第231話 しっかり者看板娘たちの想いと、スナイパーたちの黄昏
「……あ。亜里奈ちゃん」
「白城さん……?」
美汐にやられて失格になったわたしは、戦場を離れて、フィールドの外側――高い場所にある観覧席兼待機場所へ向かう階段を上ろうとしてたんだけど。
ちょうどそこへ、逆方向から亜里奈ちゃんがやってきた。
「亜里奈ちゃんもアウトか〜……」
「やられちゃいました」
苦笑混じりに、ぺろっと舌を出す亜里奈ちゃん。
むむむ……!
亜里奈ちゃんはいつもしっかりしてるイメージだから、こういうおちゃめな仕草をナチュラルに見せられると、また特別にカワイイなぁ。
うん……赤宮センパイがシスコン気味になっちゃうのも分かるよ。
わたし一人っ子だし、やっぱりちょっとうらやましい。
「わたしも、美汐にしてやられちゃったんだ」
「美汐さん……クセ者っぽいですもんね」
「そーなんだよ……。
あの子も大概変わってるっていうか、一筋縄でいかないっていうか……」
わたしと亜里奈ちゃんは、そんな差し障りのないことを話しながら……フィールドを見渡せるそこそこ長い階段を、ゆっくりと上っていく。
――そんなわたしは、実は内心、ちょっと緊張してたりする。
実は……亜里奈ちゃんと、こんな風に2人っきりになるのは初めてだからだ。
それに――。
この子は、愛想も人当たりもすごくいい子なんだけど……。
わたしと同じで、家がお店で、その看板娘をやっていて。
しかも、礼儀正しいしっかり者……だから。
年上のこっちに、大人みたくわざわざ気を遣ってくれてるんじゃないかな――って、勘ぐっちゃうんだ。
客商売に関わってると、やっぱり、そうした面は自然と身につくものだって……何より経験として分かってるから。
だから、うん……亜里奈ちゃんの善意を疑うとかじゃなくて。
むしろいい子なだけに、お兄さんの後輩ってだけの、イマイチ関係が薄いわたしの相手をするのに、ムリとかしてるんじゃないかな……とか、ちょっと不安になるんだよね。
それに、やっぱり……好きな人の妹さんだし、ね。
うん、だから――ってわけじゃないけど。
この子に悪い印象は持たれたくないな――なんて。
やや間を置いて、そんな風に思うわたしの口を突いて出たのは……謝罪の言葉だった。
「なんだか……いろいろと、ゴメンね」
「――え?」
階段の手摺りの向こう……もう生存者もほとんど残っていない、大詰めを迎えた戦場を眺めていた亜里奈ちゃんが、驚きも素直にわたしを振り返る。
「ほら、もともとはさ、亜里奈ちゃんたちはクラスメイト同士で仲良く遊んでたのに……年上のわたしたちが混ざっちゃって。
しかも、こうやってイベントにまで引っ張り込んじゃって。
年上が相手だと、断ろうにも難しいだろうし……今さらだけど、やっぱり迷惑だったりしたかな……って」
ちょっとうつむき加減になりながら……そんな、正直な気持ちを口にすると。
亜里奈ちゃんは、クスリと小さく笑った。
「……大丈夫ですよ。あたしたちの誰も、そんな風に思ってませんから。
ホントにそうなら、とっくに態度に出てるでしょうし。
そもそも、この中にそういう子はいないと思うし。
――だから、そこのところは安心して下さい」
「そう――なんだ。
うん、だったら良かった……」
「……ちょっと、意外です。
白城さんって、もっと、何て言うか……押しの強い人だと思ってました」
「えっ? そう、かなあ……」
まあ、我が強いというか、頑固というか……そういう面は確かにある――と思うけど。
「はい。ほら、この間の神楽舞いのときとか。
……千紗さんの対になる舞い手に立候補して……しかも、千紗さんと競い合うみたいに、鬼気迫るすっごい舞いをしてましたから――」
言いながら……足を止めた亜里奈ちゃんは。
わたしの目を、ひたすら真っ直ぐに見つめてきた。
「白城さんって……お兄のこと、好きなんですよね?」
「え――。
あ、そ、それは……!」
「分かりますよ、あたしでも。
まあ……肝心のお兄は、まったく気付いてないと思いますけど」
「う……その…………なんか、ゴメンね」
どう答えようか、って一瞬迷って……。
わたしの口からこぼれ出たのは……また、謝罪だった。
「……亜里奈ちゃんからしたら面白くないよね……わたしみたいなのがいるの。
亜里奈ちゃんは、鈴守センパイとも仲が良くて……センパイのことを、お兄さんの彼女として認めてるのに。
……なのに、そんなお兄さんを、諦めきれずにまだ好きでいるヤツ――なんてさ」
「そうですね――」
亜里奈ちゃんは、視線を前に戻して……ゆっくりと階段を上り始めた。
わたしは――さすがに隣に並ぶ気にはなれなくて、その後に続く。
「あたしが認めてるのは……千紗さんだから。
だから、白城さんの想いを応援することは出来ません。
だけど――同時に。
面白くない、とか……そんな風に、白城さんがお兄を好きな気持ちを否定することも出来ないです。
だって――」
わたしに背を向けたまま、まるで独り言というか、自分に告げるようにそんな言葉を投げかける亜里奈ちゃんは――。
ふっと、穏やかな視線を――サバゲーの戦場の方へ向ける。
ううん、これは……この視線の先は……。
あの、特に目立ってる金髪の子――そう、アガシーちゃんを……見てる……?
「だって、きっと……。
誰かを好きになる、って――そういうものだと思うから」
そう言って、亜里奈ちゃんは――。
わたしに、優しく、やわらかく……微笑んでくれた。
* * *
「――やっぱり、最後に立ちはだかるのはキミだったね……凛太郎くん!」
岩型オブジェの陰から、射程距離ギリギリの木の陰を狙って撃つ――と同時に、すぐに身を隠すアタシ。
――その動きとすれ違うみたいに、こめかみをかすめて水弾が通り過ぎていった。
……レッドにブルー、両チームともほとんどが失格になった、この終盤戦。
アタシは、ここまでの予感通りに――この隠れ場所の多いジャングル系の地形で、凛太郎くんと一騎打ちを繰り広げていた。
――って言っても、お互いに役割はスナイパーだ。
ゆえにいきおい、その戦いにハデさはなくて……。
どちらも距離を取ったまま、隠れつつ息を殺しつつ、いかに相手のスキを――あるいは意表を突くか、って形の、ギャラリーからしたらきっとつまらないものになっている。
だけど、それはあくまでギャラリーからしたら、の話であって――。
アタシからすると、まさに肌がヒリつく――緊張感ある、最高に楽しい勝負なんだけどさ!
「まあでも、それにしたって……」
さっき攻撃を受けた場所から、完全に死角になってるはずの物陰を……さらに、今こそ忍者としての能力を発揮、キッチリ気配を殺して移動したハズ――なのに。
アタシがちょっと頭を出した途端、そこにとんでもなく正確な射撃が飛んでくるのは、ホントどういうわけなんだか……!
一応これでもアタシ、プロなんだけどなあ……忍者としては。
ああ、うん、まあ……イヤイヤではあるけどさ。
でも、なんだかんだ苦労して身に付けた(させられたとも言うけど)隠密スキルなのは確かなわけで――。
それがまるで通用してないとなると……さすがに、腹立たしいやら悔しいやら……!
んー……まさか、とは思うけど……。
武尊くんの『修行』に合わせて、凛太郎くんも――赤宮センパイがクローリヒトだとしたら、だけど――何らかの魔法を教えてもらってる、とか……?
だとすると、アタシにはどうすることも出来ないし――そもそも、そうだと判断する手段もない。
……まあでも、あの子の場合、『何となくカンが冴え渡ってるだけ』とか、フツーにありそうだからなあ……。
まったく厄介だね、不思議ちゃんってのは……!
「とりあえずは、人事を尽くして天命を――じゃないけど、やるだけはやってみないとね……!」
決意を固めて、さあいつ動くかと機を窺っていると――。
こっちのチームの生き残りのおにーさんが、凛太郎くんに気付いたらしく……ハンドガンを構えて、そちらに突っ込んでいくのが見えた。
いくら何でも無謀じゃない?……と思ったものの、さすが、この時間まで生き残ってるだけあって、おにーさんも結構なツワモノらしい。
必死に凛太郎くんの狙撃をかわしつつ、距離を詰めていく。
これは……まさに千載一遇のチャンス!
今しかない……!
アタシは、凛太郎くんがおにーさんに気を取られているうちに――と。
まず、今の隠れ場所の、ギリギリ見える位置にパレオを結びつけると……。
すぐさま、おにーさんとは反対側から、最大限に注意を払って気配を殺しつつ――凛太郎くんの方へ近付いていく。
「ぐぁっ! く、くっそ〜……っ!」
――おにーさんがやられた。
もう少し保ってくれるかと思ったけど……まあ、凛太郎くんとの決着に、文字通りに水を差されても却ってメーワクだからね。こんなモンでしょ。
こっちの仕込みは間に合ったしね。
……まあ、仕込みって言っても、そんな大仰なモンじゃなく――至ってシンプルな駆け引きだ。
――おにーさんを倒した凛太郎くんは、まずアタシの痕跡を探すだろう。
そうして、アタシのパレオを目に留めて――でもそれがワナの可能性も考慮して、『広い目で遠くに』なおもアタシの姿を追うはずだ。
だって、アタシの武器はスナイパーライフルで……ここまでも、距離を開けて狙撃――そういう戦い方をしているから。
ところが……ザンネンながら。
実際にアタシがいるのは、彼のすぐ近くの側面がわ――彼から見て、2時方向の岩陰。
つまり、アタシを探して、少しでも身を乗り出したところを――凛太郎くんにとっては、視界的にも心理的にも死角になるここから撃ち抜く――って寸法だ。
「ん……」
小さく息を漏らして、凛太郎くんがゆっくりと岩陰から顔を出す。
……いいぞ……もう少し……!
……あの目線は。
計算通りに、パレオを見つけ、そこからアタシを探そうとしていて――
――今だ!
これ以上ない位置、そしてタイミングで――アタシは狙いをつけたまま、必勝を期して身を乗り出す。
その瞬間――。
まるで、ここにいることを知っていたように――。
まったく迷いのない動きで、凛太郎くんは――アタシに銃口を向けていた……!
「「 ――ッ! 」」
なんで、とか、まさか、とかが脳裏に閃くけど――。
脳の働きは、もう引き金を引くことだけに絞り切られていて。
とっさの回避はもちろん、それ以外の行動を選ぶ余地なんてなく――。
ただお互いの撃ち出した水だけが、唯一の動きとなって――交差する。
そして、その結果は…………。
「……あ〜あ……やられちゃった、かあ……」
「ん。やられた」
アタシと凛太郎くんは、互いに、苦笑(凛太郎くんについては、多分、だけど)しながら……顔の水気を拭う。
そう、結果は……見事に、『相打ち』だった。
「くっそ〜……完っっっ全に殺ったと思ったんだけどなあ……!
……もうホントなんなの、凛太郎くんって生体センサーでもついてるのっ?
上手く隠れたと思っても、すーぐに見つけられるしさ〜……」
思わずアタシが、そう不満をぶちまけると……。
ん、と凛太郎くんは、アタシの方を指差した。
え? なに、アタシの水着がハデだから――じゃないか。
指は、正確にはアタシの頭上を指してて……って、ん?
今、なんかアタシの頭の上に乗った――――って、まさかっ!?
アタシが頭上を見上げようと首を傾けるのと、頭の上から何かが飛び上がったのは同時だった。
パタパタとあたりを旋回するそれは、青みがかったキレイな碧色の、多分インコだと思われる小鳥で――。
「やっぱり! テンテン!
――え!? じゃ、じゃあ、まさか……っ!」
「ん。テンテン、目印。教えてくれてた」
「…………ずっと?」
「ずっと」
「なな、な……なあぁにぃぃ〜〜ッ!!??」
思わず、両手で頭を押さえながら、ヒザから崩れ落ちる。
「……それ、ズルっこじゃぁ〜〜ん……っ!」
「鳥を目印、ダメ――ルールに無い」
「う、ぐ、おお……!
正論だぁ〜! どーしよーもなく正論だああ……!」
そのまま、ついにはバッタリ地べたに転がってしまうアタシ。
……でも――だ。
位置はテンテンのおかげで分かったとしても……狙撃の腕はまた別物なんだよね。
テンテンが賢い鳥なのはアタシも知ってるけど、それを上手く使役したにせよ、たまたま手伝うような形になっただけにせよ……。
結局狙撃の技術とか、立ち回りが悪かったら意味がないわけで……。
その辺ゼンブ引っくるめて、やっぱりこの子は大したモンだった――ってわけだ。
「いや〜……負けたわ〜……」
ホント、まさかプロの忍者のアタシが、小学生に手玉に取られるなんてね〜……。
「うん、でもまあ、面白かったからいいか……。
――って、いや、よくない! やっぱり悔しい!
……から、またこんな風に勝負しよーぜ、凛太郎くん!」
アタシが、ニッと笑いながら見上げると――。
頭の上にテンテンを乗せた凛太郎くんは、心なし笑顔で(多分)うなずいてくれた。
「――ん。受けて立つ」