第255話 勇者の素顔と、魔法少女の恋と雨 -2-
「……え――――。
ええっ、えええええっ!?
好き、って――俺を……か?
白城……お前、が……?」
わたしの告白に、赤宮センパイは……。
初めて見るぐらいの勢いで、それはもうビックリしていた。
――そんなことがありえるのか、なんて言わんばかりに。
「そんなに驚かれるのも、ちょっとショックですけどね。
……そこまで意識されてなかったのか、って」
「あ、えっと……その……!
――なんか、すまん……」
「……いいですけど。
センパイがそーゆートコでニブいのは、分かってましたから」
「うぐ……っ。重ねて……すまん。
そうだな、そういうところでニブいってのは……亜里奈にもよく怒られる」
「まあ、そのへんも引っくるめての、赤宮裕真って人が……好きなんですけどね」
――もう一度、『好き』を繰り返して。
肩を貸した状態から、わたしは間近のセンパイの顔を――瞳を。
雨粒に濡れて、ちょっと見にくくなったメガネ越しに――でもキチンと、じっと……まっすぐに見据える。
……いくらニブいセンパイでも、そこで、わたしが答えを求めていることに気付かなかったりはしなかった。
そして、センパイだからこそ――はぐらかしたりすることもなかった。
――まるで年下みたいだった、困ったような雰囲気から一転。
センパイは、わたしが惹かれたあの強い眼差しで、わたしの瞳を見返して――。
そうして、静かに一度、目を伏せた後。
瞼を開くと同時に、キッパリと強い口調で――分かりきっていた答えを口にした。
「……すまない、白城。
俺は――お前の気持ちに応えてやることは出来ない」
「それは……センパイが、変身ヒーローみたいな……普通の人じゃないから、ですか?
わたしは――仮にセンパイが、〈鉄仮面バイター〉に出てくる怪人みたいなものだったとしても……まったく気にしない自信はありますよ?」
「……だろうな、お前なら。そんな気がするよ。
だけど――もちろん、そうじゃない」
「なら……わたしを受け入れてくれなきゃ、付き合ってくれなきゃ……。
センパイのヒミツ、みんなにバラしちゃいますよ――って言ったら、どうです?」
「お前は、そんなヤツじゃないと信じてるけど……そうだな。
仮に、ヒミツをバラされるとしても――だ。
――俺が心の底から想うのは、後にも先にも、世界で鈴守千紗ただ一人だけ。
何があろうとも……そんな俺自身の気持ちを、裏切るわけにはいかない。
その裏切りは、鈴守はもちろん、白城――お前の想いに対しても、きっと誠意を欠くことだと思うから。
だから……ゴメン、白城。
俺は、お前の告白を受け入れてあげることは――出来ないよ」
「……………………」
……たとえば……何かの懸賞みたいなのに、応募したとして。
それが当選か落選か、送られてきた封筒の厚みとかで、開けなくても分かっちゃう――みたいなこと、あると思うんだ。
なのに、人間って……その封筒を開けて、『落選』って文字を見て。
そんなの前もって分かってたのに――さらにもう1回、落ち込むんだよね。
――今のわたしも、きっとそんなのだ。
だって、そんなの……分かりきってたことなんだから。
でも…………どうしてかなあ――。
「……ですよね〜……。
ええ、はい、分かってました。
分かってましたよ……だって――」
わたしは――同時に。
奇妙に嬉しくも……あったんだ。
だって――
「だって、それが……。
――それが、わたしが好きになった、赤宮センパイなんですから」
……こういうとき、雨なのはちょうど良かったな。
今、わたしがセンパイに見せてるのが……普通の笑顔なのか、泣き笑いになっちゃってるのか……きっと、分からないもん。
「白城……」
センパイは、きっと……もう一度「ゴメン」って言おうとして。
でも、その口をつぐんでくれた。
うん、ありがとう……センパイ。
その一言は……やっぱり、何度も聞くのは――痛いから。
――そうして……。
このままただ一緒にいたら、わたしもセンパイも、何を話せばいいのか分からなくなりそうだったけど。
ちょうど、目標にしていた大通りは……もう、すぐそこだった。
見たところ大通りも、徐々に強くなる雨のせいか、人出が少ない感じで……。
わたしたちみたいに雨に濡れながら走っている人も、何人もいる。
「……さて、大通りまで来ましたけど……センパイ、大丈夫ですか?」
「ああ……おかげでかなりラクになったよ。
……ありがとう、白城。ホントに助かった。
それと……悪いな、雨に濡れることになっちまって」
「それなら気にしないで下さい。
……どのみち、わたしも傘、持ってませんでしたから」
「なら、これからどうするんだ?」
「そうですね……そこらで雨宿りしながら、うちの常連のおにーさんにでも連絡して、迎えに来てもらいますよ。
大っきなバイクだから、来るのも帰るのもすぐですし。
――センパイは?」
「俺は……そうだな、そこらのコンビニで傘でも――」
そこまで言ったセンパイの言葉が……いきなり、つんのめるみたいに止まる。
なんだろうと思って、その視線を追うと――。
車道を挟んでの、向こう側の通りに。
傘を差した、小柄な人影が――こっちを向いて、佇んでいた。
――って、あれは……!
「――鈴……守……?」
「――――ッ……!」
センパイが名前をつぶやくのと、通りの向こうの鈴守センパイが動き出すのは……同時だった。
少し後退ったと思うと――そのまますぐ振り返り、逃げるように走り出して――!
「――鈴守っ!!」
肩を貸したままだったセンパイも、わたしから離れて、すぐさま追いかけようとするけど――。
「……!? センパイっ!」
まだ身体の自由が利かないみたいで、足をもつれさせてアスファルトに転がってしまう――ところを、すかさず手を伸ばして受け止める。
「っ……! すまん、白城――!」
……きっと、お礼と謝罪とを一緒くたにした――そんな「すまん」を言い置いて。
すぐにわたしの手を離れて、改めて立ち上がったセンパイは――。
全力疾走と呼ぶには、あまりに頼りない足取りで――でも、必死に。
もう、わたしを振り返ることなく……鈴守センパイを、追いかけていく。
……あれなら――間違いなく、わたしが走った方が速い。
でも……鈴守センパイが、わたしたちのことを誤解してしまったのなら。
きっと、わたしがいると……余計に話がこじれると思うから。
あの赤宮センパイに、これだけ必死に追いかけてもらえるのが――うらやましい、って。
そんなちっぽけな嫉妬だって……ある、けど――。
でも、わたしは――あの2人の仲を、壊したいわけじゃなかったから。
こんな風に、鈴守センパイの目を盗むみたいな形で告白しておいて。
こんな風に、センパイたちの間を誤解させて。
それで、何言ってるんだって感じだけど――。
でも……でも、それだってやっぱり、わたしの本心だから……。
だから――!
「……っ……!
――センパイ! がんばってっ!!」
わたしは、後を追いかけず――その場に残ったまま。
「鈴守センパイのこと、お願い――!
センパイなら、きっと大丈夫だから……っ!」
センパイの背中を、思いっ切り押すつもりで……。
精一杯の応援だけを――投げかけた。
徐々に離れていくセンパイは、わたしを振り返ることはなかったけど――。
それでも、小さくうなずいてくれた……そんな気がした。
「………………」
――そうして、センパイたちは通りの向こう側の、路地の奥に消えて。
一人、この場に残されたわたしは……ただ、空を見上げる。
降ってくるのは、強くなってきたって言っても、まだまだ小粒の雨ばかりで……。
「…………あ〜あ…………。
…………ホント、わたしって…………」
……もういっそ、さっさとドシャ降りにでもなってくれたら。
それにまぎれて、大泣きとか……出来るのになあ――。




