第250話 黒曜と黄金の〈勇者〉対決、再び!
――戦いの口火を切ったのは、同時だった。
切っ先を突き合わせていた状態から俺とエクサリオは――そのまま一気に、互いの胸を狙った突進突きに移り。
「「 ――ッ! 」」
共に半身になり、防具をかすめてギリギリでかわしつつ――交差。
そのすれ違いざま、またも互いに、同時に、振り返りつつ剣を振るい――刃を打ち合わせる。
――キィィィィン――ッ!
互いの剣が宿す、尋常でないチカラのせいだろう。
ただの金属音より、さらに甲高く澄んだ音色――それとともに弾ける激しい光に押し返されるように、俺たちは共に、退がって距離を取りつつ――。
「「 〈閃剣・竜熄〉! 」」
鏡映しのように、闘気を乗せた刃で衝撃波を放つも……相殺される。
「おいおい……。
俺とは『相容れない』とか言っときながら、そっくり同じ動きをしてくれるなよ」
「ではそのセリフも、まったく同じものを返そうか。
……もっとも――。
わたしがただの小手調べなのに対し、キミはそうでもなかっただろうが」
「フン……戦場じゃ、そういう慢心が一番危ないんだぜ?
5度も世界を救っておいて、そんなことも知らないのかよ?」
悪態を交わしながら……俺たちはようやく、互いに、本来の構えを取る。
いや……俺はともかく、向こうは違うのか。
アガシーの話によれば――コイツ実は、『盾を使わない』のが本来のスタイルみたいだからな。
「そう言えば……先日、俺の妹分と弟分が世話になったらしいな?」
「ああ……彼らか。なかなかに楽しい戦いをさせてもらったよ。
しかし、そう――。
まさか、〈剣の聖霊〉をああしてそのまま引き連れていたとは――思わなかったな」
「…………。
やはりお前……分かるのか、〈剣の聖霊〉が」
コイツ……俺と同じアルタメアの剣技、それも高位のものまで使いこなすから、そうだろうとは思ってたが……。
やっぱり――アルタメアの〈元・勇者〉でもあるんだな。
「当然だろう。
クローアスター……その正体は隠していても、彼女の姿は、わたしの知る聖霊に非常に近しいものだったからな。
――もっとも、代替わりをしたのか……わたしの知る者とは別のようだが」
「…………?」
代替わり……?
俺の知る限り、〈剣の聖霊〉はアガシーだけのハズだが……。
「なにせ、キミのそのガヴァナードも……わたしの知る姿と違っているぐらいだ」
エクサリオは自らの長剣の切っ先で、ガヴァナードを指し示す。
……そういえばアガシーも、ガヴァナードはかつて一度打ち直されたことがある――って言ってたな。
そして、そのせいでガヴァナードにすぐに気付かなかったのなら、エクサリオはそれ以前の勇者だろう、とも。
じゃあ、アガシーのことをそうだと気付かず代替わりと思っているのも、記憶との印象の違いのせい――か。
……まあ、それについては分からんでもないけど。
「……おかげで、しばらくはそうだと気が付かなかったよ。
まあ……わたしの知るガヴァナードは、そんな貧弱なチカラしか持たないナマクラではなかったから――というのもあるだろうが。
――しかし……それも当然か。
本来ガヴァナードとともにあるべき〈剣の聖霊〉を、ああして遊ばせているのでは……聖剣も、あるべきチカラを発揮出来ないだろう」
「……つまり、テメーは……。
当然、聖霊にその役目を押し付けた――ってわけだよな?」
エクサリオの言葉を受け、迷いの森の奥――〈聖なる泉〉にいた頃の、あのさびしげなアガシーの姿が脳裏を過ぎり。
俺の声には、自然と……怒りが乗っていた。
しかし――エクサリオはそんなものはまるで意に介さず、小さく首を振る。
「押し付けた、とは人聞きの悪い。
それが、〈剣の聖霊〉の――魔王を討ち、アルタメアに平和をもたらすために必要な『役目』なのだから。
……しかしクローリヒト、どうやらそれを放棄しているらしいキミが、魔王に敗れて命を落とすでもなく、こうしてここにいる、ということは……だ。
キミのときにアルタメアを襲った災厄は、そんなナマクラで相手が出来るような、魔王に比べてよほど矮小な存在だったか――。
それとも、今のキミがそうであるように、いかにもそれらしいことを宣いながら……しかし決戦に臨む覚悟を持てず、聖霊を連れてこちらの世界に逃げ帰ってきたのか。
――どちらにせよ、やはりキミに〈勇者〉の二つ名は相応しくないようだ」
「もとより、『勇者の称号』に未練なんざありゃしねえよ。
俺が、俺自身の信念によって得たものが、それと引き換えだって言うなら……これほど良い買い物もないってぐらいにな。
――逆にエクサリオ、お前は……。
その『名』なんかのために、どれほどのものを手の中からこぼしたんだろうな?」
「……『名』なんかのために……だと?
〈勇者〉であるがゆえの、犠牲、痛み――。
それを負う覚悟から目を背け続ける者に、何が分かる――!」
――瞬間。
エクサリオの放つ気が、一気に膨れあがった。
それは、先の俺の怒りなど比べるべくもないもので――!
「……っ……!」
直接関係ないはずのシルキーベルですら、その身を戦慄かせる。
当然、対峙する俺はそれどころじゃなく……。
まさしく、全身に重みすら感じるほどの圧力を受けていた。
……どうやら、いわゆる『地雷』を踏んじまったらしいな……!
「喪われたもの……その犠牲のためにも、わたしは――。
〈勇者〉でいなければならないのだ!」
来る――と。
そう感じた瞬間には――すでに。
俺のガヴァナードは、神速の踏み込みを見せたエクサリオの盾によって、外に弾かれていて――。
「――――ッ!?」
地を駆ける稲妻そのもののようなエクサリオの突きが、無防備な俺の胸へと吸い込まれ……。
「ごあ――ッ!!??」
最大級の雷撃魔法を一点集中で撃ち抜かれた――そんなとんでもない衝撃とともに、俺の身体は思い切り後方に弾き飛ばされる。
全身に走る痺れが、受け身も満足に取らせず……俺はブザマに地面を転がった。
が――これですむはずがない……!
「――クローリヒト!!!」
シルキーベルの悲鳴じみた声に反応するように、痺れる身体に必死にムチ打って地面を転がり、エクサリオの追撃の飛び込み斬りをかわすと――。
ブレイクダンスよろしく、コマのように横回転しながらの跳ね起きざま、エクサリオの盾を蹴り飛ばし……!
「チッ……!」
「――っらあ!」
懐に飛び込みながらの一閃は長剣を弾くのに使い……その間に、超至近距離から右手で〈寸勁〉を打ち込む!
――はずが。
今度は、いきなりアゴを下からカチ上げられて――ワケも分からぬまま身体が宙に浮く。
あの体勢から、こんな重装備をしながらの宙返り蹴りを食らった――と、事態を理解したときには、もう追撃のためにエクサリオも飛び上がっていて……。
俺を真っ二つに両断するかのように振り下ろされる長剣――それを。
何とか、捧げ持ったガヴァナードで受け止めるも……そのままだと地面への落下と同時に押し込まれるのは明白で……!
だから、イチかバチか、柄の側をワザと大きく引いて向こうの刃をズラし――。
いわゆる護拳の部分と、刀身との角に引っ掛けるようにして……!
そこを軸に、身体ごと入れ換える勢いで――エクサリオの横っ腹に蹴りを叩き込み。
その反動を使って距離を取り……何とか、無事に着地する。
つぅ……と、今になって、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「……さすが、のらりくらりと逃げるのは得意なようだ」
「そいつはどう――ぼっ、ごふっ……!」
悪態を返そうとするも、瞬間、胸から激痛が走り――代わりに、みっともなく咳が漏れ出る。
同時に、口の中に広がるのは血の味。
……くそったれ……初っ端の一撃が、かなり効いてる――か。
さすがに致命傷ってほどじゃないが、意識すると結構イテェし……気を抜くとあっさりヒザが崩れそうだ。
「……ったく……。
これだけの実力があって、毎度、そのチカラを失うことなく引き継ぎ続けたんなら……。
世界を救うってのも、さぞかしカンタンだったんだろうな?」
「カンタン――などと言われてしまうと語弊があるが。
5日とかからなかったときもあるな」
……おいおい……5日って。
俺なんて、毎回一から鍛え直しで、どこの世界でも1年は滞在してたんだぜ?
これがあれか、ゲーム的に言うところの『強くて初めから』ってやつか。
だけど……俺は、確かに毎度毎度苦労してきたけど、それとともに色んなコトも学べたと思ってる。
そう――戦うためのことばかりじゃない、人として生きる上で大切な、本当に色んなコトを。
エクサリオのヤツは……初めから圧倒的なチカラをもって、ただ請われるがままに、『悪』とされるものを最短で討伐してきたのなら……。
俺が得たような、人間としての学びには――ロクに触れてこなかったってことなのかもな。
「災厄に見舞われている人々の被害を少しでも減らすためには、世界を救うにも早いに越したことはない――そうだろう?」
「……まあ、それも一理あるがな。
そして実際、お前のその果断な行動で、多くの命が救われもしたんだろうさ。
――だけど」
俺は、息をするだけで胸が痛むのを必死に堪え、手足にも油断なく力を込めながら――エクサリオと、真っ正面から向かい合う。
「だからこそ、もったいなくて悔しいんだよ……。
それだけのチカラがあるなら、〈勇者〉ってのを履き違えてなかったら――。
……それこそお前は、もっと多くを救えただろうに――ってな」
「フン――そうして言い訳をしながらキミは、〈勇者〉として求められる責任から逃れ続けてきたんじゃないのか?」
「言っただろう?
そうやって安易に、〈勇者〉の『名』に縋ることこそ――『逃げ』なんだよ」
俺は、ゆっくりとガヴァナードを構え直す。
「フン……まだまだ折れない、か。
わたしとキミの絶対的な実力差もある上に、我が神剣エクシアと、本来のチカラが出せないそのナマクラな聖剣では――やはり勝負にならないと思うが」
「ナマクラ……ね」
……おい、また言われてるぞ、ガヴァナード。
お前の真の力が、聖霊に頼っての『聖剣』じゃなく――〈創世の剣〉としてのものだっていうなら。
そして、お前が俺を使い手に選んだというなら――。
そろそろ、その力の片鱗ぐらい見せてほしいもんだけどな……!
俺は、訴えかけるようにガヴァナードの柄を強く握り込みつつ――。
同じく構え直すエクサリオの動きを、見据えていた。