第263話 その女子も美人も……共に、ナメるな危険
――ガシャン……!
無残に砕けて、ウチの手から離れたスマホが……床に落ちて、乾いた音を立てる。
「……まったく、勝手に逃げ出しちゃダメじゃねーかカノジョ……ええ?」
赤宮くんに電話してたウチに、不意を突いて襲ってきた初めて見る男の人は……ニヤニヤとそう言うて。
ブン、と勢いよく……スマホを壊した鉄パイプを素振りする。
――電話に集中してたせいで、ギリギリまで奇襲に気付かれへんかったけど……。
なんとかスマホ壊されるだけで済んだんは、まだ幸運やった。
……赤宮くんへの連絡も、一応は出来たし……。
「勝手に逃げるな、って……。
それこそ、勝手な言いぐさです……!」
ウチは負けじと言い返しながら……落ち着いて、相手を観察する。
この人、身体はどっちかって言うと小柄やけど、しっかり筋肉はついてて……。
その腕力で振るう鉄パイプが相当な威力なんは、風切り音と、砕けたスマホから容易に想像出来た。
「言うなあ……。で、どうする?
大人しく降参して、もっかい捕まるってンなら……痛い目は見ずに済むぜ?」
「……冗談じゃないです……!」
即座に答えながら、身構え……そうして、状況も再確認する。
……この建物、工事中のビルやからか、壁はあってもドアとかで仕切られてないところも多くて……今おるところが、まさにそうした広めの部屋っぽい空間で。
資材らしいのも置いてあって、他の場所から見えにくいから、隠れるのにちょうど良いと思て電話してたんやけど……そのお陰か、この人以外にはまだ見つかってないみたい。
そんでこの人も、ウチみたいな小娘、自分一人でどうにでもなると思ってるんやろう……仲間を呼ぼうって気はないみたいやから――。
速攻でこの人を倒せば、ひとまず難は逃れられそう――やけど……!
「ふーん……やる気かよ。今度はスマホだけじゃすまねーぞ?
……っつってもまあ、安心しろよ、手加減はしてやっから――よっ!」
言うや否や、男の人はウチに向かって踏み込みながら、鉄パイプを振るってくる!
「――っ!」
素手で防御するわけにもいかへんから、動きを見切ってかわすけど……!
「そらそら――どうしたァっ!?」
思ったよりも動作にムダが無くて、スピードも速いから……かわすのが精一杯で。
反撃に飛び込むことも出来へんで、ウチはジリジリと追い込まれていく。
でも――そこで。
コツン、と足に当たるものがあるのに気付いて――とっさに、一瞬だけ視線を落として何かを確認して、すぐに。
ウチは『それ』を爪先で跳ね上げて……右手で掴み、そのまま脇に構えた……!
「へええ? そいつで、正面切ってオレとやる気かよ?
……けど、ンなモン満足に扱えると思ってンのか?」
男の人は、ウチが手にしたものを見てせせら笑う。
――そう、ウチが掴んだのは、床に転がってた細身の鉄パイプ……なんやけど。
男の人が持ってるのより、はるかに長い――いかにも取り回しにくそうなやつ。
何しろその長さは、ウチの身長を超えるぐらいやから……。
確かに、武器を持ってる相手に対抗するために、素人がとりあえず武器っぽいものを掴んでみただけ――って感じで、笑われるんも当然やと思う。
でも――。
そう、この長さの『棒』はむしろ、ウチにとっては……!
「……試してみたらどうですか?」
「言うなあ……おい。
ンじゃ、ちょっと思い知らせてやる、よ――ッ!」
男の人はきっと、そんなモノは役に立たない――と、ウチの心を折るつもりで。
ウチの構えた長パイプ目がけて、自分の鉄パイプを振り下ろしてくる。
狙うのが武器やから、遠慮なく全力で。
その一撃を――
受ける瞬間、手首を返して……長パイプで外側から巻き込むように絡め取り。
身体全体の動きも使って、一気に上方へと跳ね上げる!
「!? うぉわ――っ!?」
相手は完全に虚を衝かれて……それでも何とか、鉄パイプを手放さずにおったけど。
無防備に、大きなスキをさらけ出したのは間違いなくて……!
「――たあっ!!」
ここぞとばかりに攻めに転じたウチは――大きく踏み込むと同時に。
畳みかけるように相手の肩を打ち据え、鳩尾を突き――さらに身体を一回転させての渾身の払いで、鉄パイプを弾き飛ばした!
そんで、向こうがたまらずヒザを突いたところに突進して――
「とどめっ!」
そのヒザを駆け上がりながらのヒザ蹴りで――落ちてきたアゴを思い切りカチ上げる!
「ぐぶぅ――ッ!?」
そのまま、後頭部からハデに床に落ちた男の人は……白目を剥いて、気絶した。
「……ふぅー……なんとかなったぁ……」
思わず、額の汗を拭って一息つくけど……。
「……おい、こっちの方だぞ……!」
「急げ!」
鉄パイプを打ち合ったりして、結構な物音を立ててたから、どうやらそれを聞きつけてこっちに来る人らがおるみたいで――。
ウチは、動き回るには邪魔になる長パイプをそっと床に置くと……。
足音や話し声から遠ざかる形で、その場を離れる。
でも……ウチはまだ、逃げ出すわけにはいかへんかった。
赤宮くんには、出口が分からへんし、見張りも多いからなかなか逃げられへんて説明して……それも確かに間違い違うねんけど……。
奪られたカバンには、シルキーベルに変身するための〈神楽鈴〉が入ってる――から。
何を差し置いても、それだけはゼッタイに回収せえへんと……!
* * *
――柿ノ宮にある古書店〈うろおぼえ〉の近くから、車を走らせること数分……。
たどり着いた高稲西は、余も買い物などで訪れたことのある高稲の中心部に比べると、少し寂しい雰囲気のある地区だった。
質草殿の説明に拠れば……もともと古い街だったところを、最近、再開発を推し進めている最中であるから住人が少なく、余計に物寂しく見えるのではないか、とのことだ。
そして――そんな地区の一角に、指定の廃倉庫はあった。
いずれは、件の再開発の波に呑まれて消えるであろうそれは、しかしかつては物流の一端を担っていたのだという自負を表すように……古びてなお、無骨な趣とともにしっかりと佇んでいる。
もっとも、それも――程度の低い賊のねぐらとなってしまっていることを思えば、風情も何もあったものではないが。
「確か……質草殿は、賊に顔を知られているやも知れん――とのことだったな?」
少し離れた場所に停まった車の中、余がシートベルトを外しながらそう問うと……。
質草殿は、「ですねえ」とうなずく。
「以前、このテのヤンチャしてるグループを、いくつかツブしたことがあるもので。
まあ、誰もが知ってるってほど悪名高くはないハズですけど……知ってる輩が混じってる可能性はありますかね」
「ふむ。では――余が、正面切って乗り込もう。
質草殿は、その間に裏から回り込んでもらいたい。
……余では、建物の構造が分からず、逃がしてしまう可能性もあるからな」
「もとが倉庫ですからね、構造ってほどのものもないですが……。
まあ確かに、ボクが一番乗りした場合、知っているヤツがいると、ボスの方に余計な連絡がいって話がややこしくなるかも知れませんしねえ。
――しかし……本当に大丈夫ですか? ハイリアくん。
改めて確認しますが……わりとガチめのケンカですよ、これ」
丁寧にわざわざ確認を取ってくれる質草殿に、ニヤリと笑い返しながら――。
「無論、問題ない。『ガチのケンカ』なら、三日三晩やり通した経験もある。
ゆえにだ、この至って平和な国で、少し腕っぷしが強いからと威勢ばかりが良いだけの連中なぞ……。
どれだけ群れようと、ものの数ではない」
事実だけを言い置いて、余は車外に出た。
そうして――。
今日は多少汚れようと問題ない、ジーンズにシャツの洋装スタイルであるので、ポケットに手を突っ込み……。
雨の降る中を、悠々と……倉庫の正面に近付く。
見張りのつもりか、開かれたシャッターの前には……タバコを吸う賊が1人。
「アァ? ンだ、テメー……!」
余に気付くや、生意気にも恫喝じみた誰何をしてきた其奴に……顔面へのスニーカー裏をもって答えとしてやる。
……悲鳴にもならないくぐもった悲鳴を上げて、賊は地面を転がった。
ふむ……ハデに口の中を切ったようだな。
これではキズに沁みて、しばらくタバコも吸えまい……。
「ちょうど良かろう。ありがたく禁煙に励むのだな」
口元を押さえてジタバタと悶絶する賊を横目に、シャッターの下を抜けて倉庫の中へ。
倉庫としては久しく使われていないからだろう、物らしい物もなくガランとした広い空間には……頭目らしく特に体格の良い2人を筆頭に、10人ほどの賊が屯していた。
……まったく、どこの世界でも、このテの連中は何と言うか……変わらぬな。
いや……低俗な山賊などと似てはいても、こちらは所詮、ただのヒネた子供の反発心からくるごっこ遊びに過ぎぬ――のか。
「ああ? なんだぁ、ネーチャン……って、いや、ニーチャン、かァ?
――ま、どっちでもいいけどよォ……オメーみてーなヤツの来るトコロじゃねーぞォ?」
頭目の1人……2メートル近い身長がある色黒の巨漢が、不遜にも余の眼前に立ちはだかる。
「ふむ……お前たちのボスから、来客があると聞いていないのか?」
「ああん? じゃあ……アレか?
お前がその……オグさんが言ってた、赤宮ってヤローか?」
「いかにも――余は『赤宮』だな」
余が正直に答えてやると――巨漢は、馬鹿笑いでそれに応じた。
「おいおい……まさか、オグさん相手にチョーシ乗って大暴れしてるってガキが、こんな男か女かも分からねーような軟弱ヤローだとはなあ!」
「ふむ……そういうキサマこそ、ゴブリンともオークともつかぬ面だがな?」
「……ああ? ンだとォ……?」
「いや――『王』への最低限の礼節を知るだけ、ヤツらの方がはるかにマシか。
キサマごときと比べるのは失礼というものよ」
「コイツ、ナメやがっ――!」
「教えてやる」
言うと同時に、余はポケットに手を入れたままの、一見遊びのような――しかし威力については『遊びではない』爪先蹴りで、巨漢のスネを蹴りつけ――
「――イ――ッ!?」
激痛にヒザが落ちたところを、続けて土手っ腹にも爪先蹴りを突き刺し――
「――ぉげ――ッ!?」
「ふむ、良い具合に頭が低くなったな。
だが――まだ高い」
最後に、高く足を振り上げてのカカト落としで――前のめりになった頭を、断頭台よろしく床に叩き付ける。
そして、そのまま――後頭部を踏みにじり。
「いいか――キサマごときが、余を見下ろすな。
次はこの程度では済まぬぞ?
余への礼節……その空っぽの頭に、最優先で刻み込んでおけ」
慈悲深くも手加減してやった躾のシメに、今一度強く踏みつけ直し――意識を刈り取った。
「て――てめえぇっ!!」
……頭目の一角をあっさりと沈められ、途端に色めき立つ賊ども。
そんな賊どもの輪の中へ自ら、一歩、また一歩と進み出て――余は。
「安心しろ……もとよりキサマら全員、逃す気などない。
余の身内に手を出すという、愚か極まりない暴挙への報い――」
取り囲む賊ども、そのすべてを――ゆらりと、睨め付けてやった。
「キサマらでも分かるよう、言葉でなくその身に――確と。
余すところなく存分に、叩き込んでくれる……!」