第21話 勇者は職員室一揆の夢を見ない
――鈴守と楽しい初デートのハズが、銀行強盗に巻き込まれたり、シルキーベルの聖なる一撃に文字通り昇天しかけたりと、ひたすらに大変だった創立記念日から数日……。
俺を取り巻く状況は、至って平和だった。
魔獣や〈救国魔導団〉が姿を見せなければ、シルキーベルと鉢合わせることもない。
封印具の中の魔王は、相変わらず、寝てるのか無視してやがるのかウンともスンとも言わないが……逆に、騒動を起こすこともない。
つまり、とりあえずは天下泰平、なべて世は事も無し――というやつだ。
うん、平和ってステキだ……実に素晴らしい!
《えー……しかし中間テストまで、あと一週間を切ってますよ〜……っと》
(……頭ン中で、テンションが大滑落する事実を囁くのはやめてくれ……頼むマジで)
そう……それさえなければ最高だったのに……!
俺はいらんことを思い出させた聖霊を――ムダと分かっていながらも――頭の中から追い払おうと首を振る。
こいつ、亜里奈の覚えを良くしようって魂胆なのか、最近は忠実なしもべと言わんばかりに、亜里奈に代わって、事あるごとに俺に勉強を強要しやがるんだよなあ……。
だけどそうかと思えば、俺ばかりか亜里奈にも秘密で、ときどき、どこへともなく姿を消すみたいで……。
――うーむ、アヤしい。
何かを企んでやがるのは確実だと思うが……。
なんて、アガシーの行動をアヤしんでいると――。
「なあ、裕真!
職員室に突撃すンのはいつがいいと思う!?」
……何かを企んでいるバカはここにもいた。
俺はうんざりしながら、朝からムダに元気な声を張り上げる、世に顕現せしザンネンの擬人化――我らが摩天楼イタダキを見やった。
「いや、いいときなんて無いと思うぞ……。
――で、何だよ、退学にもなってないのにお礼参りだけしたいのか? うん、きっと世界初だな、頑張って記録を残してくれ……俺の記憶からは消しておくから」
「? 何言ってンだよ、お前も一緒だろ?」
……お前こそ何を言ってやがる。
お前と一緒なのは、種族と性別とクラスと、妹の方が出来が良いってことぐらいだチクショーめ。
「テストだよテスト! 裕真、お前もヤバいんだよな?」
お前とお前の思考よりはマシだ!……とか言ってしまうとまたややこしくなりそうだから、グッと呑み込み、無難に「まあな」とだけ返す。
テストの内容が、魔法理論や呪文の暗唱とか穴埋め、獣人語や妖精語の読み書き、モンスターの生態から弱点に耐性、薬草薬品の調合と効能――。
そんな教科ばっかりだったら、異世界の経験が存分に活かせるんだけどなあ……。
《……こっちの世界のテストなんて、教科書暗記しちゃえば充分な点が取れるんでしょう?
それこそ楽勝じゃないですか》
(そういうところはしっかり上位聖霊らしく、高クオリティなのがムカつくよなお前……)
ただウザいだけでなく、こう見えて学習能力がハンパなく高いアガシーの発言に内心頬を引きつらせていると……。
そんなことは当然思いも寄らないもう一人のウザいヤツが、なんかやたらと馴れ馴れしくなおも俺に絡んで来る。
「だろ? お前もヤバいんだろ?
……だから、職員室に突撃しようぜって誘ってやってるんじゃないか!」
「ワケの分からんことを、さらに、誘ってやってるって上から目線で言ってくるのが二重に腹立たしいが……一応聞いてやろう。何でだ?」
「無論、答案に手心を加えてもらうためだ――決まってンだろ!?」
「無論論外、略して無論外だド阿呆!
それならせめて忍び込むって言え!」
「忍び込むぅ?
頂点を目指す男、この摩天楼イタダキにそんな姑息なマネが出来るかっつーんだ、ド阿呆!
――いいか、これは『テスト』なんだぞ?……すなわち、点数がどうとかいうよりもまず、人間としての器が『試されて』ンだよ!
だったらよ、真っ正面から職員室の扉を叩いて――だ、『先生、テストの点数何とかして下さい!』と、恥を忍んで男らしくお願いするのが正解ってもんじゃねーか!」
「いや、それを恥と思うんなら正々堂々勉強しろよ!」
《勇者様もね〜》「赤みゃんもね〜」
……脳内と耳元で、違う声が同時に、おんなじツッコミを入れてくれやがった。
誰だ――と、考えるまでもない。
首をちょいと巡らせると、そこには案の定、ニカッと笑うミニマムサイズクラスメイト絹漉あかね――我らが2-Aの姐御おキヌさんと、同じく小柄でカワイイ我が彼女さん、鈴守が並んで立っていた。
「うん、お願いやから二人とも、職員室にカチコミかけるんとかやめてな?」
いわゆる微苦笑を浮かべる鈴守。
……いや、このザンネンの頂点と同類扱いされるのはさすがに――って、ちょっと待った、今、鈴守何て言った……カチコミ!?
じょ、女子高生が、しかもあの鈴守が、カチコミて……。
うむ……アリだな。
そのギャップもぜんっぜんアリだ。カワイイ!
いや、しかし……自然にこんな言葉が出てくるってことは、もしかして鈴守の実家って、ヤのつくそっち系の家柄なのか……?
俺がつい驚いた顔をしてしまったことで、自分の失言(?)に気が付いたらしい。
鈴守は、大慌てでバタバタと両手を振った。
「ご、ごごゴメンな!
ウチ、おばあちゃんの影響で、ときどきヘンな言葉使ってまうねん……!」
「へ、へー……おばあちゃんの……」
……まさか、ホンモノの極道のオンナってやつ?
え、じゃあ、やっぱり……?
――って、いやいや、極道が何だってんだ!
こちとら、魔王の城にカチコミかけた勇者だっての!
「おスズちゃんのおばあちゃんってば、元女子プロレスラーなんだよなー」
おキヌさんが俺に向かって、ニヤリと意味ありげに笑って言う。
……くっそー……。
おキヌさん、俺がどんな考え巡らせたか気付いて、楽しんでやがるな……。
しかし、元女子プロレスラーって……それはそれでスゲーな。
正直、鈴守からはまるで想像出来ん。
「う、うん、やからか知らんけど、おばあちゃん、結構言葉遣いが乱暴で――って、ゴメン、関係ない話ダラダラと!」
……いや、正直、マジメに鈴守とお付き合いを続ける気の俺としては、充分に関係大アリな話ではあるんだけど……この場の本題じゃないのは確かだな。
《なーんだ、結局ゴクドーじゃないんですかー……。
おハジキ触らせてもらえるかもって期待したのにぃー……》
(アキラさんの店にあるモデルガンでガマンしてろ)
……ったく、このユルミリオタ聖霊は。
銃ブッ放してみたいから自衛隊に入れ、とか言い出さんだろうな……。
《しかたないですねー……。
勇者様、鬼軍曹にヘンなあだ名もつけてもらいたいし、将来的には海を渡って海兵隊に志願でも――》
(思い切りイヤな方向へ予想振り切るんじゃねーよ!)
「……おい、赤みゃん? 聞いとるかい?」
「え? あ、ああ、ゴメンおキヌさん、聞いてなかった。何だって?」
アガシーへの全力ツッコミに夢中になってた俺は、おキヌさんの言葉を聞き逃していたらしい。
コネやらリーダーシップやらがハンパないこの人の怒りを買うと、どんなペナルティが降りかかるか分からんからな……こういうときは、素直に正直に謝るに限る。
「まったくもー……いいかい?
マテンローや赤みゃんみたいに、追い詰められて職員室への一揆でも決行しそうなヤツらのために、みんなで勉強会でもしようか、って話なんだけど?」
……いや、俺、一揆予備軍ってほどにはヤバくない……と、思うんだけど……。
うん、でも……勉強会か。うん……。
いいな――うん、いい。
いかにも平和な学生イベントっぽい……!
しかも、だ。
おキヌさんと一緒に誘いに来たってことは、鈴守も参加するわけで……!
……鈴守のあの可愛らしい声で、丁寧に、優しく勉強を教えてもらう俺――。
うむ……!
いい! 最高じゃないか! 俄然、テンション上がってきたっ!
《……ゲンキンな人ですねえ、まったく……ヒきますわー……》
「もちろん、参加! 参加する! します! させて下さいお願いしま――!」
「おーい、赤宮くーん!」
アガシーの呆れ声もどこ吹く風、おキヌさんにがばりと頭を下げた俺を、クラスの女子が呼んだ。
……沢口さんか。
なんだ? 教室の入り口のところで俺に手招きしてるけど……。
「お客さーん!」
「お客? 俺に?」
なんか、沢口さんが妙にニヤニヤしてるのが気になるが……。
まさか、弁当を忘れたのを亜里奈が届けに来たとか――って、そりゃないか。
アイツも学校だし、弁当は忘れてないし……。
はて……?
「ほらほら、カワイイお客さん。赤宮くんに話があるんだってさ」
俺が席を立って近付くと、沢口さんは思わせぶりなことを言いながらドアの前から退く。
彼女の陰、廊下に立っていたのは……。
「――どうも、赤宮センパイ。おはようございますっ」
「……へ? あ、キミは……」
ペコリと礼儀正しく一礼するメガネの女の子。
……間違いない。
あの日、俺と一緒に、銀行強盗に巻き込まれた後輩ちゃんだ――。
「わたし、1-Aの白城鳴です。
……実はちょっと、赤宮センパイに話があって」