第237話 そのナイフで、豆鉄砲で、黄金の壁を打ち破れ!
「……鈴守? 次、鈴守の番だけど?」
「――あ! ご、ゴメン!」
俺の呼びかけに、天井の方へ視線を向けていた鈴守は……。
慌ててゲームの方に意識を戻し、盤上に設置されたルーレットを回す。
――俺たちは今、別荘のリビングでボードゲーム……。
そう、いわゆる『人生的なゲーム』をやっている最中だった。
「えっと、4やから、1、2、3……と。
――あ、『発明品が特許を取る。5万ドルを得る』やって」
「ぅおい、まーたプラスかよ〜。
安定して稼いでやがんなあ、おスズちゃんはよ〜」
ゲーム内のお金管理(通称銀行さん)をやってくれているおキヌさんが、口を尖らせながらも1万ドル札を5枚、きっちり鈴守に手渡す。
――しかし当のおキヌさんはと言えば、強制ギャンブル的なマスに止まっては失敗……というのを繰り返し、現在は絶賛『約束手形』生活(要は借金状態)である。
「……鈴守……衛のことが気になるのか?」
自分の番を終えて、手に入れた5万ドルを手元にキチンと並べている鈴守にそっと尋ねると……うん、とすぐにうなずく。
「国東くん、体調崩したりしてへんかったらええんやけど……」
そうつぶやきながら、また天井を見上げる鈴守。
――そう。
みんなで作った夕食(やはり海鮮メインになった)の後、本来なら今ごろ、夜の露天風呂を堪能しに川の方へ行ってるはずだったんだけど……。
衛のヤツが、「ちょっと寝不足がたたってるみたいだから、小1時間ほど寝かせて」って言い出したので、予定を変更して。
衛が部屋で1人寝ている間、俺たちはこうしてボードゲームに興じていたりする。
……まあ、衛自身は、「僕のことは気にせず行ってきてよ」とも言ってくれたんだが……。
別に予約とかしてるわけじゃないし、1時間程度なら待とう――ってことで、みんなの意見は一致していた。
鈴守が心配してるみたいに、もし体調が悪いようなら、放っておくわけにもいかないしな。
「……衛、顔色が悪いって感じでもなかったし、大丈夫だよ。
結構鍛えてるから、体力もある方だろうしさ。
まあ、もし1時間過ぎても起きてこないようなら、様子を見に行こう」
……もしかしたら寝不足になった原因、昨日の夜中、俺と剣道勝負とかしてたせいなのかも……。
そんな風に思うと、常人以上の体力がある俺なんかに付き合わせたのは悪かったなあ……って、ちょっと反省しちまう。
「うん、そうやね……。
今はとにかく、ゆっくり寝かせてあげよっか」
俺の提案に、安心したような顔で微笑みうなずく鈴守。
……一方、その笑顔の向こうでは――。
「うぎょああ〜っ!
こ、ここに来てさらに、『交通事故で入院。1回休み&入院費でマイナス1万ドル』って、なんじゃこりゃああ!」
「あら。わたしみたいにちゃーんと保険に入ってれば、むしろお金がもらえるマスだけど?」
「ンなもん、入ってるわけねーだろが!
どんだけ借金あると思ってンだコンチクショー!」
「――む、余は……『子供が産まれる。みんなからお祝いで1000ドルずつもらう』だそうだ。
ふむ……よかろう、皆、存分に祝うがいい」
「ぬうう〜……!
このびんぼーにんからも容赦なく出産祝いを取り立てるような魔王が、安定した家庭を築きおってからにぃ……!
理不尽だあ……無情だあ……!」
「……おっ、『昔貸したお金に利子がついて返ってくる。一番所持金の少ない人から5万ドルもらう』だってよー。
――つーわけでおキヌ、5万ドルよこせ」
「ま、マテンロぉ〜、キぃっサマああ……っ!
覚えとけよ、ゼッタイにキサマだけは、道連れにしてでも破産させてやるからなあぁ〜〜っ!!」
――とにかく不幸に見舞われまくってるらしいおキヌさんの……怨嗟とも悲鳴ともつかん叫びが、響き渡っていた。
* * *
「……ふんっ――!」
「うぉわっ!」
エクサリオの剣が、すげー勢いで横から襲ってくる――のを!
身体を反らしてブリッジしながらギリギリでかわし――そのまま後転ついでに両足で蹴り上げてやる。
そして、剣が跳ね上がってスキが出来たところに、大尉がすばやく二挺拳銃を連射して攻めるけど……。
それは、エクサリオの盾であっさりと弾かれちまった。
でもその間に、オレは距離を取って……また、仕切り直しだ。
――オレたちの戦いは、始まってからずっと、こんな……こーちゃく状態?ってやつだった。
大尉が言ってたみたいに、エクサリオは本人じゃなく分身だからか、なんとか動きにはついていけるんだけど……。
向こうも、あのデッカい盾をうまく使いやがるし、鎧もあるから、なかなかダメージを与えられねーんだよな……!
「……まったく、あのカっっタい金ピカ防具相手だと、わたしは相性悪すぎますね……!
いくら魔法で強化してようと、これじゃまさしく豆鉄砲、ダメージなんて通りゃしませんよ……!」
自分の銃に視線を落として、大尉はうっとうしそうに言う。
そうだ、しかも確か大尉の銃は、〈呪疫〉を効率良くやっつけるために、〈聖〉属性とかになってるんだっけ……。
あの鎧も盾も、そんなのゼッタイ弱点とかじゃねーよなー……。
「がるる……! やっぱり、自衛隊駐屯地か米軍基地にでも忍び込んで、実銃をかっぱらっておくべきでしたか……!」
「ブッソーだなあ……」
でも……攻撃力不足っていうのは、大尉ばっかりじゃなく、オレにもあてはまる。
テン――霊獣ガルティエンの力が、〈風〉だからってところもあると思うけど……オレの戦法だって、スピードとか手数の多さ、それと奇襲がメインだもんな。
「こうなりゃ、魔法で一発デカいのをぶちかましますか……。
――ティエンオー、援護しろ!」
「りょーかいっ!」
大尉の指示に応えて、オレはゼネアの光の刃を伸ばし――エクサリオに接近戦をしかける!
魔法の準備の間、前に出て相手を抑える……。
あのグライファンとかって剣と戦ったとき、リアニキ――じゃない、クローナハトともやった戦法だ。
「……わざわざそうして邪魔に来なくても、一言言ってくれれば、魔法の詠唱ぐらいは待ってあげたのだが?」
「ンなもん、信じられっかっての!」
オレが斬りかかるのを盾で防ぎつつ、エクサリオは余裕たっぷりにそんなことを言いやがる。
……頼むぜ大尉、コイツに一泡吹かせてやってくれよな……!
「……剣の宮、禰に献ぐ瑛の王、裁ちて絶つ断刃、遣い遣う白――」
オレの後ろからは、大尉が魔法を詠唱する声が聞こえてくる。
これ……覚えがあるぞ……!
うん、多分そうだ。
初めて大尉――つーか、軍曹が戦ってるのを見たとき……。
〈呪疫〉が取り憑いた動く樹のバケモンを、一瞬でバラバラにしちまったヤツだ!
あれなら確かに、この邪魔な盾と鎧を、一気にブッ壊したり出来るかも……!
「……帝宮の位、〈剣〉の魔法――。
なるほど……やはり、か」
盾でオレの攻撃を受けながら、連続突きを繰り出すエクサリオは、そんな――なにか知ってるみたいなセリフをつぶやく。
それに一瞬気を取られそうになるけど……でもそんなことになったら連続突きをモロに食らっちまいそうだったから……!
とにかくそっちをかわすのに集中して――なんとかその場で踏み止まって、弾いて、かわして、受け止める!
そうしてる間に――エクサリオの周りに、小さな星みたいな光がいくつも輝き始めた――!
……来たな!
「……其の名、御劔! 謐にして靜、眩く瞬く果断――!
――〈剣宮ノ斬虹〉!!」
大尉が魔法を完成させるのに合わせて……オレは、エクサリオの盾を蹴り飛ばしながらのバク宙で距離を取る。
同時に――星みたいな光が、何重にも、閃き閃き閃いて――!
前の時には分からなかったけど、今のオレならなにが起きてるのかが分かる。
光がそのまま、いくつもいくつも剣になって……とんでもない速さでエクサリオを切り刻んでいく!
「……くっ……!」
盾を構えて、完全に守りに入るエクサリオの周りで――。
すっげー火花が散りまくって、耳がキーンってなりそうな金属音が弾けまくる。
そんで……それが収まったとき。
でも、そこには……ズタボロになってる――わけでもない、防御を固めたそのままの姿のエクサリオがいた。
「こンの……っ! 頭が固けりゃ装備までガッチガチですか……!
まるで意味ナシとか、まったくかわいげのないクソヤローめ……! シット!」
アリーナーが聞いたら確実に怒られる言葉遣いの文句を、ムカつきながら吐き捨てる大尉だけど……。
――違う。意味は……あった!
「大尉! フォロー頼む! ありったけのチカラ込めた銃弾!」
「はぁ!? いや、チカラ込めても、わたしの豆鉄砲じゃ――」
大尉がオレの言葉の意味を理解するより先に――オレは思いっ切りチカラを込めて、ゼネアを振りかぶる。
――説明してるヒマはねー! 今しかねーんだっ!
「いっけぇぇぇっ!! 〈超絶・陣風穿〉ッッ!!!」
そしてオレは――エクサリオの盾の、一点。
大尉の魔法で、小さなキズがついたそこに向かって――全力でゼネアを投げつけた!
空気も空間も巻き込み、貫いて――ゼネアが、盾のキズめがけて一直線に襲いかかる!
防御態勢だったエクサリオは、それをかわしたり弾いたり出来ず……!
「! 理解したぞ、任せろっ!」
さらに、オレの動きで察してくれた大尉も、すぐさま動いて――!
二挺拳銃を、ゼネアが目指す一点めがけて、ありったけの超連射してくれる!
その、大尉の魔力ですげー勢いの乗った銃弾は――。
ゼネアが、まるで噛み付くように盾のキズにえぐり込んだ瞬間。
その後ろから、柄に次々に命中して……風をまとったゼネアを押し込み、さらに深く盾に食い込ませる!
「くっ……! これは……!」
そこへ――トドメに、オレ自身が!
「うぅぅらああああっ!!!」
一気に飛び込んで……深く刺さったゼネアを引っつかんで!
弾けるようなイメージで、思い切り、光の刃を発生させた!
「くぅぅ――ッ!?」
――バキィィィン…………ッ!
耳の奥を直接ブッ叩くみたいな、スゲー音と……衝撃があって。
爆発みたいな反動で、大尉の真ん前まで吹っ飛ばされて、カッコ悪く地面に転がるオレ。
だけど……!
「ティエンオー! 大丈夫ですかっ!?」
「だ、だいじょーぶ、吹っ飛ばされただけだって……!
それよりも――ほら……!」
心配してくれる大尉に、オレは起き上がりながら……前を指差す。
そこには……砂煙の中。
砕け散って、持ち手だけになった盾を手放す……エクサリオがいた。
「……やってくれるじゃないか。
この身と同じく、本物ではないにせよ……まさか破壊にまで漕ぎ着けるとは」
「へへ……っ! どーだよ!
その盾さえなきゃ、防御力ガタ落ちだろっ!?
こっからは攻めまくって、一気に勝負を――」
決めてやるぜ!……って言おうとしたのに――言えなかった。
理由は……カンタンだ。
――エクサリオの気配に……これまでより、ヤバいものを感じたからだ。
「さて、では……仕切り直しといこうか」
なんにもなかったみたいに、長剣をゆっくりと持ち上げ――。
両手で、上段に構える……その姿に。威圧感に。
「しっかり1枚、ひん剥いてやったのはいいですけど……どうやら――」
大尉も同じものを感じたらしい――。
弾倉を交換して、銃を構え直しながら……口元で、困ったように笑ってた。
「……こっちこそが、あちらさんの本気モードってことみたいですね……!」