第246話 いろいろ考える美魔女、いろいろ悩める魔法少女
「……ただいま――っと。
いやあ、疲れた疲れたぁ〜!」
「おかえり、おばあちゃん」
――夜も遅く。
外出先から帰ってきたおばあちゃんは、ウチが宿題をしてた居間に入るなり……着替えもせえへんで、どっかりソファに座り込んだ。
元女子プロレスラーで、今はジムのコーチ……しかもその合間を縫って色んな研究までしてるおばあちゃんは、まさに鉄人で、『疲れた』なんてめったに言わへんから……こんなんは相当珍しい。
つまり……ホンマに疲れたんやと思う。
「もう〜……。
疲れた言うても、スーツは着替えな……シワになるやん」
ウチはつい、そんなお小言っぽいことを口にしながら……ペンを置いて、キッチンの方に行く。
「……なんか食べる?
おうどんぐらいやったら、すぐ出来るけど……」
「あ〜……いや、いい。腹は減ってないんだ。
……代わりに、牛乳1杯もらえるかい?」
「あっためる?」
「冷たいままでいいさ」
ウチはおばあちゃんの希望通り、冷蔵庫から出した牛乳を、大っきめのグラスに注いで持っていく。
そんで、ソファ前のローテーブルに置くついでに一言。
「あ、お風呂も、おばあちゃんそろそろ帰ってくる頃やと思て、さっきあっため直したトコやから……すぐ入れるよ」
「お、至れり尽くせりだねえ。ありがとよ」
ニカッて笑いながら言うたおばあちゃんは、牛乳を……おいしそうに喉を鳴らして、いっぺんに半分近く飲んでもうた。
そんで、「ふー」って……。
やっと気が抜ける、みたいな大きなタメ息。
「……それで千紗、アンタはこんな時間まで何やってたんだい?
アタシが帰るのを待ってたってだけじゃないだろ?」
「それもあるけど……宿題の準備進めててん」
ウチは、テーブルに広げた宿題のノートとかを振り返る。
「明日、お昼過ぎから、ファミレスでも行っていっしょに宿題やろっか――って話になったから。
……赤宮くんと」
「……ほほう?
つまり、アンタはそこで『デキる彼女』を演出すべく、こうして遅くまで勉強してたってわけだ?」
「で、デキる彼女て、そんなんっ! そんなん――。
…………。
うん、ちょっとぐらいは……ないこともない、けど……。
――けど、だって、頼ってもらえたら嬉しいやんか〜……っ!」
「――いや、そんなに必死にならなくてもいいだろ……別に悪いだなんて一言も言ってないしさ。
……まあでも、いいんじゃないか? しっかりアピールしてきな」
おばあちゃんは、いかにもおばあちゃんらしい、オトコ前で、でもちょっと子供っぽいような笑いをウチに向けながら……でも。
凝りをほぐすみたいに、首とか肩をぐるっと回す。
疲れた、て口にしてたんもそうやけど、そんなおばあちゃんの珍しい姿に――。
「……宗家に行くんって……やっぱりしんどい?」
ついウチは、心配をそのまま口にしてた。
それを聞いたおばあちゃんは……苦笑混じりにわざとらしく、大ゲサに肩をすくめる。
「ああ、そりゃぁもう……疲れる疲れる。
気難しい長老どもの相手をするぐらいなら、今すぐ現役復帰してリングに上がれ――って言われる方がよっぽどマシだね」
……そう。
今日おばあちゃんが、キッチリとスーツで正装して向かったのは……ウチら、〈聖鈴の一族〉の中心とも言える、鈴守宗家。
おばあちゃんは普段から、〈鈴守の巫女〉のウチと、〈世壊呪〉を巡る状況について定期的に報告を上げてるらしいんやけど、それだけやと足りへんのか……。
今日みたいに、たまに宗家の方に呼ばれて、直に顔を出すことがあった。
「……マッサージでもしよか?」
「いや、どっちかって言えば、気疲れの方だからねえ……。
その気持ちだけありがたく受け取っとくよ」
「あ……うん。
ほんで……今日はどんな用やったん?」
「ああ、まあ……基本的には、ちゃーんと定期報告してることを、面と向かって改めてアタシの口から説明しろって……そんなバカバカしい話さ。
古式ゆかしい長老の方々は、ネットで送った情報なんてものだけじゃ、なかなかご納得されないんだよ。
こちとら、御簾の向こうで悠々自適の長老方ほどヒマじゃないってのにねえ、まったく」
おばあちゃんは不満を隠そうともせんと、皮肉たっぷりに鼻を鳴らす。
……一応、ウチの家も、『鈴守』の名を名乗れる本家筋ではあるんやけど……。
なんせおばあちゃんはいろいろと規格外の人やから、そもそも、しきたりやなんやで厳格な宗家とは、若い頃からあんまり折り合いが良くないらしい。
それでも追放とかされへんのは、やっぱりおばあちゃんの才能が大きいんやと思う……あ、もちろん、文武の『文』の方の、やけど。
「ただ……気になることもあったな」
「……気になる……こと?」
ウチが問い直したら、おばあちゃんは腕組みしながらうなずいた。
「宗家の長老どもが、やたらとエクサリオのことを気にしてる風だったのさ。
むしろ、明確にアタシらと敵対してる、クローリヒトや〈救国魔導団〉よりも……ねえ」
「……どういうことなん?」
「さて、ねえ……。
しかし長老どもはどうも、エクサリオよりも先に千紗、〈鈴守の巫女〉たるアンタが、〈祓いの儀〉をもって〈世壊呪〉を消滅させることにこだわっているようでなあ……」
「でも……言うたらなんやけど、〈世壊呪〉の脅威を消す――いう意味やったら、ウチでもエクサリオでも同じちゃうの?」
「……さて、そこで理由として一番に考えられるのは――いわゆるメンツだ。
つまり、長きに渡って〈世壊呪〉を祓ってきた我ら〈聖鈴の一族〉を差し置いて、そのお役目をどこの馬の骨とも知れない者にかっさらわれるわけにはいかない、沽券に関わる――って感じのな。
まあ実際、エクサリオが〈世壊呪〉を消滅させてしまったら……出し抜かれた形になるうちの一族が、広隅においてこれまで保ってきた、国にも拠らない影響力――ってのが、弱まる可能性は少なからずあるだろう。
かの一族には昔のようなチカラも無い、意識する必要も無い……とね。
そうしたところを憂慮してる――ってのは、有り得る話さ。
だが……果たして、それだけなのかどうか……」
「……なんか、他にもあるん?」
「ん? いや……ああ、大したことじゃないよ。
カンというか、妙な引っかかりを覚える気もするんだが……そもそも根拠も何も無いしねえ。
――ま、頭が疲れてるせいかも知れない。
ここはひとつ、さっさと風呂に入ってサッパリしようかね!」
気がかりを断つみたいに、牛乳の残りを一気に飲み干して……おばあちゃんは勢いよく立ち上がる。
そんで、ウチと短くおやすみの挨拶を交わして……さっさとお風呂場に行ってしもた。
……残ったウチも、もう寝ようと思て、おばあちゃんの使ったグラス洗って、テーブルの宿題を片付けて――ってしながら。
でも、頭は……おばあちゃんが言うてたことを考えてた。
――ウチよりも早く。〈聖鈴の一族〉よりも先に……。
エクサリオが、〈世壊呪〉を討ち祓う――か。
もし、そんなことになったら――。
お役目を果たされへん役立たずの巫女として、ウチも非難されるんかも知らへんけど……。
〈世壊呪〉が祓われて、平穏が訪れるんやったら――そんなん、別に大して気にするほどのことでもないと思う。
それより、ウチが一番怖いんは……。
ウチのチカラが足りへんせいで、〈世壊呪〉を祓われへんで……赤宮くんたち、守りたい人たちを守られへんことやから。
――ただ、エクサリオは〈世壊呪〉を、その意志もなにも関係なく、問答無用で滅ぼすべきやと思てるみたいで……。
でもウチとしては……出来れば、〈世壊呪〉も助けてあげられたら――って、そんな風にも思ってて。
そしてそれは、エクサリオからしたら、『覚悟が無い』『甘い』ってことになるみたいで……。
ほんで、皮肉にも――。
そんなエクサリオの考えの方がきっと、鈴守宗家の意には沿うてて。
だって、なんせ、ウチのこの考え方は……。
――そう、敵のはずのクローリヒトに影響されたもの……やから。
……決して、誰も犠牲にはしない――。
クローリヒトは、そんな風にも言うてた。
それは――やっぱりどことなく、赤宮くんを彷彿とさせる考え方で……。
やから――。
「……って、ああもう、あかんて……っ!」
腕の中の、明日のための宿題のノートと筆記用具を抱きしめながら……ウチは頭をブンブン振る。
クローリヒトのことを考えると、つい、赤宮くんを重ねてしまいそうで……。
でもそれは、きっと……良くないことやから。
それに……イヤなことやから――。
やから、ウチは――これ以上は余計なことは考えへんようにして。
もうホンマに、さっさと寝てまおう……て、足早に部屋に戻ることにした。