第247話 見習い勇者は、番台聖霊の決意に安堵したりとか
――8月5日。
昼過ぎからのオレの修行は、リアニキに相手をしてもらった。
修行自体は前にも見てもらったことあったけど……何と今日は、初めての模擬戦だったんだ!
で、リアニキは魔法の方が得意で、特に武器も使わねーから、師匠と戦うよりもマシっつーか……もしかしたら、今のオレなら何とかなるんじゃね?
……なーんて、ちょっと思ってたんだけど……。
――メチャクチャ甘かった!
やっぱ〈魔王〉はすっげー強かった……!
詠唱……でいいんだっけ、魔法の準備みたいなヤツ。
そんなのナシで、火の玉とか氷の刃とか電撃とかバシバシ連発してくるし……。
なんとかそれを潜り抜けて近付いても、ワナみたいに仕掛けられた魔法があったり、すげー速さの蹴りを入れられて吹っ飛ばされたり……。
じゃあどうしよう――って考えてたりしたら、その間に今度は、ちゃんと詠唱して準備した強烈な魔法食らったりして……。
……結局、3回やった模擬戦の全部、ただ負けるだけじゃなくて、リアニキを一歩も動かせない――なんて結果になっちまった。
リアニキは、オレの戦い方を何回も見てるからだし、相性もある――って言ってくれたけど……。
でもリアニキ、確か今は、もともとのチカラより弱くなってるって話だし……。
しかも、本気って感じじゃなかったし……。
もう、これが最大パワーの本気全開だったらどんだけ強いんだよ……って感じだった。
……まあ、でも……だからこそワクワクする、ってのもあるけどさ!
やっぱ、師匠もリアニキも、オレの目標だもんな!
――とりあえず、そうやって模擬戦してもらったり、いろいろ教えてもらったり、素振りとかしたり……って、2時間ぐらいみっちり修行して汗ダクになっちまったオレは。
風呂に入ってサッパリしてから帰ろうと思って、〈天の湯〉の方にやって来たんだけど――。
「あ、いらっしゃいま――って、な~んだ、アーサーじゃないですか」
番台に座ってたのは、今日は軍曹1人で……。
入ってきたのがオレだって分かると、なんか、『愛想良くアイサツして損した』――みたいな顔をされた。
「……いや、オレだっていちおー、客なんだけど……」
「ふーむ、では……。
――生え揃ってないガキんちょは170円になりまーす。
あ、もちろん『永久歯が』ですからねー……っと」
「――あ! そうだ、それ!
軍曹、最近オレ、最後の乳歯がグラグラし始めたんだぜ!
つまり、もーちょっとで生え揃うんだけど!」
ポケットから出したカネを番台に置いて、口をいーってしながら歯を指差すと……。
軍曹はその200円を拾い上げつつ、「ほ〜」って声を出した。
「それはそれは……。
んじゃ、大人は入浴料が450円になりまーす。もう250円払え」
「――え、なにそれ、おーぼーじゃね!?
い、いやいや、もーちょっと――だから!
まだ抜けてねーし、生えてねーから!」
「チッ……じゃあやっぱガキんちょじゃねーか。ほらよ」
すっげー悪人ヅラで舌打ちしながら……軍曹は手に握り込んでたらしいおつりの10円玉を3枚、番台に置いた。
「そー言えば……今日は軍曹1人なのな。アリーナーは?」
「アリナなら今はお買い物に行ってますよ。
――で、兄サマはチサねーさまとおデートだそうで」
「あ、師匠のことなら、さっきリアニキに修行前に聞いた。
『そんなわけだから、今日は余が相手をしてやろう』――ってさー」
「……似てませんね」
「しょ、しょーがねーだろ!
あんなイケメンボイス出せねーっての!」
「まあ、似てたら似てたでムカつきそーだからいいんですけど。
……で、その当人、わたしの魔王なクソ兄上はどーしました?」
「ああ、リアニキなら、今日も〈うろおぼえ〉……古本屋行くってさ」
「ふむ……そうですか」
言いながら軍曹は、番台の奥の折りたたまれたタオルを取って……オレに投げ渡してくる。
「それ、使っていいですよ」
「あ、さんきゅ。
……でもオレ、タオルなら着替えといっしょにリュックに入れてきてるけど」
「そのタオル、修行やらで掻いた汗をフキフキしたヤツでしょーが。
お風呂上がりに同じヤツ使う気か? 女子に嫌われるぞ?」
「お、おう……悪ィ」
「あと、風呂上がり、脱衣所を出る前には、ちゃんと水気を拭ってくるよーに。
……キサマ、前に頭をテキトーに拭いただけで出てきやがったって前科があるからな」
「わ、わーってるっての……!」
普段からけっこームチャクチャなコトしたりするくせに、こーゆーときはマジメな軍曹のお小言を受けつつ、オレは脱衣所の方に行こうとして……。
でも足を止めて、周りに他のお客がいないことを確認してから――背伸びして番台の軍曹にグッと近付く。
「なな、なんですか、いきなり……っ!」
「あのさ……軍曹。その……」
言おう、聞こう――と思っていた言葉が、なかなかうまく口から出てこない。
「えっと……その、大丈夫――なのかよ?」
「大丈夫、って……なにがです?」
一瞬、ホントに聞くべきか迷ったけど……。
やっぱ、心配だし……。
それに、今ンとこ軍曹、そんなに様子がおかしい感じでもねーから、聞いてみるぐらいはいいかな、って考えて――。
オレは……思い切って、その質問を口にする。
「あの……アイツ。
エクサリオが、〈初代勇者〉だった、ってことの……」
「……ああ……」
オレのおかしな態度に納得がいったらしい軍曹は、少しうつむき加減にうなずく。
でも、少しして、顔を上げたときには――。
何日か前、その事実を知ったときの……あの、見てられないようなのとは比べものにならないぐらいの、強い――って感じの表情になってた。
「それなら……大丈夫です。
もちろん、彼に対していろいろと複雑な想いがあるのは事実ですし、そのあたりが完全に片付けられたわけじゃありませんが……。
何よりも、一番大事なこと――最優先に考えなければならないこと。
それは、アリナを守らなきゃならないってことだと……再確認しましたから」
「……そっか」
それを、カンタンに『良かった』って言っちまっていいのか、分からねーけど……。
少なくとも、オレは……ちょっと、ホッとしてた。
「とりあえずこのことは、今夜にでも……。
勇者様と、うちのクソイケメン兄上が揃ってから、改めて話してみるつもりですよ」
「そーだな、それがいいよな。
……オレ、こーゆーの黙ってるとかニガテってゆーか、いいのかなーって感じだったから……なんか、安心した」
オレが、はあ〜って大きく息を吐くと……軍曹は、申し訳なさそうに笑う。
「……ごめんなさい、アーサーには余計な負担をかけちゃいましたね」
「……別に、よけーでも負担でもねーけどさ……。
なんつーか、その……すげー心配だったし……!」
「心配……してくれたんですか」
そうつぶやく軍曹は、なんつーか……しおらしい? みたいな感じで……。
なんか女子っぽいっつーか、いや、女子なんだけど……。
あの、前に魔剣と戦ったあとの、泣かれたときみたいっつーか……なんか、こっちの調子が狂うっつーか――!
「そ、そりゃあ……な! するよ、するに決まってんだろ!
と、友達――だしな!」
だからオレは、なんかヘンに恥ずかしくなって、答えにヘンにチカラが入っちまって。
それがまたさらに恥ずかしくて――チラって、軍曹の様子をうかがうと。
……あれ?
もっとヘンな感じになってたらどうしよう、とか思ったら……。
なんか軍曹、ミケンにシワ寄ってて……「はあ?」とか言ってるんだけど……。
「と・も・だ・ちぃ?……なーにをド厚かましいことぬかしてやがるんです?
あなたはヘボ新兵で部下、わたしは鬼の上官でしょう?」
「――って、ええっ!? なんかいきなりいつも通りっ!?」
「返事はどうした、ヘボ新兵! キサマはなんだ!」
「い、イエシュ、マムっ!
まだまだ修行中のへっぽこ二等兵であります!」
……条件反射って、こえーんだなあ……。
オレ、思わずカカト揃えてけーれーしちまってるよ……。
「うむ、よかろう!
では、アーサー二等兵……キサマの最優先ミッションは、ただちにお風呂へ入り、キレイさっぱりすることだ! いけ!」
「イエシュ、マム!」
これまた反射的に、くるっと回れ右して、脱衣所ののれん目指してダッシュ!
――でも、のれんをくぐったところで、急ターン。
「……いっけね、忘れてた!」
番台の上の、おつりの30円……!
置きっぱなしなのを思い出して、あわてて引き返すと――。
「……まったく……なんとかいつも通りにいけましたかね……。
あんな、『心配』とかぬかしやがるから……もう……!
……アーサーのクセに…………ブツブツ……」
「え、なに、呼んだ?」
軍曹が、なんか小声でブツブツ言ってて……オレのこと呼んだみたいだから、声をかけたら。
「――――ッ!!??」
――ガンッ!……って。
番台の内側で身体をぶっつけるぐらいに、軍曹は驚いてた。めずらしく。
「なな、なんでキサマ!? 脱衣所行ったハズじゃ……!」
「あ、おつり忘れてたからさ」
オレが、番台の上の3枚の10円玉を指差すと……。
それを見下ろし、オレを見て、またおつりに目をやった軍曹は――。
「…………ぬが〜っ! もう、さっさと行けっ!
敵前逃亡は銃殺だ~っ!」
10円玉を引っつかむや否や、「銃殺!」って言いつつ、オレに向かって1枚ずつ投げつけてくる!
「おわわっ!?
いい、いえ――イエっシュ、マムっ――と!」
オレは、けっこーマジな感じのスピードで飛んでくる10円玉をキャッチしながら後ずさり……そのまま、けーれーして、あわててまた脱衣所ののれんをくぐった。
……なんにしても、軍曹が元気になってて良かったな――って。
ちょっと、嬉しくなりながら。