第241話 黄金の勇者と、魔法ウェイトレスの昼下がり
『……いやー、マジで悪ィ、衛!』
「ホントだよ、まったくも〜……。
そもそもそっちから誘ったくせにさ〜……」
電話の向こうで「悪ィ」を連呼するイタダキに、僕はこれ見よがしなタメ息をついてやる。
――さて、今僕がいるのは、柿ノ宮の街中……とあるお店の近くだ。
イタダキと現地集合の約束をして、ここまでやって来たところで電話がかかってきて……。
で、何を言うかと思えば、この期に及んでの「やっぱナシ」なんだから……そりゃこういう態度にもなるってものだよ。
キャンセルの理由は、どうやら後日来る予定だった親戚が、急に顔を出すことになったから――らしい。
「あのおっちゃんとおばちゃん、よく土壇場で予定変えやがるンだよ……」とは、イタダキの弁。
……まあね、急用自体はしょうがないんだけどさ……。
「……でも、もう1時間でも早く言ってくれれば、ここまで来てなかったのに〜……」
『だから悪ィ、って……。
今度〈龍乃進〉の肉盛りそばおごるから、それでカンベンしてくれよ』
「……当然、肉マシだよね?」
『おー、いいぜ、任せとけ。
その分の軍資金は、おっちゃんたち言いくるめてせしめとくからよ!』
「……じゃ、しょうがないから、それで手を打ってあげるよ」
『っしゃ、決まりだな!
――あ、でもよー……。
せっかくそこまで行ったんなら、お前1人で寄ってけば? 店。
その方が仲良くなれっかもだしよ!』
「いやいや、行かないよ……。
――っていうか、仲良くなる、って……それイタダキが勝手に言い出したことで、僕の意志はガン無視されてるよね?」
『まーまー、いいじゃねえか!
……ンじゃ、健闘を祈るぜ! またな!』
一方的にそう言って、電話を切るイタダキ。
通話終了と表示された画面を見ながら、僕の口からこぼれたのはまたタメ息だ。
「……まったく……好き勝手言ってくれちゃって」
……さて、と。
帰る途中、どこかのコンビニでも寄ってお昼を買わなきゃな〜……。
そんな風に思いながら、きびすを返すのと――。
近くのビルから、目の前に人が飛び出してくるのはほぼ同時だった。
それは、お皿やグラスといった食器を載せた金属のトレーを持つ、エプロン姿の女の子で――。
「あれっ? 国東センパイじゃないですか!
こんなところで会うなんて、奇遇ですね!」
「あ、ああ……うん。
こんにちは、白城さん」
……そう。
今日イタダキと一緒に行ってみる予定だった、ナポリタンのおいしい店――純喫茶〈常春〉の看板娘、後輩の白城さんだった。
「……それじゃあ、ホントなら、イタダキセンパイも一緒に寄ってくれるはずだったんですか」
「そうなんだよ……。
でも、急な用事ですっぽかされちゃってさ。
……まあ、しょうがないことなんだけど」
僕は、ベイクドチーズケーキにフォークを入れながら、またタメ息を――ただし今度はわざとらしく大ゲサに――つく。
――結局、出前の食器を回収してきたところだという白城さんとバッタリ遭遇してしまった僕は……。
「お昼がまだなら、うちの店、ホントすぐそこですから……ゼヒどうぞ!」
……というしっかりしたセールストークに引っ張り込まれる形で、1人で〈常春〉に寄り――ウワサのナポリタンを試してみることになってしまったのだった。
で、評判通り、ホントにおいしいそのナポリタンを堪能したあと……今は、白城さんがサービスしてくれたデザートをいただいている。
ついでに言えば、これもまたおいしい。
さらに言えば、コーヒーもおいしい。
うん……これでお店の場所が、学校と家の間だったらなあ……。
さすがに、柿ノ宮は何気なく寄るには遠いんだよね……。
「うーん……ザンネン。
イタダキセンパイもいてくれたら、もうちょっと売り上げ上がったのに」
「あはは……商魂たくましいね、白城さんは」
……まあ、どうやらお父さんと2人で店を切り盛りしてるみたいだし、当然と言えば当然なのかな。
そのお父さん――お店のマスターさんは、ちょっとした用事があるらしくて、白城さんにお店を任せてさっき出かけていった。
そう言えばそのとき、なんだか妙に僕のことを気に掛けていて……ついには娘の白城さんに「お父さん、時間いいのっ?」って怒られてたけど……なんだったんだろう。
ちょうどヒマな時間帯みたいで、お客が僕1人だったから――かな。
……まさか、僕を白城さんの彼氏と勘違いした――ってことはないと思うけど。
「……あ、センパイ、アイスコーヒーおかわりどうですか?」
「え、いいの?
おいしいコーヒーだから嬉しいなあ」
「もっちろん、何杯でも大丈夫ですよ!
――ええ、お金さえ払ってくれれば!」
「…………やっぱりお冷で」
「あはは! 冗談ですって、これぐらいサービスしますよ!
――あ、でもその分、今度はイタダキセンパイとかクラスの人たちいっぱい連れてきて、売り上げに貢献して下さいね!」
「……ホントにたくましいなあ」
白城さんが、アイスコーヒーを注ぎ足してくれるのを見ながら……僕は思わず苦笑する。
……に、しても――だ。この店……。
おかわりのアイスコーヒーを味わい……僕はつと、店内に視線を巡らせる。
いや、この店――というより、この場所、かな。
入ってきたときからなんだけど……どうも、妙な感じがするんだよね……。
――そう、強いて言えば……。
チカラの流れのようなものが、他と違うというか……。
うーん……ここ、〈霊脈〉の上じゃないハズだけど……。
なんらかの影響を受けて流れが乱れるような、特殊なスポットだったりするのか……?
「うな〜」
「ぅわっ!?」
つい、妙なチカラの流れの方に意識を取られていた僕は――。
いきなり視界いっぱいに現れたネコに、素直に驚いてしまう。
……気が付けばいつの間にか、僕の真ん前のテーブルの上に、僕の方へ首を伸ばす三毛猫がドンと座り込んでいた。
「――あ、コラ、キャラメル!
テーブルの上には上がっちゃダメだって言ってるでしょ!」
白城さんが、僕の向かいの席に座りながら……僕とにらめっこするような形になっていた三毛猫をヒョイと抱え上げて、自分のヒザの上に移す。
一瞬、店員さんが座ってていいのかな、と思うものの……まあ今は僕以外にお客はいないし、大丈夫なんだろう。
「その子……看板娘ならぬ看板ネコ、ってやつ?」
「はい、まあ、そんな感じですね。
キャラメルって名前で……色々あって、最近飼い始めたんです。
……初めは、店に入れていいか迷ったんですけど、この子愛想良いし、結構お客さんにも評判良くって……で、いつの間にか店にいるのが定番になっちゃって。
まあ……看板娘どころか、オスなんですけどね」
「――えっ!?」
苦笑しながらの白城さんの答えに、僕は純粋に驚いてしまう。
いや、だって……!
「その子――オスなのっ!?
三毛猫って、基本、遺伝情報的にメスしかいないから、オスの三毛猫ってすっっごく貴重なんだけど……!」
「え……そうなんですか?
ぶっちゃけて言うと、野良を保護したみたいなものなんですけど……」
「確か、単純に確率だけでも、三毛のオスが生まれるのは3万分の1ぐらいのはずだよ。
……は〜……でもそれが、こうやってお店に落ち着いて、しかもお客さんに評判だって言うんだから……ホントに、福を招く招き猫ってことかも知れないね」
僕が視線を向けると……。
白城さんのヒザの上で、まるで今の話が分かっていたみたいに、三毛猫はさも得意そうに背筋を伸ばす。
フフン、とでも言いそうな具合に。
「福を招く……ねえ? あなたが?
厄介事なら、さんざんに呼び込んでもらった気はするけどね?」
一方白城さんは、なにやら苦笑混じりに、そんな三毛猫の鼻を突っついていた。
……もしかしたら、『ネコを被る』の言葉通り……キャラメルはお店から家に帰ったら、途端にやんちゃぶりを発揮するのかも。
それで、結構世話に手を焼かされてる――とか。
「でもさすが物知りですねー、国東センパイ。
……あ、それとも、センパイもネコ飼ってるとか?」
「いや、今はアパートに一人暮らしだから。
ああ、でも……道場の方には、しょっちゅう紛れ込んでくるネコがいたっけ」
「……道場?」
白城さんのキョトンとした声に僕は、ああ、と思い至る。
……そう言えば、白城さんには話してなかったか。
いや、それを言うなら、そもそもほとんどの人には話してないんだけど……。
旅行中、裕真とこのことについて話し込んだりしたからかな……そのあたり自分でもハードルが下がったのか、つい自然と口を突いて出ちゃったみたいだ。
あるいは……白城さんが天性の聞き上手、とかなのかも。
前のあの神楽のときも、ついつい余計なことを話しちゃった感じだしなあ……。
とりあえず、ここまで言っちゃったら、黙ったりはぐらかしたりするのも却ってヘンか……。
「ああうん、僕の実家……剣道の道場やってるから」
「え、そーなんですか!?
あ、じゃあ、おうち、ものすっごく大きいとか……」
「ん〜……まあ、道場も敷地内だから、広さはそれなりにあると思うけど……。
でも、古いばっかりの日本家屋だよ?」
「え〜、いいじゃないですか、広い日本家屋!
わたしの家なんて、この上、何部屋もないような居住スペースですよ?
うらやましいなあ……」
わざとらしく眉間にシワを寄せながら、天井の方を指差す白城さん。
でも、彼女が本気でそれを疎んでいるわけじゃないのは明らかだ。
今の仕草からしてもそうだけど、ホントに自分の家がキライなら――こんなに楽しそうに生き生きと、お店の手伝いなんてしたりしないだろう。
むしろ、ここが自分の家であることに、誇りすら持ってるように感じる。
そう――僕とは違って……。
「でも、今はさっき言ったように、小さいアパートで一人暮らしだよ。
それに――家の居心地の良さって、広さとか利便性とか……そういうのだけじゃないと思うし、さ」
つい、皮肉っぽくそんなことを言ってしまって……。
僕は、誤魔化すようにアイスコーヒーに口を付ける。
すると――
「あ……! 実家が道場、ってことは……もしかして。
前に、センパイが『敵わない』って言ってた、おじいさんが……」
前に僕が話したことをしっかり覚えていたらしい――。
白城さんは、鋭くそのあたりのことを察したようだった。
……この話については、僕は、そうやって一方的に察したりされるのは、あまり良い気がしない――はず、だったんだけど。
やっぱり一度裕真に話したばっかりだからか……それとも、白城さんの才能か。
僕はつい、否も応も考えるより先に――素直にうなずいてしまう。
「……まあ、そういうこと。
道場の師範の祖父と……気付けばやっぱり剣道をしていた僕の間に……『強さ』に対しての考え方の違いがあるみたいで、さ。
で、ケンカした――ってわけでもないけど、なんか家にいづらくなっちゃってね。
一人暮らしするために、実家から離れた堅隅高校を選んで……剣道も辞めて。
……それで、今に至る――と」
「そうなんですか……」
つい興味本位で、面白くない話をさせてしまった――とでも思ったんだろうか。
白城さんはしぼんだ風船みたいに小さくなる。
でもむしろその様子に、悪いことをしたような気になったのは僕だった。
それこそ、つまらない話をしてしまったな……と。
だから、「別にそう大したことじゃないよ」と笑い飛ばしておく。
「だいたいさ、僕らぐらいの歳じゃ、親兄弟と揉めるのなんて当たり前じゃない?」
「それは……まあ、そうかもですけど……。
あ、でも……! センパイ、いずれはおうちにも帰るんですよね?
その……すっごく強いおじいさんに、負けない――ために!」
「……そうだね……いずれは。
祖父が、僕を認めざるを得ない――そんな『本当の強さ』を身に付けて」
僕が、自分自身に改めて言い聞かせるように答えると……。
白城さんは、大きく強くうなずいた。
「――ですよね! うん……頑張って下さいね!
わたしも、その……同じ、ってことはないと思いますけど――勝てないぐらい強い相手がいる――みたいなところがありますから……。
だから、その……センパイのこと、応援します!」
「……白城さん……」
……白城さんの言う、『勝てない相手』っていうのは……。
先日の神楽のときの感じからして、多分、裕真への恋のライバルとしての鈴守さんのこと――だろう。
なるほど、正直それはどう冷静に見ても、万に一つの勝ち目も無いように思う。
――そう、それは……ハッキリ言って、負けるのが確定している戦い。
つまり、僕からすれば……無意味でムダとも言える戦いだ。
でも……どうしてだろう。
僕はそれを――社交辞令としてはもちろんのこと、内心でも……。
一顧だにする価値もないと、切り捨てる気には……なれなかった。
それは間違いなく、するべきじゃない戦いだと――その考え自体に違いはないにもかかわらず、だ。
――だから……僕は。
「……ありがとう。
じゃあ――ってわけじゃないけど。
白城さんも、その頑張りが……いずれ報われればいいね」
そんな、僕自身の釈然としない思いを……いかにもな社交辞令に織り交ぜて。
白城さんへの、答えとした。




