第278話 早速過ぎる衣装合わせによるお披露目会 −2−
「さ〜て、ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な〜……。
う〜みの邪っ神サマの言うとおり〜オリオリオー……リエンタル急行便〜っと」
ノリっノリでアヤしい歌を口ずさみながら、エモノを追い詰めた猛獣よろしく、裕真と鈴守さんの周りをぐるぐると回るメイクさん。
「か〜ごめ、か〜ご〜め〜、もち米弾込めとちおとめ〜…………ゴメスっ!」
ビシッ!……と、そんなメイクさんが、いきなり立ち止まると同時にメイク道具の筆(正式名称は知らない)で指し示したのは…………鈴守さんだった。
思わず、といった感じでビクリと跳ね上がる鈴守さん。
……うん、気持ちは良く分かるなあ。
あの邪教の儀式めいたアヤしい歌から、いきなり指名されたらねえ……。
「……ウム、まあ、自分としては?
キミら2人いっしょの一所懸命一蓮托生……でも良かったんだけどもっさもさ?
それだと、同じ部屋で着替え――ってなっちゃうダロ・モヘンジョ?
自分は別に気にしないし、赤宮にとっちゃ単なる役得説得曹孟徳、だろーけどさ……そうすっとっと、外のオーディエンスが暴動起こしそうで死相くっきりデンジャー神社ぁ!
……なんで、おスズから。よろし?」
メイクさんに言われて、裕真たちは一瞬顔を見合わせた後……2人して、ブンブン首を縦に振った。
……あ、でも、裕真がちょーっと残念そうにも見えるのは、気のせい――でもないよねえ、やっぱり。
「んむ。よろし、ね。
……さーてさてさてサテライト。
ンじゃまジャマー、罪科に洗われし魂の泉へ参ろうか、おスズ?」
「う、うん、メイクちゃん……その、お手柔らかに……な?」
「それはもう。
仰せのままに随にマーライオン」
芝居がかった動きで鈴守さんの手を取って、教室のドアへ向かうメイクさん。
その途中――
「ま、おキヌも言ってた通り……?
メインディッシュこそ、最後エゴ囲碁うごごのご……ってわけだよ? 赤宮ぁ」
「うひぃ……っ!」
ペロリ、と舌なめずりしながらのメイクさんの一言に……。
野生のイノシシ相手でさえ怯まなかった裕真が、ヘンな声を上げて震え上がっていた。
――それから、待つことしばし。
「……衛ぅ……なんか俺、遺書とか書きたくなってきた……」
「大ゲサだなあ……別にメイクさんに取って食われるわけでも、女装したからって死ぬわけでもないんだからさー」
「うむ。メイクはあのノリだが、こと『メイク』という仕事に関しては、実に真摯で職人的であったぞ?
評判通りの素晴らしい腕でもあったしな」
「……いや、もちろん、メイクさん自身を疑ってるわけじゃないんだけどさー……」
「そーそー、それに女装がなんだってんだよ!
せいぜいが、後々まで話のネタにされるってだけだろー? ぷくく……」
「それをフル活用しそうなのが、今まさにニヤけてやがるお前だってのがムカつくんダッキー!」
「あん!? おいコラ、ダッキー言うな!」
ここにきてゲンナリした様子の裕真を、僕らで励まし(?)ていると……。
やがて、廊下が――ハイリアのときに負けず劣らずの、黄色い大歓声に包まれる。
そうして、その歓声を引き連れるように、教室へと戻ってきたのは――。
フリフリだったり、袖が膨らんだり――とかじゃない、外国の軍服に近いような引き締まったデザインの白い礼服に身を包み、細身の剣を帯びた……歳の頃12、3歳って感じの、黒髪おかっぱの美少年だった。
じゃなくて――。
凜々しい美少年の姿をした鈴守さん、だった。
「「「「 おおおお〜〜〜……ッ!!! 」」」」
これまたハイリアのときと同じく、みんながみんな、惜しげも無く感嘆の声を上げる。
鈴守さんも、カツラを被ったりはしてないし、かなりもとの姿に近いんだけど……。
逆に言えば、ヘタにムダな手を加えず、そもそもの整った顔立ちを見事に活かす形で、『美少年』へと生まれ変わらせている――ってこと。
加えて、『王子』っていう設定に合った、高貴な感じもうまく出ているし……。
鈴守さん自身も、きっとメイクさんに指示を受けたんだろう――もともとの姿勢の良さがあるところに、堂々とした立ち振る舞いと、キッとした凜々しい表情が相まって……。
もう誰がどう見ても完全に、おキヌさんが配した役通りの『魔王に立ち向かう若き王子サマ』だ。
……ついでに言うなら、まさに、『お客さん』の『要望通り』でもあると思う。
うん、この、今なお止まない廊下の、黄色い悲鳴とも言えそうな大歓声を聞く限り――間違いなくね。
「ふっ……今宵もまた一人、罪深きモノへ変えてしまった……」
遅れて戻ってきたメイクさんが、またそうして自分に酔いしれながら……。
鈴守さんに見とれている裕真の肩を、ポンと叩く。
「……どうだい赤宮?
自身の彼女の、秘められし新たな姿は……実に罪深いだろうダロ・モヘンジョ?」
「お、おう……メイクさん。
その言い方はアレだが……うん、分かる――気がする」
「あ、ど、どうかな裕真くん……。
ウチ、ヘンちゃうかな……?」
キリッとした表情で、教室内外の観客から大喝采を浴びていた鈴守さんだけど……。
改めて裕真の前にやって来たときには、さすがに素に戻った感じで……恥ずかしそうに感想を求めていた。
けれど、それにいち早く反応したのはおキヌさんで――。
「おぉう……!
凜々しいのもイイが、この不安げな上目遣いも……か弱い少年ぽくてまた良しッ!
その上、相手がまだ女装前で男子のままの赤みゃんってところもアリだな!
これは――売れるッ!」
と、興奮気味に目をギラつかせながら、なんか拳を握り締めていた。
……あ〜……まあコレ、そのテのが好きな人にはウケる――のかなあ?
で、一方裕真は裕真で、なんかドギマギしながら……鈴守王子に向かって、ブンブン首を縦に振っていた。
「お、おう……! すっげー良く似合ってる……!
――あ、で、でも、俺にとっちゃ、やっぱり千紗は千紗だから……。
だから、男装がどうこうって言うより、普段と違う千紗を見られて感動したっていうか、可愛さを再認識したっていうか……っ!」
「あ……!
その、あ、ありがとう……っ!」
二人揃ってテレっテレに、頭を下げあう裕真と鈴守さん。
その様子に――っていうか、裕真一人に向かって、観客――のみならず、クラスの男子からも大ブーイングが起こっていた。
……当然、それには僕とイタダキも参加した。
「よーしよしよし吉田松陰。
でーはではでは出羽三山、いよいよ弥栄イヨマンテ――メインをいただくとしよっかい……赤宮ぁ?」
裕真と鈴守さんが醸す、甘ったるい空気もまるで意に介さず――その結界内に入り込んだメイクさんは、ポン、と裕真の肩を叩いた。
「……うぐっ……! つ、ついにこの時が来ちまったか……!
わかった、メイクさん……。
――ああ、もうどうせやるなら、徹底的に全力でやってくれ……!」
半ばヤケクソ気味に、裕真がそう答えると……メイクさんは、メガネを整えながらニヤリと笑う。
「仰せのままに随にマニュファクチュア。
くっふっふ……いやあ、腕が鳴るなり法隆寺……!」
「が、頑張ってな裕真くん! 期待してるから!」
むん、と両手でガッツポーズを作った鈴守さんの、なんかフンスとばかり鼻息荒い激励を背に受けながら……裕真は、隣の教室へと送り出されていった。
そして――。
ハイリアや鈴守さんより、明らかに長い時間が流れたのち。
ガラリと、隣の教室のドアが開く音がして――。
「お? ついに終わったみてーだな……!」
イタダキのそんな一言に続いての、廊下の観客の反応は……!
「「「「 ええええーーーーッ!!?? 」」」」
……という、まさに驚愕――と、そうとしか表現出来ないようなものだった。
「お、おい、どーなったんだコレ……?」
「ふむ……これは何とも、面白い結果になったようではないか」
思わず教室内の僕らも、緊張に固唾を飲んで待つ中。
ドアを開けて、戻ってきたのは――!
「「「「 え……ええええーーーーッ!!?? 」」」」
クラスの人間ほとんどが、廊下の観客と同じような声を上げてしまう。
出入り口の前で、片手を腰に当てて立っているのは……。
女性用の軽装の胸当てを身に付け、長いスカートと一体化したような直垂を腰に巻き、そこにさらに長剣を帯びた――。
長い栗色の髪をポニーテールにしている、長身の『美女』騎士――だった。
……って、え、これ……ホントに裕真、なの?
いや、うん、確かによーく見ると、顔の各種パーツは見覚えある裕真のそれ……だけど……!
「くっふっふ……だから言ったろモモタロー?
赤宮はゼッタイ、女装するとバケる――ってさ?
ああ……今宵もまた一人、罪深きモノへ変えてしまったぁ……!」
美女の後ろから現れたメイクさんは、目元は相変わらず見えないけど、すっごく満足そうに笑いながら……突っ立っている美女の背中を軽く押す。
そうして、教室の中央へと歩いてきた美女は……なるほど、近付くほどに裕真だと確信が持てた。
でも、逆に言えば――それぐらい『女性』としても違和感が無いってことで。
もちろん、歩き方とかはやっぱり男のそれなんだけど、なにせ設定が『女騎士』だから、少々男っぽい動きをしても、むしろ自然な感じすらするぐらいで……!
「うおお……これが裕真って、マジかよ……!
メイクのヤツ、スゲーな……!」
「うむ、これはこれは……。
しっかり記録して、亜里奈にも送ってやらねばな」
「ふっふっふ……思った通りだねい。
こいつぁイケるぜ……!」
「やっぱり、どうしたってモブにはならない人っているのね〜……」
イタダキにハイリア、おキヌさんに沢口さんと、いつものメンツを初めとする、教室内外のみんなの好奇と感心の眼差しにさらされまくって……。
裕真はついに羞恥に耐えきれなくなったとばかり、ガックリと片ヒザを突く。
「くっ……いっそ殺せ……!」
「「「「 その発言、ナイス 」」」」
……でも、自然に発したその一言すら、みんなに、キッチリネタとして拾われてしまっていた。
「でもさーもさもさ、赤宮ぁ?
さっき、自分にメイクされて鏡見たとき『おお……!』とか、思ったろキンタロー?」
「……う。ま、まあ、それはな……。
『これが俺っ!?』――って、ちょっと……ちょーっと、テンション上がった……けど」
「だだ、大丈夫、裕真くん――ッ!
もうホンマに、ホンっっマに、すーーっっごいええから……ッ!」
興奮しきりに前のめりな感じで、目をキラっキラに輝かせつつ片ヒザを突いた女騎士裕真の手を取ったのは……鈴守王子サマだ。
「え、あ、うん……そ、そう?」
「うん、そうッ!
もう……もう、めーーっちゃ似合てて、めーーっちゃええよ……ッ!」
……うーん……さすが彼女パワー。
裕真も、『千紗がすげー喜んでるからいいか!』な感じになってるよ……。
「――にしても、赤みゃんとおスズちゃんの今の体勢……いいな。アリだな。
ぃよっし、2人とも、ちょっくらそのまま、それっぽいセリフ言ってみっか」
裕真たちの姿に、一人、しきりにうなずいていたおキヌさんは……唐突につかつかと歩み寄ると、それぞれに何事かを耳打ちして、一旦離れ……。
ほい!――と、勢いよく、カチンコを鳴らすように手を打った。
いきなりのことに、2人とも戸惑ってる様子ではあったけど……。
鈴守さんが、小さく咳払いして――意を決したように、表情を引き締めた。
そして、女騎士裕真の手を取ったまま……凜とした様子で口を開く。
「――我が騎士よ。
これからも、ボクのこの身を――護ってくれるか?」
さらに、裕真もそれに応え――
「はい、王子――。
私の、この命に代えましても」
思ってたよりは自然な感じに、深く頭を垂れる。
「お、おお〜……いい!
なかなか良かったぞ、2人とも!」
おキヌさんがそう言って手を叩いたのを切っ掛けに、また、教室の内外を問わず、大盛り上がりを見せる。
それに僕も、表向きは同じように合わせながら……。
「………………」
「あん? なんだ、どーかしたか、衛?」
「え? ああ、ううん……なんでもないよ」
――命に代えても護る……か。
それがたかだか演劇のセリフ、しかも大した意味も無い、この場のノリから出ただけのものだと分かっていても。
自分自身、すこぶる馬鹿馬鹿しいって思いながらも――。
その言葉に……ふと胸を過ぎる思い出に。
僕は――苦いものを感じずにはいられなかった。




