第262話 その一条の声に、向かうべき道を見定めろ!
「お? なんだ、目ェ覚めてたのかよ、カノジョ」
両手両足を縛られたウチの閉じ込められてる部屋に、ちょっと乱暴にドアを開けて入ってきたんは……。
見覚えの無い、ひょろっとした若い男の人やった。
ウチを捕まえようとしたリーダー格の人違うし、そのときいっしょに襲ってきた人たちの中にもおらんかった人やけど……。
でも、今の言葉と雰囲気から、その仲間の1人やっていうのは分かる。
「…………」
いろいろと聞きたいことはあるんやけど……猿ぐつわを噛まされてるから、しゃべられへんくて。
ウチは、とにかく非難の意志を込めて――男の人をにらみ付けた。
そうやって、強気でいようとせえへんと……。
せっかく、赤宮くんを守るためにも何とかしよう――って奮い立たせた勇気が、また、不安と心細さに押し負けるかも知れへんから。
「おお、ビビって泣いたりするかと思ったら……か弱いお嬢サマって感じなのに、ずいぶん気ィ強えじゃねーの?
……あ〜……いや、シマさんとかが、4人がかりで捕まえようとして返り討ちにされたぐらい、ケンカも強えんだっけか。
まったく、人は見かけによらねえってやつだなぁ」
男の人は――ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出すと、それを手の中でもてあそびながら……ウチのすぐ側まで来て、しゃがみ込む。
「にしても……まだまだ気絶してると思ってたンだけどなァ……。
さすがに目ェ覚ましたってなると、ちゃんとした見張りとかも置かなきゃいけねーって報告しなきゃなァ……」
ちらりと男の人が振り返ったのは、半開きのままのドアの方。
ここから見える限り、そっちには誰もおらへん……。
「しっかし……シマさんとか、マジに4人がかりでこの子1人にやられたンかよ?
こんな、ちっせえ中坊1人になあ……」
ウチを威圧するためやろう……顔を覗き込むようにして、ナイフをちらつかせてくる。
ニヤニヤと、人を小バカにした笑みを浮かべながら。
やから、ウチは――
「――ウチ……中学生ちゃうしッ!!!」
その、イラッとする顔の中心、鼻を目がけて――腹筋だけで上体を跳ね起こしざま、思い切りヘッドバットを食らわせた!
「ぶげぇ――ッ!?」
完全に予想外の反撃やったんやろう、とっさに鼻を押さえながら、みっともなく尻もちをつく男の人。
続けて、そこへ――!
「――ふぅっ――!」
身体全体を横にねじりつつ――今度は腹筋と背筋を最大限に使って、縛られたままの足を跳ね上げて――!
ムチみたいにしならせた爪先で、男の人の側頭部……こめかみを狙って打ち抜く!
「ごぇっ……!?」
死角から飛んできた、急所への不意打ちを無防備に食らって――男の人は、横ざまに倒れ込む。
そうして改めて、その様子を窺えば……狙い通りに、気絶してくれてた。
(……上手くいった……!)
小さく安堵の息をついたウチは――すぐさま、縛られた後ろ手で、男の人が持ってたナイフを拾い上げて。
そのナイフで……まずは、腕を縛るロープを切り始めた。
* * *
『……まったく、キミはいつもながら……勝手に人の予定を決めつけないで下さいよ。
こう見えて今、ボクはボクで知人と一緒なんですから』
黒井さんの電話に出た相手――質草って呼ばれた人は、小さなタメ息まじりに応える。
この気安い感じからして……友人、でいいんだろうか。
「――そういや、アイドリングの音がすんな……。
お前のクルマか?」
『そうです、知人を送り届けようとしてたんですよ』
「ああ? まさかそれ、病人やケガ人を急いで病院へ――ってわけじゃ……」
『いえ? 〈うろおぼえ〉にいたら雨が降ってきましたから、ひさびさにZ動かすついでに、家まで送っていってあげましょう――と、親切心で』
「そンならこっちが優先だ!
マジで急を要する話だ、そっちのヤツにゃ悪いが、しばらく待ってもらえ!」
そう強く言い置いてから、黒井さんは――。
俺たちの今の状況を、質草さんに簡潔に説明した。
『つまり――女の子を連れ去ったオグくんの正確な居場所を、ボクがどうにかして割り出せないか――と?』
「……そうだ。
このままオグの指示に従ってるだけじゃ、ジリ貧だからな……。
オグのヤローが今、拉致られたオンナのスマホを持ってるのは間違いねえンだ、その位置情報とか特定出来ねえのかよ? テメー、そういうの得意だろうが?」
『……GPSの送受信から位置を探れってことですか?
うーん……正式に情報提供を受けられる身分ならカンタンですけど、この場合は横から然るべき手順をすり抜けて覗き見るってカタチですからねえ……。
――あ、すいません、後ろからボクのカバン取ってくれます?
ええ、そう、ノートパソコン用のそれです――どうも』
電話の向こうで、ゴソゴソと音がする。
話の内容からして……送り届ける予定でクルマに同乗してるって人に、パソコンの入ったカバンを取ってもらってたんだろう。
『まあ正直、出来ないとは言いませんけど……少なからず時間はかかりますよ?
ヘタすりゃお縄になる、一応、やっちゃダメなコトですからね』
「どれぐらいかかる?」
『……何とも。ボクもその道のエキスパートってわけでもないですし……出先で、かつPCが携帯用のコイツとなると……。
――まあ、とりあえずやってみます。さらわれた子の電話番号、教えて下さい』
「――おい、赤宮」
「はい。えっと……」
俺は、黒井さんのスマホの向こうへ、鈴守の電話番号を告げる。
……いくら緊急事態でも、勝手なマネなのは事実だ――今度、鈴守には平謝りに謝らないと。
そうだ――そのためにも、ゼッタイに無事に助け出さないと……!
気ばっかり焦るのが自分でも分かりながら、でもどうにも出来ず――。
何気なく、手の中のスマホを見下ろした、その瞬間。
「――――ッ!」
……俺のスマホが、いきなり着信を告げた。
しかも画面に表示されてるのは、登録されてない――見たこともない番号だ。
なんだ……?
オグってヤツが俺に何か連絡してくるなら、鈴守のスマホを使えば済むんじゃないのか……?
俺は、不審に思いながら――でもなにか、出なきゃいけないって義務感のようなものに背中を押されて――『通話』をタップする。
「もしもし……?」
『あ、もしもしっ? その声――赤宮くんやんな!?
良かったぁ、番号合うてた……!』
様子を窺いながらの俺の誰何に、被せ気味に応えてきた、その声は――!
「す……鈴守っ!? 鈴守なのかっ!?」
俺の上げた大声に、黒井さんも弾かれたようにこちらを向き――。
恐らく、質草さんにも聞こえるようにだろう、スマホを持ったままこちらに近付いてきた。
『う、うん、ウチ……!』
「身体は大丈夫か? ケガとかはっ!?」
『うん、大丈夫……!
さっきまで気絶してたんやけど、ケガとかはゼンゼンあれへんよ』
鈴守のその声には、さすがに緊張感が感じられるけど……強がってムリをしてるとか、そんな風でもない。
ひとまず、無事で良かった――と、俺は一つ安堵の息をつく。
「……でも、どうなってるんだ? 鈴守、捕まってたんじゃないのか?
それに、この電話……」
『あ、うん……それは――』
ちょっと恥ずかしそうに……鈴守は、目が覚めてからのことを教えてくれた。
……どうやら、自力で見張りを倒して拘束を解き、監禁部屋から抜け出すついでに、見張りが持っていたスマホを奪い――こうして記憶を頼りに俺に電話してきた、ということらしい。
「……なるほど。
お嬢を差し置いて選ばれるだけあって、大したオンナだぜ……」
黒井さんが呆れたような……でもどこかホッとした様子でぽつりとつぶやく。
『――でも、捕まった部屋を抜け出したはええけど、ここ……建設途中のビルの中、みたいなところで……。
外に出ようにも、ルートが分からへんし、ウチを捕まえた人の仲間がそこら中におるしで……今はひとまず、見つからへんように隠れてるところやねん……』
「分かった、ムリはしないで――すぐに助けに行くから!」
俺の本心であるとともに、鈴守を安心させようと告げたその言葉に――。
けれど鈴守は予想とは真逆に、すぐさま強く『否』を唱えてきた。
『――あかん! こっち来たらあかん、赤宮くん!
……あのリーダーの人、えっとその――すごい強くなってる、て言うか……!
とにかく、戦ったら赤宮くんでも危ないから……!
こうやって電話したんも、ウチが無事やって――やから、無理に助けに来んでも大丈夫やからって、そう伝えるためで――!』
自分自身大変な目に遭ってるのに、それでも俺の身を案じてだろう……鈴守は、必死になってそんな忠告をしてくる。
……確かに、あの鈴守が捕まったぐらいだ――それが卑怯な手によるものだとしても、以前より『強い』のは間違いないだろう。
だけど、そんなの――ゴブリンがゴブリンロードになった程度のものだ……!
いや、たとえもっと上、それこそドラゴン級になっていたとしても――。
こんな――こんなにも俺を想ってくれる鈴守を助けるための戦いで、俺が負けたりするもんかよ……!
……とはいえ、鈴守にその理由の説明が出来るはずもないし――。
鈴守の心配を取り除くには――他の要素を上げなきゃ……。
「――大丈夫。鈴守、俺は……絶対に、やられたりしないから。
それにさ、俺だけじゃなくて……鈴守を助けるのに、協力してくれてる人もいるんだ。
だから……大丈夫。
俺はもちろん、鈴守だって……絶対に大丈夫だから。信じてくれ」
『……赤宮くん……』
「――ただ、今俺は、情けないことに、鈴守をさらったヤツにもてあそばれてるような状態だ。
鈴守がいる場所がどこなのか、まだ正確に分かってないんだ。
だから……頼む、教えてくれ。
なにか、そこの場所を特定出来るような情報――ないか?」
『……うん……それやったら……。
えっと、さっきも言うた、工事中のビルみたいな場所、言うのんと……。
あとは……えっと――。
ウチが今おる場所の隙間から、外、見たら……。
多分、北の方やと思うけど、目印言うたら、高架道路と――その向こうに、大っきい〈雲丹栗〉の看板が見えるかな……。
――っていうか、そうやん、場所やったらこのスマホのGPS使たら――!』
――ガシャンッッ!!!
「――っ!?
おい鈴守、どうしたっ? 鈴守ッ!!??」
会話の最中突然響いた、モノが割れるような大きな音を最後に――。
鈴守からの通話は、完全に途絶えてしまった……。
「くっそ――! まさか、見つかったのか……!?」
もうちょっとで、場所が特定出来てたのに……!
そうしたら、すぐに助けに行けたのに!
ちくしょう――っ!
俺がすぐに、GPSのことを思いついてれば……っ!
思わず、歯噛みしたその瞬間――。
俺の胸元に、ヘルメットが投げつけられる。
反射的に受け止めて、ハッと顔を上げれば……黒井さんと目が合った。
「――なにボサッとしてやがる、行くぞ赤宮!」
「え、でも……!」
「居場所なら、さっきのカノジョの話で絞れたはずだ――そうだろ、質草ぁ!」
『ええ、もちろん。
……現況を鑑みれば、オグくんが高稲を大きく離れている可能性は限りなく低い。
そして、高稲とその周辺で工事中、かつ、高架道路とあの目立つ〈雲丹栗〉の看板が同じ方向に見える場所となると――当てはまるポイントは1つしかありませんでしたよ』
質草さんの、自信たっぷりの返答に――黒井さんはニヤリと笑う。
「――上出来だ、場所はオレのスマホに送っとけ!
ああ、それからな――」
『……もう一働きしろ、でしょう?
はいはい……そちらの奇襲が気取られないよう、指示に従ってるフリするためにも……先に言われてた廃倉庫の兵隊さんは、ボクが責任持って掃除しときますよ』
「――分かってるじゃねーか。任せたぞ!」
言って、電話を切った黒井さんは――。
送られてきた目標地点のデータを確認しながら、素早くバイクにまたがった。
そして――エンジンを盛大に空吹かしさせる……!
「よっしゃ……乗れ、赤宮! これまで以上に飛ばして行くぞ!」
「――――はいっ!」
* * *
「……と、いうわけで、少々ヤボ用が出来てしまいまして。
家へお送りするの、もう少しだけ待ってもらえますかね?」
「無論だ。いや――それよりも」
苦笑しながらの質草殿の言葉に――。
「送ってもらう礼も兼ねて、手伝わせていただくとしよう。
ことが身内の難事となれば、座して見ているつもりもないし――」
助手席の余は、唇の端を持ち上げ……怒りの混じった、恐らくは凄惨などと評されるであろう笑顔で応じた。
「相手が本人で無く、その兵隊に過ぎんというのが残念だが……。
婦女子を拐かすなどという、恥ずべき不埒な悪行には――キッチリと相応の報いを受けさせてやらねば、気が済まぬからな……!」




