第277話 早速過ぎる衣装合わせによるお披露目会 −1−
……というわけで、HR後。
まるで大掃除でもするみたいに、机が全部下げられた2-Aの教室内には、僕も含めて、ほとんどのクラスメイトが残っていた。
もちろん、その目的は――。
おキヌさんが宣言した『主要メンバーの衣装合わせっぽいこと』を見物するためだ。
そしてさらに僕らクラスの人間だけでなく、どこから聞きつけたのか――いや、きっとおキヌさんが校内に情報をバラまいたんだろう。
教室の外の廊下にも、多くの見物人(主に女子)が詰めかけてきていた。
ちなみに、このお披露目のメインだろう裕真と鈴守さんの様子はどうかと言えば……。
裕真は、最初は「話が早すぎるだろ!?」とか文句も言ったものの、さすがに『やる』と承諾しちゃったからだろう――。
今はもう、『どうにでもなれ』みたいな、諦観だか投げやりだかの表情で、下げた机の一つに腰掛けている。
で、鈴守さんはその隣で、同じく机にちょこんと座り――ひたすら緊張してる感じだ。
「――さて、えー……と、だ。
まずは、劇の大雑把なシナリオと予定してる配役だけども――」
裕真や鈴守さん以外にも、思い思いに、床に座り込んだり、壁際に立ってたりするクラスのみんなをぐるり見渡してから……。
沢口さんを従えたおキヌさんは、メモを片手に教室の中央で説明を始めた。
「とりあえず、文芸部の協力も得て鋭意製作中のシナリオは、完全オリジナルだ。
誰の目にも分かりやすい、剣と魔法の異世界ファンタジーものになってる。
ストーリーそのものも、分かりやすい王道で……。
平和な王国が、魔王率いる魔の軍勢に侵略され……かろうじて難を逃れた若き王子が、護衛の女騎士とともに、祖国を取り戻すため、幾多の試練を乗り越えて魔王に挑む……ってな感じだね。
……いわゆる、貴種流離譚みたいな」
「おう、『リシュリュー・リターン』な……もちろん知ってるぜ?」
「いやイタダキ、そんな『三銃士』の二次創作じゃないんだから……。
――っていうか、リシュリュー枢機卿、よく知ってたね?」
「お、おう? リチウム有機系な! あれヤベーよな!」
「……は……?
あ〜……うん、確かにヤバいね色んな意味で……。
なんかゴメン、僕が悪かったよ……」
「いやそこで謝んなよ衛! オレがザンネンなヤツみてーだろ!」
実にザンネンなイタダキの発言は、テキトーにスルーしておいて……おキヌさんの話に意識を戻す。
……といっても、まあ……。
今聞いたシナリオでの配役なんて、確かめなくても決まってるようなものだけどね。
「で、配役だが……。
当然、主人公の1人である、国を追われた流浪のショタ――もとい若き王子はおスズちゃん!
でもってもう1人の主人公、そんな王子を護り助ける女騎士こそ、赤みゃんってわけだ!」
「……ショタて、言うてもうてるやん……。
ウチ、何歳の役やらされるんやろ……」
「ん〜……まあ、お姫サマやれとか言われるよりはまだマシ、か……?」
おキヌさんの発言に、鈴守さんと裕真がそれぞれ、感想をもらす。
「で――だ。
それに加えて、裏の主人公とでも言うべき魔王……。
強く、恐ろしく、美しく、威厳ある――そんなラスボスに相応しい、魔王の役には!
やはり……そう、我が校が誇る、最強の恐るべきイケメン魔王のリャおーこそが適役だと思うんだが、どーだろーか!」
「「「「 おおおーーーッ!!! 」」」」
おキヌさんが問いかけると、みんな(クラスメイトばかりじゃなく、廊下から見物してる多くの生徒も)揃っての大拍手で賛成の意を示した。
うん、僕もそうだけど、やっぱりみんな『それしかない』と思ってたんだね〜……。
「……という民意が示されてるんだけど、どーだい、リャおー?」
「ふむ……。
この余が魔王役とは、実に面白い。
よかろう――キサマらのその願い、聞き届けてやろうではないか!」
「「「「 おおおーーーっ!!! 」」」」
まるで動じる様子もなく余裕たっぷりに……そればかりか、言葉通りに、楽しそうに口元に笑みをたたえて承諾するハイリア。
その姿に、また歓声も上がる。
……っていうか……。
ハイリアの場合、演技しなくても素のままでいけるよねコレ……。
「それで……だ。
余も、女装をすれば良いのか?」
しかもハイリアはさらに、まったく臆する様子もなく、おキヌさんにそんな質問もしていた。
「……マジかよ……自分から?
やっぱ、ガチの美形は言うことが違うなー……」
「ホントにねー……」
呆れのような感嘆のような言葉をもらす裕真に、思わずうなずいて同意する僕。
一方、ハイリアに女装について聞かれたおキヌさんは、意外なことに「うんにゃ」と首を横に振り――
「それも考えたんだけどねー。
リャおーってば、男女どっちに転んでもアリな反則級の美形だろ?
……だからさ、うん――――もういっそ、『性別不詳』で行こうかと」
そして、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。
……それって、『観客の好きなように捉えられる』ってことだよね。
男女どちらでも、どうぞご自由に――ってことだよね?
つまり――これでまた話題性をかっさらおうってわけか……おキヌさん。
何て言うか……ホント、さすがというか、容赦ないというか……。
「――ぃよっし! んじゃま、そーゆーことで……。
そろそろみんなお待ちかね、お着替えタイム行ってみよーか!
……つーわけで、メイクちゃん――後は頼んだぜ!」
「ほいきた……待ちわびたることよ。
よーやく要約、よう焼く役、自分の出番――ってわけだね」
おキヌさんの呼びかけに応えて、颯爽と立ち上がったのは……。
ボサッとした感じの長い髪に目元を隠し、さらにそこへメガネもかけた――。
パッと見は、鈴守さんとは別方向に大人しめというか、ちょっと暗い感じにも見えるクラスメイトの女子。
……でもそれは、あくまで見た目だけ。
実際は、暗いっていうより……ある意味うちのクラスに相応しい、ちょっと――うん、ちょ~っとだけ風変わりな人なのである。
――彼女は、河春目 郁美さん。
メイクに人生を賭けるほどの並々ならぬ情熱を燃やし、それに見合った卓越した技術も持ってるそうで、名前にかけてそのまんま〈メイク〉と呼ばれる……演劇部の副部長でもある女の子だ。
「さーてさてさてサテライト……。
どの子から、罪深〜く変えてあげよっかい四日市?」
「いや、そう言って……。
その、エモノを見つけた猛獣の目で、俺を真っ直ぐ見つめるのはカンベンしてくれメイクさん……」
多分メイクに使うものだと思われる筆(っぽいの)を幾つも、まるで暗器かなにかみたいに、交差した両手の指の間で器用にクルクルと回しながら……前髪とメガネに隠れた眼を、ギラリと光らせるメイクさん。
そして、そんなメイクさんにたじろぐ裕真。
……そう言えば、裕真のことを『絶対に女装が似合う!』って言い切り、前々から機会を窺ってる感じだったもんなあ……メイクさん。
「んむ、まあ気持ちは分かるがメイクちゃん……。
メインディッシュは後回しに、まずはそこの超絶美人から始めてくれんかね」
おキヌさんの指示を受けたメイクさんは、ちぇー、と残念そうに筆(っぽいの)を、ペン回しのように両の手の中で高速回転させた。
「ハイリアはねえ……アレなんよアレ、稗田阿礼。
いわば、モナリザに今さらエルフ耳つけっか? つけねーだろ?……みたいな。
ぶっちゃけ、自分がやることほとんど無いから、腕の振るい甲斐がちょい欠っけ欠けなんだなー。
――けどま道満……。
自分の手でこれをさらに輝かせるも、一興異教徒一極集中ってトコロもあるかいね〜……ウム」
「ふむ……では頼むぞ、メイク」
「仰せのままに随にマーメイド」
芝居がかった一礼で応えたメイクさんは、ハイリアを連れ……教室を出る。
どうやら隣の教室に、おキヌさんたちが協力を仰いだ美術部員が、衣装や小道具とともに待機していて……メイクと着替えもそこで済ませる形になってるらしい。
……ホント、用意周到だなあ……。
――そして……待つことわずか数分。
いち早く、廊下の見物客から上がった黄色い歓声で、結果がどういうものかは見ずとも分かったけど……。
それでも、こちらの教室に戻ってきたハイリアを実際に見た僕らは、口々に「おぉ〜……!」と、感嘆の声を上げずにはいられなかった。
ダークな色合いながらも、ところどころがちゃんと煌びやか、かつ豪華な感じのマントを羽織ったハイリアは、いつも背中の下あたりで三つ編みにしている髪も解き、頭には小道具の山羊っぽい角も付けて……いかにも『魔王』って感じで。
しかも、そんな仰々しいマントを、まるで当たり前のように着こなし……立ち居振る舞いも威厳と気品に充ち満ちて。
さらに、メイクさんにより絶妙の『性別不詳の美しさ』を盛り立てられた顔立ちは(パッと見では、本人が言ってたようにあまり手が入ってない感じだけど)、まさしく魔性の色気たっぷりってやつだった。
……っていうか、メイクさんの技術もスゴいけど、ハイリアのどこか物憂げな表情がまた、見せ方を分かってるっていうか……!
いやホントに、ハイリアってば釣り以外は何でも出来るんじゃない……?
「……さて……『魔王』の余は、どうであった?」
表情をいつも通りに戻し(それでも美人は美人だ)、マントを翻して優雅に、みんなに尋ねるハイリアに……。
「「「「 うおおおおーーーッ!!! 」」」」
見物客も僕らも――そして鈴守さんに裕真まで、拍手喝采で応える。
「ふっ……今宵もまた一人、罪深きモノへ変えてしまった……」
……で、そんな様子を、目元は隠れてるけど、それなりに満足そうに見守っていたっぽいメイクさんは。
喧噪が収まった頃を見計らい――
「さあて……おスズに赤宮。
次に自分の手で罪深く変わっちゃうのは――どっちダッチ丁稚……?」
前髪とメガネのその奥で、ギラリと輝く瞳を――。
口元に浮かべた笑みとともに、たじろぐ裕真たちに向けていた。