったものが、やがて少しずつ速くなり……。
最終的には、互いに身体全体を使ったダイナミックな動きで、打ち合い、捌き合い、かわし合うまでになった、その迫力たるや……。
とても、素人が即席でやった殺陣とは思えないほどの、スゴいクオリティだった。
「「「「 うおおおーーーッ!!! 」」」」
……なので、2人が動きを止めるや、見ていた人間はみんながみんな、拍手喝采。
もう、今のを動画にしただけでもお客が呼べるんじゃないか――ってぐらいだよ。
「ハイリアくん、ありがとう。
おかげさまで、何とか上手にやれたみたい」
「フッ……何を言う。
こうした演武はダンスと同じ――相方がヘタならば、それ以上のものには成り得ぬ。
つまりはおスズ、お前の力もあってのこと……さすがだな」
互いの健闘を称えるように、剣を収めて笑顔で握手するハイリアと鈴守さん。
その様子(あるいは、性別不詳の美人と美少年の握手という構図)に、廊下のギャラリーなんかはまた沸き立つ。
そうした盛り上がりを見やりうなずくおキヌさんは、実に満足げだ。
「うんうん……なんつーか、予想をはるかに超えるデキだったな〜……。
こりゃあ、この劇が完成した暁には、文化祭に伝説を刻めるかも知れねーぜ……!
――つーわけで、次、赤みゃんの番な!
相手は…………。
うむそう、そこで他人事のようなツラしてるキサマだ――国東衛ッ!」
「…………え? ぼ、僕ぅっ!?」
突然指名されて、僕は素っ頓狂な声を上げつつ、反射的に自分で自分を指差していた。
いや、だって……僕、役も何も与えられてないんだけど……!?
「いやー、マモルんも運動神経いいだろ? それに、昔剣道やってたって話じゃーないか?
なら、この劇のアクションレベルを底上げするためにも、参加してもらわなきゃ損だよなー……って思ってさ。
役どころとしては……そうだねい、魔王の右腕たる忠実な部下で女騎士のライバル、達人級に強え魔剣士――ってなところか!」
「え、なにそれ――っ!?
この場の思い付きだけで、やたら重要な役に回されてない!?」
えええ〜……?
僕は今回の劇、普通にのんびりと裏方に徹するつもりだったんだけど……!
「……いいではないか。
まだ本決まりというわけでも無し、ちょっとした試しのつもりに――な」
そう言ってハイリアが、手にしていた長剣を放り投げてくるのを――僕は困惑しながらも、反射的に受け取ってしまう。
「まあ、そうだなあ……。
衛なら、顔立ちがわりと中性的だから、メイクさんの手にかかれば『どっちでも』いけそうだし〜……?」
「ちょ、カンベンしてよ〜……」
意地悪な笑みを浮かべながらの裕真の言葉に、僕は思わず情けない抗議の声をあげた。
「うむ……国東、な。
なかなか生半、悪くないないナイアガラ……。
男のままでも、女としても……どちらでも、それはもう罪深ーく仕上げてあげるよゲルクッション……!」
「い、いやいやメイクさん、今はほら、あくまで殺陣がどうかって話だから!
思い付きで振られただけの役で、まだちゃんとした設定もなにもあったもんじゃないから!」
ギラリと、メガネと前髪の奥の瞳を輝かせるメイクさんから逃げるように……。
僕は教室の中央へ――女騎士裕真と対峙するような位置に移動すると。
「ふーむ、マモルんをどうするか、か……。
まあ、あくまで女装男装の要望があったのはおスズちゃんたちだけだしなあ……」
腕組みしながら、うーん……と悩むおキヌさんに、「そうそう!」とばかりに首を縦に振りまくっておいた。
一方、そんな僕の姿に、裕真は「俺の気分が分かったか?」って、ひとしきり笑ってから……楽しそうな雰囲気はそのままに。
腰に帯びた剣の柄に手を掛け――改めて、僕に向き直る。
そして――
「ま、役どころうんぬんはさておき――だ。
ついこの間、旅行のときもやったばっかりだけど……。
いや、だからこそ――か?
改めて衛、お前と手合わせっぽいことするとか……ちょっと、ワクワクするんだよな」
そんなことを言いながら――。
なんだろう、驚くほど慣れた手つき――そうとしか言いようのない、ハッとするほど自然な動きで、裕真は剣を抜き放つ。
それに触発されるように……僕もまた、奇妙な昂ぶりを覚えながら――。
「……そうだね――。
そのことだけ考えれば――確かにちょっと、楽しいかもね」
すかさず、抜刀。
裕真を見据えたまま――邪魔な鞘だけを、ハイリアに投げ返していた。




