第236話 小さな見習いは、しかし黄金以上の輝きを知る
「ふむ……わたしは、キミたちとは初対面のはずだが……?」
大尉に名前を呼ばれた黄金の騎士――。
あの師匠よりももっと多い……確か5度も異世界を救ったとかいう〈勇者〉エクサリオが、ゆったり余裕をもってオレたちに話しかけてくる。
その様子も、見た目も、まるで『悪いヤツ』って感じじゃない。
ホント、いかにも勇者って感じで……それこそパッと見じゃ、なにも知らなきゃゼッテー師匠の方が悪役だ。
でも……コイツは師匠たちの敵、なんだよな……。
「わたしの名は、クローアスター……。
それを聞けば、察しがつくんじゃないですか?」
大尉が名乗ると……なるほど、ってエクサリオはうなずいた。
「……その黒い装いといい……クローリヒトの仲間、というわけか。
では、そっちのキミは――」
「人に名前聞くときは、先に自分が名乗らなきゃいけねーんじゃねーのかよ?」
悪いヤツっぽくはないけど……大尉もケンカ腰だし、オレもなんか、警戒をゆるめる気にならなくて、お約束のセリフを言ってやったら――。
エクサリオは意外にも、「そうだな」ってあっさり認めた。
「……確かに失礼だったか。
わたしはエクサリオ。
――万難排し、世界を救うのが使命の……〈勇者〉だ」
「オレは――烈風鳥人、ティエンオー。
クローリヒトの一番弟子だ!」
……もしかしたら、ヘタに言わねー方が良かったのかも知れねーけど。
でもオレは、師匠の弟子ってことに、誇り……ってのが、多分、あるから。
だから、胸を張ってそう言い切ってやった。
「ほう……クローリヒトの。
彼に弟子がいるなんて初耳だが……」
「……弟子入りしたの、最近だからな!」
「……なるほど。
では聞くが、ティエンオー……キミは、クローリヒトが何をしようとしているか、そしてどうしてわたしと敵対しているか……分かっているのかな?」
エクサリオは……迫力はスゲーけど、敵意――みたいなもんは見せずに、オレに聞いてきた。
……やっぱり悪いヤツっぽくない。
けど……なんだろ、なんか妙に引っかかるっていうか……。
オレはエクサリオにヘンな感じがしたけど、とりあえずそれは置いといて、質問に答える。
「……分かってるよ。
師匠は――師匠たちは、〈世壊呪〉を助けるために、守ろうとしてる。
それに対して、アンタは……〈世壊呪〉は悪いチカラを持ってて危ねーから、問答無用で滅ぼそうとしてる……そうだろ?」
「――その通りだ。
そして逆に言えば、わたしの目的は〈世壊呪〉を滅ぼすことで……キミたちと戦うことじゃない」
エクサリオはそう言って……オレと大尉を交互に見た。
「見れば、キミたちはまだ子供のようだ。
わたしは〈勇者〉、そもそも無意味な争いは望まないし――その相手がキミたちのような子供となればなおさらだ。
だから、1つ提案しよう……クローリヒトのもとを離れるんだ。
そして、〈世壊呪〉についてキミたちが知っていることを話し、こんな戦いからは手を引くんだ――キミたち自身のためにも。
それで、わたしがキミたちと戦う理由もなくなるのだから」
「随分と勝手なことを言ってくれますね……!」
大尉は、いかにもムカついたって感じで……エクサリオの言うことを即座に拒否した。
……その気持ち、ちょっと分かる気がする。
子供だから見逃す……みたいに言うけど、そもそも〈世壊呪〉のアリーナーだって、同じ子供なんだからな。
もちろん、エクサリオはそのことを知らないから、しょうがねーのかも知れねーけど。
でもきっとエクサリオは、アリーナーって『子供』が〈世壊呪〉だって分かっても……見逃したりしねーと思う。
多分、だから……大尉は余計にハラ立つんだ。
なんせ大尉は、アリーナーのこと、ホントに大事にしてるもんな。
「あいにくと、わたしはわたしの意志で、〈世壊呪〉を守り抜く気でいるんですよ……何があっても、絶対に、必ず!
だから、テメーの提案なんざクソっくらえですし――。
わたしが教えるのは、テメーのやろうとしてるのが間違いだってことだけです!」
親指を下に向けて、映画とかで見かける挑発をする大尉。
でも、エクサリオはそれに乗ったりしねーで……落ち着いた感じで、首を横に振った。
「……勇ましいな。だが、よく考えてみるといい。
クローリヒトは、〈世壊呪〉には意志があり、危険なチカラを持っていても、それを振るったりはしないと言ったが……。
万が一にも、その意志を外れ――チカラだけが暴走したならどうなるか。
周囲に、世界に、甚大な被害を出すのはもちろんだが……その〈世壊呪〉自身も、平和を望む『意志』があるのなら……。
そんな事態を引き起こしてしまったら、途方もない罪悪感を背負うと思わないか?
ならば、そうなる前に……。
その命ごととなってしまっても、チカラを完全に消滅してやるのが――最も慈悲深いと、そう思わないか?」
「………………」
オレは、大尉みたいにすぐには答えずに……少し、エクサリオの言うことを考えてみた。
実際に、オレがその立場になったら……。
そう、アリーナーじゃなく、オレが〈世壊呪〉だったら――って。
そうしたら……エクサリオの言うことも、少しは分かる気がしたんだ。
オレだって、自分のせいで周りのみんなが死んじゃったりしたら……そんなの、すげーイヤだから。
だから、それなら……オレが死ねばそれで済む、みんなゼッタイ大丈夫――ってなるんなら……しょうがねーのかも、って、そんな風にも思えるんだ。
で、オレでそうなんだから、あのマジメなアリーナーだったら……なおさら、「それがいい」とか言いそうな気もする。
でも――――
「……でも、それは……。
本当の、ホンモノの〈勇者〉が言うことじゃねーよ」
オレは思わず、ぽつりと……そうつぶやいてた。
「……なんだって?」
「エクサリオ、アンタの言うことも分かるよーな気もするぜ。
でもさ、それは……勇者じゃねー、フツーの人が考えるフツーのことだ。
だって、勇者ってのはさ――」
言い始めたら……なんか、自分の言葉で、オレ自身、分かったような気がした。
あ〜……そうだ。
エクサリオのこと、悪いヤツじゃなさそうだって思ったのに……なんか妙な感じがしてた、その理由。
そう――師匠は。
ホンモノの〈勇者〉は……!
いちいち自分を、自慢するみたいに勇者だなんて言ったりしねーんだ!
だって、そんなことを言わなくても、周りが勇者だって認めるから!
だって――!
「〈勇者〉ってのは……フツーのヤツが出来ないって、ムリだってあきらめること……!
それを、ゼッタイに出来るって信じて、ゼッタイにあきらめたりしないで……!
――それで、ホントに、ゼッタイに!
そんなとんでもねーことを、やり遂げちまうヤツのことなんだからな――!」
そんで、オレは、あらためて……。
エクサリオに、指を突きつけてやった。
「だから――エクサリオ!
みんなを助けるのが〈勇者〉なのに、そのために誰かを犠牲にしようとか、そんなことを考えるアンタは……!
いくら、何度も世界を救ったって……ホントの〈勇者〉じゃねーよ!」
そうだ――師匠なら。
もし〈世壊呪〉が妹のアリーナーじゃなくっても……ううん、それどころか、もし敵のハズのコイツだったとしても、ゼッタイ、見捨てないで助けようとするハズなんだ!
そんで、それが……それこそが、ホントの一番かっけー〈勇者〉だよな!
「……ふふ……あはははっ!」
ケッコー、ビシッと言ってやった――つもりなんだけど。
エクサリオは、それで怒ったって感じでもなく……フツーに、面白そうに笑った。
「……なるほど。いかにも子供らしい、純粋で夢のある良い考えだ。
確かにそれなら、キミがクローリヒトを信じ、共感するのも仕方ないといったところか。
ただ――残念ながら。
世界は、そんな簡単なものじゃないんだよ――」
右手の剣をゆっくり持ち上げて……オレの方に向けるエクサリオ。
「世界を、人々を守るために、やむなく何かを切り捨てる――。
その覚悟を持てない甘えを、弱さを、そうした聞こえの良い理想で覆い隠し、騙すのは……いずれ最悪の事態をもたらすだろう。
それを回避するためにも……わたしは〈勇者〉として戦う必要がある。
覚悟という、本当の『強さ』を示す必要がある。
ゆえに……本意ではなくとも。
あくまでクローリヒトに付き、わたしの邪魔をするというのなら――。
キミたちに、本当に正しいのはどちらなのかを、思い知らせよう。
正しき者こそが真に強いと――教えよう!」
「……っ……!?」
エクサリオの――迫力が、気合いみたいなものが、一気に高まるのがわかる……!
初め、出会った瞬間感じた通りの……すげーヤベーレベルで……!
……つ、ついつい、勢いでケンカ売っちまったけど……。
マジで、相当ヤベー気がする……!
くっそ……! 勝てんのか、これ……!?
なんなら、なんとか逃げる方法考えた方が――。
「――臆するな、ティエンオー!!」
オレが、心ン中で、そんなちょっとビビったようなこと考えてたら――。
大尉が、スゲーおっきな声で……オレを励ましてくれた。
いや、それだけじゃねー……!
大尉は、背中もピシッと伸ばして、真っ直ぐにエクサリオと向き合ってて……!
ただのハッタリとかじゃなく、マジでやる気なんだって――かっけー姿を見せてくれてたんだ!
「……遭遇したときから、妙な違和感があったんだが……間違いない!
アイツは、エクサリオ本人じゃない!
何らかの魔法の道具を利用して作られた……いわば一種の分身だ!
だから、本人よりもずっと弱い! ビビることなんてない!
わたしたちなら勝てる――必ずだ!」
「…………ほう?」
大尉のその言葉にエクサリオは、感心したみたいな声を出した。
「クローアスター、キミの言う通りだ――あいにくとこれは、わたし自身ではない。
だが……それでも。
クローリヒトならともかく……キミたち程度の相手には、充分だ」
「くっそ……ナメんじゃねー……っ!
ホンモノの〈勇者〉じゃねーテメーの! しかもニセモノなんかに!
――負けてたまっかよッ!!」
心ン中の、「ヤベーかも」ってビビリを、消し飛ばしてやろうって……!
オレは、自分へのありったけの気合いを込めて、そう叫んでやった!
《勇気と無謀は別もの――じゃが……。
ふん、そうこなくてはな……! それでこそ我が主よ!》
「良く言ったぞ、ティエンオー!」
そんなオレのやる気を、テンと大尉も後押ししてくれる……!
よーし……やってやるぜ!
オレは――ホンモノの〈勇者〉の弟子なんだからなっ!
「……いいだろう。
殺しはしないが……少しばかり、痛い目には遭ってもらおうか?」
「イタい目見るのはそっちだってンですよ!
――ティエンオー!」
「おーよ! 行っくぜぇーーっ!!」
エクサリオが剣を、大尉が二挺拳銃を構えるのに合わせて――。
オレも、思いっ切り地面を蹴った!