第245話 ひとりじゃなく、ふたりだから、あったかい
「……じゃ、アリナ、電気消しますねー」
「うん、お願い」
「ではでは……。
――今、ここに……っ!
世界に永く続いた栄光に満ちる光の時代は終わりを告げ……冷酷無慈悲な邪悪が支配する、恐怖の闇の時代が訪れるのであった……ッ!」
「いや、電気消すだけでそんな大仰な前口上いらないから」
「ほーい。……ンじゃま、ポチッとな!」
わたしは部屋の電気を(ゼンブ消すとアリナに怒られるので)豆電球にすると……カーペットの上に敷いた自分のお布団に戻ります。
「じゃ、おやすみなさい、アリナ!」
「うん……おやすみ、アガシー」
挨拶を交わして、ゴロンと横になれば……見えるのは、豆電球でぼんやり照らされる、アリナの部屋の天井。
そして……。
聞こえるのはやがて、おやすみ設定にしたクーラーの微かな音と、アリナの可愛い寝息だけになり――。
「………………」
また今日も、そうして静かになるにしたがって……あのことが、ぐるぐると頭の中を巡ります。
――エクサリオの正体が、〈初代勇者〉だったこと……。
……長い長い間、何度も、ガヴァナードと同化しては、身体が再構成されるまで眠って――を繰り返してきたせいか、わたしの古い記憶はそれほどはっきりしていません。
しかもそれが、〈初代勇者〉のこととなると……。
彼に名を与えられたことで、初めて自我を得たわたしですから、いわばそのときは生まれたてのようなもので……。
なんとなくでも覚えているのは、勇者様に比べるとまだ小さな少年だったって分かる、おぼろげな輪郭と……。
その後、代々伝えられていく、『アモル』という名前ぐらいのものです。
でも――そう、名付けられたことでこの自我が芽生えたのなら、勇者アモルはまさしくわたしのマスター……親も同然で。
でも――同時に、彼によって定められることになったお役目に、わたしはずっと独り、長い間縛り付けられていたわけで……。
「………………」
――わたしは……彼に、どんな感情を抱いているんでしょう。
……敬意? 怒り? 感謝? 哀しみ? 親愛? 恐れ?
わかるような、わからないような……わからないような、わかるような。
本来ならこんな大事なこと、真っ先に勇者様たちに相談するべきなのでしょう。
……だけどまだ、わたしは……その踏ん切りがつかないでいます。
せめて、わたしの中で、想いに芯が通るというか――決意が固まるまでは……。
「……ねえ、アガシー……?」
「――あ、はいっ!?」
モヤモヤと思い悩む最中に、いきなり呼ばれて、あわてて視線をベッドの方に動かすと……。
起きていたらしいアリナが、ベッドの端からこちらを見下ろしていました。
「……指、大丈夫? 痛くない?」
「え……?
あ、ええ、これくらい……なんてこたーありませんよ!
それこそ、アリナにぺろっとしてもらったら秒で回復する程度ですよ、秒で!」
わたしはなんとなく、アリナから視線を外すように寝返りを打つと……。
努めて明るく――人差し指にバンソーコーが貼られた左手をタオルケットの下から出して、フリフリします。
……今日の晩ゴハンの準備、アリナを手伝ってたときに、つい包丁で切っちゃったところです。
「じゃあ…………指以外は?」
「――え?」
「だって、アガシーが包丁で指切るなんて……普通じゃないもん。
そうやって、普段通りに――って、明るくしてても……なんとなく分かるよ。
――なにか、悩んでたりするんじゃないの……?」
「……アリナ……」
さすがですね……アリナは。バレちゃってましたか。
でも、だからこそ……余計な心配をかけるわけにはいきませんから――ね。
「……大丈夫……ええ、大丈夫ですよ、アリナ。
こうやってアリナの愛らし過ぎる声を聞いてたら、もう、それ以外のことはわりとどーでも良くなっちまいましたから! ぐっへへ〜」
「……そっか……」
「ハイ、そーですとも……!
なんか、心配かけちゃったみたいでごめんなさ――って!?」
わたしが謝ってる間に、なにかゴソゴソすると思ったら――!
「……よいしょ、っと」
なな、なんと!
アリナがベッドを降りて、わたしのお布団に潜り込んできたではないですか!
「……今日はなんか、お布団の方がいいなー、って」
「あ、暑くないんですかっ?」
「ううん…………あったかい。
……アガシーは?」
わたしのすぐ隣で、やわらかく笑ってくれるアリナに……。
わたしも――自然と、笑みがこぼれました。
「……あったかいですよ、アリナは……いつも」
「……ん……そっか。
ねえ、アガシー?」
「なんですか?」
「わたしは……いつだって、アガシーの味方だからね」
仰向けになって、静かに目を閉じるアリナ。
そうして、さりげなくくれた言葉に……わたしは。
思わず呆けるのも一瞬――。
ふっ……と、とても自然に――1つの真実に思い至りました。
――ああ……そうです。
〈初代勇者〉が、わたしにとってどういう位置付けの存在だったとしても――。
今、エクサリオと名乗る彼は……アリナの。
この、わたしの大切な家族の――命を狙う存在なんですよね……。
なら――わたしは。
アリナを守るために……相手が誰だろうと、戦うだけじゃないですか……!
「それならアリナ、わたしは――。
いつでもきっと……あなたを守りますから」
ようやく、決意が定まったわたしの、自然とこぼれ出た言葉に――。
アリナは、小さく……でもしっかりとうなずいてくれます。
「うん……ありがと」
「……ええ、そりゃもう、毎日24時間年中無休でピッタリ張り付いて」
「それ、単にウザい」
わたしのボケに、いつものようにツッコミを返しながらも――アリナの声は優しく。
ひっそりと笑い合うわたしたちは、どちらからともなく手を繋いで……。
そしてわたしは、そのあったかさを実感しながら――。
今日は、心安らぐ穏やかさの中……眠りに就くことが出来たのでした。