第233話 帰り道――小さな勇者が聖霊に願うのは
「ふわあ〜……! やーっと帰ってきたねえ〜!」
――見晴が、身体をめいっぱいにぐーっと伸ばして、大きな声を出したのは……駅の改札を出てすぐだった。
「あ、こら見晴ちゃん、こんなトコで大っきな声出しちゃダメだって……!
周りの人の迷惑になっちゃうよ」
で、いつも通り、マジメなアリーナーがそれを注意してるけど……。
まあオレも、そんな風にしたい見晴の気持ちはよく分かるなー。
別に泊まりがけの旅行とかじゃないけど、水南はやっぱケッコー遠かったからさ。
オレたちだけで、こうやって長い時間電車に乗るコトってそんなにないし……こう、『帰ってきたー!』って気分になるよな。
「えっへへ〜、ごめ〜ん」
「もう……ほら、帰ろ!」
先頭に立って歩き出したアリーナーに続いて、オレたちも駅から離れる。
オレたちは通う小学校が同じだから、降りる駅も同じだし、お互いの家までもそんなには遠くない。
――あ、そう言えば、ラッキーねーちゃんとしおしおねーちゃんも、〈なみパー〉からいっしょに帰ってきたんだけど……。
2人は家は柿ノ宮の方だから、途中で別の電車に乗り換えてった。
……でも、ねーちゃんたちと遊ぶのって、やっぱ女子だし、衛兄ちゃんたちと遊ぶみたいなわけにはいかねーよなー、って、初めはちょっと心配だったんだけど……。
〈アクアアサルト〉に出たのもそうだけど、2人ともノリが良かったし、結局は思ってたよりゼンゼン楽しかったなー!
アイスとジュースおごってくれたし!
「……いやー、それにしても、この帰りの電車は最ッ高に有意義でした……!」
みんなで帰り道を歩いてると、軍曹がくるくる回りながら、めっちゃ力を込めてそんなコトを言い出した。
ちなみに、オレたちはみんな、帰りの電車で1回は寝ちまうぐらい疲れてたけど……。
軍曹だけはそんなこともなくて、変わらず元気でハイテンションだ。
「有意義って……なにかあったの?」
アリーナーが興味深そうに尋ねると、軍曹はうっとりした様子で……なんか、空に祈るみたいにして答える。
「ええ……大っ変に素晴らしい光景を、この目に焼き付けることが出来たんですよ……!」
「素晴らしい光景……?
そんなに景色がキレイなトコ、あったっけ?」
「いいえ、景色ではありません。
それは、なんと……そう!
遊び疲れたアリナが、無防備に眠っちゃってる――なんともレアな姿です!
しし、しかも、それだけでもごっつぁんですのに、同じく眠るミハルと肩を寄せ、頭をこっつんこしてもたれ合って――とか、いやもうそりゃもう……ぐへへ……!」
「………………」
――ゴスッ!
「ふぐぉぉっ!?」
無表情にツカツカと近寄ったアリーナーが、すっげえ音のするデコピンを軍曹に食らわせた!
……うっわ、アレ、ぜってー痛ェよな〜……!
あの軍曹が悶絶してるぜ……さっすがアリーナー、恐え〜……。
「……おい軍曹。
キサマまさかその様子、スマホで撮ってたりしないだろうな……?」
「いい、イエシュ、マム!
あまりに興奮しすぎて、写真も動画も、撮るのを忘れてたであります……!」
「……事実か?」
「いい、イエシュ! 間違いありません!
――あ、でも……」
「でも?」
「アーサーとマリーンが、同じタイミングでうつらうつらして寝落ちする動画なら、面白かったんで撮っちまいました!
お前らどんだけ仲良しだ!……ってな感じだったんで!」
「ほっほ〜う……?」
「え〜、なにそれ見たい〜!」
「うぇっ!? おい、ちょ、なんだよそれ!」
いきなりオレたちの名前が出て驚くけど、それを止めるヒマもなく……。
軍曹はすっげー素早く、スカートのポケットからスマホを取り出して。
アリーナーや見晴と、画面を覗き込んでいた。
そして女子3人は……少しすると。
ふっふっふー、と意味ありげに笑いながら、オレと凛太郎を見やって……。
「……朝岡も、なかなかカワイイとこあるじゃない。
それにまあ……ホント、真殿くんと仲良いね〜」
「な、なんだよ!?
オレと凛太郎が同じタイミングで寝落ちしちまった、ってだけ――なんだろ!?」
「それが、一部女子大ウケ動画――なのかも」
いつも通り、淡々とつぶやいてちょっと首を傾げる凛太郎。
――え、なに、その女子にウケる動画って!
とりあえずなんか、すっげーヤバそーな気配しかしねーんだけど!?
「ど、どっちにしてもなんかスゲー恥ずかしいぞ!
――頼む軍曹、消してくれ〜!」
必死に手を合わせるオレに――。
苦笑混じりに、すぐに応えてくれたのは……アリーナーだった。
「……ま、あたしたちが撮られてないのに、アンタたちだけ――ってのは不公平だしね。
それに、朝岡だけならともかく、真殿くんまで巻き込むのはさすがにかわいそうな気もするし……。
――ってわけで、消してあげて、アガシー」
「え? あ、ハイ、アリナが言うのであれば……」
ちょっと歯切れの悪い返事をして、軍曹はスマホを操作する。
言った通り、動画を消してくれてるみたいだ。
そして――。
オレに向かって、イタズラっぽくニヤリと笑いかけてきた。
「ちぇ〜……。
今の『消してくれ』を、あのとき約束したわたしへの『お願い』――ってことにして、無難に消化してやろうか、とも思ったんですけどねー」
――ん?
あ〜……そうだった!
あの〈アクアアサルト〉のラストバトルんとき、軍曹とそんな約束したっけ!
………………。
そっか……オレ、軍曹に何でも『お願い』聞いてもらえる――んだよな。
1000円以内なら。
「……? なに、その『お願い』って?」
「あ〜……それはですね……」
アリーナーに聞かれた軍曹は……。
オレに負けるなんて思ってなかった自分が、勝てば何でも願いを聞いてやる――って、そう約束したことを、苦笑しながら説明した。
「ま、あくまで1000円以内ってクギは刺しときましたから。
『新しいゲーム機買え!』なーんてムチャは通りませんけどねー」
ふふん、と得意気に鼻を鳴らす軍曹。
でも……アリーナーは。
「…………」
なんか、困ったような、怒ってるような感じで……ミケンにシワを寄せてる。
で、見晴は……フンスって鼻息荒くしてるし……。
凛太郎は凛太郎で、妙に興味津々っぽい――っていうか、いつの間にかテンもそっちに移動して、いっしょになってオレを見てる気がする。
……アイツ、凛太郎は天敵だとか言ってなかったっけ?
――なんだよ、そんなヘンなお願いするとか思われてンのかなあ……オレ。
「……で、アーサー、何をお願いするんです?
軍人に二言はないのだ……何でも言ってみるがいいですよ!」
ドン、ってエラそーに、軍曹は自分の胸を叩く。
ん〜……そうだな……。
じゃあ、やっぱ……アレ、かな。
前から考えてたことだし……多分、みんないる今の方がいいだろーし。
ちょっとハズいけどな……!
「ん、じゃあ軍曹……。
えーと、その……これからも、ずっといっしょにいてくれよ!」
「「「 …………っ!!?? 」」」
「…………は…………?
あの……アーサー、今――なんて?」
「え? ンだよ、こーゆーのハズいんだから何回も言わせるなよ……。
その――いっしょにいよーぜ、って」
「な――! なな、な……。
な、なんですかそれ……!
なっ、なんのじょーだんですかっ!」
「じょ、冗談なんかじゃねーよ!」
「じょ――っ! じょ、冗談じゃない、って、それじゃ……っ!
そそ、それじゃまるで、こく――っ!」
なんだ? なんか……軍曹がやたらしどろもどろ――で良いんだっけ?
あわあわっつーか、ヘンな感じなんだけど……。
いや、ヘンっつったら、アリーナーもなんか固まってるし……。
見晴と凛太郎も、やたら目ェキラキラさせて前のめりな感じなんだけど……。
「えーっと……。
これからも、みんなといっしょにいようぜ――っての、そんなにヘンか?」
「「「「 ………………え? 」」」」
オレが、もう1回言い直したら……。
なんかみんなして、ハテナマーク浮かべたような顔でこっちを見てきた。
「え? いや、だからさ〜……。
ほら、軍曹はもともと……えっと、フランス……からこっちに来てるだろ?
だから、もしかしたら……小学校卒業したら、その……向こうに帰っちまうんじゃないか、ってさ……」
――そう。
これは、オレがずっと、なんとなく気になってたことなんだ。
ホントは、フランス人でもない軍曹は……。
いつか、元の世界に帰っちまったりするんじゃないか――って。
だけど……軍曹といっしょにいるのは楽しいし、軍曹も……みんなといると、ホントに楽しそうにしてるからさ。
だから――。
軍曹には、出来ればこれからもずっと、こっちの世界でオレたちといっしょにいてほしい……って、思ったんだ。
ま、まあ、こんなコト言うの、そりゃ恥ずかしいけどさ……!
「その……今日もすっげー楽しかったしさ。
また来年とかもみんなで来よーぜ、ってなったら……この約束使って『お願い』しとけば確実だろ?
――この先もずっと、みんなといっしょにいよーぜ、ってさ!」
「「 それならそうとちゃんと言え! まぎらわしいっ!! 」」
自分じゃコレ、ケッコー良い『お願い』だと思うし、どうだ、って感じに笑ってやったら……。
軍曹とアリーナーの2人から同時に、しかもハモりで、なんかスゲー怒られた。
ついでに、見晴と凛太郎……それにテンまで、なんかわざとらしく大きなタメ息ついてるし……。
「な、なんだよ……オレはコレ、ナイスな『お願い』だと思ったのによー」
「……そうだね……。
まあハッキリ言って、言い方が問題ありまくりだったけど――」
みんなの反応に、ついブーたれてると……。
アリーナーが、やれやれ、って感じで――今度は、ニカッと笑ってくれた。
「お願いそのものはナイスだよ、朝岡。
うん……アンタにしちゃ上出来。よく言った」
続けて……見晴や凛太郎も。なんか、ニコニコだ。
「まあ~、これはこれでいっかあ〜。
ある意味、朝岡くんらしいもんねえ〜」
「ん。これぞ武尊」
なんだよ、オレらしいって……ホメてるのか? それ。
あ、で――肝心の軍曹は、って言うと……。
「……まったく……しょーがないですねえ!
まあ、約束は約束ですし?
そこまで言いやがるなら、この先も鬼教官として、キサマらヘボ新兵をビシバシ鍛えてやるとしましょーか。ね!」
エラそーにふんぞり返りながら、今度はスゲー楽しそうに笑って――って、あれ……?
「軍曹……泣いてんのか?」
笑う軍曹の、目の端っこから……ぽろって、涙がこぼれた気がして。
オレが、それを言ったら……軍曹は、いきなり目元をぐしぐし擦って――。
「な、泣いてねーってんですよ! てか、泣く理由なんざないでしょーが!
わたしゃこんなんで嬉しくなるよーな、さびしんぼの甘えんぼさんじゃないってんです!
……こりゃアレです、こんなおバカなお願いで良かった、きちょーなお小遣いを使わずに済んだ――って嬉し涙なんですよ! がるる!」
そう文句っぽいこと言いながら……また。
もう、すげー楽しそうに――笑ってた。
……みんなと、いっしょに。