第239話 守りたいもの、守るべきもの、守らなければならないもの
「………………」
今日はホント、いろいろあって疲れたから……。
まだそんなに遅くないけど、もう寝ちまおうって、ベッドに入ったんだけど……。
「……あー……くそ~っ……!」
……寝れねー。
オレ、いつでもどこでも、すぐに寝れるタイプなのに……ゼンゼン眠れねー。
疲れてるのに、もう動きたくねーのに……それでも、眠れねー。
ゴロゴロゴロゴロ、寝返りばっかり打っちまう……。
《どうしたアーサー、眠れぬのか?》
「……うん」
テンの声に……オレは、素直にうなずく。
――エクサリオとの戦いの後……。
軍曹が別れ際に言ったことが、頭から離れなくて。
『アーサー……今回あなたをわたしが独断で参戦させたこと、エクサリオと遭遇したこと。
これらは勇者様が帰り次第、すぐに報告しますが……。
彼が――エクサリオが、〈初代勇者〉であることだけは……。
どうかあなたも、勇者様たちには……しばらく黙っていて下さい。
――お願いします』
……あの軍曹が。
真剣な顔で……オレに、オレなんかに、頭を下げてきたんだ。
そんな軍曹に……オレは、なにも言えなかった。
ただ、分かった、って約束するのが精一杯で――。
「あんな軍曹……見たくねーのに」
……オレは、アルタメアの勇者のこと、軍曹のこと……師匠から多少は教えてもらってるけど、そんなに詳しくは知らねーと思う。
でも、軍曹が〈剣の聖霊〉として、どんな役目をしてたかは聞いてる。
魔王をやっつけるために、ガヴァナードのチカラを引き出すために……そのときそのときの〈勇者〉のために、ガヴァナードに同化して……。
そのあと、またもとの姿に戻るまで、何百年とか、長い時間を眠ったままになって。
ようやく起きたあたりで、また次の魔王と勇者の戦いのために、ガヴァナードに同化して……。
――確かずっと、そんな生活を続けてきたんだ。
師匠が、そんなのくだらねーって連れ出すまで……ずっと、何度も。ひとりで。
そう……師匠が、そんなバカなお役目ブッつぶさなきゃ……きっと今も、ずっと。
なんでもかんでも、あんなに楽しそうに興味持つ軍曹なのに――お役目に閉じ込められて、なんにも触れられねーまま……。
「…………っ!」
思わず、枕の端っこを力任せに握り締めちまう。
――ハラが立って。ふざけんなって思って。
「……なあテン、エクサリオ、初代の勇者だってことはさ……。
アイツが始めたってこと、だよな……? 軍曹の、お役目」
《まあ……そうじゃろな。
そのとき儂は、もうこっちの世界に来てしまっておったわけじゃから、断定は出来ぬが……。
あやつが聖霊に、名と――それに伴い役目を与えたと、そう考えるのが自然じゃろうな。
現に、その後の歴代の〈勇者〉たちは、そのやり方を踏襲しておるようじゃし》
「――! っざけんな!
そんなんで、なにが〈勇者〉だよ――ッ!」
今度こそオレは、イラつくままに思い切り枕を殴っちまう。
でも……そんなオレとは逆に、テンは――冷静だった。
《アーサー、お主の気持ちも分かるがな。
しかし、強大な魔王に打ち勝ち、世界を救い、また自分が生きるためには……と、やむを得ない選択であったのやも知れん。
お主とて、今の聖霊を知り、親しくしているからこそ、そう思うじゃろうが……。
果たして、その〈勇者〉たちと同じ状況だったならば、どうしたじゃろうな?》
「っ、それは……! そんなの――っ!」
やらねー、やるわけねー!……って。
ハッキリと言っちまいたいけど……。
でも、もしかしたら――ってのが、ちょっとでもあって……。
《……ほう。ここで勢いに任せ、考えナシに『絶対に有り得ない』などとぬかさぬあたり……却って、あるいはお主ならそう出来るやも知れぬな。
――もっともそれも、さらに成長すれば……じゃろうが》
「ぐ……! わ、わーってるよ……。
今日だって、実感したもんな……オレ、まだまだミジュクだ、って」
オレは、寝返り打って、テンに背中向けて……タメ息をついた。
そうだ……オレは、師匠みたいな『ホンモノの勇者』に比べたら、ホントにまだまだなんだから。
だから、テンの言うことも分かる、分かるんだけど……。
それでもやっぱり……ムカムカっつーか、イライラっつーか……納得いかねーんだ。
軍曹の名付け親だ、ってアイツが……。
でも、軍曹を一人っきりで閉じ込めるような、そんなお役目を作った張本人で……。
なのに、正体知った軍曹が、あんな困ったようなツラいような、ショックを受けた顔をしちまう相手で……。
だからつまり、そんなヤツでも、軍曹の主としていっしょに戦ってもいたわけで……。
「あ〜、もう、クソッ!」
モヤモヤする感じをなんとかしようって、オレはゴロゴロベッドを転がった。
《ふふふん、若いのう〜……。
――って、いや、儂もまだまだ若いんじゃけどね!? 乙女じゃけどね!?》
「……なんの話だよ……。
そりゃオレ小学生だし、若ぇーだろーけどさ……」
テンの、ホントなに言ってるんだか分かんねー、ついでに言い訳っぽいこと聞いてるうちに、ゴロゴロ転がるのも疲れて……。
オレは、仰向けになって身体からチカラを抜く。
やっと眠気が出てきたからか、思いっ切りゴロゴロしたからか……ちょっと落ち着いたかも知れない。
「とりあえず……軍曹、元気になってりゃいーけど……」
《お主に口止めしたということは、少し自分一人で考えたいんじゃろ。
ひとまずはあやつを信じて、そっとしておいてやれ》
「うん……そうだよな、軍曹なら大丈夫だよな。
――オレたちだって、いるんだしさ」
テンに答えて、目を閉じて……オレは。
正直、オレのアタマじゃ、よく分かってねーことだらけだろうけど――。
エクサリオのヤツ……今度会ったときは。
もっと強え本人だろーが、ゼッタイ、1発ブン殴ってやろうって――。
それだけは、心に決めていた。
* * *
――今夜最後の……つまりは、この旅行のシメにもなるイベントとして選ばれたのは。
やっぱりコレ――砂浜まで降りての花火だった。
一応、ある程度は広隅で買って持ってきてたんだけど、今日の夕食の買い物ついでに港周りのお店を回ったとき、さらに買い足したから……。
使い切れるのか?……ってぐらいの量の花火が、これでもかとどっさり。
まさに遊びたい放題、ってな感じだ。
「さあて……!
それじゃ皆の衆、最後にデッカい花火を打ち上げてやろーぜー!」
「……今、あなたにそのセリフ言われると不安にしかならないんだけど」
拳を突き上げて気合いを入れるおキヌさんに、沢口さんが冷静なツッコミを入れる。
……そうなんだよなあ……。
おキヌさん、『人生的なゲーム』の最終盤でまったく同じセリフを吐いて、大逆転ギャンブルに挑んだ挙げ句――。
約束手形が足りなくなるぐらいの借金背負って、花火のごとくハデに爆死したからなあ……。
いやホント、約束手形が足りなくなる事態なんざ初めて見たぜ……。
「う、うっさいやい!
だからこそ、景気よく燃え盛る花火で厄払いするんだい!」
「そもそもそのセリフがまた不穏だよねー……」
ダダこねる子供みたいに両手を振り回すおキヌさんに、苦笑いを浮かべる衛。
……結局あの後、寝不足を訴えてた衛は1時間も経たずに起きてきて……。
その短時間でも眠ったことでそれなりに回復したらしく、今では特に体調が悪そうな感じもしない。
まあ何にせよ、大事なくて良かった――ってところだな。
「――そのセリフのせいで、フラグが立ったってことになって……イタダキが不用意に飛ばしたロケット花火が引火して大爆発!……なーんてことになりそうでさ」
「やんねーっつーの、ンなアホなミス!」
衛がチラリと視線を向けると、はん、と鼻を鳴らすイタダキ。
……続けて、ハイリアがうなずく。
「ふむ……では、故意にか?
『頂点に立つオトコに相応しい登場の仕方』などとぬかし、爆発を背景エフェクトにポーズを取るべく、火を付ける……と」
「おお……爆発を背景に立つオレ様、か――映えるな。
フン、さすが魔王、よく分かってるじゃねえか――って。
いや、だから、やんねーっつーンだよ!
――ぅおいコラ、全員揃ってオレを見んな! その目やめろっての!」
……そんな風に、おキヌさんに続きイタダキを適当にいじって遊んだあと……。
俺たちは、本格的に花火を開始した。
もちろん、水いっぱいのバケツを3つも用意して、いつでもどこでも、すぐに火を消せるように万全の準備してから――だ。
一応ほぼ毎年、うちも家族でこうして家庭用の花火ぐらいはしてたし、それ以外でもたまには友達とかともやったけど……。
こんな風に――旅先の広い砂浜で、星いっぱいの夜空の下、みんなで思いっ切り楽しむ……ってなると、やっぱり初めてで。
イタダキが、マジで花火を自分の背景にしようとして、近付きすぎて熱さに飛び上がってたり……。
おキヌさんが、なぜか毎回ネズミ花火にカタキのように追いかけられて逃げ回ってたり……。
沢口さんが、シメにするはずの線香花火の、最も長続きしそうなやつの品定めを早くも始めてたり……。
衛が、その辺に落ちてた流木を使って、バットでリフティングする感じで花火のお手玉みたいな曲芸を見せてくれたり……。
ハイリアが、アイツにとってはこういう家庭向けの花火が珍しいからだろう、とにかく興味津々って感じで、色んな花火に火を付けるたび、いちいち目を輝かせたり……。
そして何より、鈴守が――俺と一緒に。
無邪気な笑顔で、花火を見て喜んでくれたり――。
家庭用の花火なんて、そんな真新しいものでもない、言っちまえば慣れてるものばっかりなのに。
――なのに、そんな感じはゼンゼンしなくて。
ホントにもう、とにかく楽しかった……!
でも……これで、この旅行も終わり――。
明日には、広隅に帰るんだなあ……。
それで――また。
〈世壊呪〉を巡る戦いの中にも戻る――ってわけだ。
「……守らなきゃな……」
思わず、俺はぽつりとそんな言葉をもらしていた。
――こうして、みんなが楽しく笑う世界と、みんな自身。
そして……何の因果か、〈世壊呪〉そのものでもある――亜里奈も。
……何一つ、誰一人、欠けることなく――すべてを、守る。
並べて立てた花火が、色とりどりの光を噴き上げるの見ながら……。
それを見て、楽しそうにしてるみんなを見ながら……。
俺は改めて、そんなことを思わずにはいられなかった。
すると――。
「そうだね……僕もこの居場所、守らなきゃって思ったよ」
俺のつぶやきを聞きつけたらしい衛が、隣に立ちながらそんなことを言った。
「……って……もしかしてこれって、クサいセリフかな?」
「多分、わりとな」
「うわー……そんなのサラリと言っちゃうなんて、裕真に感化されちゃったか〜」
「テメーらの中で、俺はいったいどんな位置付けなんだオイ……」
「もちろん、『勇者』」
「……ですよね~……」
おどける衛に付き合って、俺もワザと大ゲサにタメ息をついたりする。
……しかしそうは言っても、マジメな話……。
実家と――祖父さんと確執があるらしい衛にしてみれば、気兼ねなく付き合える俺たちとの関係ってのは、真実、『守りたい場所』なのかも知れないよな……。
「――あ、ほんなら、ウチも。
みんなのことも、みんなが笑ってることも――守りたい、て思う」
さらに声を掛けられて、衛とは逆側を見れば――。
そこには、穏やかな笑顔で俺を見上げる、鈴守がいた。
「ウチが、家業でやってる神事は……言うたら、みんなの無事と幸せをお祈りしてるみたいなもんやから。
やから……やっぱり、こうやってみんなといっしょの幸せな時間過ごしたら……守りたい、て思うねん――強く」
「鈴守……」
花火に照らされる鈴守の、そう静かに言い切るその顔は、ただ、可愛くてキレイってだけじゃなく……とても透き通って見えて。
分かっていたことだけど、やっぱりこの子は心の底からそう思って、必死に家業を頑張ってるんだなあ――って。
「そっか……やっぱり誰だって、そんな風に思うんだな……」
――ならやっぱり、守らないとな……絶対に。すべてを。
衛を見て、鈴守を見て、みんなを見て――。
そして、まだ勢いよく光を噴き上げる花火を見て。
その勢いを追うように、さらなる光が無数に煌めく夜空を見上げて――。
俺は、もう一度しっかりと……その決意を固めていた。