第254話 勇者の素顔と、魔法少女の恋と雨 -1-
――そのとき、わたしの心を占めていたのは……。
驚きももちろんあったけど、それ以上の――そう。
きっと、高揚感のようなものだった。
……赤宮センパイは、やっぱり、わたしたちと同じ側の人だった――って。
やっぱり――クローリヒト本人だった、って。
「……白城……今の、見たのか……?」
ゴミ袋の上のセンパイは、苦しそうな息の下……険しい声で、そう尋ねてくる。
一瞬、ごまかした方がいいのかとも考えたけど……わたしは、素直にうなずいた。
「……特撮ヒーローみたいな、黒い鎧と剣が一瞬で消えて……。
それで、センパイが……」
「…………そっか――」
センパイは、片手で顔を覆いながらうなだれる。
――まさか、誰かに見られるとは思わなかった……って感じだ。
そしてそれは逆に、センパイが――クローリヒトが、わたしの気配に気付かないぐらいの状態だった、ってことでもある。
唇の端に血の跡が見えるぐらいで、大きな外傷らしいものはなさそうだけど……動きや表情からして、かなりのダメージを受けてるのはすぐ分かった。
以前、わたしとの戦いで、あれだけの強さを見せつけたクローリヒトが、これだけこっぴどくやられてるってことは――。
黒井くんたちが話してた、エクサリオってヤツと戦った……?
「……見られちまったものはしょうがない、か……。
――頼む、白城。
今見たことは……誰にも言わないでくれ。
それと……俺の近くにいると、お前まで厄介事に巻き込まれるかも知れない。
早くここを離れた方がいい……」
一方的にそう言って、センパイはゴミ袋の山から降り、歩き出そうとして――足をもつれさせて、前のめりにつんのめった。
「――センパイっ!」
あわてて、倒れそうになるその身体を支える。
「大丈夫ですか……っ? ケガしてるんじゃ――」
センパイは、そんなわたしを優しく押し退けて……またふらふらと歩き出した。
「……悪い。でも――大丈夫だ。
さっき、お前が見たように……俺は、タダの人間じゃないんだ。
だから、これぐらいなら……気を張ってれば、すぐに……治る」
痛みをガマンしての脂汗か、それとも雨か――。
額の水滴を拭って、きっと、あえてわたしを突き放すような態度で……大通りの方へ向かおうとするセンパイ。
でも……当然、わたしはそんなのは気にせず後を追って――強引に、肩を貸す形でセンパイを支えた。
「……おい、白城――!」
「……こんなフラフラになってる人、放っておけるわけないじゃないですか」
「だから、すぐにマシになるって――」
「なら、それまで肩貸します」
強情なわたしに、センパイはしかめっ面でさらに何か、きっと「やめろ」的なことを言おうとしたけど……。
しっかり身体を支えてるわたしを引き剥がすとなると、結構な力技になっちゃうわけで――。
女の子相手にそんなマネが出来るハズもないセンパイは、あきらめたように小さくタメ息をつく。
「お前な……さっきの、見たんだろう?
タダの人間じゃないアヤしいヤツが、フラフラの状態でこんなところに転がってたんだぞ? 警戒するのが当たり前だろう?」
「じゃあ……センパイは、悪いヤツなんですか?
それで、誰か他の――正義の味方と戦ってた、とかなんですか?」
「……それは……違う、けどさ。
俺は絶対に、お前たちを傷付けるようなことはしないし……俺が戦った相手だって、悪党ってわけじゃない。
お互い、考え方の違いで揉めてるだけ――みたいなもんなんだけどさ……」
――うん、知ってるよ……クローリヒト。
だって、わたしは……ハルモニアだから。
そう言いたいのに……。
わたしも同じだよ、って……教えたいのに。
わたしは、どうしてもそれを――言い出せない。
だって――それを教えるってことは。
わたしだけじゃない、〈救国魔導団〉のみんなのことを、勝手に教えてしまうのと同じだから。
センパイのことを信用してないわけじゃない、けど――。
黒井くんたちや、お父さん、家族同然の〈庭園〉の魔獣たちのことを考えると……。
どうしても、わたしの想いだけでその一線を越えることが――はばかられて。
……そんな風に、葛藤でわたしが押し黙っているのを、違う理由と捉えたんだろう。
センパイは、穏やかな声で「大丈夫だ」と言った。
「……白城、関係者の俺が言っても、説得力はないかも知れないけど……。
お前たちみたいに、普通に暮らしてる人たちに害が及ぶようなことにはならないから。
そんな悪だくみとかしてるわけじゃないから。
だから――本当に、このことは……」
「分かってます……言いませんよ、誰にも」
「すまん……助かる」
少しずつ、少しずつ……雨足だけは強まる中。
少しずつ、少しずつ……弱々しい足取りで、ゆっくりと。
傘の無いわたしたちは、お互い小雨に濡れながら……歩を進める。
「……そう言えば……。
前にもわたし、センパイがケガしてるところに出くわしたことありましたよね」
ふと……以前、センパイのケガの手当てを手伝ったことを思い出した。
こうしてセンパイの正体を知って考えれば……あのケガも、エクサリオと戦ったときのものだったのかも知れない。
あのときセンパイが、やたらとケガの手当てに慣れてる感じだったのも……異世界で〈勇者〉をやってたから――そうと分かれば納得だ。
……一方、わたしと違って、センパイとしてはあんまり思い出したくないことなのか……苦笑いを浮かべていた。
「……そうだな、あのときは見苦しいところを見せちまったっけ……。
またこうやって、同じようなタイミングでお前に助けてもらうなんてな」
「あのときセンパイ、わりとイラついてましたよね」
わたしがちょっと意地悪く言うと……センパイはちょっとうなだれた。
「……悪かったよ……お前にあたっちまったもんな。
――っていうか、それより……問題は今だ。
あのときと違って、今は――俺のケガが、ただのケンカのせいじゃないって分かるよな?
お前たちに害が及ばないように……って言ったけど、でもこれが普通の人間にとって、大変な厄介事なのは間違いない。
なのに白城、お前……いくら何でもお人好しが過ぎ――」
「お人好しだからじゃないです、センパイを助けるのは」
「じゃあ――」
「じゃあどうしてか、って?
そんなの、決まってるじゃないですか。
……センパイのことが好きだから、です」
――自分自身、驚くほどするりと、カンタンに、自然に。
わたしは……その言葉を、告げていた。
……多分――きっと。
わたしはずっと、きっかけを求めてたんだと思う。
もしセンパイがクローリヒトなら、鈴守センパイよりも理解してあげられる――とか。
自分を磨いて、センパイに振り向いてもらう――とか。
そうした想いも、ウソじゃないけれど……。
結局、告白への一歩を踏み出せない自分への、言い訳の面もあったんだ。
だから……わたしはずっと。
その一歩のためのギリギリのラインで、待ち続けてたんだ。
――その、ほんのちょっとの勇気に繋がるきっかけを。
そして、そのきっかけが……きっと、これだったんだ。
……でも、こんなにあっさり、『好き』って言葉が出ちゃうなんて。
ホント、わたしって――。
どれだけギリギリ前のめりで待ってたんだか――ね。




