第252話 魔法少女のその想いは、純粋であるゆえに
……やっぱり、傘、持って出れば良かったかぁ……。
まだそんな時間じゃないのに、もう日が落ちちゃったみたいな、どんよりと重苦しい曇り空を見上げて……わたしは思わず、タメ息をついた。
〈常春〉を出るとき、お父さんには傘を持っていくよう注意されたんだけど……。
それを「大丈夫」と、あっさりあしらっちゃったことが悔やまれる。
ムシムシした、身体中にまとわりつくみたいな不快な空気は、この上さらに湿度を増してる感じで……もう、いつ雨が降り出してもおかしくない。
それにこの分だと、一度降り出せば、結構激しくなりそうだ。
「……お店の買い物だけ済ませて、さっさと帰るつもりだったからなあ」
そう、本当なら、すぐに帰るハズだったんだ。
だから、傘もいらないと思ってたんだけど……。
備品を買い足すのに高稲まで出てきたら、〈呪疫〉の反応を感じた気がして……さすがに、見逃すわけにはいかなくて。
それを追って移動したら――建ち並ぶ商業ビルの隙間、裏路地みたいになってるところに入り込んだあたりで、肝心の〈呪疫〉の反応が感じられなくなっちゃって……。
今わたしは、ちょっと宙ぶらりんというか……どうしようか、って感じになっていた。
もしかしたら〈呪疫〉は、クローリヒトやシルキーベルがやって来て、さっさと処理しちゃっただけなのかも知れない。
でも、もし――そうじゃなくて。
実は反応を感じ取りづらくなっただけで、隠れるようにどこかに移動してるんだとしたら……。
まだ早い時間で、街には人出も多いんだから……普通の人に被害が出る可能性もある。
……なにせ、現に最近、黒井くんの元・舎弟のおにーさんが、〈呪〉の影響で良くない方向に暴走してるらしいからね……。
正確にはその人は〈呪疫〉じゃなく、どうも、以前小学校で暴れた謎の魔剣のカケラを拾っちゃって……それの影響を受けてるらしいんだけど。
でも、チカラの本質は同じようなものだし。
だから――
「……そう……適当なことは出来ない、よね」
わたしは、もう少しあたりを歩き回ってみることにした。
このテの気配を感じるのが得意なキャリコはお店だし、わたしも変身しないと感知能力はそこまで高くならないから、とりあえずはそれが一番だ。
「……昼間だからってヘンに遠慮しないで、ひと思いに変身して探せば良かったかなあ……」
――なんて、そんな独り言をつぶやき……。
改めて、わたしは足を踏み出した。
もうしばらく、降らなきゃいいなあ――なんて、祈りながら。
* * *
――ガギィィィィィ…………ン……ッ!!!
「……っ……!」
エクサリオの一撃は、ウチでも何とか受け止めれた……けど。
すごい衝撃に、全身が痺れて……ヒザが、踏ん張りきれへんで……ガクンて落ちる。
でも――そこでエクサリオ自身が、剣を退いてくれた。
……危なかった……。
エクサリオがもし、気にせずウチまでいっしょに斬るつもりやったら――。
そう思うと、冷や汗が出て――全身から力が抜けて。
ウチは、その場にへたり込んでしまう。
「……シルキー、ベル――っ……!」
「シルキーベル……」
そんなウチは……後ろと前から同時に、でもゼンゼン違う声色で名前を呼ばれた。
ただ、その中にはどっちも、どうして――ていう疑問が混じってると思う。
どうしてこんな、命がけでクローリヒトをかばったんか……。
それは……ウチにも……分からへんかった。
はっきりと理由を考えるより先に――身体が動いてもうてた。
クローリヒトが危ないって、そう思った……その瞬間に。
「つまり……これがキミの答え、というわけだ」
落胆――それがありありと分かる、そんな一言を口にしながら。
エクサリオは、へたり込んでるウチを回り込んで……ゆっくりとクローリヒトの方へ。
「だ、だめ……っ!」
あわてて引き止めようとしても、さっきの衝撃でまだ身体が痺れてて、動けなくて……!
「ひひひっ姫のご意向と、ああ、あらららばァ〜っ!」
「――カネヒラっ!?」
カネヒラがそんなウチの意を汲んで、必死にエクサリオを止めようと、追いすがってくれるけど……。
虫みたいに、ペチンとあっさりはたき落とされてしまう。
「む、むねん〜…………きゅう」
呆気なく、気絶(?)してまうカネヒラ。
でも……逆に相手にすらされてへんからか、それだけで見逃してくれたみたい。
壊されへんで、よかった……て、ホッとする。
だけど――その間に。
エクサリオは、クローリヒトのすぐ目の前まで移動してて。
一方のクローリヒトも、フラフラしながら立ち上がってて――。
2人は、超至近距離で向かい合ってた。
「エクサリオ……俺には、お前が……。
勇者……って称号に、呪われてるようにすら……見えるぜ。
だから――」
……ゴツン、て。
クローリヒトは、額を突き合わせるみたいに……エクサリオの兜に、力無く仮面をぶつけた。
「……だから俺が、救ってみせる。――必ず」
「――いいだろう。その戯言……覚えておいてやる」
静かに、そう言い放ったと思ったら――。
エクサリオは、クローリヒトの身体を……蹴り飛ばした!
「――ぅがっ……!」
「クローリヒト!!!」
宙に浮いたクローリヒトに手を伸ばそうにも、今のウチやと届かへんくて……!
屋上の縁を越えたその身体は、呆気なく、落下して――。
「クローリヒト――っ!」
痺れの残る身体をなんとか這うように動かして、縁から下を覗き込んでみるけど……。
天気が悪くて暗いし、他のビルの陰にもなってて……様子はまるで分からへんかった。
「安心しろ、あの程度で死ぬような奴じゃない。
……生憎と、な」
つまらなさそうに言いながら、きびすを返したエクサリオは――。
さっきクローリヒトに空中に跳ね飛ばされた盾が、いつの間にか落ちてきてたみたいで……今は尖った部分で床に突き立ってたのを、拾い上げる。
「しかし、シルキーベル……キミが守りたいものとは、何なのだ?」
「なに、って――」
「役目か? 己の正義か? 無辜の人々か?
――それとも……」
「そんなの――!」
決まってる、と言いかけて――ウチはハッとなった。
ウチが守りたい人たち――。
その中で一番に思い浮かぶのは……赤宮くん。
そう、それだけ大切な人やのに――ウチは。
……さっきの一瞬。
まるで、そんな赤宮くんを喪うのを、恐れるみたいに――。
クローリヒトを、助けなあかんって……。
それだけで、頭が真っ白になって――た……?
――ウソや……ウチ。
まさか、そんなに……クローリヒトのことを……?
……ふっ――と。
脳裏に、赤宮くんの、あの優しい笑顔が浮かぶ。
赤宮くんはいつも、ウチを励まして、元気付けて、助けてくれるのに。
あれだけ、ウチを好きでいてくれるのに――。
やのに――――ウチは。
そんな赤宮くんの気持ちを――――裏切って、る…………?
「……わたし、は……っ……!」
「……まあ、いい。
なんであれ、キミは――必要な覚悟を決められないようだしな」
エクサリオの声も、どこか遠く聞こえて……。
今のウチには、何も答えられへんかった。
そんなウチの態度を、どんな風に受け取ったんかは分からへんけど――。
「――次に会ったとき……。
せめて、キミがわたしの敵に回っていないことを――願っていよう」
淡々とした調子で、そう告げて……エクサリオはこの場から去っていった。
「……わたしは……」
一人残されたウチは……。
気絶――っていうか、多分、システムを再起動中のカネヒラを両手で拾い上げて。
聞こえへんことを承知で……ううん、聞こえへんからこそ。
自分自身にぶつけるみたいに――浮かぶ思いをそのまま、言葉にしてた。
「……わたしの、本当の想いは――何なの?
わたしは本当に、本気で、〈世壊呪〉も助けてあげたいって思ってるの?
それとも、まさか――。
クローリヒトに惹かれてしまって……そして、彼が願っていることだから、って……ただ、流されてしまっているだけなの?
赤宮くんを裏切って――自分で考えもせずに……?
わたしは――わたしは、そんな人間だったの……っ?」
――そんなことない、そんなハズない、って。
ウチの一番好きな、大切な人は赤宮くんやって、自分自身に言い聞かせても。
ウチが――命がけで、クローリヒトをかばったんは……事実で。
やから――。
ヘルメットの自動変換機能が働いて、自然な標準語に置き換えられた……ウチの言葉は。
それこそ、本当の心を、まるで整ったものみたいに、ごまかして見せてるみたいで……どうしようもなく。
今のこのウチに、ふさわしいんちゃうか――て。
……そんな風に、思えた。