第230話 勝つのは――ウェイトレスか忍者か、悪ガキかしっかり者か!?
――水に沈んだ遺跡の中で……。
あれからもわたしは、美汐と、追いかけっこのようなことを続けていた。
初っぱな、水路のところで背後を取って以来は、決定的なチャンスを得られずに……。
遺跡の中を上に下にと縦横無尽に逃げる美汐を、見失うことはないものの、捉えきれないままに追いかけている――って感じだ。
んん〜……っ! 〈水舞う連弩〉が使えたらなあ……!
どう逃げようと、高速誘導弾で確実にアウトに出来るのに〜!
「あ〜、もうっ! ちょこまかと逃げたり隠れたり!
美汐、あんたは忍者かなんかか!」
「――にに、忍者ってゆーなあ!
アタシは、そんな時代錯誤の古くさくてダサいモンじゃないってーのっ!」
腹立ちまぎれにテキトーな文句を言うと……先の壁の裏から、意外にも、ちょっと必死な様子の声が返ってきた。
……なんだか良く分からないけどあの子、今の言い方からして、『忍者』が相当にキライらしい。
チャラい格好が好きなわりに、案外古風なトコもあったりするくせに……ヘンなの。
……それにしても……美汐がここまでクセ者だとは思わなかったな。
もともと、いかにも『勉強なんて興味ナシ』な雰囲気出していながら、結構頭も成績も良い子なんだけど……。
この逃げっぷりとか――単に『勉強が出来る』レベルじゃないものを感じるんだよね。
まあさすがに、魔法のチカラを手に入れたわたしみたく、普段は能力を隠してる……とかじゃないんだから――。
単に、やりたかったゲームにこうやって参加出来てテンション上がって、いつもより冴え渡ってる――ってだけだろうけど……。
――でも、そう……なんて言うか……。
この逃げ方が、ここの構造を頭の中に叩き込んで、わたしのことも計算に入れて……その上で、絶妙の位置取りで巧妙に逃げている――みたいな気がするんだ。
いわば、手の平の上で踊らされてる感じ――っていうか。
だから、追いかけながらも常に、ワナに誘い込まれてるんじゃ……とか、そんな不安がどうしても拭えない。
いや、でも……さすがに、ワナなんて仕掛けてるようなヒマはないはずだし……。
けど――わたしもハルモニアとして、色んな敵と何度も戦ってきたんだ。
その直感が危険を訴えてるなら……やっぱり、警戒する方がいいに決まってる。
――と、なると……。
こっちも、裏をかくように動かないとね……!
追いかけるわたしに合わせて動き、遺跡の外縁部に飛び出した美汐が、飛ぶように外の階段を下りていく……。
それを確認したわたしは、いかにもそのまま追いますとばかりに、2発ほど牽制射撃をしてからすぐに屋内に戻り――。
逆方向から一気に追い込むために、こちら側の下り階段へと駆け寄った。
美汐が下りていった外縁部の階段は、向かう先が1つしかなかった。
行き先は特定出来る。
――なら……!
「……てぇーいっ!」
わたしは、誰にも見られてないことを確認すると――。
2階層分はある下り階段を、言葉通りに……一気に飛び降りた!
――ハルモニアに変身することで戦うチカラを得るわたしは、〈元・勇者〉のお父さんみたく、素の状態の能力が超人的にまで高いわけじゃないけど……。
それでもやっぱり、これまで戦ってきた中で、普通の人よりは身体能力が強化されてるんだ。
だから――いかにこの遺跡が天井が低めだって言っても、2階層分。
ヘタするとケガをしそうな高さでも――。
自分から意識して飛び降りるなら……特に問題はないってわけ!
「よっ――!」
一応、着地しながら転がって受け身を取って……その勢いのまま立ち上がって走り出す。
――あとはここからさらに、もう1つの階段使って、1階層下に降りれば……!
……カランッ――。
「――っ!?」
次の階段を目指して角を曲がり、広い部屋に入ろうとしたところで――。
わたしは、いきなり聞こえた異質な物音に、とっさに足を止めて銃を構える。
でも、部屋には誰もいない。
「…………?」
正面の壁、窓のように大きく開いた穴から射し込む光に照らされる、物音の正体は――床に転がった、ライフル用の弾倉だった。
拾い上げてみると……空っぽだ。
――美汐が逃げる途中で落とした?
いや、そんなハズない、音がしたのはついさっきだ。
美汐以外の人……の可能性も、無い。そもそも周囲に人気が無い。
「……っていうか、なんでこれ、こんなに濡れて――」
水に濡れた弾倉を手にしたわたしは、ハッとなって、真上を見上げる。
遺跡っぽさを演出するためだろう、天井からいくつも、だらんとしたケーブルみたいに張り巡らされたツタの1つに――見慣れたパレオが、輪っか状に括り付けられていた。
続けて、正面の壁の穴が視界に入り――思考が一気に繋がる。
――つまり、美汐は……わたしのこの動きすら計算して。
あの外縁部の階段を降りる途中で、壁の穴を潜ってここに先回りして――。
輪っかにした自分のパレオに、弾倉を仕掛けておいて――。
わたしが来たこのタイミングで、注意を引くために……その弾倉を撃って落としたってこと……!?
――ってことは……!
今まさに美汐がいるのは、パレオを撃てる場所――でも、正面方向に姿はないから……!
――後ろか!
美汐らしい、最初に背後を取ったわたしへの意趣返しってわけだ……!
でも……ここで慌てて振り返れば、その瞬間にポイを撃たれるだろう。
だからって正面に逃げれば、ただでさえ神出鬼没の美汐を見失って――それこそ危険な状況になりかねない……!
なら……ここは!
意表を突く動きで、反撃に繋げる――っ!
わたしは、右手側の壁に狭い通路があるのを見て取ると、そちらに飛び込みつつ振り返り――後方へ銃口を向ける。
一瞬でも美汐の顔が見えると同時に、引き金を引くつもりで。
だけど――
「…………え?」
そちらには、誰もいなかった。
もちろん、逃げたような気配もない。
……わたしの動きに意表を突かれて、とっさに隠れた……?
半身を壁に隠しながら、様子を窺ってると――
――ビシャッ!
「ひゃああっ!?」
……いきなり……頭から、水を引っ掛けられた。
――って!
違う、これ……!
「ほい、ザンネンでしたー。
ラッキー、アウト〜」
ノンキな声とともに美汐が姿を現したのは……。
なんと、わたしの真上――張り巡らされたツタの中からだった。
その間を通る、ホンモノの何かのパイプに、足だけで掴まって……逆さまにぶら下がって。
「へっへー。
ラッキーが忍者扱いするから、それっぽく天井に潜んでみましたよ〜っと」
ひょいっと器用に体勢を整え、飛び降りてくる美汐。
そもそも天井はそんなに高くないんだけど……思った以上に身軽に。
「……全部、計算してた――ってこと?」
「ある程度は、ね〜。
まあ正直、階段下りてこっちに来るのが異様に早かったから、そこんトコはマジでちょっと焦ったけど」
ニヤリと、子供みたいに笑う美汐を前に……わたしは。
しばらく呆気に取られたあと、素直に大きく――両手を挙げた。
「……参った……ホントに。降参だよ」
* * *
――さすがって言えばいいのかな……朝岡は、なかなか手強い。
そもそもあたしの中では朝岡と言えば、小3レベルの思考で、つまんないイタズラとかおバカなことばっかりやってる悪ガキなわけだけど……。
でもそれって、良いように捉えれば、思考が柔軟だとか、発想力があるとか……そういう面にも繋がってるんだと思う。
しかも、コイツは最近……。
多分、お兄たちの戦いに巻き込まれてからだけど、何て言うか……おバカはおバカだけど、おバカなりに、ちょびっとぐらいは成長してきてる気がするんだ。
精神的に――って言うか、なんか、そういう目に見えないところが。
その上、変身までして、生きるか死ぬかのホンモノの戦いをしたって経験があるからだろうな……。
これもゲームとは言え一種の『戦い』だからか、特に感覚が冴えてやがる気がするんだよね――ムカつくことに。
しかも、もともと運動神経は悪くない、ときた。
だから……以前のままなら、挑発とか駆使してこっちの思い通りに動きを操れば、仕留めるのもそんなに難しくなかったハズなのに……。
今は、なかなかそうもいかなくて――。
あたしたちの戦いは、お互い身を隠しながら撃ち合っての……ちょっとした膠着状態になっていた。
「くっそー……!
ンだよ、粘るなぁ、アリーナー!
いつもみたいに真っ正面から突撃してこいっての!」
どこからともなく、朝岡の声が響く。
……単純に考えれば、いかにも短気なお子サマのアイツらしく、焦れてきてるってことだろうけど……。
そう、今のアイツはちょっと小賢しいからね。
額面通りに捉えるのは危ないかも知れない……慎重にいかないと。
「いつもみたいに、ってなに!
あたしはそんなイノシシじゃない!――ってか、イノシシキライだし!」
ある意味、いつも通りのあたしな答えを返しながら……考える。
……そうだ――。
朝岡は、あたしがこうして戦いを挑む前から、こっちの味方のおにーさんたちと撃ち合ってた。
でもって……この〈アクアアサルト〉のルールで、水鉄砲の替えの弾倉は、各自初めに支給された2つまでしか所持を許可されてない。
つまり、水鉄砲の装弾数は、全員、弾倉3つ分ってわけで……。
ゲーム開始前に試したところ、このハンドガンタイプは、弾倉1つの水で撃てるのが約7発だったから……。
弾数にすれば、水満タンから撃ち続けられるのは約21発――。
――ってことは……。
朝岡のヤツ、そろそろ給水に行かなきゃ弾切れで……。
だから、焦ってるのも、ウソじゃない――?
「朝岡! アンタこそ、あたしにビビってるんじゃないのっ?
そんなんじゃ、アガシーになんて勝てっこないよ!」
あたしは声を上げながら、隠れてる木の陰から、今までよりも大きく身体を出して……朝岡が隠れてると思われるあたりに、適当に銃を乱射する。
言葉も含めて、挑発のためだ。
だけど……反撃は無い。
これは、やっぱり――と、疑惑が確信に変わろうとしたそのとき。
ガササッ、って物音がして……。
木の陰から飛び出し、こっちに背を向けて走り出す朝岡が見えた!
「――逃がすかっ!」
間違いない、ここが攻め時だ――!
あたしも迷いを捨てて、朝岡を追って走る。
単純な足の速さなら、あたしたちはそんなに差はない――頑張れば、逃げ切られることはないはずだ。
敵陣の給水ポイントまで逃げられると、一転、あたしが不利になるから……そこまでに何とか仕留める!
その一心で必死に追いかけてるからか、朝岡の背中は徐々に近付いてくる。
一方朝岡も、あたしに追われてるのに気付いてるんだろう……あたしを撒こうとする気みたいで、真っ直ぐ逃げず、近くにあった小さな遺跡に駆け込んだ。
もしかしたら、1発分ぐらいは水が残ってて、不意打ちを仕掛けるつもりかも――。
その警戒だけは頭に置いて、後を追って遺跡に潜り込むけど……。
朝岡はどこかに隠れようとするでもなく、2階への階段を駆け上がっていた。
外から見た感じ、ここの2階は隠れる部屋があるような構造じゃない。
ほぼそのまま屋上、みたいな造りだから――。
「――追い詰めたっ!」
勝利を確信したあたしは、速度を上げて追いすがる。
「ああもう、しつっけーなー!
だから〈レッドアリーナー〉なんだよ〜!」
「ふふん、鎧も無いパンツ一丁のアンタは、一撃でアウトだからね!」
2階に上がり、隠れる場所も余裕もない朝岡はそのまま走り――屋上へ。
――ここまでだよ!
そう、得意気に勝利宣言してやろうとしたら……。
なんと朝岡は、屋上の端っこから――腰ぐらいの柵を踏み台に、ジャンプした!
「――えっ……!?」
小さな遺跡だ、高さはせいぜい3メートルちょっとぐらい……飛び降りたところでケガするほどでもない。
でもまさか、そうくるとは思わなかったあたしは、つい意地になって後を追い、同じように柵を乗り越えようとして――。
そうしてようやく、そこまで含めてワナだったと気が付いた。
飛び降りると見せかけた朝岡は……そのまま、近くの木の枝に片手で掴まって。
無防備に柵に乗ったあたしに、銃口を向けていたのだ。
そう――きっと。
このために、ワザと逃げる速度まで落として……!
「これで終わりだぜ、アリー……!」
いかにも得意気な朝岡のセリフが、途中で止まる。
その理由は――カンタンだ。
あわてて動きを止めたせいで、あたしが……足を滑らせて……。
「――あ――」
柵の上から、宙に――身体が投げ出されたからだ。
ふわりとした感覚に、ヤバい、と思っても……もう遅い。
ただ、反射的に目をつぶって――頭だけでも守ろうとして。
死にはしないだろうけど、痛いだろうな――って、つい身を硬くして。
でも――。
「――っだらああっ!!」
襲い来る衝撃は……思ってたよりもゼンゼン、優しかった。
その理由なんて、すぐに分かった。
「ふぃ〜、間ぁに合ったぁ〜……!」
あたしに潰されるような形で――あたしと地面の上で寝そべる朝岡が、大きく息を吐き出す。
そう――コイツが、あたしを受け止めてくれたからだ。
「ご、ゴメン朝岡……だ、大丈夫っ?」
「あん? おう、これぐらい大したことねーっての!」
「そ、そっか…………それじゃ」
ニカッといい顔で笑う朝岡の額に――あたしは。
安堵の一息をついたあと……すっと、銃口を突きつけた。
あたしを助けるために、銃を手放したらしい朝岡に……反撃の術はない。
「え?……うええっ!? まま、マジでぇっ!?」
「――ザンネンだったね朝岡。
女子ってのは、男子が思ってるほど甘くはないんだよ?」
にこっと微笑みつつ、そう言ってやって――あたしは、引き金を引く。
ただし……。
とっさに、銃口を――自分の額のポイに向けてから。
「……へ? お前、何して――」
「甘くはないんだけどね……。
少なくともあたしは、助けてもらった恩をアダで返すほど不義理でもないんだ」
あたしは、顔の水気をサッと払いながら……朝岡の上から降りた。
「……アンタの勝ちでいいよ、朝岡。
でも……アガシーの相手は、こう上手くはいかないからね。
さすがに勝てないとは思うけど……まあ、せいぜい頑張りなよ」
「お、おう……」
「あ、それと……。
その――助けてくれて、ありがと。
やっぱり、お兄の弟子だけはあるね……ちょっと、見直した」
まだちょっと呆気に取られてる感じの朝岡に、笑えてるのかどうか、自分じゃよく分からない笑顔でそう告げて――。
さっさと振り返り、背中を向けたあたしは……。
そのまま、潔く退場することにした。




