第22話 勇者と後輩の探り合いと、見守る彼女
……赤宮センパイはやっぱり、わたしのことを覚えてなかった。
まあ、当たり前だと思う。
この間の銀行強盗を除けば、面と向かって会ったのは一年は前のことだし……多分、センパイにとっては大したことでもなかったんだろうし。
けど……なんかちょっと、悔しいような気もする。
――それは、お父さんとケンカして、家にいたくなくって……友達と駅前で夜遅くまで遊んでたときのこと。
怖い人たちに絡まれて、困ってたところを助けてくれたのが――赤宮センパイだった。
……でも、センパイは特別なことをしたわけじゃない。
怖い人たちにやめるように言って、追い払っただけ。
脅したわけでも、まして殴ったりしたわけでもない。
けれど、逆にそれがすごかった。
ケンカ慣れもしてるだろう、腕っぷしも強そうな厳つい人たちが、眼力一つですごすごと引き下がったんだ――見た目はわたしとあまり歳も変わらない男の子の、眼力一つで。
お父さんの影響だと思うけど、わたしは『本当に強い人』というのが、何となく分かる。
そして赤宮センパイは、まさにそういう人だった。
興味は引かれたけど、でも、それで終わりだと思ってた。
……通い始めたばかりの高校で、あの真っ直ぐな目をもう一度見るまでは。
――もうすぐ始業のチャイムだから、話なら放課後に……。
朝に交わした約束通り、授業が終わってすぐ、学食の裏手にあたる中庭に行くと――その隅っこの方に、赤宮センパイはいた。
んー……ううん、センパイだけじゃない、か。
少し離れた木の陰で、こっちを窺ってる女の先輩(わたしより小さいけど)が二人いる。
興味津々って感じの人は確か、絹漉先輩。
わたしたち1年の間でも何かと有名な人だ。
で、もう一人は……なんか、すっごい複雑そうな顔してる。
緊張でこわばってるっていうか……。
――あ、そうだ、あの人!
あの事件の日、センパイと一緒にいた人だ!
……ってことは、もしかしてセンパイの彼女さん?
あー、だからかぁ……だからあの表情。
そっか、そりゃ気になるよね……。
まあ、少なくとも今日は『そういう用事』じゃないんだし……ちょっとガマンしてもらうしかないかな。申し訳ないけど。
「……それで、俺に話ってのは?
その~……白城――で、いいよな?」
やっぱりセンパイ、あの二人――というか、彼女さんが見てること、気付いてるなあ。
ちょっとそわそわしてる。
銀行強盗に巻き込まれたときの方が、よっぽど落ち着いてた気がするよ……ヘンな話だけど、でもなんか、センパイらしいって言えばらしい。
「はい、だいじょうぶですよ。
えーと……あの銀行強盗のときのことで、ちょっと聞きたいんですけど」
「ああ……お互い大変だったよな。白城は大丈夫だったか?」
「警察の事情聴取の方が疲れました」
わたしがメガネを整えつつ、大ゲサにため息をつくと……センパイも笑って「俺もだ」と合わせる。
「それで、ですね――。
ズバリ聞きますけどセンパイ。
人質として捕まってるとき、なにかヘンなモノを見たり聞いたりしませんでした?」
「え? ん、んー……いや、なんせ、俺も他の人たちと一緒で、眠ってたからなあ……特になにも――」
「ホントに?」
わたしはズイッと距離を詰めて、センパイの目を真っ直ぐに見上げる。
……センパイ……ちょっと動揺してるかな。
でもそれが、何かを知ってるからなのか、彼女さんの反応を気にしてるからなのかは……さすがにわからない。
「他の人質の人たち、あのときぐっすり眠ってたみたいだけど、わたしはちょっと眠りが浅くて……隣にいたセンパイが、ゴソゴソ何か身じろぎしてたように思うんです。
……で、わたしといっしょでセンパイも眠りが浅かったのなら、何か見たり聞いたりしなかったかなあ、って」
――あのときの眠気が、催眠ガスとかによるものなら……そんなことにはならなかったのかも知れない。
でもわたしは、お父さんによると、生まれついて『魔法への抵抗力が強い』らしい。
わたしの場合は、お父さんの娘だからだろうけど……遺伝とは関係なく、そういう人はごくまれにいるとも聞いた。
だから、あの不可解な眠気が、クローリヒトの『魔法』的なチカラによるものなら――そしてセンパイが、わたしと同じように抵抗力を持っているのなら。
周囲の状況を感じ取れるぐらいには、眠りが浅かった可能性もあるんだ。
「……………………」
センパイは、必死に何かを思い出そうとしてくれてるのか、考えてるのか、眉間にシワを寄せてしばらく黙っていたけど……。
「……すまん。やっぱりよく覚えてない」
……って、申し訳なさそうに首を振った。
そしてそうかと思うと――
「けど白城……どうしてお前、そんなこと聞きたがるんだ?」
少し真剣な顔で、逆にそう質問してくる。
……うん、そう聞かれると思ってた。だから答えも用意してある。
「だって、不思議じゃないですか、あの事件。
警察は強盗の仲間割れ……みたいに言ってるけど、そんな感じでもないのは、巻き込まれたわたし自身が良く分かってるし。
それで、何か超常現象的なことが起こったりしたんじゃないかなーって考えたら、ホントのことを調べたくなっちゃって。
わたし、そういうの大好きなんですよ。霊感……みたいなものも、ちょっとはあるし。
だから――」
笑顔で言って、センパイを指差す。
「センパイが、何かに憑かれてるのも分かりますよ?」
「――――ッ!?」
あ……センパイ、すっごい驚いた。
あまりの驚きっぷりに、わたしまで驚いちゃった。
もしかして……こういう話、ニガテなのかな……?
「あ、でも憑いてるって言っても、悪いのじゃないです。
何て言うか、えっと……清浄な気配――って言うのかな。感じるのはそんなのですから、多分、守護霊とかそういうイイものだと思います。
だから、怖がったりする必要、ないですよ」
わたしが付け加えると、センパイは「そっか」と大きく胸をなで下ろしていた。
『何かに憑かれてる』……ちょっとしたごまかしのために用意してたセリフだけど、実際センパイには『何か』が憑いてるのをわたしは感じていた。
それが呪いのチカラみたいなものなら、センパイがクローリヒトじゃないかって真っ先に疑うところだけど……。
センパイに話したように、感じられる性質はまるで逆のものだった。
残念……って言うべきなのかは分からないけど。
……さて――。
うん……とりあえず、今出来るのはこれぐらいかな。
あんまりしつこくして、逆にわたしが探られるのも良くないと思うし……。
「じゃあセンパイ、今日はヘンなこと聞いてごめんなさい。
何か思い出したりしたら――」
「あ、ちょっと待った!」
早いとこお別れしようとしたわたしを、急にセンパイが呼び止めた。
そうしておいて、言葉を選んでるのか、少し考え込んだかと思うと――
「白城って、妹いたりする?
中学生ぐらいの、あ〜……魔法少女、とか……好きな?」
ちょっと恥ずかしそうに、そんなことを聞いてきた。
今度は、面食らったのはわたしの方だった。
その表情が、「なんで?」の代わりになったみたいで、センパイは慌てて、さらに恥ずかしそうに付け加える。
「ああ、いやいや! あの……俺の小学生の妹、魔法少女とか大好きでさ!
今度の誕生日プレゼント、その辺から選ぼうと思ってて……で、身近で詳しい人がいるなら、いずれ相談に乗ってもらえたらなーって……そういうワケなんだけど……」
そう言えば……妹がいるって話、聞いたことあったっけ。
このタイミングで『魔法少女』なんて言うから、ついシルキーベル連想しちゃった。
「……ゴメンねセンパイ、わたし一人っ子なんですよ。
魔法少女とかにも、そんなに詳しくないし……」
「ああ、いや、それならいいんだ!……こっちこそ、ヘンなこと聞いてゴメンな」
「ううん、だいじょうぶです。
――それじゃあ、センパイ!」
苦笑いを浮かべるセンパイに、明るく手を振って……。
そして、彼女さんの方をチラリと見てから――わたしは、その場を駆け足で立ち去った。
……そのまま校門を抜けて、ペースを落としながら坂道を下った先――。
大きい交差点の端っこに、黒い大きなバイクと、そばに佇むひょろっと長い人影があった。
わたしがその前を通りかかると……それに合わせて、バイクを押しながら歩き出す。
「……で、センパイとやらはどうだった、お嬢?」
そのバイクの人――黒井くんの質問に、わたしは小さく首を傾げてみせた。
「分かんないってことが分かった、って感じかなー。
何かを見たり聞いたりした可能性も、クローリヒトに繋がってる可能性も、そして――クローリヒト本人の可能性も。どれも完全に否定は出来ない、ってところ。
まあ、最初だし。こんなもんじゃないかなあ」
「そっか。
――で、ソイツまさか、お嬢に色目使ったりはしてねえよなぁ……?」
「黒井くん。
お父さんを尊敬するのはいいけど、そーゆーのはマネしなくていいから」
拳を振るわせる黒井くんに、わたしはため息混じりに言い聞かせる。
「お、おう。しっかしよ……分からねえならいっそのこと、ちょいとこの辺で『暴れて』やるか?
そうすりゃ、無関係かどうかすぐに――」
「黒井くん」
わたしは立ち止まって、真っ正面から黒井くんを睨み付ける。
「〈霊脈〉と関係ないところで暴れたりしちゃダメだって、お父さんにキツく言われてるでしょ? それに――」
わたしはクイッとメガネを押し上げる。
多分、うまいこと夕陽を反射してキラリと光ったと思う。
「とりあえず、中間テストが終わるまでは活動自粛って言ったよね……? ねっ!?」
「お、おう……悪ィ」
コワモテの顔を引きつらせて謝る黒井くん。
その姿にもう一度ため息をついてから、わたしは歩き始める。
……黒井くんは、今度は少し遅れて、わたしに付いてきていた。