第261話 勇者の行く道は、やはり勇者的行脚なのか
「くっそ……ッ……!!!」
苦々しげに、悔しげに、歯噛みしながら……一瞬ふらついた赤宮は、そのまま床に片ヒザを突いた。
……そういやコイツ、ケガしてるってお嬢が言ってたな。
さっき、あっという間に7人をブッ倒したあの動きを見れば、とてもそんな風には思えねえが……。
あれは、ここが正念場と、ピンポイントで全力を振り絞った結果ってことなんだろう。
……そりゃそうだ、テメーのオンナの一大事なんだからな――そこで死ぬ気で踏ん張らねえヤツは男じゃねえ。
ただ、それだけに、肩透かしを食らった反動は心身共にデカい……ってところか。
思った以上にケンカ慣れしてるようだが、そういうのとはまた別問題だしな。
だが――。
「おい赤宮、気落ちすンのも分かるがな……まだやることがあンだろが?」
「――そう、ですね……!
とりあえず、ヤツを問い質してみます……!」
オレの一言に、すぐさま表情を引き締め直した赤宮は……オグのヤローが持ってるっていう、オンナのスマホに電話をかける。
……とにかくこれで、オグがどういうつもりでいるのかが分かるだろう。
その間にオレはオレで、赤宮たちの電話に耳を傾けつつ……。
何か知ってるヤツがいねえかと、ブッ飛ばした連中の中で、かろうじてでも意識が残ってるヤツを探して歩く。
『……お〜、もしもーし? どーした、カレシく~ん?』
赤宮がかけた電話の向こうから聞こえてくるのは……間違いねえ。オグの声だ。
「――おい……! てめえ――どこにいる!
これはいったいどういうことだッ!!!」
『おーおー、ンだよ、いきなりそんな大声出してよぉ〜?
ちゃーんと約束通り、カノジョちゃんには何にもしてないぜー?』
「ふざけるなよ……!
お前の指示した通りの場所に来てやったってのに……どうなってる!!」
『おおっ? マジで? もう着いたのかよ?
……って、いくらなんでも早くね?』
瞬間、オレは赤宮に、『オレのことは黙ってろ』という意味で、唇の前に人差し指を立ててみせる。
うなずいて応えた赤宮は、
「お前がちゃんと約束を守るか分からないからな……!
少しでも早く着くために、近くまでタクシー使ったんだよ!
それぐらい当然だろうが!」
……と、とっさに無難な答えで誤魔化した。
『おお……そっかそっか! そういや、乗り物使うなとは言ってなかったしな!
ハハハ、なかなか冷静じゃねェの!
しかも、こうしてブチギレて電話してくるってことは……そこにいたヤツら、10人はいただろうに、全員ぶちのめしちまったってわけ?
――いやあ、やっぱ強えなあ、カレシくんの方も!』
「それで……ここに、お前も鈴守もいないのはどういうことだ――!
まさか……ここまでやっておいて、俺と会うのに怖じ気づいたってわけじゃないだろうな……!?」
『いやいや、まさかまさか!
……ただよぉ、せっかくだから思いっ切り楽しくいこうと思ってさ――ちょっとしたサプライズ、ってなカタチにさせてもらったわけだ。どうだったよ?』
「ああ、楽しんだよ……。
今、思わずスマホ握りつぶしそうになってるぐらいにな……!」
『お〜、そうかいそうかい、そいつぁ何よりだ!
――んじゃ、次の目的地は〜……っと……』
「次、だと……?」
『ん? そうそう。
もういっそのことロープレみたく、ラスボスのオレ様にたどり着くために、色んなトコ回って、中ボスと戦ったりするとか楽しいンじゃねーかなって思いついてさ?
……どーよ、いいアイデアだろ?』
「てめえ……! いい加減に――!」
『ンだよ、やんねーってのか?
……じゃ、しょーがねえ、オレも律儀に約束守る必要もねえし、カノジョちゃんだけにでも遊んでもらうとすっかなァ~……』
「くっ――! おい待て!
……わかった……その遊び、乗ってやる。付き合ってやる……!
それでいいんだな――!」
『おーおー、さっすが、聞き分けいいねえ!
よーしよし、じゃあオレも約束守って、ちゃーんとお前の〈希望〉、残しておいてやるからよ……お前自身と一緒に、気分よーくブッ壊すためになァ! 感謝しろよ?
――じゃ、そういうことで……次は、高稲西3丁目の廃倉庫な!
せいぜい頑張ってくれや!』
そう言い残し……実に楽しそうな笑い声とともに、オグは一方的に電話を切る。
対して、赤宮は――憎々しげに、床に拳を叩き付けていた。
一方、オレはオレで、なんとか気絶してないヤツを見つけて――オグの行き先について知らないか、襟を締め上げながら聞いてみたわけだが……。
「……え、お、オグって……え、オレ、なんでこんな……!?
な、なにがどうなって……っ」
どうにも返答が要領を得ない――というか、コイツ自身が、今の状況に戸惑っている風だった。
しかも、そのマジにビビってるような様子からして……すっとぼけてやがるわけでもねえ。
つまり――だ。
オグのヤローが、魔剣のカケラに魅入られてるのはやはり間違いなく――。
それで得たチカラで……こうした自分が関わったヤツらを、一種の幻惑状態にしてたってことなんだろう。
そもそも、そうでもしねーと……だ。
いくらオグのヤローがいきなり強くなったっつっても――。
カタギのオンナを拉致るなんてヤバいマネは、さすがに周りが止めるか、それがムリでも、ついていけねえと逃げるヤツがもっといるハズだからだ。
「――黒井さん、そっちの方はどうですか? 何か聞けそうですかっ?」
「いや……ダメだな。
アイツのことだ、こうした兵隊に居場所教えるようなマネはしてねえだろうよ」
しかし――倒した相手から情報が得られるわけでもねえとなると……こっからどうしたモンか……。
……恐らくオグは、赤宮がヤツの指示通りに右往左往するのを楽しむと同時に、テメーの息のかかったヤツらをぶつけることで、赤宮を疲弊させるつもりだろう。
根っこは小心者のアイツらしい……確実に潰せるように、徹底してチカラを削いでおこうって魂胆なわけだ。
もちろん、赤宮一人ならともかく、オレがついている以上、その目論見に大して効果はないンだが……。
しかしそうなると、赤宮を想像以上に強いと判断したオグは、なおさらなかなか前に出てこない可能性がある。
あまつさえ、業を煮やして、やり方をさらに悪い方へ変えてくるかも知れねえ……。
ならばとそれを逆手に取り、赤宮がオグの兵隊にあっさりボコられて、とっ捕まれば……ある意味で最も早く、かつ間違いなく、オグのところまで辿り着けるだろう。
だが……オグはもちろん、他の連中も――魔剣のカケラの影響を受けたヤツらとなると、単に気絶するほどボコって終わり、ってぐらいで済ませねえ可能性もあるからな……。
赤宮本人は、提案すりゃ、それでも「やる」って言いそうだが……さすがに、この案はナシだ。いくら何でも危険すぎる。
そうなると――。
やはり、何とか他の方法でオグのヤローの居場所を突き止めて、一気にそこを目指すのが一番なんだろうが……。
「……って――おい赤宮、どこに行く気だ?」
ふと気が付けば、オレが考え事をしている間に、赤宮はよろよろと駐車場の出口の方へ歩き始めていた。
「どこ、って……もちろん、アイツが言ってた場所です……!
とりあえず今は、そうするしか……!」
「気持ちは分からねえでもねえが……まず落ち着け。
こうなった以上、ヤツはお前を方々にたらい回しにして遊ぶだけかも知れねえんだぞ?」
「でも……俺を痛めつけたいことは確かでしょう?
なら、次に行ったところで、ワザと俺がケンカに負けてしまえば……!」
コイツ――オレがナシにした案と同じことを思い付きやがったか。
……ったく……。
カノジョ助けようと必死になってるのは分かるがな……。
「やめとけ……!
お前が頑丈さにどれだけ自信があるのかは知らねえが……今のヤツらが相手じゃ、良くて、カノジョと揃って病院送りにされるだけだぞ……!
――いいか、ひとまずオレが、オグの隠れ場所について知り合い連中にあたってみるからよ……お前は今のうちに、ちょっとでも休んでろ」
オレは、ケガが障るのか、苦しげな様子の赤宮を押し止めながら……オグのことを知っている知り合いに、片っ端から電話をかけてみる。
オグのヤツも、こうして赤宮たちに絡んでるのは、前々から計画してのことじゃないはずだからな……。
一気にこれだけ大々的に動いたとなると、トージみたいに、何か見たり聞いたりしたヤツがいるかも知れねえ……。
そんな風に期待しながら、手当たり次第に聞いて回るが――。
そもそもオグが、なかなか尻尾を掴ませねえヤツだからこそ、今日まで手こずらされてきたわけで……。
この期に及んで都合良く、欲しい情報が手に入る――とはいかなかった。
こうなると……オレだけじゃ打てる手にも限りがある――か。
「チッ――しょうがねえ……」
反射的に舌打ちしちまいながら、オレは――。
拉致られた子の安全をいち早く確保するためだ――と、わざわざ自分を納得させた上で。
こういうときには何だかんだ役に立つだろうヤツへ――ウンザリするほど慣れた手付きでスマホを弄って、連絡していた。
「――よお。今、色々と面倒なことになっててな……。
どうせ今日もヒマしてやがるンだろ?
なら、てめえも手ェ貸せ――質草」