第249話 迷わぬ勇者、迷う魔法少女、曇天に奔る稲妻
――結果として、〈呪疫〉どもとの戦いは……。
何の苦も無く、俺たちが圧倒する形で終わった。
そもそも俺一人でも充分なところに、俺と驚くほどスムーズに連携が取れるシルキーベルが加わるんだから、それも当然ってやつだろう。
まさしく、流れるように――ってな具合に、襲い来る〈呪疫〉どもは何も出来ないまま、あっという間に数を減らしていき……数分とかからずに一掃されてしまう。
――しっかし……。
ホントに強くなったよなあ、シルキーベル。
初めて会ったときは、能力こそそれなりにあるものの、実戦経験がまるで伴ってなくて……魔獣にすら後れを取るほど、言っちゃなんだが未熟だったのに――。
今じゃ、基礎的な能力そのものの上昇ももちろんのこと、俺でもハッとするほどの動きをするときがあるぐらい――『戦士』としての確かな実力が備わってきてる。
……いやまあ、『魔法少女』なんだけどな。
「さすがだな、シルキーベル。相変わらずキレのあるいい動きだ。
――いや、こうして会うたびにどんどん進化してるんだ……相変わらず、は失礼か」
「……それはどうも。
あなたたちに負けないように――って、鍛錬を重ねてますから」
背筋を伸ばし、凜とした調子でそう言い放つシルキーベルの周りを、武者ロボがクルクルと飛び回る。
「おおお、姫ェ……! なんとも、なんともご立派に成長されてェ……ッ!
拙者、真に嬉しゅうござる、感動でござるゥ……ッ!
――しかし、姫がこれほど強く、もはや無双モードとか言って差し支えないレベルに達してしまったということは……! ということはァ!
もはや拙者のような惰弱なお守り役なぞ、愚劣な足手まといでしかなく――ッ!
……嗚呼、お別れでござる、姫ェ〜!
このカネヒラ、役立たずとして生き恥をさらすよりはァ――ッ!」
「あああ、もう!
立ってる、役に立ってるから! わたしまだそこまで強くないし!
なんでもかんでも自分を見限るのに利用しないのっ!」
相変わらずのネガティブ思考で刀を自分に突き立てようとする武者ロボを、あわてて止めるシルキーベル。
いつもながら苦労してるなー……。
……でも、ああいうの見てると懐かしいような気もしてくる。
ここのところ、ガヴァナードにアガシーを宿らせてないからなあ。
いたらいたでやかましいんだけど、いないとちょっとさびしく感じちまうってのも……まあ、事実だよな。勝手な話だけどさ。
でも――アガシーはもう、『赤宮シオン』として生き始めてるんだから。
俺もさっさと、ちゃんと『聖霊離れ』しなきゃ――な。
……それにまあ、言っちゃなんだが、アイツはアイツで〈クローアスター〉なんてやり始めちまってるんだから……。
結局、その状態で共闘することになりゃ、さびしいも何もあったもんじゃないし。
――しかし、アガシーと言えば……。
アイツが報告してきた通り――だったな。
〈呪疫〉は……強くなっている。間違いなく。
いかにも、濃度が増しているというか……ヤツら自身の穢れをさらに圧縮したような形で。
もしかしたら、グライファンの一件以来、ヤツらの出現が減っているのは……。
〈呪疫〉1体ずつの穢れがより濃くなっていっているから――なのか?
だが、それなら……。
亜里奈に流れ込むチカラが減っているのはなぜだ?
亜里奈自身が無意識のうちに、あの一件で抵抗力のようなものを身に付けた……とか?
命に危険が及ぶほどの目に遭ったんだし、有り得ない話じゃないだろうが……。
「……なあ、シルキーベル。
お前は――〈呪疫〉が、以前に増して強くなっていることに気付いたか?」
俺がふと話を振ると……武者ロボを説教していたらしいシルキーベルが、こちらに向き直りざまうなずく。
「……ええ。
〈呪〉としてのチカラが――穢れがより濃くなっていると、そう感じました」
そう無難に答えるシルキーベルは、ヘルメットで表情が隠されていることもあって、内心は窺えない。
……果たしてこのことについて、何か知っているのか、知らないのか――。
まあ……この子の場合、性格上、何か知っていたとして、動揺とか素直に出ちまいそうでもあるけどな。
うん――そうだな。
ここはちょっと、踏み込んだ質問をしてみるか――。
「じゃあ……聞くが。
こうした事態について、何かの予兆だとか……そうした話は伝わっていないのか?
――お前たち、〈聖鈴の一族〉には」
「――――っ!」
俺の出した単語に――シルキーベルは明らかな反応を見せる。
やっぱり……俺やハイリアの予想した通り、彼女は〈聖鈴の一族〉に連なる存在――ってことでいいようだ。
でもまあ、ここまでは予定調和みたいなもので……。
大事なのはここから、彼女がどれほどのことを知っているのか――だからな。
「……知っていたんですね……〈聖鈴の一族〉のこと」
「お前がそこに与しているのか、確証まではなかったんだけどな。
主義主張その他もろもろからして、恐らくそうだろうと踏んでいた」
「まあ……そうでしょうね。
真っ先にわたしを結びつけるのは当然――といったところですか」
「で……どうなんだ?
〈呪疫〉が、その濃度を増すような事態……何か知らないのか?」
俺が重ねて問うと……。
シルキーベルはなぜか、その形の良い唇に苦笑めいたものを浮かべながら……小さく首を振った。
「少なくとも……わたしは知りません。
でも――」
そして……ゆっくりと、杖を構える。
――俺に向けて。
「〈呪疫〉が、そのチカラを増しつつあるということは。
〈霊脈〉の汚染が進み、〈世壊呪〉が真なる覚醒に近付いている――と、そう見るのが自然じゃないでしょうか?」
「だが……〈世壊呪〉にそんな兆候は見られない。
いやむしろ、以前よりも流れ込む闇のチカラは減っているようだぞ?」
「それは――ただあなたが、気付いていないだけかも知れない。
あるいは、あなたが――ウソをついているのかも……知れない」
ゆるゆると、首を振るシルキーベル。
「……だから……改めて。
力尽くでも、俺から〈世壊呪〉の情報を聞き出す――と?」
俺とシルキーベルの間の――これまでの、なごやかですらあった空気が……一気に張り詰めていく。
「〈世壊呪〉が、その災厄たる大きなチカラを真に覚醒させるとなれば……意志があるからと言っても、暴走を抑え、コントロールすることは難しいかも知れない。
で、あれば……。
守るべきもののためにも、わたしは一刻も早く、〈世壊呪〉を祓わなければなりません――!」
雄々しく言いながら、杖を強く握り込むシルキーベル。
しかし……その先端は、彼女の迷いそのもののように……震えて見えた。
「ご高説ご立派だがな。
……そんな調子で、本当に俺を相手に出来ると思ってるのか?」
「――っ、それは……!」
シルキーベルは声を詰まらせる。
「お前は……本当は俺とも、戦いたくないって思ってくれてるんじゃないのか?
――そしてそれはきっと……〈世壊呪〉についても。
だから、そうして迷いが出てるんじゃないのか?
それなら――」
バカバカしい争いはやめよう……と。
これまでにもしてきた提案を、もう一度繰り返そうとした――そのとき。
「――やれやれ。まだそんな調子だとは――」
「「 ――――ッ!? 」」
いきなり結界の中に響き渡った声に――。
俺とシルキーベルは、お互い、とっさにその場から飛び退く。
瞬間、俺たちの間に一筋の稲妻が落ち――。
ビリビリ震える空気と、網膜に焼き付く稲光の中から。
凧型盾と長剣を携えた黄金の騎士が、姿を現した……!
「「 エクサリオ……! 」」
自然と、俺とシルキーベルの声が重なる。
……まさか、ここでコイツと出くわすとはな……!
「シルキーベル。これ以上、わたしを失望させないでほしいものだな」
エクサリオは……あえて俺のことは無視するように背を向け、シルキーベルに声をかける。
「世界を救うための、守るための、断固とした覚悟――。
それを、未だに決められずにいるとは」
「でも……でも、わたしは……っ!」
「慈悲を言い訳とするつもりか?
だが、それはただの甘さ――慈悲も、向ける相手を誤るなと忠告したはずだが」
「――おい、そこの金ピカ」
――カンッ。
俺が拾って投げたコンクリートのカケラが、エクサリオの兜に当たって乾いた音を立てる。
「さすが、頭がカッチカチに固いだけはあるな。いい音がしやがる」
「……つまらないことを」
エクサリオが、肩越しに視線だけで俺を振り返る。
……さて、俺がなんでこんな挑発をしたかと言えば……まあ、腹が立ったからだ。
無視されたから?……もちろん、そんなことにじゃない。
より良い解決方法を模索しているがゆえだろう、シルキーベルの迷いを……頭ごなしに、取るに足らないものだと切り捨てる――。
エクサリオの、その相変わらずの杓子定規な正義論にだ……!
「エクサリオ、テメーの言ってるのは、覚悟でもなんでもない。
それはな、むしろ『逃げ』って言うんだぜ?
……最善を選び取るための苦難を避けて、明確で安易なだけの答えに――考えなしに、縋り付くためのな」
俺の主張を受けて……エクサリオは改めて、ゆっくりと身体ごとこちらを向く。
「……ものは言いようだな、クローリヒト。
覚悟を持てず、決断を先延ばしにする……そんな弱者の言い訳でも、言葉で飾れば、そこまで見映えが良くなるとは。
犠牲すら厭わず、信念を貫く――その覚悟をいつまでも決められないことこそ、『逃げ』ではないか?」
「フン。目的のためなら、犠牲すら許容する……。
お前が言うそんなものを、覚悟というなら――」
俺は、持ち上げたガヴァナードを――真っ直ぐに、エクサリオに突きつける。
「そんな覚悟は、クソっくらえだ」
「……優しさや慈悲と、甘さや弱さを根本的に取り違える――キミのその愚かさには、虫酸が走る。
まったく、どこまでも相容れないようだな、わたしたちは……!」
エクサリオもまた、剣を上げ――ガヴァナードと切っ先を突き合わせた。
互いに、そこいらのただの剣とは一線を画すものだからだろう――たったそれだけのことで、小さく火花のようなものが宙に散る。
「クローリヒト、エクサリオ……!」
一気に、一触即発の状態になった俺たちに、シルキーベルが戸惑うような声を上げるが……。
「……そこで黙って見ているんだ、シルキーベル。
世界を守る者として、正義を為す覚悟というものを――見せてやる。
――真の強さをもって、な」
「こればっかりはコイツと同意見だ。
ヘタに巻き込まれれば、ケガじゃすまないかも知れん……絶対に手を出すなよ。
――コイツの性根を叩き直すのは、俺の役目だ」
すでに、俺たちの間には――。
何者も立ち入ることを許さない空気が、張り詰めていた。




