第251話 限界を超える黒曜か、圧倒的強者の黄金か
――はっきり言って、エクサリオは強い。
けど、それも当然だ。
俺の引き継いでるチカラが、アルタメアを救ったときのもの――それだけなのに比べて……。
向こうは、そのアルタメアを含む、5つの異世界を救う過程すべてのチカラを備えているんだからな。
だけど、それこそゲームでも、チカラを引き継いで強いままだと、レベルなんてそうそう上がらなくなるわけで……。
2周すれば強さが2倍に、3周で3倍に――なんて単純なことになるハズがない。
つまり、5度勇者をやったからって、単純に俺より5倍強いってものでもないだろう。
だが――積んだ経験がムダになるわけでもない。
それにそもそも……世界を救うためには避けて通れない、魔王みたいな『世界に災いを為す存在』が弱いわけもない。
そうして、強い相手と戦えば……当然、それは確かな強さに繋がる。
だから、やはりエクサリオは強い――分かりやすく、ゲーム的にたとえてレベルで言うなら……恐らく、俺の倍ぐらいにはなるだろう。
――自分よりも、単純に2倍強い。
それは、人によっては絶望的な開きに見えるかも知れない。
そして実際、その差は小さくはない。
だが……俺に言わせれば。
そんなものは、『倍も強い』――じゃない。
『倍しか差が無い』――だ。
50倍とか100倍強いって言われるのに比べれば、2倍なら、充分目標として見える範囲だ。
そもそも、俺自身がまだまだ人間としても未熟なんだ――そんな俺の『倍』なら、それこそ手が届かないこともないってわけだ。
――バカな理論だと、一笑に付されそうな考えなのは自分でも分かってる。
だけど――それがこの俺、赤宮裕真だ。
だから……戦い続ける。
決して諦めずに、投げ出さずに……!
「どうした――この程度か?」
「まだまだ、これからだろ……!」
全身鎧に盾という重装備とは思えない速さで、斬って薙いで突いてと、休む間もなく〈神剣エクシア〉とやらで襲いかかってくるエクサリオ。
対する俺は、それをガヴァナードで必死に、受け、いなし、払い……時折、剣で体術で、反撃を繰り出しつつ――何とか凌ぎ続ける。
――互いの、世界を救うほどのチカラを持った剣同士が、激しく斬り結ばれる――。
それによって生じる、折り重なる澄んだ金属音が、駆け回る閃光が火花が……。
これもまた一つの結界のように、周囲を吹き荒れていた。
「……どうした、この程度か? クローリヒト。
わたしを斬るんじゃないのか――っ?」
「ああ? いきなり何を言いやがる……っ!」
俺たちは真っ向の渾身の斬り合いから、鍔迫り合いに移る。
剣だけでなく、チカラだけでなく――。
互いの兜が、仮面が、ぶつかり合って激しく火花を散らす。
「誰も犠牲にはしないと、いかにも聞こえの良いことを言いつつ……。
敵対するわたしを、結局は力を以て排除するんだろう?」
「まあ、テメーの言うことやることに、ムカついてはいるけどな……!
だが、見損なうなよ……?
――俺がやってるのは……殺し合いじゃねえ――!」
一瞬、こちらから力を抜いて、エクサリオをわずかに引き込み――。
合わせて、今度は逆に身体を押し込みながら……
「ケンカなんだよ!!!」
密着状態からのヒザ蹴りで土手っ腹を撃ち抜く!
「――っ……!」
さらに続けて、体術を食らわせてやろうとするも――。
エクサリオは盾を差し挟んで俺を遮るとともに――そのままの体当たりで、俺を身体ごと弾き返す。
「ケンカ……ケンカだと?
この期に及んでなお、命のやり取りまでする気はない――と?
……どこまでも覚悟の無い……!」
「そっちこそ、この期に及んでまだ言いやがるかよ。
――それが、俺の『覚悟』なんだよ!」
ここまでの戦いで受けたダメージ、それで身体が悲鳴を上げるのを無視し……。
俺は全身に闘気とともに力を漲らせ――床を蹴って前へ。
そして――
「〈剛剣・獅子皇〉――ッ!」
練り上げていたチカラすべてを乗せ、逆袈裟にガヴァナードを斬り上げる!
一撃の威力を重視したその秘剣は、触れずとも軌道上のコンクリートに亀裂を入れながらエクサリオに襲いかかり――
「くっ――!」
受け止めた盾ごと、エクサリオを大きく弾き飛ばした。
さらにそこから――間髪を容れず一気に次へ!
「〈迅剣……月豹憐牙〉――!」
体勢を崩したところを狙い澄ましての――突進からの高速連続突きを放つ!
先に食らったようなカウンターの宙返り蹴りや、魔法によるトラップにも気を配りつつ……しかしそれら反撃も無く。
俺にとっての、大きな逆撃の一手は――。
無防備なエクサリオの鎧を、その装甲の薄い場所を、怒濤の勢いで食い破り……一気に破壊する!
――と、思いきや……。
「――――ッ!?」
連続突きの初撃が貫いた瞬間――エクサリオの姿が、幻のように掻き消えた。
そして――。
「〈迅剣――」
横合いから聞こえたその声に、ぞっとする間もなく……。
まさに本能の命ずるままに、俺は振り向きざま、必死に防御態勢を取る。
瞬間――。
「……朧煌顎〉――!」
まったく同時としか思えない神速の剣撃が、上下左右4方向から襲いかかる!
「ぐ――ッ!?」
当然、そのすべてを止めるなんて出来るはずもなく……。
最も危険な上下からの攻撃は何とかさばいたものの、左右から同時に鎧を打ち据えられ――逃げ場を失った強烈な衝撃が、身体の中を暴れ回った。
「……分かったか?
何を宣おうと、所詮、キミはこの程度だ」
「が……は……っ!」
呪われているとはいえ、〈クローリヒト変身セット〉――この鎧の防御力がなかったら……今のもヤバかった……!
悠然と立つエクサリオを前に、ヒザが崩れそうになるのを……必死に堪え。
無意識のうちに、支えに、ガヴァナードを床に突き立て――。
…………その、瞬間。
(…………あ…………?)
俺は――これまでとは違う『何か』に、触れた気がした。
半ば意識が飛びかけていて、だからこそ逆に自然体になっていたからだろうか――。
俺は、ガヴァナードの、いわばこれまでは見ることすら出来なかった部分に……触れた気がしたのだ。
まだ、食らったダメージの大きさに朦朧としてる、この頭じゃ……何がどうなったのか、とか……ちゃんと理解してるとは言えないと思う。
だけど――これが『そう』なんだ、と。
これが、〈創世の剣〉のチカラの一端だと、本能――いや、俺の魂は……確かに認識していた。
なら――ッ……!!!
「ぬ……あああ――っ!」
雄叫びを、喉の奥から迸らせ――俺は。
蒼い輝きを増し始めたガヴァナードを……腰だめに振りかぶり……!
「……まさか、その状態から同じ技を繰り出し……もう一度通用するとでも?
ついに自棄になったか?」
鼻で笑うエクサリオ目がけて――。
全身から振り絞り、溜めたチカラを解放し――今一度、逆袈裟の一閃を放つ!
「おおおッ!
〈剛剣――獅子皇〉ぉぉーーーッ!!!」
――それは……放った俺すら信じられないものだった。
ガヴァナードのチカラと、わずかの間でも一体化したと感じた、その瞬間……。
放たれた一撃は、軌道上のコンクリートに亀裂を入れるどころか、ことごとく破砕し――。
いや、それどころか……間の空間そのものすら、圧し、潰し、断ち切る勢いでエクサリオに襲いかかり――!
――ギィィィィィン――……!
「な――にぃ……ッ!?」
さっきと同じように受け止めたエクサリオの盾を――。
剛剣の名にふさわしい威力で、ヤツの手の中からムリヤリにもぎ取り――上空まで打ち上げていたのだ……!
――ここだ……ここしかない!
大きく体勢を崩され、あまつさえ完全に虚を衝かれた形になったエクサリオ――。
逆転の一撃を叩き込むには、今をおいて他に無い――と。
俺は、残ったチカラを振り絞り……もう一度、全身に行き渡らせ……!
「〈絶剣――!」
ほんのわずかな……しかし絶対の好機に。
渾身の一撃を放とうとした――――――そのとき。
《――認メヌ――認メヌ――認メヌ――!》
《……勇者ハ――ゆうしゃハ……!》
《我、ワレ、われ、ワレ、我……!》
「――――ッ!!??」
頭の中に、突然……。
聞くだけで意識が真っ黒に塗り潰されそうな重々しい声が、いくつもいくつも、折り重なって響いたと思うと――。
全身が、縛り上げられるように、締め付けられるように――刹那、その動きを妨げられる……!
――これは……この〈呪いの鎧〉――か!?
凛太郎の言っていた、『声』……!
まさか、このタイミングで……邪魔を――っ!?
「〈絶剣――!」
……俺が動きを止められたのは、本当に一瞬。まさに刹那だ。
だが――それは。
千載一遇の機が、ひっくり返るには――充分な時間だった。
「――陸断〉ッ!!!」
……きっとエクサリオも、ここが勝負所と踏んだんだろう。
奇しくも、俺が繰り出そうとしたものと同じ技を――キレイに、鏡映しに放ってくる。
文字通り、大地を『断つ』ほどに――。
その一点を突き詰めた、シンプルかつ必殺の斬撃をかわす手段は、俺にはなく――。
「――が――ぁ――っ!」
俺は、満足な悲鳴を上げることすら出来ずに――。
再びハデに、無防備に、何度も床をバウンドしながら……屋上の縁近くまで弾き飛ばされていた。
ぐったりと大の字になって……。
重っ苦しい真っ暗な曇り空が……視界いっぱいに広がる。
「ぐ……う……!」
半ば本能的に、かろうじてガヴァナードを間に入れて防御したから、この程度で済んだものの……。
もしそれすら出来なかったら――今のは、さすがに詰んでいたに違いない。
ただ、『この程度』って言っても……。
全身シャレにならん激痛が走るわ、身体がまるで言うことを聞かないわで……いつ意識が完全に飛んでもおかしくないぐらいだけどな……。
……だが……まだだ……!
まだ、痛いって分かるぐらいだから感覚は生きてるし、身体だって、グズってやがるだけで動かないわけじゃない……!
そもそも……まだ、俺は死んでないんだからな……!
「……ま、だ……まだ、だろ……!」
《――認メヌ……勇者……認メヌ……》
「っせえ――!
ちょっと黙って――ぐ、がふっ!」
なんとか上体を起こした瞬間、また頭の中に響いたあの恨みがましい声に、思わず文句を言いかけて――咳き込む。
仮面の中で血が飛び散ったのが分かった。
……きったねえな、とか、ぼんやりと考えながら――そこから四つん這いに。
なんとか手放さなかったガヴァナードを杖にして、ヒザを立て……。
「……さすが、と言うべきか。
なかなかに驚かせてくれたが……どうやら、ここまでらしいな」
そこで、ゆっくりと近付いてくるエクサリオの姿が……ぼやける視界に映った。
「なに、言って……やがる……。
まだ、ここからだ、って……の……!
――ケンカはな、諦めなきゃ……負けじゃ、ねえんだぜ……?」
「そうか。なら……諦めざるをえなくしてやろう。
――これで、トドメだ……!」
「――――くっ……!」
エクサリオは、遠間から一気に距離を詰め――必殺の一撃を振り下ろす!
かろうじてヒザ立ちになれただけの俺に、それをかわす術はなく――。
反射的に、防御のために何とかガヴァナードを捧げ持った――その瞬間。
「ダメええぇーーーーーッ!!!!」
――ガギィィィィィ…………ン……ッ!!!
俺たちの間に割り込んだ、シルキーベルが……。
俺をかばい、エクサリオの一撃を――その杖で必死に、受け止めてくれていた。