第260話 真っ正面からソッコーでカチ込む!……のが、勇者と狼
「……んん……」
ふっ、と……そうと意識する間もなく、瞼が開く。
視界が戻って、やがてゆっくりと焦点が合って、脳が認識するのは――薄暗い灯りに映し出される、灰色の床と壁……。
そう……工事中の建物っぽい、コンクリート打ちっ放しの小部屋で――。
……あれ……? ここ、ウチの部屋と違う……?
……っていうか…………まずウチ、どうしてたんやったっけ……?
えっと、確か――――。
ああ、そうやん…………。
ウチ、赤宮くんと白城さんがいっしょにおるのを見て、反射的に逃げ出してもうて……。
そう、それで…………そのあと――――。
「――――ッ!?」
そこまで思い出した瞬間、ぼんやりしてた頭が急速に覚醒して――。
自分がどうなったかを思い出したウチは、反射的に身体を起こそうとするけど……。
「……ンン……っ!」
思ったように――動かれへん。
それも当然で、ウチは……。
腕は後ろ手に、足は足首のあたりで、細いロープで縛り上げられてて――さらに、声を出されへんよう、猿ぐつわも噛まされてた。
でも――それ以外、身体は特に異常無いみたいで……。
ひとまず、気を失ってる間に痛めつけられたりしたわけやないみたい。
良かった――って、一瞬、ホッとするけど。
同時に、自分の置かれた状況を理解して……不意に。
――『怖い』って……そう思ってもうた。
〈呪疫〉との生死に関わる戦いを、これまで何度も経験してきてるのに。
それに合わせてウチも、成長してきてると思ってたのに。
そんな、戦いの緊張感とはまた毛色の違う――。
捕まって、拘束されて、どことも知れへん場所に閉じ込められて……何をされるか分からへんっていう、心細さが、不安が――それらが重なり合った恐怖が。
じわじわと、ウチの身体中に染み渡っていく気がして――。
どうしよう、どうしたら――って、パニックになりそうな中……。
助けを求めるみたいに、すがるみたいに、ウチが心に思い浮かべたのは――やっぱり、赤宮くんの姿やった。
(…………赤宮くん…………っ!)
そうや――そう言えば、ウチを捕まえたあの男の人が言うてた。
ウチだけやなくて、赤宮くんにも仕返しをする、て。
そのために、ウチを捕まえる――て。
きっともう、ウチのスマホ使たりして、赤宮くんに連絡ぐらいしてるんやろう。
そんで、赤宮くんのことやから――危ないって分かってても間違いなく、ウチを助けるためにって、その誘いに応じてもうてるはず……。
そんな赤宮くんを裏切ってるかも知れへん、ウチのような子でも――そんなウチの心に気付いてたとしても。
そう……間違いなく、絶対に。
だって、それが……赤宮くんって人やから。
でも……あかん……!
この誘いに乗ったら、赤宮くんは――ホンマに危険な目に遭うてしまうよ……!
(なんとか……なんとかせな……!)
――そうやって、赤宮くんのことを考えて。
なんとかせなあかん、って……心を決めたら。
さっきまで、全身で感じてた恐怖は――その思いに押しやられるみたいに、姿を隠してくれた。
(そうや……怖がってる場合やない……!)
ウチは、自分の心が上向いたそのタイミングで、改めて自分を奮い起こし――。
落ち着いて、周りに視線を巡らせて……何か出来ることをって、考え始める。
――ガチャ……。
「…………!」
部屋のドアノブが、やや乱暴に回されたのは――ちょうど、そんなときやった。
* * *
「……そろそろ目的地だ、覚悟は出来てるか!?」
バイクのスピードをやや落とし、俺に向かって確認してくる黒井さんに、即座にうなずいて応える。
……ちなみに、ここへ来るまでに黒井さんに聞いたところによると――。
俺が呼び出された地下駐車場は、その上に建つ雑居ビルがほとんどテナントなんて入ってない状況ってこともあり、数年前から半ばほったらかしで……チンピラ連中が屯するのによく使われてた場所らしい。
つまりは、まさしく敵地ってことのようだけど……。
――関係あるか……!
何人いようが、全員速攻で叩きのめして、鈴守を助けるだけだ――!
「それで、黒井さんはどうするんです!?」
「オレもお前と一緒に、このまま正面から突っ込む!
オグの野郎は、オレがいると分かったら逃げるかも知れねえからな……!
奇襲でそのヒマを与えず、一気にふん捕まえるつもりだ!」
「――分かりました!」
お互いの行動を確認をする間に、バイクは通りに面したライブハウス脇の細い道に入り――。
その向こう、ダンジョン入り口のように口を開けた地下駐車場に向かって、速度を上げて突っ込んでいく!
「――行くぞっ!!」
「いつでも!」
地下へ降りる坂の途中に置かれていた、勝手にどこかから運んできたものだろう、落書きだらけの『立ち入り禁止』の看板を容赦なくブチ破り――バイクは、さして広くもない駐車エリアへ。
そこに屯していたヤツらも、バイクの走行音と、看板のハデな破砕音で、さすがにこちらの存在に気付いたのだろう――。
薄明かりの中、こちらに向けられる人間の驚愕の表情を――その数を、場所を、一瞬で把握する。
……全部で10人。
しかし、鈴守は――少なくとも、見える場所には確認出来ない。
(……死角になってる場所か、奥とかか……?)
すぐに鈴守の安全を確保出来ないってのは一抹の不安が残る――けど、ここまでハデに正面から殴り込んだ以上、やるしかない……!
(……とにかく、速攻だ!
相手が何かをやろうとする前に、一気に全滅させる!)
――身体は、少しずつ回復してきているとはいえ、まだまだまともには動かない。
だけど――バイクの移動中に、じっくりと闘気を全身に巡らせてきた。
それを解き放てば――闘気によって身体を動かすようにすれば。
僅かな時間なら、真っ当な戦闘行動も可能だ……!
「フウゥゥゥー……」
瞬間――かつて、格闘世界ナクレオで伝授された呼吸法をもって、全身の闘気を一気に活性化させると――!
敵のど真ん中に飛び込んだバイクが、白煙を上げてターンするのに合わせて。
脱いだヘルメットを、手近なヤツに思い切り投げて叩きつけるのと同時に――
「うぅ――っっっらああああ!!!」
まだ動いているバイクのシートを蹴って、また別のチンピラに飛びかかり――そのマヌケ面を蹴り飛ばす!
「なな、なんだあっ!?」
「おい、なんだ、なにが――!」
まだ混乱している様子のチンピラたちだが……落ち着くまで待ってやろうなんて考えは当然、無い。
「――しぃっ!」
改めて、ヤツらの居場所を視認するよりも先んじて――さっき把握したポイントへと、肉食獣よろしく襲いかかる。
そして――相手が襲われていると自覚する前に。
必殺の〈気絶鉄拳〉で、立て続けに2人の意識を刈り取った。
――これで4人……!
「てて、てめえッ――!」
そこで一番近いヤツが、ようやく敵と認識したらしい俺に向かって、木製バットを振りかぶる――が。
「遅いんだよ――!」
それが振り下ろされるより早く、最短距離を切り込む上段蹴りで顔面を打ち抜き――。
さらに軸足を逆にねじり、同じ足で繰り出す後ろ回し蹴りで、チンピラが持っていたバットを蹴り飛ばし――その後ろにいたヤツの頭も強打。
続けて、俺の後方、柱の陰から飛び出して不意を突こうとしたヤツを――。
いちいち振り返って確認する必要も無い、バレバレの敵意を頼りに……バク宙からのオーバーヘッドキックを後頭部に叩き込んで、床に熱烈なキスをさせてやる。
――これで7人! 残りは――!
逆サイドの3人だけ――と、素早くそちらに注意を向けるも……。
すでに3人が3人とも、黒井さんの足下に仲良く転がっていた。
よし――これでひとまず、この場の連中は全滅だ。
そして、鈴守がフロア内の死角にいないことも確認出来た。
あとは――!
俺は、全身に巡らせた闘気が散りかかっているのも構わず……駐車場奥に見える、サビの浮いたドアの方へ駆け寄る。
そして、ドアノブを乱暴に回すも、手応えが無いことを確かめるや否や、強引に蹴り開けて――
「――鈴守っ! 大丈夫かッ!!」
誰であれ男がいれば、問答無用で殴り飛ばすつもりで部屋に躍り込むも――!
「……な――っ……?」
もとは、駐車場の管理人室だったらしいそこには…………。
鈴守どころか――誰の姿も、なかった。
――どういうことだ……!?
俺は弾かれたように部屋を出、黒井さんに叫ぶ。
「黒井さん! コイツらの中に、オグってヤツは!」
「いや……いねえ……!
――つーか、今のオグが籠もってる巣にしちゃ……兵隊の数が少なすぎる……!」
「じゃあ……この駐車場の上のビルに……!?」
「いや……上は、少ないっつっても、一般の人間が借りてるテナントがいくつもある。
いくら何でも、さらってきたオンナを閉じ込めるのはムチャだ……!」
「そん、な――!
それじゃ、鈴守は……!?」
落胆のせいか、ちょうど張り詰めていた闘気が切れたからか――。
フッとヒザが崩れそうになったのを、必死に堪え……俺は黒井さんを見上げる。
一方、黒井さんも――。
「……一杯食わされた、ってことか……。
オグは……赤宮、お前でとことん遊ぶつもりなのかも知れねえぞ……!」
顔をしかめて、そう吐き捨てつつ……。
すぐ側の柱に、腹立たしげに拳を叩き付けていた。