第264話 真なる魔王と毒蛇的吸血鬼、混ぜるなキケン
余を取り囲む賊どもは……明確な敵意を向けられ、てっきり逆上すると思ったものの――騒ぐばかりで、すぐには襲いかかってこなかった。
慎重だと言えば聞こえはいいが……。
まさか、頭目の片割れを沈められ、さらに一睨みされた程度で、早くも戦意を喪失したというわけではあるまいな?
どのみち、余に見逃すつもりが無い以上、痛い目を見るのが先か後かの違いでしかないものを……。
「……どうした? 本来ならキサマら全員、1分とかからず地を舐めさせてやれるところを、敢えて間を取ってやったというに……かかってこないのか?
見ての通り、余は手を封印してやっているのだぞ?」
ポケットに両手を入れたままなのを強調した上で、拍子抜けだとばかり、これ見よがしに嘲笑ってやると――。
「ナメやがって……クソがぁ――!」
そこまでしてようやく、挑発に乗った馬鹿者が、バットを振りかざして襲いかかってきてくれる。
「……馬鹿者が、道具は正しい用途で使え――」
その、退屈なほど大仰でゆったりとした動きに合わせるように、小さく一つタメ息をついてから――。
余は、馬鹿者のヒジを鋭く蹴りつけてやる。
そうして、絶妙の角度で入った一撃で腕が痺れ、取り落としたバットとまとめて一緒くたに――。
「こうして、な」
馬鹿者の顔面を、シンプルな前蹴りで打ち抜いた。
気分良くホームラン――とまでカッ飛ばすとさすがにやりすぎになるので、内野安打程度の飛距離に抑えてやらねばならなかったのが、少々不満ではあったが。
「ここ、コイツ……! しし、死ねやぁっ!」
「……と、まさに死にかけの小動物のような声で鳴かれてもな――」
さらに続けて殴りかかってくる賊は、余裕を持ってかわしざま、足を引っ掛けて転ばし――
「もっとも、キサマはタダの『小物』であって『小動物』ではない。
ゆえに――慈悲はかけん」
その頭を、容赦なく踏みつけてやる。
そこへ今度は――
「――ぅうらあああっ!」
そうした余のスキを突こうと、背後から突進してくるヤツがいたが……。
「奇襲するのに叫ぶな、親切か」
振り向きながらの回し蹴りで側頭部を打ち抜き、その場で身体ごと風車のように回転させてやる。
「ここ、こいつ……っ!」
「おい、やっぱヤベーぞ……!」
「ち、ちくしょ……!」
――と、ここでまた腰が引けたのか……。
ざわつく賊どもは、一旦攻撃を止めるが――。
「おら、どけやァッ!
やっぱ、テメーらじゃ相手になんねーみたいだからなァ……!」
そんな賊どもの輪を割って――。
余が最初に頭目の片割れと見たもう一人の巨漢が、前へと進み出てきた。
ふむ――改めて見れば、此奴……一番に躾てやった巨漢とよく似ているな。
同じ頭目だから、と似るわけでもなし……兄弟であろうか。
「ああ、いや、あるいは……アレか?
よく言われる、『色違い』とか『2Pキャラ』とかいうやつか……?」
「あァ……? なに言ってやがンだテメー……!」
「なに、気にするな。
キサマが青いスライムでも赤いスライムでも同じということだ」
そう、同じことだ――どちらでも。
ゆえに、兄弟だか『1Pカラー』だかと同じように頭を垂れさせてやろうと、土手っ腹を爪先で蹴り上げるが――。
「……む……」
「へへへ……どーしたよ、オイ?」
蚊が刺したほどでもないとばかりに巨漢は、いかにも楽しげに、醜悪な笑みを浮かべる。
対して、余の爪先には……軽く痺れが走っていた。
「テメーは、どうせ腹ァ狙ってきやがると踏んでたからなあ……?」
巨漢が得意気にシャツをめくってみせると、その腹回りには……。
この廃倉庫に転がっていたものだろう鉄板が、巻き付けられていた。
……なるほど、道理でいやに硬い感触だったわけだ……。
「ふむ……先程からキサマ、後方でなにをコソコソしているのかと思えば……それを準備していたというわけか」
「これで、テメーの蹴りなんざ効かねえってわけよ!
テメーのその背丈じゃ、オレのアタマを直接は狙えねえしなあ!?」
「……ふむ……」
余は返事の代わりに、もう一度土手っ腹を蹴り上げる。
「ぎゃはは、効かねーっつってんだろ!?」
さらにもう一度。
「おーおー、バカが! 足がブッ壊れるぜえ?」
さらにもう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度…………。
「ハハ、だからよ、き、効かねえって――」
徐々に回転数を上げながら――まったく同じ場所を同じように蹴り上げ続ける。
10……20……30……40……。
「ぢょ、待っ――ぐ……げ……ぇ……っ!?」
やがて巨漢の身体がくの字に折れ、地面から浮き、余の蹴り足でお手玉をしているような状態になったところで――。
一度大きく振りかぶった足で、落ちてきたアゴを蹴り上げ……仰向けにひっくり返してやった。
「……なんだ? もう気絶していたのか――」
口から泡を吹いて転がる巨漢、その胴体のご自慢の鉄板は――しっかりべっこりと、腹にめりこむようにへこんでいた。
「所詮は、図体が少しばかりデカいだけの軟弱者……ああいや、『色違い』か。
――さて……次は誰の番だ?」
余が視線を上げると――途端に、包囲の輪が広がる。
ふむ……さすがに頭目2人を揃って沈められては、本格的に戦意も失われるか。
「ばばば、バケモノ……っ!」
徐々に後退っていた賊どもの中で、2人が、慌てて入り口のシャッターとは逆方向に逃げ出し……壁際に置かれた、コンテナかなにかの残骸の向こうへと姿を消す。
恐らくは、その先に裏口のようなものがあるのだろう――が。
「――ぶぎゃあっ!」
……まずは1人が。
「ああ、アンタ――え、ど、毒――えぶっ!?」
続けて2人目が――コンテナの陰から吹っ飛んできて、地面に転がる。
そして――その後を追うように。
「なるほど、確かに心配するまでもありませんでしたねえ……」
ゆらり……と、質草殿がその姿を現した。
「げ……! う、ウソだろ、アイツ――ど、〈毒蛇〉ッ!?」
「まま、マジかよ……! どーすんだよォ……!」
残った4人の賊どもは、近付いてくる質草殿と余を、身を寄せ合いながら見比べる。
「……予想以上に知られていたようだな、質草殿」
「……ですねえ。
キミの提案通りにして正解でしたね」
大ゲサに肩をすくめてみせる質草殿。
そして余は、これまでと逆に、我らに挟み撃ちされるような形になった賊どもを見回す。
「さて――どうする、ドのつくド阿呆……略して『どどあほ』ども。
己の行いを恥じ、懺悔した上で、かなり痛い目を見るか。
死に物狂いで抵抗した上で、相当に痛い目を見るか――。
改めて、それを選ぶ自由ぐらいはくれてやろう」
「おや、許してやるって選択肢はないんですか?」
「無論だ――。
余は、『魔王』……だからな? 〈毒蛇〉殿」
「……いやはや、これは恥ずかしい呼び名を知られてしまいましたね。
ねえ、『魔王』センパイ?」
余が学校でも『魔王』の二つ名を得ていることを知る質草殿は、意趣返しとばかりに余にそう軽口を投げかけながら……なおも賊との距離を詰める。
「ち――ちくしょおおっ!!」
「な、ナメんじゃねえぇ!!」
その、板挟み状態のプレッシャーについに耐えられなくなったのか、賊どもは窮鼠猫を噛むとばかり――ヤケ気味に我ら2人に2人ずつ分かれて、一斉に襲いかかってくる。
……まったく、どこまでも愚かな……。
そこはせめて、敵わぬまでも4人全員で1人を狙うのが定石であろうが……。
「っらあああ!!」
己の恐怖心を抑え込むためだろう、やかましい声を殊更に張り上げて殴りかかってきた賊の拳を、上段蹴りで弾き――返す刀、カカトで横っ面を蹴り込む。
……が、もちろんそれだけでは大したダメージにならぬので……。
そのままヒザから下だけを使って、往復ビンタよろしく、爪先とカカトで何度も何度も交互に頬を張り倒してやった。
一方その間に、質草殿も……。
賊の1人を、右の蹴りで弾き飛ばした頭を、左の蹴りで拾うようにして逆方向に蹴り飛ばすという荒業でノックアウトしていた。
「く――クソがああっ!」
そして余の最後の相手は、ついに折りたたみ式のナイフなぞ取り出して、突っ込んでくるが……。
「……どどあほに、さらにドがつく、『どどどあほ』……と。
――まったく、期せずして川柳が一句出来てしまったではないか」
聖剣を持った勇者――などというものを相手にしていた余にすれば、賊がただのナイフを持ちだしたところでどうということはなく――。
その頼みの綱、奴にしてみれば秘密兵器にして最終兵器に等しいものだったろうナイフを、あっさりと蹴り落としてやると……。
質草殿をチラリと見やり、そちらも相手を蹴り飛ばそうとするのを確認してから――。
タイミングを合わせ、同じ軌道に重なるよう、後ろ回し蹴りを繰り出した。
恐らくは、質草殿もこちらを見て調節してくれたのだろう。
同時に蹴り飛ばされた2人の賊は、見事に互いの後頭部をぶつけ合い――。
そこへ、さらに一気に間を詰めた余と質草殿が、顔面目がけて前後から上段蹴りを放って――綺麗に、サンドイッチに仕上げてやった。
「おやハイリアくん……足グセ、悪いですねえ?」
「なに、質草殿ほどではなかろうよ」
互いに一笑すると……我らは蹴り足を下ろす。
合わせて、力の抜けた賊どもの身体が……ずるりと、地面に崩れ落ちた。
「……さーて、と……。
ひとまずこれにて、向こうが先に指示していた場所のお掃除は完了――ですね」
――改めて、気絶した賊どもがごろごろと転がる倉庫内を見渡して……。
質草殿は、使ってもいない手をパンパンとはたく。
「うむ……これで、賊の長が、ちゃんと指示した通りの行動を取っているか、いつ確認してきても問題ない――というわけだな?」
「そういうことですね。
まあこれについては、赤宮クン自身が適当にタイミングを見計らって向こうに、『言われた通りのことをした、次はどうする』って連絡するのが一番でしょうけど。
ともあれ、こちらは出来ることをしましたし、あとは……。
今まさに敵の本拠地へ向かってる赤宮クンと黒井クンの殴り込みが上手くいくのか、女の子を無事に助け出せるのか、ですが……」
「そこは、信じるしかあるまい――」
細い目をさらに細めるように、眉間にシワを寄せた質草殿に。
うなずいてそう答えながらも、余は――。
曖昧な物言いとは裏腹に、絶対に大丈夫だと……信じて疑っていなかった。
なぜなら、そう――
彼奴は――真なる〈勇者〉なのだから、な。




