第272話 長い長い一日の終わり……勇者たちの深夜会談 −2−
「これが何かは……無論、分かるな?」
余が、ローテーブルに置いた銀色のペンダントを示すと……。
勇者と聖霊は揃って、怪訝そうに……しかしはっきりとうなずいた。
「いや、そりゃあな……。
でも、これがどうしたって言うんだ?」
「うむ……ではまず、先のキサマの質問――。
古書店で余が何を得たか……から、順を追って話そうか」
そう言い置いて、余は……。
今日早速、〈うろおぼえ〉にて、凛太郎の祖父の松じい殿から見せてもらった、いくつかの貴重な古書から得た知見を語る。
残念ながらそれらは、〈世壊呪〉について記されたものではなく、いわゆる『魔術書』に類するようなものであったが……。
「無論、まだそのすべてに目を通せたわけではないものの……。
様々な魔術書を読むうちに感じたことは、各書が独自の解釈や観点から、まるで別のもののように語っている事柄が……その実、同じ事象を多角的に捉えているだけなのではないか、ということだ。
そしてそれは同時に、余が記憶する、アルタメアの魔術書にすら通底している。
つまり……」
余は、ベッドの側に置かれていた、勇者の通学用バッグを引き寄せると……。
その中から、現国と数学の教科書を取り出して見せる。
「たとえば勇者よ、お前は我らアルタメアのものと、サカン将軍も使うメガリエントという世界の魔法と、その両方を知っていて、それは互いに国語と数学のようなものだと、別物として捉えているわけだが……。
どちらも、『魔力』を媒体として事象を具現化する点では同じ。
そもそも呼び方からして同じ『魔法』であるように――国語と数学が『学術』という括りでまとめることが出来るように――。
世界をまたいでも、魔法――あるいはそれに類似するものは、本質的なところで重なり合う同一の部分があるのではないかと……そう、実感として感じられたのだ」
「んん〜……まあ、言わんとしてるところはなんとなく分かる――気もするけど。
でも、それがどうしたって言うんだ?」
頬を引きつらせながら、曖昧にうなずく勇者。
……まあ、そもそもこのテの話はニガテであろうし、しかも疲労困憊で眠気に襲われているような状況だからな……。
「……いかんせん人というものは、『異世界の技術』などと聞けば、無意識に『まったく別のもの』と捉えてしまいがちだ。
こと、魔法のような特殊な技術となれば尚更にな。
現に勇者よ、キサマも、2つの世界の魔法をそれぞれ国語と数学と評したのは、その特徴を言い表すとともに、『別物』という意識があったからだ。違うか?」
「んん……まあ、確かに……」
「ええ、わたしもそういうものだと認識してましたが……。
で、だから、どうだってんです?
もったいぶらずにさっさと本題に入りやがれってんですよ、シット!」
余に向かって悪態を吐く聖霊は……。
そうしながらコッソリと、まだなみなみと麦茶が残っている勇者のグラスと、カラになった自分のグラスとを入れ換えていた。
……寝るときに手洗いが近くなっても知らんぞ、まったく……。
「――要するに、だ。
本質的に同じものであるのならば……。
我らアルタメアの『魔法』だけでは不可能だったことでも――。
この世界の、あるいはメガリエントの術式を上手く組み合わせることで、可能となるやも知れんということだ。
そう――たとえば。
とある少女の命と結びついた――〈霊脈〉の澱みを吸い上げ、自然と肥大化する闇のチカラを……それだけを分離・封印したり――な」
言いながら、余は――。
ローテーブルに置いていた銀に輝くペンダントを、軽く指で叩いた。
「――さて、では改めて問うぞ?
これが何かは……分かるな?」
「……ハイリア、お前を封印した〈封印具〉――だな」
「そうだ――。
勇者よ、キサマが余をこちらの世界に連れてくるにあたり使ったもの。
余を――引いては、『魔王のチカラ』を封じ込めるための魔導具だ」
「そりゃ分かってるけど……だからそれを今さらどうしよう、って――」
困惑気味に眉をひそめる勇者だが……その苦言の最中に、ハッとなった。
「! 待てよ……そうだ!
『魔王のチカラ』を封じ込める、ってことは――まさか……!」
「……そうですよ、勇者様!」
勇者が――そして聖霊が、立て続けに余の言わんとするところに気付いたようなので、うなずいて答えとする。
「その通りだ。
――先日、余が亜里奈の背に見た、〈世壊呪〉であることを示す紋様は、余の知る『魔王のチカラ』を示す紋様と同一であったと……そう言ったな?
ゆえに、その2つは実は同じものなのではないかと。
もちろん、まだ確証が得られたわけではないが……そうであるならば――」
「この〈封印具〉は――〈世壊呪〉をも、封印出来る……?」
勇者と聖霊が揃って視線を、〈封印具〉に、次いで余に向けてくるのに、もう一度うなずき返してやる。
「――その可能性は高いだろうな。
ただ、一度余を封ずるのに使った以上、魔導具としての力は弱まっているであろうし……。
何より問題なのは、余がそうであったように――。
『対象をまるまる封じる』のが、この〈封印具〉の特性だということだ。
つまり、このまま使ったのでは……〈世壊呪〉のチカラどころか、それを宿す亜里奈自身までをも封じてしまうことになる」
「ンだよもー……。
そんじゃダメじゃないですかー……」
前のめりの姿勢から、ガクンとローテーブルにアゴを乗せた聖霊が、そのまま口を尖らせた。
「そうだ……これまでは余も、そう思っていた。
だからこそ、亜里奈を助ける案として上げることもしなかったわけだ。
しかし――そこで、先に述べた『魔法の本質』の話だ」
余の言葉に、勇者が得心のいった様子でヒザを打つ。
「――そうか……!
つまり、アルタメアの知識と魔法だけでは不可能でも……。
根っこの部分が『魔力』に基づく同じものであるなら――。
他の世界の魔法技術を掛け合わせることで、この〈封印具〉が、俺たちが望む効果を持つよう改良出来るかも――ってことか!」
「なんと……っ!」
勇者に続き聖霊も、バネ仕掛けのように頭を跳ね上げる。
……まったく、下がったり上がったりと、忙しないヤツめ……。
「それがマジなら、なかなかやるじゃないですか……! 魔王の分際で!」
「……その基礎となる考えは、余のものではないがな」
聖霊の、称賛とも悪態ともつかない言葉を受け流し、麦茶で唇を湿らせていると……。
勇者が、何かに気付いたように、気遣わしげな視線を余に向けた。
「……まさか……シュナーリア、か?」
「その通り」
――余の幼馴染みにして婚約者、そして稀代の天才でもあったシュナーリアは、魔法においても深遠なる知識と技術を持ち合わせていた。
それを以て彼奴は考えていたのだ――。
異世界という――世界をも隔てた存在でありながら、勇者はアルタメアの人間と基本的に変わるところがない。
さらに、こちらの魔法を扱うことも出来る……。
ならば……。
世界を隔てる壁というのは存外薄く、魔法を始めとする技術の根幹は、実は共通しているのではないか――と。
「……シュナーリアが常識外れな理論を振りかざすのは日常茶飯事だったものでな。
余としても、聞いた当時は話半分にしか耳を傾けていなかったからだろう……すっかり頭の隅に追いやっていたのだが。
先日の旅行中、彼奴の言葉を思い出したこともあって、記憶を刺激されたのかも知れんな」
言いながら……改めてシュナーリアを、大した奴だと思い返してしまう。
こちらの世界にあっても、こうして我らの希望の礎となるなら――。
まさしく〈世を照らす光〉というその名が相応しい、と。
……まあ、本人にそんなことを言おうものなら、やや舌っ足らずな声で「当然だ! わたしを誰だと思ってる!」と、いかにも得意げに胸を張ったことだろう――。
ふと脳裏を過ぎったその懐かしい姿は――。
そう……こちらの世界の者なら、体型的にも、それに反比例して態度が大きいところなども、おキヌに近いな。
――浮かぶ思い出に合わせて、つい口元が笑みを形作ってしまうのを……余は止められなかった。
「そうか……やっぱり、スゴい人だったんだなあ……」
「それは――な。
……もっとも、何かと極端な彼奴の場合、『スゴい』の当てはまるものが良くも悪くも多いわけだが」
しんみりと感じ入る勇者に、余は苦笑混じりに相づちを打つ。
……天才というのは、やはり、相当な変わり者が多いということだな。
「……それはさておき――だ。
いかんせんこの案も、まだまだ確実なものにはなっていないのが現状だ。
可能性という形で方針が見えただけで、どのような異世界の魔法技術を使い、どう〈封印具〉を改良するか――といった具体案までは手付かず。
そもそも、技術を掛け合わせるということ自体、理論立ても実践もこれからだからな。
つまり、一応こうして報告したものの……。
これで亜里奈を〈世壊呪〉の呪縛から解き放てると――そう早合点して楽観視されるのも困る、というわけだ」
「まあな、そりゃそうかも知れないけど……。
でもハイリア、お前はこれで何とか出来るって信じてるんだろ?」
「……他に良い手が出てきたならば、乗り換えるのもやぶさかではないが。
しかし、この手段になら希望があるとは信じているし――。
そう信じる以上、全力を以て追求するつもりでいる」
尋ねられるまま、心境を正直に述べると……。
勇者はそんな余に、迷い無く頭を下げてくる。
「なら、俺はそんなお前を信じるよ。
どうか――亜里奈のために、頼む」
そうして顔を上げるや勇者は、此奴のよくやる――あの子供染みた、しかし嫌味のまったくない笑みを浮かべた。
「……何せ、これまで手立てらしいものがまるで浮かばなかったところに、可能性だけでも見えたのは大きな一歩だと思うし……。
もし、これが無理だったとしても――そこまでの試行錯誤はムダになんてならないし、それがまた別の良い手を見つける切っ掛けになるかも知れないんだしさ。
だから……まあ、俺じゃこういうの、あんまり役に立たないかもだけど――何か出来そうなことがあったら、いつでも言ってくれ」
「うーむむむ……。
このドケメン魔王兄貴に手を貸すっていうのは、なんとも、うがー!……な気分ですが……。
アリナのためとあれば致し方ありません。是非もナシ。
……というわけで、わたしも手を貸しましょう――イヤイヤながら仕方なく」
勇者に続けて賛意を示し、しかしヤケ酒のように麦茶を呷る聖霊。
……まあ、そもそもそれは勇者の分だったわけだが。
「うむ……心得た。
では、その折りには、両名とも遠慮無くこき使ってやろう――」
余は、微笑混じりに2人に向かってうなずくと――。
今日の話はここまでだと告げる代わりに、〈封印具〉を手に立ち上がる。
そして――
「無論その際には、余の未来の妻のために働けることを光栄に思うようにな?」
「「 サラッと『未来の妻』とかぬかすなオイ! 」」
「ああ、ちなみに、明日は学校の登校日だ、2人とも寝坊するなよ?
――では、な」
見事に唱和した、勇者と聖霊のお約束の文句を挨拶代わりに受け取って――。
余は、勇者の部屋を後にするのだった。