第226話 聖霊のお弁当とくれば、タコさんならぬ『ヤツ』がいる
――そもそも、今回。
お弁当を作ってかなきゃいけませんね――って、そう言い出したのはアガシーだ。
あたしももちろん、考えないでもなかったんだけど……。
正直言って、別にいいかな――って思ってたんだ。
……でも、めんどくさいとか、作りたくないとかってわけじゃない。
お弁当なら、普段から、パパやお兄――今だとハイリアさんの分も作ってるんだから、今さら特別に手間とも思わないし……そもそも料理はキライじゃないし。
……ただ、こういう場所に遊びに来ると――。
やっぱりみんな、あたしが作るお弁当なんかよりも……出来たてであったかくて、いかにもおいしそうな売店の食べ物の方がいいって言うんじゃないかな――って、そんな風に考えたから。
だから、もしアガシーが言い出さなかったら……お弁当は作らなかったと思う。
――それで、その、『売店の方がいいって言われるんじゃないか』って考え自体は、まだあたしの中にあったから……。
ガッカリされるのはやっぱりその――良い気分はしないし……。
だから、みんなにはなかなか言い出せなくて……結局、ギリギリまでお弁当のことは黙ってて……。
で、いざお昼になったらなったで――その怖さを隠して、ムダに強気な態度で、お弁当を出しちゃったんだけど……。
「おおお……スっゲーな! ウマそ〜っ!
やるじゃん、2人とも! サンキュな!」
並べたお弁当を開いたとき……真っ先に。
朝岡が、目を輝かせながら――そんなセリフを言ってくれた。
コイツのことだから、気を利かせてお世辞なんて言えるはずもないから……きっと、本心からの。
そう……。
あたしが不安だった、「えー、弁当? 売店で買うから別にいーよ」――なんてセリフじゃなくて。
さらに続けて、真殿くんに見晴ちゃんも――
「ん。うまそー。ありがと」
「うん、さっすが〜、だね〜!
ありがと〜、すっごくおいしそぉ〜!」
そう言って、あたしたちのお弁当を受け入れてくれた。
「ふふふん、とーぜんですね! アリナとわたしの合作なんですから!
……ま、そうは言っても、大体はアリナが作ってくれたんですけどね!」
「なーに言ってるの。アガシーだって頑張ったじゃない」
男の子みたいに、ニシシって得意気に笑うアガシーをフォローしながら――。
あたしは、この子のことを、すごいな……って、あらためて思っていた。
お弁当を作っていこうって、自分から言い出したことも驚いたけど……。
アガシーは、売店の方が良いって言われるんじゃ――なんて考えたあたしと違って。
誰かのために――って思いやりを、ただ、そのまま真っ直ぐに持ってたんだなあ……って。
「亜里奈ちゃん? どうしたの〜?」
「……え? あ、ううん、なんでもないよ!
あ、お茶もちゃんとあるから!」
見晴ちゃんの一言で、ぼーっとしちゃってたことに気付いたあたしは、あわてて持ってきたバッグの中から、水筒と紙コップを取り出す。
合わせてアガシーも、同じく水筒をテーブルの上に。
……1つじゃ足りないと思ったから、分けて持ってきてたんだ。
「なあなあ、早く食おうぜ〜。
オレもう、ハラ減って死にそーなんだよ……」
配った割り箸を、早くも割って両手に持ちながら、テーブルに突っ伏す朝岡。
……ううん、朝岡だけじゃない。
真殿くんも、見晴ちゃんも……みんな、期待のこもった目であたしたちのお弁当を見てくれて。
そんな様子が、純粋に嬉しくて……。
ちょっと感じてた、アガシーに比べての自分の小ささみたいなのが……もうホントに、小さいことに思えてきちゃって。
「――いいよ。どーぞ、召し上がれ!」
あたしは素直に笑いながら、食べていいよの合図を出した。
その途端――
「「「「 いただきまーす! 」」」」
アガシーも含めてみんなが一斉に、お弁当にお箸を伸ばしてくれた。
ちなみに、今日のお弁当は……。
唐揚げにタコさんウインナー、玉子焼き、ゴボウとニンジンのきんぴらにミニトマト、ピーマンとおじゃこの甘辛炒め……それと冷凍のミートボールと、同じく冷凍ものを使った揚げギョウザに、ご飯はおにぎり、って内容だ。
夏場だから、悪くならないように――って注意して、なるべく水分の出ないものにしたら……こうなっちゃった。
お肉系が多めになってるのは、まあ男子がいるからっていうのと、残ってた冷凍ものを使い切りたかったから……だったり。
あとは、バランス的にももうちょっと野菜……緑色のものを入れたかったんだけど、ピーマンを入れるのが限度だった。
だから、彩りの華やかさに欠けるのが、ちょっと残念……かな。
「うおおっ! このミートボール、めっちゃうめー!」
「……それ、冷凍だけどね」
「揚げてあるギョウザ、うまし」
「うん、それも冷凍だけどね……」
狙ってるんじゃないかってレベルの感想をもらす男子2人に、あたしは苦笑をもらす。
かと思ったら……。
「ん〜。ミニトマト大好き〜」
「……洗って詰めただけだけどね」
さらに見晴ちゃんまでこんなことを言っていた。
……いやホント、狙ってるでしょ?
まあ、わざわざ名指しで褒めたのがそれらでも……。
みんな食べっぷりはいいし、事あるごとに「うまい、おいしい」って言ってくれてるから、イヤな気はしない――どころか、普通に嬉しいけどね。
「おっ? この玉子焼き……こっちのとあっちので味が違うんじゃね?」
「お! よく気付きましたねアーサー!
――実は、そっち、いかにも絶妙のバランスで焼き上げられた最高にウマいのがアリナが作ったやつで……。
こっち、甘いめの味付けにしてあるのが、このわたしが直々に作ったやつなのです!」
アガシーが、玉子焼きを指差しつつ、嬉しそうに説明する。
「へ〜……これ、買ってきたやつとかじゃねーのか……。
やるな、さっすがアリーナー!
うちのかーちゃんより玉子焼き作るの上手いんじゃねーの?」
「さすがにそれはないでしょ……。
でも、まあ……あ、ありがと。
――けど、そんなに褒めたって何にも出ないからね?」
手放しに褒められて、ちょっと照れくさいのを、お茶を飲んで隠す……と。
続けて、真殿くんと見晴ちゃんもサムズアップを寄越してきた。
「おいしいし、キレイなのホント。グッジョブ」
「うんうん! ホント、亜里奈ちゃんはお料理上手だよねえ〜!」
「ですよね、マリーン、ミハル!
アリナの玉子焼きはまことに絶品なのです!」
そしてアガシーも、大好物の〈のりたんま〉おにぎりを手に、まるで自分のことのように誇らしげに胸を張ってくれる。
そこへ――
「でも、軍曹が作ってくれた玉子焼きもウマいぜ?
軍曹のことだから、スゲー適当に焼いてンのかと思ったら、めっちゃちゃんとしてるし。
味も……オレ、甘い玉子焼きって大好きなんだよなー!」
……と、朝岡がニカッと笑いながら、アガシーの玉子焼きも褒めると……。
「――ほえ?」
当のアガシーは、よっぽど予想外だったみたいで。
おにぎりを頬張る手を止め、目をパチクリ瞬かせ――コトンと、控えめにうなずいた。
「あ、う、うむ……っ! とーぜんだな!
ま、まあ、そこまで言うなら、もっと食ってもいいぞ!
――よし、では……この会心の一品も、キサマにくれてやろう!」
そして――。
誰もが(恐らく無意識に)これまで触れようとしなかった、お弁当箱の隅っこに鎮座まします『それ』を……ひょいと、朝岡の取り皿に移し替えた。
そう――『それ』は。
今回もまたアガシーが、信じられないほどの器用さをムダに発揮して作り上げた、深海に潜む邪神の似姿を思わせる、精緻な彫刻が施されたウインナー……。
見ているだけで精神が汚染されそうな禍々しさを放つ――タコさんならぬ〈ダゴンさんウインナー〉だ……!
「………………。
え? く、食うの? これ? お、オレがっ?」
さすがにお兄ばりに鈍感なイメージがある朝岡でも、その禍々しさには気付くか……。
見る角度によって、動いてるようにも見えなくもないぐらいだしね……。
――いや、それどころか、実際動いてても不思議じゃないというか……。
え、動いてない――よね?
「なんです? いらないんですか?」
「え? いや、えっと、その……ンなこた、ねー……けど……」
なんと、あの朝岡が冷や汗を流しながらたじろいで……。
さすがにこれは、何か言い訳してでも逃れるかな――と思ったら。
「……う……うぅ……!
うぅ――――……おおおッ!!!
おお、奥義ぃぃっ! 超ぉ! 真空ぅ閃光ぉ食いぃぃーーーっ!!!」
――いった……!
真空だけに『空気』がない、なんてシャレをきかせたわけじゃなく……閃光ってわりにはかなりおっかなびっくりだったけど――。
朝岡はヤケクソ気味の気合いとともに、あの〈ダゴンさんウインナー〉を――ぱっくんしたのだ!
そして――。
「……どーです?」
「お、おおう……! まま、まあ、ウインナー……だよな、うん!
もも、もちろん、ウマいぜ……!」
ビミョーに青い顔で引きつった笑みを浮かべつつ、ビミョーに声を裏返らせながら……でも、しっかりサムズアップしてみせる朝岡。
いやまあ、確かに、実態はフツーにウインナーなんだけどね……。
でも――うん、良く頑張ったよ、朝岡。
こればっかりは褒めてあげるよ……。
……なんて、あたしが内心うなずいてたら――。
「お〜……良く頑張ったぞ、それでこそ男の子!」
あたしの心をそのまま言葉にしたみたいな女の人の声が――後ろから。
ハッと、反射的に座ったまま振り返ると、そこには……。
「いや〜、しっかし、女子の手作り弁当とか、うらやましいヤツだなあ〜」
「アナタがさっき食べたサンドイッチも、いちおー、ここにいるこの『女子』の手作りなんですけどねー?」
ハデめの赤いビキニに、花柄のパレオを巻いた、ちょっとチャラい感じのおねーさんと――。
水色ボーダー柄ビキニのメガネのおねーさん――。
「え……?
なに、しおしおねーちゃんとラッキーねーちゃんじゃん!」
そう、朝岡が言った通りの2人……。
美汐さんと白城さんが、あたしたちに笑いかけつつ立っていた。