第24話 魔法少女は湯上がりでも気が休まらない
――力がすべて、強さこそが正義の世界……。
そんな鬼の国のお姫さまとして生まれたラクシャは、けれど力が弱く、何より他者を慈しむ優しい心の持ち主でした。
父である鬼王は、こんな娘は跡継ぎに相応しくないと、まだ幼いラクシャを人間界に追放してしまいます。
……そこでラクシャが出会ったのは、大切な友達、穏やかな日常、そして――魔法の力。
しかし、平和な時間は長くは続かず――やがて故郷の鬼の国は、人間界への侵略を始めてしまいます。
そこで、鬼と人、両方を愛するラクシャはたった一人、裏切り者と呼ばれるのを承知で強大な鬼に立ち向かうのでした――。
〈聖鬼神姫ラクシャ〉となり、二つの世界の平和を取り戻すために!
『 〈聖鬼神姫ラクシャ〉 日曜朝8時より、好評放送中! 』
………………。
「やっぱりこの、鬼の姫という設定が秀逸だな!
この前のエピソードなんて、その辺りの葛藤がうまく描かれていて実に良かったと思うんだよ!」
「そうですよね!
追放された身ではあるけれど、故郷を捨てきれない――そんな心情が鈍らせる拳、でも……! っていうのが、またイイんですよ!」
……おばあちゃんも亜里奈ちゃんも、めっちゃ楽しそうやなー……。
待合所の畳でちょこんと正座して、フルーツ牛乳をちびちびと楽しみながらウチは、魔法少女談義に、それはもう百花繚乱とばかりに花を咲かせる二人をぼーっと見守ってる。
お題はもちろん、おばあちゃんイチオシの〈聖鬼神姫ラクシャ〉。
ウチのシルキーベルのデザインのもとになった、今人気の魔法少女アニメ。
「……あのときの、シスターのセリフがまたいいですよね!
子供向けなだけじゃないっていうか、深いっていうか……!」
「さすが亜里奈ちゃん、良く分かってるね!
そうなんだよ、大人でもハッとさせられる、あのさりげない深さがまたたまらなくてなあ……!」
まったく予期してなかった、彼氏さんの妹ちゃんとの接近遭遇――。
けど亜里奈ちゃんは、おばあちゃんに『孫』って紹介されただけのウチが、お兄ちゃんの彼女ってことにはどうも気付いてないみたいで……。
さっきまで「どないしよう!?」って、一人で混乱&緊張してたウチがなんかアホみたい。
……まあ、ちょっとホッとしてるんも確かやけど……。
それにしても……。
「――はい、いつもありがとうございます、おじいちゃん!
じゃあこれ、50円のおつりです、ごゆっくりー」
おばあちゃんと話しながらも、亜里奈ちゃんはテキパキと番台の仕事をこなしてる。
スゴいなー……大したもんやなー……。
「? お姉さん、どうかしました?」
ぼーっと見てたウチの視線に気付いた亜里奈ちゃんが、こっちに笑顔を向ける。
さすが……反応が素早い。
でもって、そんな仕草がまた可愛いなあ。
「あ、ううん、ゴメンな、スゴいなーって見とれてただけやねん」
「――おい、そこのねーちゃん、アイツに見とれてたりしたらケガすっぜー?」
「……え?」
ウチは、自分の言葉に反応が返ってきた方を振り返る。
そこには――新しいお客さんらしい、お風呂道具の入った洗面器を小脇に抱えた男の子が立ってた。
いかにもヤンチャそうな、亜里奈ちゃんと同い年ぐらいの。
「なんせアイツ、ここ〈悪魔の湯〉の門番だからな!」
「うちは、あ・ま・の・ゆ!
――それと、お客さんにからむな朝岡。蹴り出すぞ」
気付けば、亜里奈ちゃんから、あの可愛らしい笑顔が消えていた。
代わりに浮かぶのは、氷の眼差し。
でもって小さな唇からは、とんでもなく冷たい口調の言葉が飛び出てる。
大変失礼ながら、吹雪を吹き出す雪女を想像してもうた……ゴメン亜里奈ちゃん。
……ていうか、やっぱり知り合いなんやね……クラスメイトとかかな?
「へん、それならオレだってお客サマだぜ? ほらよ!」
亜里奈ちゃんの圧に負けることなく番台に近付いた男の子は、これ見よがしに入浴料を置いて、意気揚々と脱衣所へ向かおうとする。
けれど……それを亜里奈ちゃんが止めた。
「なんだよ、カネ、ちゃんと足りてるだろ?」
「そうじゃないよ。朝岡、タオルは?」
「タオル? あ~……忘れた」
男の子のあっけらかんとした答えに、亜里奈ちゃんは一つタメ息をつくと、番台の裏にある棚からキレイなタオルを取り出して……。
ぼふん、と、男の子の顔に叩き付けた。
「……それ、使っていいから」
「なんだよ、こういうのの貸し出しってカネかかるんじゃ――」
「お金はいいよ。
無いと困るでしょ、つべこべ言わずに持っていけ」
「お、おう……さんきゅ」
ちっさな声で、でもちゃんとお礼を言って、男の子は暖簾の向こうに姿を消す――かと思うと、ひょいと首を出した。
「ノゾくなよーっ?」
「ノゾくか。せめて生え揃ってから言え」
からかう男の子への鋭い切り返しに、当の男の子ばかりか、ウチまで言葉を失う。
一方、亜里奈ちゃんはニヤリと笑って……。
「永久歯が、だよ? それしかないでしょ。
――なにその顔、ヘンな想像でもした?」
「……ふ、ふんっ、じゃーな!」
びゅん、と暖簾の奥に引っ込む男の子。
一方亜里奈ちゃんは、ふふんと満足そうに鼻を鳴らしたかと思うと――次のお客さんにはもう、可愛らしい笑顔を向けていた。
……赤宮くんが、『頭が上がらない』って言うてたん、よう分かった気がする……。
「どうだい、良い子だろう? 惚れるだろう?」
いつの間にかウチのそばまで来てたおばあちゃんが、孫自慢をするみたいに、当の孫娘のウチに言う。
ウチは素直にうなずいた。
「かーっ、アタシが男で、50若けりゃ、ほっとかないんだけどねえ!」
「……それもう完全に別人やで、おばあちゃん……」
おばあちゃんの頭の悪い発言に呆れてると……横手にある勝手口らしいドアを開けて、一人の女の人が入ってくる。
亜里奈ちゃんのところに近付く、そのすらっとした美人さんは、並ぶと目元とかよく似てて――って、もしかして、亜里奈ちゃんのお母さん!?
――ってことは、つまるところ……赤宮くんの!?
……う、うわ、うわ……今ウチ関係ないけど、な、なんか緊張する……!
亜里奈ちゃんとお母さんは、二言三言、話をしたかと思うと……番台を交代した。
番台を離れた亜里奈ちゃんは、その足でおばあちゃんのところへやって来る。
「ドクトルさん、今日も楽しかったです。また語り合いましょうね!」
「ああ、こちらこそな!……で、お使いにでも行くのかい?」
「はい、ちょっとそこまで。
――お姉さんも、また来て下さいね!」
「あ、うん。お使い、気ぃつけてな?」
ウチの社交辞令じみた言葉にも、きちんと笑顔でお礼を言うて……「それじゃあ」と亜里奈ちゃんは、小走りに勝手口から出て行った。
その姿を見送って、さあ帰ろっかってなると思ったら――。
おばあちゃんは、今度はお母さんに話しかけてた。
……って、ちょちょ、ちょっと待ってよおばあちゃん! ウチまだ心の準備が……!
「ドクトルさん、今日も娘の相手をしていただいたみたいで……ありがとうございます」
「いえいえ奥さん、むしろアタシが相手をしてもらってたようなものですから!」
ホンマにね……とか思いながら、ウチはこっちに話が飛び火してこんように、縮こまって必死に気配を消しておく。
いや、だって、こんな急やと、なにお話したらええか分からへんし……!
どきどきしながら二人の話に耳を澄ませてると……どうも、赤宮くんのお母さんは、現役時代のおばあちゃんのファンやったみたい。
ああ〜……なるほど。
やから、亜里奈ちゃんも、おばあちゃんのこと『ドクトルさん』てリングネームで呼んでたんか……。
――っていうか、どうしよ。
どの辺まで話が出たところで、ウチ、『息子さんとお付き合いさせてもらってます』って言うたらいいんやろ?
それとも、言わへん方がいいんかな?
……でも、分かってるのに黙ってるとか、あんまり良くないんちゃうかな……。
さんざんに、あーでもないこーでもないと悩むウチやったけど……。
結局今日は、赤宮くんのお母さんが仕事中っていうおかげもあって、ウチはおばあちゃんの孫娘で高校生――っていう、当たり障りのない紹介をされただけで済んだ。
おばあちゃんが、ここが赤宮くんの実家って気付いてたら、ガッツリと紹介されてたんかも知らへんけど……。
そもそもおばあちゃん、ホンマにメインは亜里奈ちゃんとの魔法少女談義やったみたいで、ゼンゼンそんな意識なかった感じやし。
とりあえず、良かった――なんかどうかは分からへんけど……。
せっかくお風呂でサッパリしたのに、なんか妙に気疲れしたウチは……暖簾をくぐって外に出たところで、夜風の中に大きくタメ息をついてた。
「ああ、そうそう」
そこで唐突に、おばあちゃんがぽんと手を打つ。
「どうしたん?」
「千紗、明日学校の友達と、勉強会するんだろう? テストに向けての」
「そうやけど……」
「ここへ来る前、コンビニでアンタの友達のおキヌちゃんと会ってね。
話し合いの結果、決定したから――勉強会の開催場所、うちのジムに」
「え――――ええええっ!?」
「なんだ、そんな驚くことでもないだろう? ジムなら大人数の勉強にも使える広い部屋があるし、そんじょそこらの教師よりもはるかに優秀な教師役だっているんだぞ?」
そう言って、おばあちゃんは自分を指差す。
いや、うん、そらおばあちゃんやったら、高校生の勉強ぐらい余裕で教えてくれるやろうけど……いやいや、そうやなくて!
「それにほら、アタシも会ってみたいからなあ……『赤宮くん』に」
「――――!」
やっぱり……! やっぱりや! そっちが本命やん!
……なんなん? もお、ホンマになんなん!?
今日をなんとか乗り切ったと思ったら、今度はこっち……おばあちゃんが赤宮くんにヘンなこと言うたりしたりせえへんように、気をつかわなアカンとか……!
うう……おキヌちゃんに話が通ってるってことは、今さら変更するんもムズかしいやろうし……。
もおぉ〜……っ!
「……いい? おばあちゃん、先に言うとくけど――」
もうしゃあないにしても、なんか一つは文句言うとかな気ぃすまへん――。
そう思ったウチが、おばあちゃんを振り返ったそのとき。
「――――!!!」
ウチは、ゾクリとした――ううん、そんなもんちゃう。
全身が震え出しそうなぐらいの、ものすごい〈呪〉の発現を感じた。
「……千紗? どうした、なにかあったか?」
ウチの異常を察したおばあちゃんが、真剣な様子で顔を覗き込んでくるけど、ウチに答える余裕はなくて。
「なんなん、今の……。まさか、今のが――!?」
――〈世壊呪〉――。
脳裏を過ぎったその言葉に――。
はっきりした場所も分からへんのに、ウチは思わず駆け出していた。