第275話 一見平和なHRに、恐るべき陰謀が潜んでいた
――さて。
何はともあれ、体育館での全校集会をつつがなく終えた俺たちは、残るHRを消化するために教室に戻ってきた。
ちなみにだけど……その集会中、我が2-Aは、やたらと他クラスの――主に女子からの注目を集めていた。
……いや、だからって別に、うちのクラスの連中が――いざとなると妙な団結力を発揮して、バカげた無茶もやり通すヤツらだけど――集会中、特に何かをしたってわけでもない。
だから、『注目を集める』って言っても、表立って――じゃなく。
何かチラチラと、こっそりこちらの様子を窺っている――って感じだ。
……いやまあ、こう言っちゃなんだけど、集会なんて特別面白いわけでもないんだし……。
マジメに校長先生とかの話を聞こうなんてしないで、他のことに意識が持っていかれる気持ち、それ自体は分からなくもないけどさ。
で、その興味の向かう先が、何でまたうちのクラスなのかと言えば――。
「ちっ……やっぱり頂点ってのはどうしたって目立っちまって、埋もれようがないってこったな……。
まったく、やれやれだぜ……」
「……イタダキお前、さっき通学路であんな目に遭ったばっかりで、もうそんな妄想抱けるのかよ?
ある意味尊敬するわ……」
……なんかカン違いしてる頂点は、もちろんまったく関係無くて。
正確には、視線の行き着く先は、やっぱりというか千紗と……ハイリアだった。
周囲のクラスから漏れ聞こえてきた、女子たちのヒソヒソ話から察するに……。
ファンクラブを持つ千紗だけでなく、ハイリアについても――。
夏休みに入ったことでしばらくお預けになっていた、魔王サマのご尊顔を拝めて感激……ということらしい。
いやまあ、朝の登校時から、妙に視線が多いような気はしていたんだが……。
なるほどそういう理由か、と納得。
そして当然ご本人サマは、そのことに気付かないはずもなかろうに、まったく普段通りに涼しい顔である。
……ちなみに、ハイリアがこれだけ女子人気が高いにもかかわらず、直接声を掛けてくるような子がまるでいない理由は……。
亜里奈が呆れた調子で言うことには、「そりゃ美人過ぎるもん」だそうである。
うむ……さすが、恐るべき魔性のイケメン。
で、一方、やはり視線を集めていた千紗はと言うと、体育館から教室までの帰り道に……。
なぜか、ファンの女子から「頑張って下さい!」「期待してます!」とかの応援(?)を投げかけられて、困惑していた。
……ちなみに――。
そのファンの女子の『応援』が、『俺との仲』を指しているとカン違い出来るほど、俺もおめでたい男じゃない――ってことは明言しておこう。うん。
――まあ、そんなこんなで、ようやく突入したHR。
これさえ終われば、晴れてまた自由の身となる今日最後の時間。
我らが担任、剣崎聖利――マサシン先生は、さっさと最低限の連絡事項を終えるや……。
「……じゃ、後はまあ、みんなの自主性に任せるから」
……と、後はさっくりクラス委員に丸投げ。
自身は教室の隅に椅子ごと移動して、のほほんとした様子で、会議を見守るつもりらしい。
……いやまあ、うん、体育祭のときも、うちのクラスはマサシン先生そっちのけで、暴走状態みたいなもんだったからなあ……。
マサシン先生からしたら、「もう今回もそれでいいんじゃない?」ってなところだろう。
ただ、そんな頼りなげな態度取っときながら、ちゃんとホントに俺たちのやることを『見ている』し……。
『大人』が必要なときは、さりげなーく助けてくれたりするのが、このマサシン先生って人なんだけどな。
……ちなみに、それらも『たまたま』でしかないって説があったりもするけど――ホントのところは不明である。
――さておき、肝心の、HRの会議の中身はというと……。
予想通りというか、『来たる文化祭の出し物について』だった。
どうも、今日のこの時点で、出し物についての投票までするらしい。
まあ、そうは言っても、まだ夏休み中だしな……。
どうせ、今の時点での第一希望がどんなものか、ってリサーチする程度だろう――。
そう決めてかかった俺は、いつもながら妙にやる気に満ちあふれているうちのクラス委員が、テキパキ進める会議を他人事のように眺めながら……。
それよりもむしろ、朝に白城と会話して思った、『千紗にもクローリヒトのことを打ち明けるべきじゃないか』ってことについて、あれこれと考え続けていた。
……そうしているうち、黒板に書き並べられた数々の出し物候補に、得票数を示す『正』の字が(ちなみに俺は露店に1票入れた)ちょっとずつ増えていき……。
やがてそれは――暴走上等のうちのクラスにしては珍しく、〈喫茶店〉という至極真っ当な案が1位を取る形で終わった。
お……そう言えば朝、千紗はまさに喫茶店が良いって言ってたっけ――。
本人は調理担当を希望してたけど……。
うん、これを機にウェイトレス姿とか拝めたらラッキーだよな〜……。
でもまあ、まだアンケート段階だしなあ……。
……なんて、のほほんと考えていると――いきなり。
――バンッ! ガタタンッ!
激しく机を叩く音に続き、椅子を蹴立てる勢いで誰かが立ち上がった――!
「――っ!?」
何事か、と思わず教室内を見渡すも……。
…………あれ? 誰も立って――ない?
――――!
いや違う、これは……ッ!
とっさに、アンタッチャブルな匂いを嗅ぎ取った俺は、自身が抱いた疑問を外には出さずに呑み込むが――それが出来ないバカもいた。
「あぁ? ンだよ、スっゲえ音したと思ったのに、だーれも立ってねぇ――ぶごぉっ!?」
――ある意味マジメに……しかしだからこそ地雷ど真ん中の発言をしたイタダキの顔面を、白い正方形が強襲する。
あれはそう、遠隔攻撃用マスコット〈豆腐の角に頭ぶつけて死にさらせ君〉……!
つまり、ハデに立ち上がっていたのは……!
「だーーーれが、立ってようやくみんなの座高と一緒のチビっ子だゴルァ!!!
保険金と遺産の受取人アタシにした上で死なすぞマテンロー!!!」
サスペンスってより昼ドラみたいな脅し文句とともに、イタダキをKOした〈豆腐の(以下略)〉を拾い上げ、席に戻るのは――そう、当然おキヌさんだ。
ちなみに、そんな風に動き回ってもあんまり目立たないよな……なんてほっこりした思いで見てると、今度は俺が標的にされるのでさっさと忘れよう、うん。
……とにかくそうして、イタダキを物理的に、他のクラスのみんなを精神的に黙らせたおキヌさんは――。
もっともらしい咳払いをすると、もう一度、バンと机を叩いた。
「まあな……〈喫茶店〉というのも悪くはない、悪くはないさ!
そう――たとえばほれ、おからドーナツとか、豆腐使ったスイーツの専門店にでもすりゃさ……。
独自色による話題性はあるし、味は保証出来るし、うちが仕入れ先になって材料費を安く出来るし、それでもうちは儲かるし宣伝になるしで、とにかくウィンウィンだからな……!」
……しれっと、実家の儲けまでブッ込んできやがったよ。
けど、そんなプランをいきなり立てるあたり、さすがだな……おキヌさん。
――って、いやいや、そうじゃない。
なんだ? いったい何を言う気なんだ……?
「だがしかし! だがしかしだ、諸君!
我らのもとには、これほどに多くの陳情が寄せられているのだよ……ッ!」
言うや否や、通学カバンを机の上で逆さにするおキヌさん。
そこから落ち、ドサドサドサー……と山を成すのは……。
かわいらしいデザインのものが大半の、便せん便せん、また便せんで――って!
ちょっと待て、あれは……!
「これほどまでに多く、しかも真摯な求めから目を背け……儲けを追求した道を選ぶのが、正しき人の道と言えるだろうか!
我らの正義に則っていると言えるだろうか!
――いやさ、言えまい! 反語!」
いや、儲けを追求しようとしたのはアンタだろう……とかツッコんでる場合じゃない!
マズいぞ、これって――!
「おい、おキヌさ――!」
急いで抵抗の声を上げようとした、その矢先――。
「勇者よ」
呼ばれて反射的に、隣のハイリアの方を向くや否や――半開きだった口に、ハイリアが指で弾いた何かが飛び込んでくる。
「んぐっ……!?」
……途端に口の中に広がる、この――!
この、『ただただマズい』としか形容出来ない、最低最悪の方向に深い味わいは――っ!
間違いない、アガシー謹製の〈レーション〉とかいう名の『何か』……!
なぜこの危険物質をコイツが――とか疑問を抱く以前に、そのあまりに破壊的なマズさに、俺は完全に反論を封じられてしまう。
何の真似だと、抗議を込めた視線を向ければ、ハイリアは――。
いかにも魔王的に、優雅に悪い微笑みを浮かべつつ……「黙っていろ」とばかり、唇に人差し指を当てていた。
こ、コイツ……!
初めから俺を抑え込むのが目的で――!
でも、待てよ――ってことは!
しまった!
そうだ、相手はあのおキヌさん……!
――やられた……。
すでに関係各所に根回し済みってことか――っ!
「……と、言うわけでだ! 諸君ッ!
我らはこの大勢の希望を汲み取るとともに、我ら自身の、大いなるお楽しみのためにも――!
我がクラス――いやさ、我が校最強の勇者カップル、赤宮裕真と鈴守千紗が、それぞれ女装と男装によって主役を演じる〈演劇〉をこそ……!
――来たる文化祭の、出し物とすべきではあるまいかッ!!!」
「「「「 ぅうおおおおおーーーッッ!!! 」」」」
いつの間にか椅子の上に立ち(それでもあまり目立たないが)、どこの独裁者だよってレベルで演説をブチ上げ、高々と拳を掲げるおキヌさんに呼応して……。
いったいどれだけの内通者が潜んでいるのか知らないが、とにかくノリは最高なうちのクラスのヤツらが――威勢良く拳を突き上げ、喚声を上げるのだった。
……茫然自失の俺と千紗を、完全に置き去りにして。