第265話 誰でもない、ただ一人のキミだから
「……あった……!」
工事中のビルの中を逃げながら探してた、奪られた荷物――何より大事な、変身アイテムの〈神楽鈴〉が入ったバッグは……。
他に比べて明らかに生活感のある大きめの部屋を、そっと覗き込んだとき……その奥に、無造作に置かれてるのが見えた。
多分、この部屋の雰囲気からして、あの不良の人たちは普段、ここに屯してるんやろうけど……。
今は、逃げ回るウチを探して捕まえるために、他の場所に出払ってるみたいで……見張りっぽい人が2人おるだけ――。
(……今やったら……いける!)
改めて、入り口の脇から様子を確かめたウチは――そのまますぐ、部屋の中へと駆け込んでいく。
冷静に、落ち着いて、よく考えて行動するんは大事やけど……それも時と場合による。
『考えるより先に、ここだと強く感じたのなら――迷わずいけ!』
――とは、おばあちゃんの談で……。
その、世界有数の頭脳の脳筋的思考に……ウチは乗っかった。
「ン?――って、オメーはっ!」
2人の見張りの、ちょうど間に入るように走り込んで――。
「テメ、大人しく――!」
前方の1人が、ウチを捕まえようと右腕を伸ばしてくるんを……姿勢を下げ、そのさらに内側に潜り込みながらキャッチ。
そのまま、捕まえた腕を引っ張り込み、巻き込みつつ――ウチ自身が床に倒れ込む勢いを利用して、後方に投げ飛ばす!
……いわゆる一つのアームホイップ!
「――どぅおわっ!?」
投げ飛ばされた1人は、計算通り、ウチの後ろから挟み撃ちにしようとしてたもう1人と激突して――2人して、床に転がる。
でもダメージとしては大したことないから、そこへ――
「ていっ!」
まず1人の首――というかアゴ先を狙って、飛び込み前転しながら伸ばした足を、ギロチンドロップの要領で叩き付けて意識を奪い……。
続けて、その間にヒザ立ちになったもう1人の頭を脇に抱えてロック、そのまま勢いを付けて後ろに倒れ込む――DDTで、敷物が敷いてある場所を狙って頭を叩き付け、こっちも昏倒させた。
「……はぁーっ、ふぅーっ……。
なんとか……なったぁ……」
一気に、一息に、一連の動きを終えたウチは――そこで、両ヒザに手を置いて、大きく息をつく。
……正直……どんどん身体がしんどくなってきてる。
考えてみたら、今日は……。
お昼過ぎにクローリヒトと一緒に〈呪疫〉と戦ったりもしたのに……。
そのあとこうして、スタンガンで気絶させられてさらわれて……さらに、不良の人を相手に戦ったり隠れたりで……。
もう夕方近いけど、これまで、身体も気も休まるヒマがなかったから……。
「……っ……。
あかん――あかんあかん、しっかりせな……!」
それで、ともすれば……。
そうして辿った記憶から……ウチは赤宮くんの気持ちを裏切ってるん違うか――っていう、今の状況とはまた別の、怖さとか申し訳なさが再燃して……それに気持ちが押しつぶされるような気がして。
「しっかり……せな……!」
ウチは、とにかく今はそんなん考えてる場合違う――って、頭を振り、滴る汗を拭って、気持ちを奮い立たせる。
ウチがちゃんと逃げな……赤宮くんまで危険な目に遭うかも知れへんのやから……!
そう……出来ればウチは、赤宮くんを関わらせたくないって考えてる。
赤宮くんの安全のためにも、その方がいいに決まってるんやから。
……やけど――やけど、ウチは。
赤宮くんが、ウチを助けようとしてくれてる……それを改めて知って、実感したとき、涙が出そうなぐらい嬉しかった。
さっき電話したときの、あの「大丈夫」っていう声にも、どれだけ勇気づけられたか分からへん……。
「……赤宮くん……っ」
でも――だからこそ、なおさら。
赤宮くんのためにも、ウチがここで踏ん張って頑張らな……!
「うん……よし、まだいける……っ」
少しの間、そのまま息を整えたウチは……ひとまず、バッグを拾い上げて中身を確認。
奪られたのはスマホぐらいで、他の物は――〈神楽鈴〉も含めて無事なんが分かって、まずはホッとする。
スマホは、もともとウチはそんな、データを何でもかんでも入れるような使い方はしてへんし……。
もし取り返せなくても、おばあちゃんに相談したら、ショップとか行って頼むよりもゼッタイに早く確実に、遠隔でデータ保護でも何でもしてくれるはずやから……。
「とにかく……まずは、ここから逃げ出さな……!」
……このビルは、建設途中に、何か理由があって工事が中断してる状態みたいで……。
枠組みはしっかりしてるけど、外壁は――多分、資材搬入とかのために、吹きさらしになってるままのところが多かった。
そこからやったら、ビルから出るのは難しくないはず。
あとは――この工事現場自体を取り囲んでる塀を、乗り越えるなりすれば……!
そんな風に逃げる方法を算段しながら、その、吹きさらしになってる方へと出てみるけど……。
「……え、これ……!」
ウチはそこでとっさに、コンクリートの柱の陰に隠れる羽目になった。
今おるのは、多少は高い場所やろうな……と考えてたとおりの2階で。
やから、一気に飛び降りることも出来そうな高さやってんけど……。
どうやら、ちょうどこっちは、工事現場の正面側みたいで――プレハブも建ってる眼下の広い場所には、出入り口の鉄扉との間に、不良の人たちが何人も集まってて……!
ここを、見つからへんように抜けるのはさすがに無理……。
やからって、強引に突破するんも……見つかったら増援が来るやろうし……。
……こういうときは――きっと、早々に一旦退いて、別の道を模索したりする方がいいんやと思う。
でも――もうちょっとで逃げられる……て。
そう思てたウチは、つい、その場であれこれと悩んでもうて――。
「ここからどう逃げようか――って、考え中かい、カノジョ?」
「――――っ!?」
……そのせいで……。
最悪の相手が、すぐ近くまで来てるのに、気付かへんかった……!
「いやあ、それにしても……だ。
ここまで威勢の良いお嬢ちゃんとは思わなかったぜ――なあッ!?」
ウチを見つけた、あの不良のリーダーらしい――〈呪〉の気配をまとった人は。
これ見よがしに、そう、大きな声を張り上げた。
「……っ……!」
正面側の広い場所からも丸見えのここで、そんな声を上げたら……どうなるかは分かってる。
わざわざ見んでも、そっちにどんどん人が集まってるはずで……。
要は、強引に飛び降りて逃げる――っていう手段を封じられたことになる。
……こうなった以上は、ここで、このリーダーを倒すしかないけど……。
この人の身体能力が〈呪〉のチカラで常人離れしてて……正面からまともに戦っても、勝ち目が薄いのは分かってる。
(……なら……変身、する――?)
ウチは……そっと、肩から掛けたバッグに手を当てる。
変身さえすれば――逆に、これぐらいの相手やったら、手こずることもなく倒せるはず……。
でも――こんなときに、こんなところで変身なんかしたら――!
「――ッ!?」
変身するべきかどうか、葛藤するウチは――。
そのスキを突こうと、背後から、男の人が気配を殺して近付いてきてることに――ギリギリで気が付いた。
その手には、スタンガンが握られてて――!
「……くっ……!」
とっさに、前みたいにはならへん――と、寸前でスタンガンをかわしたウチは。
そのまま相手の腕を取り、勢いを利用して――足を払いつつ投げ飛ばす!
――危なかった、今回はしのいだ……!
なんとか同じ轍を踏むことは避けられて、一瞬安堵するけど――。
……それこそが、最大の失敗やった。
「ハイ、ザンネンでした――ってなァっ!!!」
「――っ!? しま――ッ!」
ハッと、振り返ったときには、もう……。
リーダーの突進しながらのラリアットは、目の前まで迫ってて。
反射的に両腕を上げてガードするけど――それでもウチの身体は、軽々と宙に浮いて。
そのまま――
――ガンッ!!!
スゴい勢いで、コンクリートの柱に背中から叩き付けられた……!
「――あぐっ……!」
ムリヤリ絞り出されたみたいに、肺から空気が飛び出して……一瞬、息が出来へんで。
ウチは、満足に受け身も取れんと……跳ね返るまま、床に倒れる。
…………あかん…………。
身体に、ちから……入ら、へん…………。
「あーあー、ったくよォ……。
大人しくしてりゃあ、余計な痛い目を見ずに済んだのによォ……?
しかし……こりゃアレだな。
カノジョちゃんが大人しくしてくれねーから、ペナルティな――って、カレシくんに伝えなきゃなァ?」
リーダーは、ウチを見下ろしながら……。
うつ伏せになってるからはっきり見えへんけど、ウチのスマホで電話してるみたいで……。
やめてって言いたいけど……ウチは、声も出されへんで……。
「……って、なんだぁオイ、こんなときによォ……。
――おい、そっちのテメーらァ!
スマホ鳴ってンぞ! 邪魔だから消しとけ!」
広場の方から、ちょうど同じタイミングで聞こえてきた、スマホの着信音に……リーダーはイラ立たしげに怒鳴る。
そうしてから、でも次に出る言葉は――とても楽しそうやった。
「さァて――カノジョよォ!!
逃げたペナルティは何にすっかなあ、えぇオイ!!
やっぱ……二度と逃げられないよう、そのキレーなほっそい脚、片方ポキッといっとくのがいいかあ!? なァ!?」
他の人たちにも宣言するみたいに――そしてきっと、ウチを威嚇するために。
スマホを手にしたまま、わざとらしく、さっきよりもずっと大きな声を張り上げるリーダー。
でも――ウチは、反論することも、逃げることも出来へんで……。
「…………っ…………」
くやしくても……ただ、諦めてたまるかって、歯噛みすることしか――出来へんで。
しとしとと降る雨音だけが、はっきり聞こえるような。
妙な沈黙が、場に降りた――その瞬間。
「やってみろよ――――出来るもんならなあッ!!!」
稲妻が奔るみたいに――猛々しく空を裂く『声』が、響いたと思うと。
同時に、工事現場正面の鉄扉が、吹き飛びそうな勢いで倒れて――!
「ンなっ……!? なんだあっ!?」
その向こうに……その向こうには…………!
「……あ……あ……!」
ウチが、見間違えるはずもない人が……!
いろんな感情が、頭の中でごちゃごちゃになってても――。
それでも、やっぱり……一番逢いたかった人が、立ってて……!
ウチが、身体は動かへんでも、なんとか目を向けたのを――しっかりと、確かに。
あの強い眼差しで、受け止めてくれて……!
「――千紗あああああーーーーーー!!!!」
「……裕真、くん……っ!」
その声でも、ウチを守ろうとしてくれるみたいに。
襲う災いを吹き飛ばし、ウチを包み込もうとしてくれるみたいに。
ウチの、ウチとしての名前を……裕真くんは、呼んでくれた――。