第232話 決戦〈アクアアサルト〉! 最後のポイを撃ち抜くのは……!
――摩天楼家の別荘、居間にて。
俺たち7人は……イタダキのスマホとケーブルで繋がれた大型液晶テレビに見入っていた。
「……どっちのチームも、もうほとんど生き残ってねえよなあ……。
そろそろクライマックスってところか……!」
イタダキの一言に、俺たちは誰ともなくうなずく。
――少し前のこと。
海でひとしきり遊んだ俺たちは、晩メシをどうするかって相談と休憩のために、一旦別荘に戻ってきたんだけど……。
そこで、イタダキのヤツに見晴ちゃんから電話がかかってきて――指示通りに動画サイトへ繋いでみると、そこにあったのが……。
今まさに〈なみパー〉プールで開催中のウォーターサバゲーイベント、〈アクアアサルト〉の公式生中継――だったのだ。
……で、そこに亜里奈たちが出てる――という情報を、ギャラリーで大興奮してる見晴ちゃんから得た俺たちは……。
休憩だしちょうどいいと、映像をテレビに出力してみんなで観戦することになったわけである。
「……にしても、後輩ちゃんたちまで〈なみパー〉行ってたとはなー。
偶然とは恐ろしいねえ」
「まあでも、ある意味夏休みの定番スポットではあるしね」
おキヌさんと沢口さんの話してる通り、このイベントには、プールで偶然出会った白城と塩花も参加してるらしい。
そのあたりの知り合いの細かい情報は、動画は公式なため当然乏しく、見晴ちゃんが随時連絡してくれてる感じだ――。
現地レポーターみたいに……しかもかなりノリノリで。
「……でも、やっぱりアガシーちゃんはよう目立つね、こういうとき」
いかにも、妹を見守るお姉さん的な眼差しでニコニコする鈴守に……。
しかし俺とハイリアは、思わず引きつった笑みを返してしまう。
「ま、まあな、ははは……」
「う、うむ……我が愚妹が引っかき回しているようで、何ともすまん」
――ったく、アガシーのヤツ……。
楽しくてはしゃぐのは仕方ねーけど……さすがに、ちょーっとハメ外しすぎの暴れすぎだろ……。
見ようによっちゃ、まさしく『悪目立ち』だ。
「いやいや、いーじゃねーの!
イベントってのは盛り上がってなんぼだし、その点、間違いなくアガシーちゃんは大貢献してんだしさー」
にこやかにアガシーを擁護するのはおキヌさん……だけじゃない、俺とハイリア以外みんな、か。
いや、それどころか――。
公式中継そのものさえ、アガシーにスポットを当ててるのは間違いないだろう。
……まあ、なあ……。
外見は間違いなくとんでもない美少女な上に、味方のにーさん方を鼓舞したり統率したりとハデなパフォーマンスをするわ、小学生らしからぬアクションで群がる敵チームをなぎ倒すわ……となると、そりゃあ画面映えもするってものだろうし。
しかも、戦いも終盤になって、もう撮るべき生存者そのものが少ない――となれば、なおさらか。
――いや……ちょっと待て?
生存者が少ない、どころか……これ――!
画面の隅、レッドとブルー、互いのチームの生存者数を表す数字が――集計のタイミングだったのだろう、変化を見せた。
合わせて……映像を撮っているカメラが、フィールドの一点へと集中する。
水に沈んだ大きな遺跡の、前庭にあたる位置――。
水路にぐるりと囲まれた、円形闘技場のようにさえ見える場所へと。
……なぜなら……。
そこに立つ、ブルーチームのただ一人の生き残りの前に――。
今、レッドチームただ一人の生き残りが――。
まさにクライマックスとばかり、対峙するところだったからだ……!
* * *
「……もしかしたら、とは思ってましたが……。
よくここまで生き残りましたね、アーサー……!」
「へへっ……まあな!
せっかくのこんなゲームなのに、軍曹と戦う前にやられるわけにはいかねーからな……!」
――フィールド全域から見える位置にある、大きなディスプレイ。
そこに表示された、レッドとブルー、双方の残存戦力は――見事に、1対1。
つまり――。
わたしたちの一騎打ちが、そのままチームの勝敗に繋がるわけですね……!
ふふふ、なんともナイスなシチュエーションじゃあないですか……!
「で――アーサー。
まさか、キサマ……このわたしに勝てるとでも?」
「へへ……ったりめーだろ?
軍曹が強えのは分かってっけど、だから面白いし、燃えるんじゃねーか……!」
わたしと対峙したアーサーには、言葉通り、気後れしたような様子はありません。
本気でわたしを倒そうって気迫に満ちていて――。
いいですね……こっちも燃えてきましたよ……!
「ふん……よくぞ言ったな、見習いの新兵風情が!
いいだろう……ならば、この軍曹を見事倒した暁には……!
――キサマの望みを、何でも聞いてやろう!」
「え――マジでっ? 何でもっ!?」
……むむ。
しまった、何でもはさすがに言い過ぎましたね……。訂正。
「せ、1000円以内なら!」
「1000円か……ま、いいや!
――約束だ、忘れンなよ!」
「ふん、とーぜんでしょーが。軍人に二言はない。
しょっちゅー宿題忘れるキサマと一緒にするなってンです」
「なーに言ってンだよ!
軍曹だって、よく宿題ほっぽり出してアリーナーに怒られてるだろー……がっ!」
何気ない会話から――いきなり。
アーサーは姿勢を下げつつ、牽制を1発撃ちつつ……突撃してきます。
「……お見通しだってンですよ!」
牽制はハナから見逃し、こちらも、近付くアーサーに狙いを付けて――撃つ!
――けれど、さすが……ティエンオーとして積んだ経験値ゆえでしょう。
アーサーは反射的に射撃を見切り、前進のスピードを落とすことなくかわしてきます。
なら、これはどうか――と。
アーサーの回避を見越して、その先の地点に弾丸を『置く』――いわゆる『偏差射撃』を繰り出すも……。
「――ぅ……おおっ!?」
とっさに動きの幅を変えたり、あるいは止めたりして――かわしてくるじゃないですか。
まったくアーサーのヤツ……ホントに大したものですね。
多分、もともと戦闘適性というか、センスのようなものが高かったところに……この歳で、格上の敵を相手の実戦なんて経験したものだから、一気に伸びた――といった感じでしょうか。
このまま成長すれば、いずれ、勇者様に匹敵するのも難しくない――少なくとも、わたしを超えるぐらいは出来るでしょう。
何せわたしの本質は、あくまで人でなく、聖霊――。
だから、人と同じような成長を遂げられるか……分からないんですから。
……まあ、でも……それもまだ先の話。
今この時点で、わたしが負けることはありえませんけどね――!
「――らぁっ!」
「まだまだ甘い――そう、『ダダ甘』ですよ、アーサー!」
距離が縮まったところで、連射してくるアーサーの攻撃を――。
決して退がることなく、かわし、反撃で撃ち落とします。
するうち、アーサーは文字通りにわたしの目の前まで肉薄。
互いの銃口が、伸ばした腕に交差し、互いのポイに突きつけられて――。
「「 ――――ッ! 」」
互いに、引き金を引くや否や、頭を振って致命傷を避け――
さらに、逃げたポイを追いかけるように、どちらからともなく腕を伸ばし合っては相手の腕を払い合う――という、至近距離での攻防に繋がっていきます。
……ふふ、まさか、ここまで耐えるとは……!
差し詰めカンフー映画の体で、左手には替えの弾倉を握ったまま、右手の――引いては銃口の差し合いを続けるわたしたち。
まるで演武のように、時には大きく左右に動いたり、立ち位置を入れ替えたりしながら……。
それでも離れることなく、互いに至近距離での必殺の一撃を狙って、腕を何度も何度も激しく交差する戦いに、ギャラリーも盛り上がり――大きく沸いているのが聞こえてきます。
まあ、最終決戦に相応しい、見応えのある勝負になってるでしょうからね……!
とは言え――。
「はぁ、はぁっ……! ちっくしょ〜……!」
「ふふふ、どーしたアーサー、息が上がってきてますよ……?」
――そう、よくわたしの動きに付いてきていますが……。
そもそものスペックを普通の人間より高めてあるこの〈人造生命〉の身体と違い、生身のアーサーは消耗も激しいのです。
アーサーの動きは徐々に鈍り……それに合わせて。
わたしの銃はアーサーのポイを追いかけるばかりか、ある程度は狙いを付けて射撃するところまで持っていけるようになってきました。
「まあ、ここまでよくやりましたが――諦めるんですね!」
「ま――っだ、まだぁっ!」
わたしに何度も撃たれ、顔の至る所に水を浴びながらも……額のポイだけは避けて、必死に身体を動かすアーサー。
その様子を見るに、確かにまだまだ戦意は失っていないようですが……。
――ああ。
はっは〜ん……なるほど、そういうことですか。
ギリギリでかわし続ければ、わたしが弾切れを起こして、弾倉を替えざるを得ない――その瞬間のスキを突こう、ってわけですね?
でも、ザンネンながら……!
「再装填にスキを見せるほど甘かないってンですよ!」
「――!」
そもそも左手で替えの弾倉を持っていたわたしは、グリップ付け根のリリースボタンを押して空になった弾倉を外すのとほぼ同時――。
それを押し戻すぐらいの速さで、次の弾倉を装着……すぐに攻撃を再開します。
「くっそ……速えっ!」
「だから言ったでしょーが!
――さあ、ゲームオーバーのお時間ですよ……!」
「こっちこそ……! まだだ、っつったろ……!
こんなんでさっさと諦めるようなら……あのとき、とっくに死んでるってーの!」
すっかり息が上がってるのに、動きは鈍る一方なのに……それでも。
アーサーは、必死に腕を振るい、身体を動かし――わたしの射線を何とかずらしつつ、間一髪で攻撃をかわしつづけて……!
……まさか……こちらが全弾撃ち尽くすまでかわす気だとか……?
だとすれば、なるほど、いかにもアーサーらしいムチャな作戦ですね。
でも、まだ予備の弾倉が1つあるんですよ――?
今の弾倉の水をフルに使って、さらに疲れさせて。
その上で、最後の弾倉……最後の7発で狙い澄ますようにすれば……それまでです。
わたしは、そう考えた通りに、今装填されている水で、アーサーを踊らせ……。
そしてヘロヘロになったところで、満を持して再装填へ。
もちろん、油断などせず……さっきと同じ最速・最小の動きで弾倉を外し、左手の替えの弾倉を――
「き――たぁっ! そこっ!」
「――――!」
――その瞬間。
アーサーが、自分の銃をわたしに向かって、一直線に伸ばしながら――。
途中で、わたしの再装填動作に割って入って――。
自分の銃を使って、リリースしたばかりで抜けきってないわたしの銃の『空の弾倉』を押し戻して……ムリヤリ装填し直し――。
流れのまま、真っ直ぐに、わたしのポイへと銃口を突きつけて。
そのまま、引き金を――!
「――ッ!」
残弾ゼロでは反撃もかなわず――。
さすがにこの瞬間は、形振り構わず回避が最優先――と、首を振ります!
――けれど……。
この土壇場で、わたしの動きを読み切ったように……アーサーの銃口はそれに追従していて。
しかも、そこから放たれたのは――。
引き金を目一杯に絞り込んでの――水鉄砲特有の、線を描く『レーザーみたいな射撃』……!
「………………」
言葉を失ったわたしのゴーグルから。
しっかりと浴びてしまった水の雫が……ぴちょん、と落ちます。
そして、同時に――
『けーーーーっ……ちゃぁぁーーーーくッッ!!!
今! この瞬間ッ!!!
この、最ッ高に素晴らしい戦いの勝者が決定しましたああーーッ!!!』
司会のおねーさんの興奮しきった絶叫が……フィールド中に響き渡りました。
『たった1人生き残り、チームを勝利に導き、そして――っ!
そして、この激戦を制したのは……ッ!
エントリーナンバー12番……朝岡武尊くん! ですッ!!!
どうか皆さま! 惜しくも紙一重で破れたとは言え、見事な戦いを見せてくれたブルーチームの、赤宮シオンさんもともに!
――彼ら2人に、盛大な拍手をお願いいたしますッ!!!』
「「「 うおおおおおーーーーッッ!!!! 」」」
途端に、あたり一面が、すごい歓声と豪雨みたいな拍手に包まれます。
そんな中、アーサーは……銃を投げ出して、もう動けないとばかり、ごろんと大の字に。
「へへっ……どーだ、軍曹……っ!
間違いなく、オレの勝ち――だよな……?」
わたしは……正直、まだ事態がよく飲み込めないような……呆然とした感じでしたが。
降り注ぐ歓声と拍手を見上げ――。
ディスプレイの結果表示を見――。
額の破れたポイに手をやって――。
そして、何より――。
足下でニンマリと、ガキんちょ丸出しの……でも、すっごく良い笑顔で笑うアーサーを見下ろして。
ようやく――実感しました。
――ああ、負けたんだ……って。
……それは、当然、悔しくもあったけど。
何だか……ちょっぴり、嬉しいような――そんな気もしました。
だから――
「……軍曹?」
「ええ……そうですね、わたしの負けです。
まったく――へっぽこ新兵のわりに、やるじゃないですか……アーサー!」
その気持ちを、そのままに――。
アーサーのそれを、まんまマネしたような……ニンマリ笑顔を、返してやりました。




