第227話 魔王は故郷を思い、プールは銃撃戦の兆しに沸く
――午後。
釣り堀の食堂で釣った魚を調理してもらい、それで昼食をすませた我らは……山を下り、今日も海水浴場へとやって来ていた。
……ちなみに、釣り堀で余はただ一人釣果ゼロ――いわゆるボウズというやつであったものの、女子たちが釣り過ぎなほど釣ってくれていたおかげで、昼食を食いはぐれることはなかった。
しかし、それにしても――だ。
余は幼い頃より釣果を得たことが一切無いのだが……まさかそれが、こちらの世界に来てまで同じだとは思わなかった。
まったく……こうまで釣れぬと、さすがに腹立たしいというものだ。
うむ……そうだな……。
〈天の湯〉の常連なら、釣りに詳しい御仁もいよう……今度教えを請うてみるか。
――さて、それはともかく。
今、余が何をしているかと言えば……パラソルの影の下、一人でシートに座っている。
他の皆は、思い思いに海を楽しんでいる最中で……。
そんな中、余は、息抜きがてらの荷物番――というわけだ。
……人によっては、これをムダな時間と思ったりするのかも知れないが……。
こうしてのんびりと、皆が遊びに興じている姿と――視界の果てまで大きく広がる海と空、その青く美しい景色を眺めているだけでも、なかなかどうして楽しいものだ。
――今頃は、アルタメアでも……魔族人族関係無く、こうして肩を並べて。
同じ場所で、同じ時間を、過ごせるようになっているだろうか――。
昨日、あの洞窟風呂でシュナーリアのことを思い出したからか……。
つい余は、遠く離れた故郷の今を考えていた。
……勇者によれば、2つの世界は時間の流れが異なっているようだ。
もしそのズレが、勇者が向こうにいたときと今と、まったく同じ割合で変わっていなければ……アルタメアではもう数十年は過ぎ去っていることになる。
ならば、余と勇者が下した『魔と人の和解』という決着が、良きにつけ悪しきにつけ……何らかの形を成していてもおかしくはないだろう。
「……いや……違うな。
あの頃よりも、間違いなく良くなっていると――そう信じねば、な」
思わず、苦笑がもれる。
――もしも、あのとき。
勇者が余を滅ぼしていたならば……魔族は今も、過酷な地に追いやられ――。
あるいは余が、勇者を倒していたならば……人族はきっと、陽の光の下で心から笑うことはなくなっていたのだろう。
そして、それがどちらであれ……いずれはまた、次代の争いの種となったのだ。
その不毛な連鎖を断たんと、余が、勇者が、そして――シュナーリアが下した決断を。
他ならぬ余が信じなくて、どうするというのか。
……そうだ。
〈世を照らす星〉が見守り照らす世界の、未来を――。
「……む……?」
そんなことを考えているうち、波打ち際の遊びの輪から外れて、こちらへ近付いてくる者がいることに気付く。
――おスズだ。
「どうしたおスズ? ケガでもしたか?」
余は、傍らに置いてあるクーラーボックスから、おスズ用の(それぞれ誰の物か分かるようにしてある)水入りペットボトルを取り出し、渡してやりながら尋ねる。
笑顔で礼を言いつつそれを受け取ったおスズは、首を横に振り、シートの上に腰を下ろした。
「ううん大丈夫、ちょっと休憩に来ただけやから。
――あ、なんやったらハイリアくん、荷物番、ウチが替わろっか? 退屈ちゃう?」
「いや、余のことなら気にしなくとも構わん。
……荷物番なら、お前はまた後で、勇者と二人でこなせばよかろう」
「う、うん……」
恥ずかしそうにうなずいて、おスズはペットボトルの冷えた水で一息つく。
その横顔を見て……ふと思いついた余は、おスズに質問を向けてみることにした。
「そう言えば……おスズ。
先日の、神楽舞いのことだが……」
「え? うん……あれがどうかしたん?」
「我が『愚妹』から聞いた話によると――あの神楽は、神主の古い知り合いであったドクトル殿が、神社の古文書の内容を参考に創作したもの……だそうだな?」
「う、うん……そうやね」
おスズが、少し気圧されたような調子でうなずく。
「そしておスズ、お前は家の事情で神事にも詳しいと聞く。
……と、言うことは……だ。
もしかしてお前は、あの神楽について――。
『さらに詳しいこと』を、知っていたりはしないか?」
「さ、さらに詳しいこと、って……?」
「そうだな……たとえば。
あの神楽の大元が意味するところや――由来だという古文書のさらに由来、といったところか」
余が重ねて尋ねると、おスズは……困ったように、形の良い眉を寄せた。
「んんー……ウチは確かに、神楽とか神事については、普通の人より詳しいんやろけど……。
でも――ゴメンな、こないだのあの神楽のことは、ウチもみんなが聞かされた以上のことは知らへんねん。
おばあちゃん、いっつもやることが唐突やし……そもそもウチ、ずっと関西に住んでたから、あの神社のことも、神楽やるって言われるまで知らへんかったぐらいやし」
「ふむ、そうか……そう言えばそうだったな。
――いや、こちらこそすまん。
日本の神楽というものには初めて触れたわけだが、その素晴らしさに、好奇心と知識欲が刺激されたものでな……。
お前なら詳しく知っているのではと思い立ち、つい、不躾な尋ね方をしてしまったようだ」
余は、おスズに向かって丁寧に頭を下げる。
すると人の良いおスズは、申し訳なさそうに顔の前でブンブンと手を振った。
「う、ううん、ウチこそ! ちゃんとした答えがあげられへんで、ゴメン……。
あ、でも、神社とか神事のことでなんかあったら、遠慮せんとまた言うてな?
一般的な知識やったら、ウチでも教えてあげられること、あると思うし……!」
「……ああ、そうだな。感謝する。
意外とそうしたものは、当の日本人でも詳しく知らないことは多いと聞く。
これからまた、その手の疑問に遭遇したら……遠慮無くお前を頼るとしよう」
「あ、うん! もちろん!」
「――と、そんなことを話している間に……そら、勇者が呼んでいるぞ。
このまま、奴にヤキモチを焼かせるというのも面白そうだが……後々おキヌに、バカなことをするなとどやされるのも難儀だ。
……ほら、さっさと行ってやれ」
余は、笑顔になったおスズを、遠くで手を振る勇者の方へと送り出す。
そうして、途中でこちらを振り返り「それじゃあ、また後で」と手を振るおスズに、手を挙げて応えた。
「……ふむ……」
あるいはおスズなら、あの神楽――引いては〈聖鈴の一族〉と〈祓いの儀〉について、何か知っていたりするかと思ったが……そう上手くはいかぬか。
「……しかし……」
――そもそもこの日本では、『鈴木』という姓が相当に多いと聞く。
つまり、『鈴』がつく姓はそこまで珍しいものでもないのだろうが……。
「旧家として独特のしきたりを持ち、神事に携わってもいるらしい〈鈴守家〉と……。
呪を祓う〈聖鈴の一族〉――。
同じ『鈴』を冠する2つが、完全な無関係であるのかどうか……。
…………いや…………。
それはさすがに、あまりに近い視野だけで物事を結びつけ過ぎ――か」
小さく首を振って、安易に固まりそうになっていた思考を解きほぐす。
――まずもって余は、こちらの世界に来てまだ日が浅いのだ。
ゆえに、日本という国の常識について、本質的な理解が出来ていない面もあるやも知れんのだからな……。
それに、たまたま出会った事物に共通点が見出せるからといって、それをすぐさま結びつけるのも短慮に過ぎるというものだろう。
だが、可能性がまったくない――ということもあるまい。
あるいは、おスズたち鈴守家の者が知らぬだけで、実際には〈聖鈴の一族〉にとって有益となる、何らかの役目に携わっていた……そんな可能性もあるのだ。
それに、おスズ自身も言っていたように、彼女が神社や神事について、特殊な知識を持っているのも確かだ。
そうしたものが、意外な手掛かりとなるやも知れぬのだし――。
……うむ。
またいずれ、折りを見て、話を聞いてみるのもいいだろう。
もっとも――
「……勇者にとっては、気乗りのする話でもないだろうからな。
無関係であればそれで良いのだし――いかにも、余の役目といったところか」
離れた場所を、並んで歩く勇者とおスズの姿を見やりながら……。
余は、小さく苦笑をもらしていた。
* * *
「……はーい、お集まりのみなさーんっ!
この度は、ウォーターサバゲーイベント〈アクアアサルト〉にご参加下さり、ありがとうございまーーーす!!!」
――司会のコンパニオンっぽいお姉さんの、マイク越しの元気な声が会場に響き渡る。
ついで、「おおーっ!」と手を突き上げて応える――わたしも含めた、総勢50人近い参加者たち。
「へへ……頑張ろーぜ、ラッキーねーちゃん!」
「そうだね……せっかくだし、楽しまないとね!」
隣に立つ武尊くんの言葉に、わたしは笑顔で応える。
――美汐に誘われてやって来たここ〈なみパー〉で、まさかの亜里奈ちゃんたちと出会ったわたしたちは……。
昼食後、一緒に過ごすうち、なんか流れで……。
亜里奈ちゃんたちと、今日の〈なみパー〉プール最大のイベント、〈アクアアサルト〉ってやつに参加することになった。
その内容は、プールエリアの広い一角を区切り、そこをまるまるフィールドとして利用して行われる……普通のエアガンじゃなく水鉄砲を使うサバイバルゲームだ。
つまり、大人から子供まで総勢50人近い人たちが……レッドとブルー、2つのチームに分かれて撃ち合いをやるってわけ。
ちなみに、生死判定については、額の部分に金魚すくいのポイみたいなものが取り付けられたヘアバンドを装着して……そのポイが破れたら失格、みたい。
「おおお……っ!?
なんと、これはまた本格的じゃーないですか!」
参加者用の各種グッズの貸し出しカウンターへとみんなで向かう途中、ある意味主役とも言える水鉄砲のラインナップを見たアガシーちゃんが、目の色を変える。
……そう言えばこの子、カバンの中にエアガン入れてるぐらい、こういうの好きなんだっけ。
武尊くんたちも『軍曹』なんて呼んでるし。
――で、子供も出るイベントで使われるぐらいだし、水鉄砲はいかにも『オモチャ』な感じのものだろうな、って思ってたら……。
ズラリ並んでいるのは、色も形も、どう見たってフツーのエアガンみたいな、リアルな水鉄砲だった。
そうと知らなきゃ、ホントに武器庫みたい。
「お〜……! スゲー、かっけーなー!
見た目だけじゃなくて、ちゃんと弾倉替えて水補給出来るようになってる!
しかもハンドガンだけじゃなくて、スナイパーライフルまであるじゃん!」
「ふーん……つまり、ハンドガンで接近戦するか、スナイパーライフルで遠距離から狙うか、自分の得意そうなスタイルを選べ、ってことね」
武尊くんに続き、美汐が興味深そうに感想を述べてる。
……美汐も、知識が幅広いっていうか……。
意外にこういうことも詳しいんだよねー。
で、わたしは――うーん、どっちを選ぼう。
まさか、変身して〈水舞う連弩〉を使う――ってわけにはいかないしなあ。
……とりあえず、そんなに銃の取り回しとか詳しいわけじゃないし……映画なんかでまだ見慣れてて使いやすそうな、拳銃タイプにしようかな。
「ふうん、ラッキーはハンドガンか……。
ま、アタシはこっちかねー」
わたしが選んだものを見ながら、美汐は大っきなライフルタイプの方を手にする。
……なんか、意外と似合うなあ。
「オレはダンゼン、ハンドガンだぜ!
スナイパーとかダルいし、ゼッテー当たんないし、ムリ!
……ブン投げなら自信あるんだけどなー」
「ん。じゃ、狙い撃ち」
男の子たちは、いかにもなチョイスっていうか……。
武尊くんが拳銃、凛太郎くんがライフルタイプを選んでいた。
「まあ、あたしはこだわりないし、普通にハンドガンでいっか」
「あ、はいはーい! わたしは二挺拳銃したいんですけどっ!
――って、なんと!? ダメ!? レギュレーション違反ですとっ!?
むう……それなら仕方ない、一挺でガマンします……」
女の子たちも、どっちも拳銃タイプって決まったみたい。
……まあ、ちょっと――いやかなり、アガシーちゃんは不満そうだけど。
ちなみに見晴ちゃんは、「見てる方がいい」そうで、今回はギャラリーだ。
そして……肝心のチーム分けは、というと。
その後の抽選の結果――。
「へへっ……燃えるぜ〜っ!」
「ん。鬼に会うては鬼を撃ち、仏に会うては仏を撃つ」
「出る限りは、目指すは勝利のみ――だよね」
武尊くん、凛太郎くん、あたしがレッドチームに。
そして――。
「ふふん……新兵どもに、戦場の何たるかを教えてくれるわ……!」
「ま、ほどほどに頑張ってみよっかな」
「そんな少女たちの後ろに控えるは、スナイパーJK――ってね」
アガシーちゃん、亜里奈ちゃん、美汐がブルーチームに……と。
ものの見事に、3対3で分かれる形になったのだった。




